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NARUTO 桃風伝小話集

作者:人魚
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その35

 
前書き
妖狐降臨だってばよ終了後、里帰還前。
サスケ編そのさん。 

 
ナルトによって強制的に、自分の中の欲と理性を試されるような状況に追い込まれたサスケは、それでも自分が意外な程ナルトの温もりに不快感を感じていないのを見つけてしまっていた。
今まで里の女達にされても、温い人肌に嫌悪感と気色悪さしか浮かばず、うっとおしい迷惑な物にしか思えなかったのに。
今は違う。
確かに、困りはしているが、それでも嫌とは言い切れない。
自分の腕に感じる、ナルトの温もりと柔らかさが気になって仕方ない。
胸が高鳴り、体に熱が点っていく。
このままでいても良いような気になり、ナルトからいつも仄かに感じる甘くて優しい匂いが意識を擽る。
思い付いた案を実行してみてもいいんじゃないかという気がして来てしまう。
それは良くない。
確実にナルトが泣くだろう。
何より、ナルトに徹底的に嫌われる筈だ。
もしくは、変に覚悟を固めさせてしまうかだ。
ナルトは、基本的にとても素直だから。
それらのどれもこれもがサスケにとっては悪くは無いかもしれないが、それでもナルトから聞き知った女の人柱力の出産事情等を鑑みれば、やはりナルトには気軽に手を出すべきではない。
ナルトに手を出すのならば、ナルトの一切を引き受ける覚悟をを固めるべきだ。
里とナルトとの確執含めて。
だからこそ、そんな予感が、サスケの思い付きを実行する事を躊躇わせる。
サスケはナルトに、そうする資格はない。
サスケはうちはであり、復讐者であるからだ。
サスケはいずれ、決定的にナルトとは袂を別たねばならない。
ならば、今無理にそうする必要もない。
だからナルトと共に居れるのは、きっと今だけだ。
ならば。
こうできるのが今だけならば。
それならば、もう少しだけ、サスケはこうしていても良いのではないだろうか?
ぐるぐると、自身が在るべき姿と、サスケがこれから取るべき行動が、目まぐるしくサスケの頭を巡っていた時だった。
「じゃあ、僕の修行に付き合ってくれるくらい、別に良いでしょう?サスケ、修行は嫌い?」
ナルトが訊ねてきた事柄に、咄嗟に何も考えられず、サスケはナルトを振り払う動きを止めて、答えてしまった。
「修行は嫌いじゃないが…」
ただ、こういう方面の修行は気乗りしない。
いつもの手合わせ等ならば、別にいつでも構わないけれど。
そんなサスケの気持ちの乗る呟きに、ナルトは身を乗り出してサスケの顔を覗き込んできた。
「じゃあ、ヒナタみたいに私をぎゅってして?」
「断る!」
「じゃあ、私の修行に付き合ってよ!それなら良いでしょう?」
サスケの拒絶も物ともせず、至近距離で顔を覗き込んで来るナルトに、堪り兼ねたサスケはとうとう音を上げた。
「分かった!分かったから、離れろ!!」
その途端、まるで今まで纏わり付いていたのが嘘のように、ナルトはサスケをすんなりと解放した。
「約束だよ!ちゃんと私の修行に付き合ってね?」
きらきらと目を輝かせて、きちんとサスケと今まで通りの距離を取り、サスケの顔を覗き込んできたナルトに、サスケはどっと疲労を感じた。
「お前…」
「何?」
きらきらと輝く青い瞳は、無邪気でもなければ、無垢でもない。
ナルトのけろりとした得意げな顔は、今のはナルトのサスケに対する嫌がらせだと告白している。
これがナルトの本性だったとしたら、随分と質が悪いのではないだろうか。
思わず、深い溜め息が、サスケの口から漏れた。
今までの流れからするならば、これは恐らく、サクラの件をナルトに強いたサスケへの、ナルトからの報復のつもりだろう。
まんまと騙されて、良いように振り回された。
どこからが仕込みだ。
まさか、最初からじゃないだろうな!?
ああ、そういえば、あの時、カカシの姿で捨て台詞を吐いていたな。
事の詳細の裏に思い当たり、サスケはしてやられた屈辱を噛み締めながら、深い深い二度目の溜め息を右の掌に顔を埋めながら吐いた。
今までの疲労が押し寄せ、気力が尽きかけていた。
今回については、サスケにも非が無い訳では無いのを悟ったので、大人しく屈辱に甘んじておいてやるが。
ナルトもサスケも忍とはいえ、もう、二度と、サスケにこういう事はやらないよう、ナルトにきつく言いつけておくべきだろうか。
そのままの体勢で、サスケが今後のナルトが取るだろう行動について、考えを巡らせて吟味していた時だった。
「そんなに、嫌だった?」
「は?」
ナルトが、何かを訊ねてきた。
ナルトの声音に宿った不安げな調子に惹かれて顔を上げたサスケは、ナルトの困惑したような表情に、もう一つ悟った。
ナルトは自分の行動がここまでサスケを打ちのめすとは、全く考えて居なかったようだ、と
「私の胸って、そんなに嫌な感触だったの?」
それを証明するかのような、消沈しながら小さく繰り返されたナルトの問いに、サスケは気が遠くなりかけた。
嫌か嫌じゃないかで言えば、嫌じゃない。
悪い気はしなかったのが本音だが、そんな事を口に出せる訳が無い。
サスケに何を言わせるつもりなのか分からないナルトに対する憤りで、言葉が詰まる。
「やっぱり、僕、九喇嘛の人柱力だから、他の女の子達とは違う身体だったのかな」
だが、ぽつり、と漏らされた一言に、サスケの意識が惹き付けられた。
「サスケ、他の女の子達に抱き付かれた事あるよね。その時と比べてどうだった?何か違う所があったら教えて。僕、化け物だし」
何かを諦めたように苦笑しながら、淡々と、忍具の出来を尋ねるかのような調子でサスケに問うナルトの姿に、サスケは咄嗟に、慰めにもならない妙な事を口走ってしまっていた。
「お前は別に化け物じゃない!ちゃんと、お、女の身体をしてると思う…」
言い終わりかけた頃には、サスケは自分の犯した失態に、穴があったら入りたくなっていた。
自分が何を口走っているのかも分からなければ、何でこんな事になってしまったのかも分からない。
ただ、ナルトのせいだということだけは、よくよく分かった。
ナルトが、自分を化け物だなどというから。
ナルトは、別に、化け物などではないのに。
むっすりと眉を顰めて黙り込みながら、釈然としない気持ちがサスケの胸に渦巻いていく。
ナルトのこれからの将来が、心底不安に思えた。
「本当?」
それでも、安堵したように表情を明るくしたナルトに、サスケは何も言えない。
それに、二度も変な事を口走るつもりもない。
ナルトから顔を背け、目を合わせる事を避ける。
けれど、付き合いの長いナルトは、それでサスケの言いたい事を察してしまうようだった。
「ありがとう、サスケ」
少し嬉しそうな、穏やかなナルトの声で、申し訳なさそうに、サスケに対する礼を紡がれる。
きっと、ナルトは、いつものように、穏やかな笑顔を浮かべているのだろう。
だが、今のサスケは、その笑顔を目にするつもりはなかった。
意図的にナルトを敢えて無視する。
実はナルトは、親しい人間に邪険にされる事を嫌っている。
隠していても、本当はナルトが寂しがり屋な事は、サスケにはもうバレバレだ。
それに気付いている人間は、限られているけれど。
だから、ナルトを無視するのは、サスケに望まぬ事を強いた罰のつもりだった。
のに。
「困らせちゃって、ごめんね?機嫌治して?」
そんな言葉と共に、音もなく距離を詰めたナルトが、サスケの左頬に、温かくて湿った感触の、何か柔らかい物を押し当ててきた。 
驚き、動転したサスケは、思わずナルトを突き飛ばした。
「な゛何するんだ!!」
ばくばくと痛い程サスケの胸が鳴っている。
今の感触は知っている。
だが、何故今、この流れでそれをした!!
ナルトに口付けられた箇所を左手で擦りながら睨み付ければ、ナルトが困惑したように、きょとんと小首を傾げていた。
そして、サスケは、目玉が飛び出るほど、心底驚く事になった。
「え。ミコトさんから教わった、サスケと仲直りできるおまじない?」
「はあっ!?」
おかしいな、と言わんばかりに首を傾げたナルトの、困惑仕切った言葉と表情に、サスケは絶句した。
それと同時に、鮮明に浮かび上がる記憶と共に、強く憤る。
母さん!
一体、ナルトに何を吹き込んだ!!!!
常々疑問に思っていた事だが、今日程強く感じた事はなかった。
サスケの母は、悪戯を好むような一面も少なからず存在していた。
幼い頃は、サスケもその餌食になった事もある。
忘れた頃にそれを思い出させられる事が多かったのだが、まさかこれもその一つか!!
目の前に居るナルトが、今は亡き母が誂えた、サスケに対するはた迷惑な愛情表現の賜物のように感じられ、サスケは内心戦慄を覚えた。
ナルトから距離を取り、無言でナルトを睨み続けるサスケの前で、ナルトの表情が困惑と混乱に歪んでいった。
ナルトの表情の変化に、サスケの胸に、サスケのせいではないとはいえ、ナルトを悲しませた事への罪悪感が浮かんだ。
何より、ナルトのこの様子では、ナルトもまたサスケの母の被害者と言えるだろう。
それを悟り、サスケは今日何度目かになるかも分からない深い溜め息を吐いた。
「…もしかして、サスケ、嫌だったの?」
不安そうに尋ねて来たナルトからは、強い困惑が滲んでいる。
母の言葉を信じきっていたことは難くない。
「い、嫌って、お前!自分が今、何をしたのか、分かってるのか!?」
サスケに対する問いかけに、衝撃も覚めやらぬまま、勢い込んでナルトに詰め寄ると、ナルトは困惑した表情のまま後退り、サスケの勢いに気圧されたまま、素直に全てを白状してきた。
「う、うん。ミコトさん、サスケは小さい頃から、ミコトさん達に抱き締められて、キスされるの大好きだったから、大きくなって、私の秘密をサスケが知っても、サスケが変わらないで私と仲良くしてくれてたら、私もいっぱいしてあげて、って…。喧嘩してても直ぐに仲直りできるからって…」
ナルトの口からポツポツと語られていく説明に、サスケは全身の力が抜け落ちるような虚脱感を感じ、がくり、と膝から崩れ落ちかけた。
危うい所でナルトの肩を支えに踏み止まったが、かつてナルトに変な事を吹き込んでおいた自分の母に怒るべきか。
それとも、母の言葉を真に受けて、律儀に今サスケに実行してきたナルトに腹を立てるべきか。
それすらも、もう、サスケには良く分からない。
「………それで。お前はそれを、何も変だとは思わなかったのか?」
身内の女二人の奇行に打ちのめされて、痛む頭を堪えつつ、それでもナルトを唆したサスケの母がもう亡い以上、母が原因のナルトの奇行を修正するのは、息子であるサスケの役目と、半ば以上、義務感のみでナルトを問い質す。
ナルトが逃げないように、しっかりと両肩を掴んで。
感情を押さえたサスケに、淡々と問われたナルトの目が、迷うように揺れた。
「う…」
その事に、サスケの胸に、ほっと安堵が広がっていく。
どうやら、母の吹き込んだ愚にもつかない与太話を、全部鵜呑みにしている訳では無さそうだ。
が、油断はできないのが、このうずまきナルトという人間だ。
刷り込みの成果か何かかは知らないが、ナルトはサスケの母を大変慕っていて、サスケの母が黒といったら、即座に黒と応じるような盲目的な所があるのだから。
それが何を目的としているのかあからさまな、面白半分のふざけた代物だろうとだ!!
その証明を今まさに目の前で示されて、サスケの胸に使命感が沸き上がった。
兄の事も捨て置けないが、母の遺したナルトの事も捨て置いてはならない!!
うちはの恥にならぬよう、サスケの側に置いて、厳重に管理しておくべきだろう。
幸いナルトはサスケの母を慕っていて、息子であるサスケの事もそれなりに慕っているのに違いはない。
まだ、ナルトの気持ちはその段階まで育ってはいないが、それでもナルトも嫌とは言うまい。
いや、これからも、言わせないようにすればいい。
そもそも一族が存命だったのならば、今頃ナルトは『うちは』の名を冠していたのだし。
予定通りと言えば、予定通りだ。
何処にも問題は何もない。
強いて言えば、兄の件だが、それにはナルトも同道させてしまえばそれでいい。
そういえば、ナルトは、その件について、何か知っている素振りだった。
それにまだ、ナルトはサスケに何か隠している事もあるようだし。
この際だ。
ついでにそれも諸共に吐かせてしまおう。
その方が色々と都合が良い。
いずれにしても、最後に残る厄介な問題は、里の柵だ。
まず、それをどうするかを考えよう。
ナルトを問い詰める傍ら、サスケがそんな事を考えていた時だった。
ちらり、と。
ナルトが自信無さげに、サスケを上目遣いで見上げてきた。
「でも、男の人って、女の人にキスされるの好きなんでしょう?僕、一応、女だし。サスケ、男だし。私がサスケにキスしても、サスケはそんなに嫌じゃないと思ったの」
初めて見るナルトの、サスケへの甘えと媚びを滲ませた仕草に、忙しなく胸を掻きむしられながら、サスケは必死に平静を保った。
ナルトをサスケの側に留めて置く為にも、これ以上、ナルトにサスケが振り回される訳には行かない。
ナルトをサスケが制御できるようにならなければならないのだから。
そう、サスケは考えていたのに。
サスケの気も知らず、ナルトはいつも通りに、ナルトが行動した理由の全てを打ち明けてきた。
「この前おじいちゃんにもしてあげたら、なんか、すごく喜ばれたから、サスケとイルカ先生にもしてあげたら、喜んでくれるかなって…」
不安そうに全てを吐き出し、全身でサスケに、嫌?嫌だったの?サスケは喜ばなかった?どうしよう、嫌われた?と、無言で尋ねているナルトの姿に、サスケは少し沈黙した。
火影のジイさんならば、さもありなん。
初めてサスケに寄せられる、ナルトからの甘えの滲む行動の威力を確認しながら、硬直した頭の端でサスケはそう思った。
三代目火影の猿飛ヒルゼンは、サスケから見ても、大分ナルトに肩入れしているのだから。
あれはもう、娘や女孫を溺愛する爺に近い。
ナルトの側に居るというだけで、碌でもない疑いをかけられる事もあるサスケは、そう断じる。
今後、あの爺の疑いを全面的に否定する訳にも行かなくなるのは不満だが、ならば先に、あの爺が文句を言えないような正当な立場を、サスケが手に入れてしまっておけば良いだけの話だ。
ナルトの持つ、里の柵を、ナルトから切り離す事にも繋がるのだし。
最終的にそう断じつつ、知らなかった事を知ったサスケは、昏く、不愉快な気持ちに支配されていった。
サスケが知らないうちに、ナルトは既に、もうあの爺に口付けていたとは。
「………へえ」
ナルトのこの様子では、色が絡むものではあるまい。
それは見えても、何故だか訳もなく不愉快だ。
酷く面白くない。
しかも、あの爺の次にとはいえ、サスケだけではなく、イルカの野郎にもするつもりだったとは!!
大方聞き知った情報を単純に考えて、思い付きで相手を喜ばそうと実行してみただけだろうが。
いや、サスケに限って言えば、機嫌取りも含まれるか?
母の入れ知恵とはいえ、『仲直りのおまじない』とやらを実行しようとナルトは思った訳なのだから。
それでも、ナルトがサスケ以外の男を、サスケと同じ方法で喜ばそうと思っていたという事が面白くない。
先程、ナルトに笑いかけられていた男の存在を知った時と同じくらい、腹が立つ。
非常に、不愉快だった。
「嫌だった?」
恐る恐る尋ねてきたサスケの顔色を窺うようなナルトの表情に、サスケのささくれだった気持ちは大きくなっていった。
サスケにそうするのは許せるが、他の男にするのは駄目だ。
許せないとそう思った。
「お前、二度とこんな事するな!」
「え…」
鋭く睨み付けながらナルトにきつく言い付けると、ナルトは不満そうな顔になり、次第に悲しげな表情になっていった。
その表情の移り変わりに、ほんの少しどきりとする。
何か悪い事をした気になった。
サスケはナルトを手に入れると決意したが、まだ、ナルトを手に入れた訳では無いのだから。
誰にも譲る気は無い気持ちが、少し滲んでしまった。
早まったか?と、少し焦りを感じた時だった。
「うん。分かった。サスケにはもうしないよ。ごめんね、サスケ。サスケが嫌な事しちゃって…」
明後日の方向にサスケの言葉を解釈したナルトが、申し訳なさそうにそんな事を口走ってきた。
ナルトのその言葉にサスケは思わずぎょっとした。
サスケ『には』?
「おい、ナルト!どういう意味だ、それは!?」
「え、何が?」
思わず意気込んでナルトに詰め寄れば、サスケの勢いに気圧されるように、ナルトが呆気に取られてきょとんとした表情になった。
無防備なナルトの表情に胸を擽られつつ、問い質すのが先決とばかりに、苛立ちを隠さずナルトを詰問する。
「他の奴にはするのか!」
「う、うん」
サスケの勢いに戸惑いつつも、素直に頷いたナルトに、サスケの頭に血が上った。
言葉が足らずにナルトを誤解させたのはサスケだが、誤解したナルトを許せないとそう思った時だった。
「だって、くの一の戦法の一つだし。口移しって」
「…は?」
ナルトのその言葉に、サスケは思わず硬直した。
なんだ、それは。
サスケの戸惑いなど知らず、ナルトは滔々と、いつものように、忍ありきの言葉を続けていく。
「どうやって口付けしながら、口に含んだ薬を違和感なく相手に飲ませられるか、考えてても良く分かんないからさ、サスケが嫌じゃなければ、その修行にも付き合って貰いたかったんだけど、やっぱり、無理だよね。だったら、やっぱり、おじいちゃんに付き合って貰うしかないかなあ…?」
そう言って首を傾げて考え込むナルトに、サスケの頭は真っ白に染まっていた。
考える間もなく、思わず驚愕が口から飛び出していく。
「はあ!?ナルト、お前、何を言い出してる!?自分が何を言い出してるのか、分かっているのか!?」
サスケの思考は混乱で支離滅裂になり、何が何だか良く分からなくなっていた。
確かに、忍として、色仕掛けは戦法の一つとされてはいるが、それに従事して事を為すのは、主に諜報活動を主とする忍である事が多い。
ナルトもサスケも下忍である事を思えば、里から割り当てられる基本的な任務内容から判断して、ナルトの考えは全部が全部誤りではないが、適性面から言えば、決定的な誤りが存在している。
うちはであるサスケと、人柱力であるナルトが所属し、写輪眼を有するはたけカカシが隊長を務めるこの班で、人柱力のナルトが色仕掛けをせねばならない局面は絶対に生まれない。
そうなる前に、サスケとカカシで大抵事は全て片付く。
確かに、スリーマンセル解消後、サスケとナルトが個々に任務を受けるようになったならば、そういった局面もあるかもしれないが、女の人柱力であるナルトが、そういった任務に従事する可能性は酷く低い。
あり得ないくらい低い確率だ。
どちらかと言えば、幻術に適性を持ち、容姿も整っていて、何だかんだ打たれ強くて負けん気が強い方の、春野サクラに適性があり、そちらに振られる確率の方が高いだろう。
ナルトは駄目だ。
忍としての意欲は買うが、そもそもナルトは人慣れしていず、精神面が安定していない。
安定しているように見せ掛けるのが酷く板については居るが、ナルトはそもそも突発的な出来事に弱い。
簡単な駆け引きめいたやり取りをこなせなくはないが、本来、ナルトに取ってはそういったものは苦手な筈だ。
そして、何より、情に篤い。
何かを切り捨てる事を元々苦手にしている質である事が容易く見てとれるナルトが色任務に回されれば、容易く相手に絆されて、情を移すのが考えなくても目に浮かぶ。
その上、万が一にも妊娠した場合の処遇も、人柱力であるナルトの方が枷が大きい。
となれば、ますますナルトは色任務からは遠ざけられる。
それは、血継限界を有するうちはの最後の一人であるサスケも同様だ。
だからこそ、そこを補う為に、女で、幻術に適性があり、里にとって、替えの効く、対して後ろ楯の無い、比較的容姿の優れたサクラが、ナルトとサスケのマンセル仲間に選ばれた筈だ。
先にサスケに、このマンセル選抜の里の思惑を説いたのはナルトの癖に、何故こんなあからさまな物を見落としているのか。
大方、己の忍としての技能を向上させることばかりに意識が行き、適性についてをろくすっぽ考えては居ないのだろう。
ただ、それでも一つ、サスケにも分かる事がある。
忍として生きる為に、ナルトは火影の爺とですら、深い口付けを交わす覚悟を固めていると言う事だ。
それが、どんな事かも知らない癖に。
ナルトに対する心配と懸念がサスケに湧いた時だった。
きょとんとしたナルトが、あっけらかんと口を開いた。
「分かってるよ?でも、色仕掛けって、実践してみないと、ちゃんと効いてるのかどうか、良く分かんないし」
不思議そうに、さも当然の事のように言い出したナルトに、サスケに衝撃が走った。
もしかしたら、先程ナルトに纏い付いていた男も、それを確認する為の一員だったのかもしれない。
そう悟ったサスケに、戦慄が走る。
このままでは、ナルトはサスケの知らないうちに、どこの誰とどんな事をしだすのか、知れた物ではない。
そう結論した瞬間、サスケは荒れ狂う感情が爆発し、訳の分からない気持ちになった。
ナルトを閉じ込めてしまいたいような、ナルトが秘めて隠している物を全て暴き、ナルトの全て壊して、殺してやりたくなるような、酷く凶暴な気持ちだった。
男というものを、ナルトは軽く考え、侮り過ぎている!!!!
つくづくそう感じた。
どうせなら、下らないサスケへの悪戯の仕込みなどせずに、こちらの方をもっと良くナルトに仕込んでおいて欲しかった、と。
もう亡い母への恨み事がサスケに浮かぶ。
どちらにしても、ナルトは止まらない。
それが嫌というほど理解できた。
サスケがここで拒否をすれば、ナルトはサスケ以外の人間に話を持ち掛け、試すだろう。
何故ならこれは、忍として、くの一には必ず必要とされている技能だと、ナルトがそう思い込んでいるからだ!
そう結論したサスケの中に、どろどろとした強い気持ちが渦巻いていく。
強いそれに押し出されるように思うのは、そんな事は認められないと言う事だ。
ナルトの思い込みを正すのは容易ではない。
ならば。
気付けばサスケは、首を縦に振っていた。
「分かった」
「え?」
何を言われたか分からないと言わんばかりに、ナルトがきょとんとしながら首を傾げた。
咄嗟に承諾してしまったが、これはこれで悪くない。
サスケに取っては利しかない。
種を蒔いたのは、ナルトの方だ。
精々、利用させて貰おう。
無防備な幼い表情を曝している無邪気なナルトに、サスケは含み笑った。
「付き合ってやる」
敢えて言葉を切り取り、告げる。
挑むような気持ちになりつつ、不敵に笑った。
「え!良いの!?」
サスケの言葉の裏も知らずに、ナルトは無邪気にサスケの助力の申し出を喜ぶ。
ナルトだって、忍の癖に。
そう、一生、ナルトに付き合うとサスケは決めた。
放っておくなど、危なっかしくて出来はしない。
それに、これは、母の遺志だ。
それに従うのも悪くはない。
母も、うちはであるのだから。
「口付ければ良いんだな」
「え!?」
喜色を滲ませたナルトに言うが早いか、ナルトを捕らえて唇を強引に奪ってやった。
少しはこれで、男というものを学ぶといい。
ナルトは決して馬鹿ではない。
サスケの行動からサスケの意を読み取り、暫く内省するだろう。
変わらなければ、それはそれだ。
次の案を試せば良いだけの話だ。
サスケの行動に驚き、ナルトがサスケを振り払おうと暴れ始める。
ナルトからの抵抗に、サスケは少し腹立たしくなっていく。
ナルトが自分から言い出した事なのに。
サスケが付き合ってやった途端に、抵抗するのはどういう事だ。
この程度の事で取り乱す覚悟で、あんな事を口にしていたのか!
苛立ちと腹立たしさを糧に、ナルトの抵抗を力に任せて封じ込んで、噛み付くように強く唇を押し付ける。
サスケに取っても、これは自分の意思で交わす初めての口付けだったが、感慨に耽る暇などなかった。
そんな事よりも、もう一度感じるナルトの唇の柔らかさの方に思考が逸れる。
以前、感じた時は、事故だった。
間違いなく偶然だった。
でも、今のこれは、もう、違う。
驚いて、抵抗しているナルトの頭を抱え込んで、動けないよう固定する。
自然と密着するお互いの身体に、自分との違いをはっきりと感じた。
容易く捕らえて、抑え込んでしまえる細い体。
なのに、温かくて甘い匂いの、ナルトの柔らかさに全身が高揚する。
サスケの気が口付けから逸れた隙を衝いて、ナルトがサスケを渾身の力で突き飛ばしてきた。
思い切り突き飛ばされたおかげで、ナルトを手放し、たたらを踏んでしまう。
思わずサスケはナルトに抗議した。
「何しやがる!」
「な、な、な、何するはこっちの台詞だよっ!サスケこそ、何するんだってばね!?」
食べ頃のトマトのように熟れた真っ赤な顔で、口元を押さえながらサスケに抗議するナルトは可愛らしかった。
混乱に、目を白黒させているナルトは、こういう口付けには慣れてないらしい。
それに、この様子だと、自分が際どい事を言ったりしたりするのは平気でも、誰かに『される』のは駄目なようだ。
そうして、ナルトはサスケを少し『男』と意識した。
思わずサスケの口元に笑みが浮かんでいく。
ナルトのこんな姿を見ながら、ナルトの言う『くの一の修行』に付き合ってやるのは悪くない。
それに、これはナルトにサスケを意識させるのに使えるかもしれない。
「何って、お前、修行に付き合って欲しいんだろ?感謝しろよ。オレが付き合ってやる」
ナルトの理屈に添って、サスケの建前を告げてやれば、見る間にナルトの勢いが消沈した。
「し、修行…。そうだけど、でも、だけど…」
目の前で動揺と混乱と羞恥で目を白黒させて、しどろもどろになっているナルトに、サスケの中の何かが刺激されていく。
これ以上は逆効果だと判断しながら、もっとナルトを追い込んでしまいたくなる。
「何ならもう一度してみるか?」
楽しく浮かれる気持ちを苦労して抑えながら、ナルトの耳元に囁くように提案すれば、傍目からでも良く分かるくらい、ナルトは極端にびくついてサスケから飛び退った。
「い、いいってばね!変な事言い出して悪かったってばね!私も忘れるから、サスケも忘れてってばね!!」
真っ赤な顔で必死に叫ぶナルトは、どうやら色仕掛けは自分にはまだ早く、向いていないと言う事に気付いたようだ。
だが、今更、こんな美味しい状況を、サスケが逃す訳もない。
「はあ?何を言い出してるんだ、お前。これは修行なんだろ?」
「そ、そう、だけど…」
ナルトの迂闊さにつけ込む挑発の言葉を投げ掛ければ、サスケの言葉に納得して丸め込まれかけたナルトが、思い直したように食ってかかってきた。
「こんなの、予想外だし!なんでサスケの方からしてくるんだよ!!」
真っ赤な顔で食ってかかってきたナルトの言い分から、ナルトがサスケにどんな立場を求めて居たのかを察して不機嫌になる。
想いが通じあった後だというなら、そういう立場に甘んじてやるのも吝かではないが、根本的な大前提の話として。
「馬鹿か、お前。男が常に受け身で居られるかよ」
サスケのその言葉にナルトが絶句して、目を丸くした。
そこへ、だからこその難しさを説いてやる。
「だから、色任務は適性のある者がより重要視されんだろ。良く考えろよ。この程度の事で動揺するお前に、色任務が本当に務まると、本気でそう思うのか?それに、忍なら、わざわざ色を利用せずに任務こなせて当たり前だろ?違うか?ナルト」
サスケの言葉を吟味するように、素直に沈黙して考え込む単純なナルトに、サスケは少し愉快になる。
とはいえ、容赦なく色々な物への布石は打たせてもらう。
隙を見せるナルトが悪い。
そして、だからナルトはサスケが手に入れる。
そう決めてしまったのだから。
「お前のその修行、今まで通りオレがきちんと全て付き合ってやるよ。全部返り討ちにしてやるから、精々精進しろよな」
サスケの宣言に、赤い顔で目を見開いて固まっているナルトに、止めとばかりに笑いかける。
サスケの不敵な笑みに、言葉にならないらしいナルトが、顔を赤くしたまま、空しく口を開閉させた。
ぱくぱくと動くナルトの唇に、少々名残惜しさを感じつつ、これから機会を作ればいいと未練をすっぱりとその場で断ち切った。
「帰るぞ」
事の発端と同じ言葉をナルトにかければ、今度は素直にナルトはサスケの後に付いてきた。
何か、腑に落ちないらしい事を呟きながら。
「あれ?なんでこうなるの?何か、違う気がする…。でも、確かにサスケの言うように、目標に反撃される事もあるし、予想外な動きを取る事もあるだろうし、そう考えるとその時の対処法もちゃんと知っておかなきゃ意味がないよね?だったら、やっぱりこれで良いのかな。ちゃんと修行になるような気もするのに、なんでこんな釈然としない気持ちになるんだろ?サスケはちゃんと私に付き合ってくれるって言ったのに。なんで?」
本能的にきちんとサスケの下心を嗅ぎ付け、無意識に警戒しているというのに、それに気付かず、全面的にサスケを信頼しているらしい言葉を漏らしているナルトに、サスケは思い切り笑いだしたい気持ちになった。
サスケのこの下心の全てを気付かれてしまうのは得策ではないが、それでもナルトのこの様子ならば、案外サスケがナルトを落とすのは簡単かもしれない。
そうじゃなくても、そもそもナルトはサスケを切り捨てられない。
幾らでも機会は作れるだろう。
今日はナルトの妙な言動に、やけにどぎまぎさせられたが、やはりナルトは、ナルトだ。
詰めが甘い。
だが、ナルトはそのままでいい。
小さく浮かれた気持ちで口元に笑みを浮かべたサスケは、一つどうしても見過ごせない可能性を思い付き、険しい表情でナルトを振り返った。
「ナルト。お前、オレ以外の男にくの一の技とやらを試すな。男を甘くみるな!どうなっても知らないぞ。現にお前、オレに抵抗できたのか?」
サスケの忠告に、痛い所を突かれたと言ったように固まるナルトに、宣告する。
「そもそもお前に色任務は回って来ない。お前は女の人柱力だからな。封印が緩む可能性を、少しでも里が容認すると、お前はそう思うのか?」
目から鱗が落ちたとばかりに目を丸くしたナルトに、サスケに取っての建前を続けておく。
「まあ、忍として研鑽したいというお前の気持ちは酌んでやる。だから付き合ってやるんだ。いいな。オレ以外の男には絶対にするなよ!」
「うん。分かった」
今度は素直に納得して首を縦に振ったナルトに、サスケは安堵して、今の任務の依頼人であるタズナの家に向かって歩を進めながら、自分の考えに没頭し始めた。
里から、人柱力であるナルトの身柄をサスケが手にする最短の方法と、それをナルトに納得させる一番効率の良い方法はなんだろうか、と。 
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