戦闘携帯のラストリゾート
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銀の弾丸
チュニンに負けて、クルルクと話して、遊んで。ゆっくり起きてからスズとたくさん対策を練った。
時間は夜7時。今日が第一予選をクリアするラストチャンス。
「もし今日負けたら、キュービさんに謝りに行かなきゃね」
【……いいんですか? 計算どおりなら確かに倒せるでしょう。ですが、彼があなたを拒絶すれば──】
「いいの、自分のポケモンに信じてもらえないような人が、チュニンやキュービさんに勝てるはずないんだから」
わたしの腰のモンスターボールには、昨日まで連れていなかったポケモンが一体いる。彼はわたしの仲間だった。怪盗になるよりも、もっと前の。彼が今でもわたしの言うことを聞いてくれるかは正直わからない。
その上でスズと約束して決めたこと。もし第一予選で落ちたのならキュービさんのところに行って、素直にわたしには無理だったと。出来もしないことを口にしてごめんなさいと、あなた達の決めた八百長に従いますと頭を下げる。
でも、そうするつもりはない。今日の勝負で勝つための覚悟を決めるためだ。背水の陣、とスズが教えてくれた。それを第一予選からやるのは我ながら情けないと思うけれど……今のわたしにはそうすることしか出来ない。
「さあ、昨日の通過者はまだ8名。しかし今日はどうでしょうか! 皆さんの熱い戦いをチュニンは期待しています! それでは──はじめ!!」
昨日と同じエントランスホールで、チュニンさんが開始の合図を告げる。
みんなが我先に入っていった後でわたしはゆっくり歩いて迷路へのワープホールに足を踏み入れる。
もう無理に一番は目指さない。それは今のわたしには荷が勝ちすぎている。
……でも、わたしはクルルクと同じアローラの怪盗なんだ。だから勝ち進んで宝を奪う。相手の言うとおりにして宝を渡してもらうなんてことは、絶対にしたくない。怪盗が来ることに期待している人たちを、がっかりなんてさせたくない。
だからわたしのやり方で、このピンチは切り開く。そうしないといけない。
「お願い、スズ。スターミーもよろしくね。前と同じ様にはさせないから」
迷路を進むのに頼るのは前と同じスターミー。すっかり元気になったコアをピカピカ光らせるその姿がとても頼もしい。
出てくるポケモンは昨日と同じだ。バケッチャやバチュル、ランプラーの群れ。わたしはスターミーに乗りながら、攻撃を避けていく。
そして、進みながらスズに頼んでおいたことへの報告が帰ってくる。
【分析どおりですね。昨日と違い、みんな出現するポケモンを避けるように動いています。使うポケモンもテレポートやあるいは相手にクモの巣を使うなど、逃げるためのものに変わっています】
「ありがとう、まずは一安心ね」
クルルクが与えてくれたヒント。それはこの大会ではGX技だけではなくポケモンカードが持つ様々な要素が絡んでくるということ。
今朝から調べて、迷路で出会ったポケモン、マーシャドー、そして予選の名前からマーシャドーの強さの秘密はわかった。
(……よるのこうしん。カードゲームでは同じ技を覚えているポケモンが倒されるか捨てられている数が多いほど威力が上がる技)
わたしの知る普通のポケモンバトルには存在しない技だ。GX技でもない、そこまで強くない未進化ポケモンの技。
だけど、カードゲームにおいてはいろんな方法でポケモンを捨てる(トラッシュ、というらしい)ことで強大なポケモンまで倒してしまうという。
カードゲームのマーシャドーには専用の特性があって、捨てられた進化していないポケモンの技を使うことができる。
それを利用してマーシャドーがよるのこうしんを使い、倒されたポケモンの数だけ攻撃力を倍増する、というギミックを構築したみたいだ。昨日予選を通過した人はいち早く気がついて、かつ攻略法を実践できたということだ。
【昨日ラディが戦ったときは恐らく十数倍まで跳ね上がっていたのでしょう。しかし倍増する、ということは一体も倒さなければ攻撃力は0倍。そしてチュニンの使うポケモンはマーシャドーだけ──つまり、バケッチャ、バチュル、ランプラーを倒さずゴールまでたどり着けばその時点で第一予選通過確定。スターミーの速度ならスズのルートに従えば確実にポケモンの攻撃を振り切ることができます。それでも、やるんですね?】
「……我儘だよね、わたし。スターミー。お願い」
真正面に現れたバチュルの群れを、スターミーがうずしおで巻き上げて冷凍ビームで氷漬けにする。倒されたバチュルが赤い光になって消えた。多分今ので4体。もう後戻りはできない。
【許される我儘でしょう。元はといえばキュービックがあなたを騙して連れてきたのが悪いんです】
「そこ、スズも同罪だからね」
【これは手厳しい。ともかく、あなたの意思をできるだけ否定はしませんよ。あなたが傷つかない範囲ならね】
今わたしがするべきは確実に第一予選をクリアすること。マーシャドーと戦わずに済むならそうすべきだ。変装中の怪盗として、無駄なリスクを負う必要なんて何一つない。
でもわたしは、ポケモンバトルで人を楽しませるための怪盗なんだ。そして昨日、がっかりさせてしまった相手が一人いる。
“無理はしないでくださいね”
泣きそうな顔で降参するわたしを見て、彼女がどう思ったかはわからない。気を遣ってああ言ってくれたのだから、最初から期待なんてしていないのかもしれない。でも少なくとも、困らせてしまったはずだ。
だからわたしは、わたしのやり方であのマーシャドーを倒して。チュニンさんを驚かせてみせる。マーシャドーと、彼女と戦うことから背を向けるなんて、ポケモンバトルで魅せるアローラの怪盗じゃない!
ランプラーを倒して、バケッチャも倒す。出くわしたトレーナーもグソクムシャの出会い頭やポリゴンZの破壊光線で一撃で倒した。優れたGX技に依存するだけの相手なら、それを使わせる前に倒せる。システムの都合上、挑戦中一度しか使えないので気安く使えないのもあるだろう。
問題は、ゴール手前の大型ポケモン。今日はビークインが大量のミツハニーを纏って立ちはだかっていた。
ビークインもミロカロスも、よるのこうしんで戦うデッキに入っているポケモンらしい。その中で珍しく最終進化系なので迷路のラストに配置されているみたいだ。
【ビークインを守る『防御指令』そして周りから蜜を持ってきて体力を回復させる『回復指令』を発動し続けている状態ですね。昨日同様強力な技には『守る』を使うのでしょうが……】
「出し惜しみはしない……いくよレイ! 大砲の形態!」
ボールから出てきたレイが取っ手のついた大型の筒のような姿に変形し、わたしはそれを力を入れて砲身をビークインに向ける。
「『ロックブラスト』!!」
一発の威力ではなく、弱点となる岩の砲撃を乱射する。ミツハニーを守りを打ち破り、貫き、残る三発がビークインの体を激しく叩いた。
「これで──」
【いえ、まだです!】
ビークインが力を振り絞りミツハニーに『攻撃指令』を下す。玉砕覚悟のようにミツハニーが四方八方からわたしとレイに突っ込んでくる。
「いくよ、レイ! わたしに、あなたを、オーバーレイ!」
ツンデツンデの巨大な砲身がほどけ、まるでテレビの中の特撮ヒーローのようにわたしの体を覆う。赤と蒼の二色の装甲で覆われたわたしは、ミツハニーに刺されることなく攻撃を防いだ。
「これで終わり!『ジャイロボール』!』
わたしを覆う残った体で出来た玩具みたいな銃から放たれるのは、ツンデツンデ一番の得意技。相手のスピードが早いほど回転数を増す不思議な銃弾が、ビークインの体をすり鉢みたいにガリガリ音を立てて走って戦闘不能にした。ツンデツンデの姿が、わたしを覆う装甲から元に戻る。
怪盗になる前は、メレメレ島を守るヒーローみたいな島キャプテンだったわたし。怪盗になってからはあまりやらなくなっていたけど・・・・・・自分にできることは惜しみなくやる。そう決めた。
「今度は、負けないよ。あなたをポケモンバトルで驚かせてみせる」
もう一度決意を込めてつぶやき、わたしは二度目となる迷路のゴールをくぐった。
「……お待ちしていましたよ、元一番乗りのお嬢さん」
ワープホールを抜けた先では、昨日と違い最初からわたしの真正面にチュニンが立っていた。シャトレーヌとしての笑顔を浮かべているけどどこか真剣、ある意味ではこちらを伺っているように見える。
それはきっと、わたしが与えてしまった不信だ。実は大したことはないただの子供、丁重に扱ってあげなければいけないと思われても仕方がない。
だからまずは、わたしの気持ちを伝えなきゃ。
「昨日と同じようにはいかない。必ず……あなたとバトルして、勝つ。」
「……どうするつもりなのか見せてもらいましょうか!行きますよ、マーシャドー!」
カードから飛び出てきたマーシャドーが、太陽の生み出す陽炎のようなオーラを纏って現れる。ここに来るまでにわたしが倒した数は12体。つまり攻撃力は12倍だ。昨日と同じ条件。
まともに受ければ、いや効果今一つにしたところで問答無用の一撃がわたしのポケモンを瀕死にするだろう。先制の一撃で倒そうとすれば『影撃ち』が、守りを固めれば相手の能力変化を奪ってから攻撃する『シャドースチール』が飛んでくる。
だから、わたしも本気で行く。
「お願い、力を貸して・・・・・・シルヴァディ、レイ!」
ボールから呼び出したのは、狼の顔に昆虫の足、獣の胴体に魚の尻尾を持つキメラのようなポケモン。それにツンデツンデは直接フィールドに出るのではなく、体の一部がレゴブロックで模したような拳銃の形としてわたしの手に収まった。
シルヴァディはちらりとわたしを見る。まるで舌打ちのように爪で地面を鳴らすと、敵であるマーシャドーを見た。
……信じてる、なんて言える立場じゃないけど。今はこのバトルを勝つための全力を尽くすしかない。
「ノーマルタイプの強力なポケモンなら影撃ちやシャドースチールを使わせず有利に戦えるという作戦かもしれませんが・・・・・・甘すぎますよ! 『インファイト』です!」
「わたしの本気はそんなものじゃない! このメモリを受け取って!」
ツンデツンデの銃から打ち出すのは、シルヴァディのタイプを変えるメモリ。ゴーストタイプのそれを受けたシルヴァディの瞳や尾が漆黒に変化する。
そして、格闘タイプの技はゴーストタイプには一切効かない。拳を振るう風圧さえ感じられる連打は、シルヴァディの体をすり抜ける。
「『マルチアタック!』」
メモリによって変化したのと同じタイプで放たれる一撃。漆黒の爪が、マーシャドーの体を引き裂く。ゴーストにゴーストは効果が抜群だ。
シルヴァディ専用の技による弱点の攻撃。並のポケモンなら一撃だ。だけど分散したマーシャドーの体が再びくっつき、元の姿を取り戻す。
「まだですね! 『気合のタスキ』の効果により、マーシャドーは一撃では倒されません!そしてゴーストタイプになったということは、『影撃ち』を防ぐことはできないということ! 残念ですが、またあなたの負けです!」
マーシャドーの両手から素早く影が伸びる。先制による攻撃は──再び、シルヴァディをすり抜けた。
既に瞳も爪も尾も元の白色に戻っている。シルヴァディ自身が、メモリを拒否したからだ。
チュニンとマーシャドーの表情が本気で驚いたものに変わる。
「バトル中に自分のタイプを変える特性……!? ですが、ここまでへんげんじざいなものではないはずです」
「……シルヴァディはもともと、ウルトラビーストに対抗するために生み出されたポケモン。だから、ウルトラビーストのレイが打ち出した弾丸は彼自身が拒否しようと思えばいつでも拒否できる。よって今は元に戻りノーマルタイプになる!」
だから、わたしとレイが打ち出すメモリとシルヴァディの意思で彼は自分のタイプを操れる。それはポケモンバトルにおいては特殊で強力なアドバンテージだ。
格闘タイプの技をゴーストタイプになってすり抜け、ゴーストタイプの技をノーマルタイプに戻って躱す。
「どれだけ攻撃力が高くなってても、ダメージを受けないタイプになっていればそのダメージは0倍! これで終わり! シルヴァディ、『燕返し』!』」
攻撃を思いがけない方法で躱されたマーシャドーの体を鋭い爪が捉える。影で出来た体が真っ二つになり、そのまま雲散霧消した。
「勝っ、た……!」
「……はい! お見事、第一予選クリアです! まさか攻撃力が十倍を超えたマーシャドーを倒せる人がいるとは思いませんでした!」
チュニンさんはわたしに歩み寄り、マーシャドーのカードを手渡される。カードの裏側にはわたしのエントリーナンバー、35番と書かれていた。
ひとまず第一予選をクリアできたことにホッとする。
だけど、これはあくまで最低限。大事なのはチュニンがわたしを認めてくれるかどうか。
「……面白い、面白いですね! ええ、そのシルヴァディ……是非チュニンの本気で倒してみたいです!」
わたしの手を取り、力強く振る。そこには少しの親しみと、バトルする前の顔色を伺うような緊張感は消えている……気がした。
「ですが、今は予選中。今度は予選のルールではなくガチンコでやりましょうね!」
「……うん、絶対勝つ!」
「素晴らしい意気込みです! それでは、次の挑戦者も来ているのでこれで! 次はチュニンのほうがそのシルヴァディを倒す策を練らせていただきますからね! ありがとうございました!」
わたしの後ろにワープホールが出る。認めてくれたのかはわからない。
それでも・・・・・・チュニンが笑ってくれたことにほんの少し顔をほころばせて。
嬉しさとほんの少しの寂しさ。シルヴァディとの過去を思い出しながら。わたしは予選通過のカードを握りしめてワープホールをくぐった。
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