戦闘携帯のラストリゾート
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百鬼夜行の主
迷路の出口に置かれたワープ装置に飛び込んだわたしを真っ白な光が包み、目を開けた時には別の空間にいた。わたしを乗せていたスターミーから
空間を優しく包むのはシャンデリアの明かり。周りは乳白色の壁が囲み。床だけがバトルフィールドを表す鉄色の円を描いている。まるでレスリングの試合場みたいに。
【一番乗りですね】
「本当に?」
【スズが嘘をついたことがありますか?】
「……今まで食べたマラサダの数くらいじゃないの」
【スズは一回もたべたことがないので0ですね】
軽口をはいはい、と流してニットキャップを目深にかぶり直す。チュニンとは一度バトルしているから戦えばすぐにバレるだろう。知らないふりをすることができる様にしておいた方がいい。
わたしはグラデシア。怪盗とはなんの関係もないカナズミシティの学生……大会があるって聞いてお父さんからもらったポケモンで参加しにきただけ。よし。
一番乗りでクリアして、いずれバラしたときに皆に驚いてもらえるようにしないと。
……肝心のチュニンはどこにいるんだろう。
「おや、一番乗りは可愛らしいお嬢さんでしたか! ようこそチュニンの闘技場へ!」
「!?」
思わず肩が跳ねる。その声は、わたしの真後ろからした。慌てて振り向くと、そこにはチャイナドレスを纏った真っ赤な髪のシャトレーヌ。格闘タイプ使いであり彼女自身格闘術の達人であるチュニン・ハオが立っていた。
ツンデツンデを出して盾になってもらおうと一瞬ボールに手が伸びるけど、堪える。そんなことしたら一瞬で普通の参加者でないとバレてしまうからだ。
「……なるほど」
警戒しつつも何もしないわたしを見て、チュニンは小さく呟いた。
「ゴールへの一番乗りおめでとうございます、と言いたいところですがそれはあくまでウォーミングアップ!このチュニンとのバトルこそが本番ですよ!ルールはチュニンが1体、あなたが3体のシングルバトル。さあ、この格闘術の前にあなたはいつまで立っていられるでしょうか!」
チュニンは軽く助走をつけると、ジャンプでわたしの頭上を飛び越して宙返り。体操選手のように地面についてまた跳んでを繰り返してバトルフィールドの端に立った。もう驚かないけど、実際どう対処しよう。
とりあえず今はこのバトルに勝てばいい。手持ちの殆どは元気だし、バトルは3対1。多分出てくるのはジャラランガのはず。
前一撃で倒したときが彼女の全力だなんて油断はしない。ただ、負けるつもりはない。
一番乗りで勝てば、変装したわたしのことはいろんな人の印象に残るはず。このままスターミーの速さとサイコキネシスや冷凍ビームで押し切ってしまおう。
「このままお願いスターミー!」
「では……いきますよ! マーシャドー、出番です!」
だけど、チュニンが呼び出したのはジャラランガに比べれば遥かに小さい、その姿はまるで真上に登った灼熱の太陽に照らされてできた人影が、陽炎で揺らめいているみたいだった。
【ゴースト・格闘。一応アローラのポケモンですが、日輪の力を狙うものを見定める七星の裁定者という伝承が残るのみの幻のポケモンですね。まさか彼女が保有していたとは……いえ、というよりこの異常な攻撃力は一体……!?】
驚きを隠せないようなスズの声。アローラすべてのポケモンバトルを管理している彼女がバトル中に本気で驚くことなんてわたしは一度も知らない。
「……スターミー、サイコキネシス!」
「マーシャドー、影撃ちです!」
お互いに弱点をつく攻撃。影撃ちは先制技だけど、体力が全回復しているスターミーを一撃で倒すことはできないはず。なのに。
わたしが認識できたのは、真横を紫色のものが飛び抜けていってガラスのコップを壁に思い切り投げつけたような鋭い破壊音が響いたこと。
揺らめく陽炎を纏ったマーシャドーが無傷のまま、わたしよりも小さい両手を突き出して何か黒いモヤを放ったらしいこと。
振り向けば、スターミーが真ん中の赤いコアをひび割れさせて倒れ、完全に瀕死になっていたことだった。
「これこそまさに百鬼夜行、怪力乱神たる幻の力!……先制技で一撃で倒せばなんとかなるかもしれませんよ?」
わたしの正体を見抜いた上での意趣返しなのか、笑顔でいうチュニン。でも反応する余裕はわたしにはなかった。
先制技は威力が基本的に低いし『影撃ち』もそうだ。スズが攻撃力が上がっていると言ったけどだからって、あんな一瞬で……!?
完全に不意を突かれた緊張で心臓が嫌でも音を鳴らして目がかすむような感覚がする・でも、今はとにかく勝たなきゃ……
【とにかく、あの攻撃を防げる可能性のあるポケモンを出しましょう】
「……っ、お願いハッサム!」
フィールドに出たハッサムにもマーシャドーの攻撃力は伝わったのだろう、虫の知らせを受けたように僅かに身震いしたのがわかる。あんなメチャクチャな攻撃力を持つポケモンの前に立たされたらわたしだって怖い。
どういう理屈であの攻撃力なのかわからないけれど、ハッサムの防御力をまずできるだけ上げる!
「ハッサム、メガシンカしてそのまま『鉄壁』!」
ハッサムの体にエネルギーが集まり、より赤い鎧とハサミを巨大化させた形態に変化する。さらに防御力を大きく上げる技で、体の固く鋭く、ハッサム自身も自慢のハサミをクロスさせて守りの体制に入った。
「いい守りですね。しかしこのナイト・マーチの長たるマーシャドーにはその程度の守りなど乙女の柔肌にも劣るということを教えて差し上げましょう!」
「……やれるものなら」
脳裏によぎるのはGX技の存在。わたしが調べた限りGX技はバトル中に使用した技の回数を多く要求するものほど威力が高いということ。ならまだ影撃ち一回しか使っていないマーシャドーにはそこまで強力なことは出来ないはず。
だけど、わたしは忘れていた。伝説のポケモンや幻のポケモンは、何かしら特殊で強力な技を持っているってことを。
「その魂を見定めるは七星の使者! 悪しき力には正しき拳を、邪なる願望には聖なる絶望を! 『シャドースチール』!!」
まるで魔法を唱えるように高らかに宣言された技とともに、マーシャドーの陽炎のようなものがハッサムに伸びる。すると『鉄壁』による輝きが一瞬にして消え去り、逆にマーシャドーの体が水銀のような揺らめく銀色の光を放つ。
「お願い……耐えて!」
マーシャドーの姿が消え、守りを固めるハッサムの足元に出現する。大きさだけ見ればハッサムなら簡単に踏み潰せそうなほど小さいのに。
渾身の──というほどでもなさそうな、腕を軽く振り上げただけのアッパーが。メガシンカしたハッサムの体を天井まで激突させて、翅を広げるだけの余力も与えず、虫のカゲロウが寿命を終えるようにあっさりと地面に落ちた。
スターミーも、ハッサムも、ぎりぎり耐えられなかったなんてレベルの威力じゃない。どう考えてもオーバーキルのダメージを受けている。
「さあ、あと一体ですね! 次はどんな手を見せてくれますか!?」
ハッサムをボールに戻す。多分さっきの技は能力の上昇を無効にするタイプの能力があるのはわかる。先制技として影撃ちを持ってて更に格闘技もおそらく使える。
……グソクムシャのであいがしらなら、『影撃ち』を超える速さで一撃いれることもできるだろう。でも、ゴースト・格闘に虫タイプの技のダメージはほとんど通らない。
ルカリオのバレットパンチなら、もしかしたら先手を取れるかもしれないけど倒せなかったら、ほぼ確実に影撃ちの一発だけで倒されてしまうはず。
ツンデツンデの防御力はすべてのポケモンの中でもトップクラスだけど、格闘タイプの技は大きな弱点だ。ポリゴンZも同じこと。
他にも手持ちはもう一匹いるけど……勝てる可能性は……
「……降参、する」
「まだ勝負はおわっていないですよ! むしろようやく1対1になったところ、ここからが腕の見せ所、まだまだ諦めるには──」
「……まだ挑戦するチャンスはある。だから、今は……余計に瀕死にさせたくないし、早くこの子達を治してあげたい。大切な、ポケモン達だから」
激励するようなチュニンと、わたしの目が合う。チュニンは一瞬悲しそうな顔をした。……今のわたしを見て何を思ったのか、怪盗だと気づかれているのかもわからないわたしにはわからない。
「あー、わかりました! そうですね、まだ明日もありますし、まだ開始から30分も経ってないので一度治してから対策を立ててきてもらっても大丈夫ですよ!」
チュニンは今度はジャンプではなくゆっくり歩いてきて、対戦後の握手を求める。今までの爆ぜる炎のように鋭い言葉と動きじゃなくて、まるで、怪我をした小動物が怯えないようにするためのやんわりとした態度だった。
「また戦えるのを楽しみにしてますからね! せっかく一番に来られる実力があるんですから、期待してますよ!」
わたしの後ろに、ぼんやりとした光が浮かび上がる。ここに入れば最初のエントランスに戻るんだろう。
「……絶対、絶対今度は勝つから」
「────」
わたしがワープホールに入る前にチュニンが見ている人たちには聞こえないように小さく囁いた。その言葉にわたしの肩が跳ねる。
その言葉を噛み締めていると、目の前はポケモンセンターとカードショップを兼ねたお店だった。
【ラディ……スズのサポート不足もありました。だから、気を落とさずに対策を練りましょう】
「うん……わかってる。まだ予選落ちしたわけじゃないし、きっとあの強さにはカラクリがあるはずだよね」
あんな攻撃力から先制技を出されたら、誰だって太刀打ちできない。だから何かあるんだ。あの攻撃力は。この失敗は、次に挑むときに活かせばいい。今まで失敗したときだって、そうしてきた。
そう考えながらポケモンセンターに入ってスターミーにハッサム、ポリゴンZを回復してもらう。それから外に出て、ホテルの部屋じゃなくて人気のない海沿いまで歩く。
「スズ……ちょっと通信は切ってて。それから、マーシャドーについてできるだけ詳しく調べてくれる?」
【……わかりました】
携帯の電源を切って、ボールからツンデツンデを呼び出す。ツンデツンデは何も意思表示することなく、ただわたしの体を隠すように箱の形になってくれた。
リゾートの宝石みたいな明かりがないほぼ完全な暗闇。だからわたしの姿は今誰にも見られないと安心できる、だから、
「レイ、わたし負けちゃった……一番に勝つって決めて……真剣勝負で勝つって決めたのに……なにも出来なかった……」
怪盗として振る舞ってなくても、変装してても、わたしはここにいる以上怪盗なんだ。だから、人前では絶対泣かない。できるだけ冷静を保って、負けたとしても普通の女の子みたいに弱いところは見せちゃだめ。
でも、ツンデツンデがわたしを隠している時だけは。頑張らなくていい。臆病で、周りに失望されることが怖いただのわたしでいい。
「チュニン、わたしに無理しなくていいって言った……キュービさんがわたしを呼んだ理由もわかったから、今からでももとの予定に変えてもいいんですよって……」
気遣ってくれたのはわかる。多分、負けたときのわたしは泣くのを我慢しているように、辛そうに見えたんだ。それくらい、弱くて情けなく思われたんだ。あの勝負を見ていたキュービさんや他のお客さんにもそう思われたかもしれない。そう思うと、怖くて怖くて仕方なくなる。怪盗の仕事を果たせないことよりもスズやキュービさん、みんながわたしの事嫌いになるんじゃないかって。そんな自分も嫌になる。
あんなこと言わなければよかったとも思う。キュービさんの言うとおり、八百長で宝を盗むふりだけすればこんなふうに怯えなくてよかった。素直に一週間リゾートを楽しめたのにって。
でも、それじゃわたしは自分を怪盗だとも思えなくなる。だから、やらなきゃいけない。でも今は、レイがわたしを隠してくれる今だけは──
「怖いよ、レイ……わたし、どうしてあんなこと言っちゃったのかな……」
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