雲に隠れた月は朧げに聖なる光を放つ
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第三話 大迷宮
翌日、俺たちは予告通りオルクス大迷宮へ出発した。大迷宮の入り口は、想像してるものではなく祭りといったところだ。露店が多くある。おそらくこの辺りは人が多く通るのだろう。とはいえわざわざ大迷宮の入り口に来てまで商売するのは‥‥‥‥と思う。
「逞しいねえ」
思わずそう呟くのだった。
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迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。こちらはいかにも迷宮です!‥‥‥という感じではない。どちらかというとダンジョンに近いと思う。縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度視認が可能だ。
俺は戦闘準備をするために装備を装着する。
ガシャン‥‥‥ガシャン‥‥‥ガシャン
そして仮面を被る。改造エアガンを太腿に取り付けたホルスターに収納し、辺りを警戒する。そのうちに広場みたいな場所に出てきた。とその時。
壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。
「よし、番人三人が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」
「「「よっしゃあ!」」」
拓人は指揮者なだけあり、音楽を実体化させて攻撃する。見れば音符がラットマンをボコボコにしている。ちなみに曲は、「きらきら星」だ。
蜂起はラットマン相手に記憶操作は行わず、中国拳法で蹴散らしていく。蜂起曰く、もらったノートは記憶以外も操作できるらしく、慣れればなんでも操れそうと言っていた。
俺は単純に徒手空拳でボコボコにする。間に合わない場合は時止を使って瞬殺だ。
第一階層はやはり弱く、俺たち三人は瞬殺してしまった。メルドさんが苦笑いしている。オーバーキルではなく、確実にかつ迅速に倒していたからだろう。
「次、行きましょ」
「お、おう。そうだな。よし、みんなついてこーい」
そのままどんどん階層を下っていく。ハジメ以外の全員は楽々と階層をクリアしていた。ハジメだけは団長たちに弱った魔物をけしかけられていた。彼は錬成を使って敵の動きを封じてから剣でトドメを刺していた。これは俺とハジメが考えた戦法だ。鉱石を錬成できるなら地面も錬成できるんじゃね?ということで試したところ見事成功したのだ。そこからは落とし穴を作って中にある石を変形させ串刺しにしたり、単純な拘束を作って剣で滅多刺しにすることにした。見れば錬成できる範囲も広くなっているらしい。少しずつ精度も上がってきたみたいだ。
と、適当に殺りながら俺たちは本日最後の階層に来た。ここは二十層だ。ここを超えれば一流らしい。道は狭く、二人ずつぐらいしか通れない。その時メルドさんと光輝が立ち止まった。辺りを警戒さしている。
「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」
メルド団長の忠告が飛ぶ。その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。
「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」
団長の声が響く。光輝たちが相手するらしい。光輝と雫が囲もうとするも道が狭くて上手くいかない。龍太郎は肉壁としてなんとか食い止めている。
龍太郎の人壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。
直後、
「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」
部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。
「ぐっ!?」
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
前衛の動きが止められてしまった。ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。
「チッ!」
俺はエアガンを構える。そのまま発砲した。
ドパンッドパンッドパンッ!!
速攻で三体を倒す。
「時止!」
さらに時を止め、ギリギリまでロックマウントを殲滅する。最後の一体を残して全滅した。
「時は動き出す‥‥‥厨二病臭いや」
独り言を言いながら、最後の一体を思いっきり殴る。ロックマウントは後ろの壁を突き破ってどこかに飛んでいった。
「やれやれ‥‥‥」
「やるなあコウ。時止便利すぎだろ」
「ゼロ時間転移しているようなもんだからな」
「特に技能もなしでできるって凄えな」
「あ、なんだかんだで止められる時間も延びたな。15秒ぐらいかな?」
「おいおい‥‥‥そんなにあったらタイマン無敵だろ」
いつものように三人で雑談する。その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。
「……あれ、何かな? キラキラしてる……」
その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。中々に綺麗だ。
「ほぉ〜あれはグランツ鉱石というものだ。あれ程のサイズの物は珍しいな」
「素敵……」
香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。千秋や若芽もうっとりとしている。というか女子全員だ。ああいう鉱石を誕生日プレゼントなんかでもらったら一撃で落ちるなと思った。
その時‥‥‥‥
「だったら俺らで回収しようぜ!」
そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルド団長だ。
「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」
「あのバカ‥‥‥!」
俺は時を止めて檜山を止めようとするが‥‥‥間に合わなかった。檜山が鉱石に触れてしまったからだ。鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだろうか。
「ヤバイな‥‥‥団長!」
「ああ!みんな早く外へ!」
団長の指示が雷のように轟く。その声に我に返ったのか、クラスメイトが急いで出口に走ろうとする。
しかしそれも遅かった。
一瞬の浮遊感。おそらく階層を移動してるんだと推測した。
「あのバカ野郎!調子に乗りやがって!」
俺は毒づきながら辺りを確認する。先程いた部屋とは違う。俺たちは橋の上にいた。当然崖もある。落ちたら生きて帰るのは困難だろう。それぐらいに深い。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。
階段の端には魔法陣がある。大きな魔法陣が一つと、多数の小さな魔法陣。小さな魔法陣からは、骸骨が現れた。武装をしており、目は不気味に光っている。さらにデカイ魔法陣からは、やはりデカイ魔物が現れた。見た目はトリケラトプスみたいだ。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが……
「まさか‥‥‥ベヒモスとトラウムソルジャーなのか?」
メルド団長が呟く。とりあえずあのデカイやつは不味い。本能でそう感じた。今まで装備を解いていたが、再び装着する。
「変身ッ!!」
気合を入れるためにも叫びながら突撃する。ベルトの風車が回転し、姿が変わる。
サッ ガチャ!
ヘルメットとクラッシャーを取り付ける。
「団長!みんなをお願いします!拓人!蜂起!ハジメ!行くぞ!」
「よし!とりあえず‥‥‥情熱大陸でいいか」
「任せろや!どりゃあああ!!」
「ぼ、僕も‥‥‥よし!錬成!!」
拓人とハジメがベヒモスを拘束し、俺と蜂起がボコボコにする。蜂起は中国拳法と持参したナイフを使って効率よくダメージを与える。俺はエアガンを時止と併せて使い、急所を撃ち抜いていく。弾切れしたら時止で装填しなおす。
ドパンッドパンッ!!ガチャッ‥‥!
ドガ!バギッ!!
「魔法も併せて使うか‥‥よし、突風!」
拓人が風を吹かした。すると、ベルトの風車が再び回り始めた。力が溢れてくる…!
「ハジメ!」
「うん!錬成!!」
ハジメが地面を拘束具にしてベヒモスを封じる。壊そうとしてもハジメが片っ端から錬成していくので、ベヒモスは動くに動けないのだ。さらにハジメの拘束を万が一解いても拓人がいる。実質ベヒモスは、丸腰の状態なのだ。
「オラオラァ!!どうしたこの恐竜野郎!」
蜂起がどこかHiな状態だ。拳も加速している。俺もエアガンをしまって徒手空拳に切り替えた。
「セイッ!ヤアッ!!」
フックカットを連続でベヒモスの頭部に叩き込む。確実かつ効率的にダメージがベヒモスに入る。
と、その時。後ろから多数の魔法弾が飛んできた。どうやらトラウムソルジャーを殲滅したクラスメイトが、こちらに向けて援護弾を放っているらしい。ダメージは微々たるものだが、動きを封じるにはうってつけだ。
ハジメが錬成に幅を利かせる。何度も錬成したおかげか、複雑な錬成ができるようになったのだろう。拘束しながら拷問のごとく即席で作った針(地面製)でぶっ刺している。徐々に橋の真ん中辺りまで押し返す。そろそろトドメだ。
「トゥ!!」
俺は飛び上がった。この装備はバッタをモチーフとしているので、脚力がとんでもなく上昇するのだ。飛び蹴りは絶大な威力を誇る。
「ヤァァァァァァア!!」
バギィ!!!
ベヒモスの頭部に炸裂する。大きく吹っ飛ばされるベヒモス。まだ息はあるが。
「行け!みんな!!」
俺の合図で魔法弾が一斉掃射される。これでおそらくトドメだ。精度は少し悪いが、だいたいはベヒモスに命中している。まあ何発かは橋に命中しているが‥‥‥。
「ええ!?」
ハジメの声が響いた。俺は思わずそっちの方向を向く。そして目を見開いた。なんとハジメが、仲間からの魔法弾を受けて吹き飛んでいたからだ。見た感じ、火だった。
(まさか‥‥‥檜山か!)
当てずっぽうだが檜山だと予想する。檜山の方を見ると、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた‥‥‥。間違いなさそうだ。
咄嗟に時を止めようとしたが、もうハジメは橋から落ちかけている。さらに、橋そのものも崩壊を始めた。このままだと俺たち四人は橋の下に転落するだろう。俺はすぐに拓人と蜂起に目配せする。俺は、このまま行ったら死ぬであろうハジメを守るためにも、このまま落ちるつもりだ。
拓人と蜂起は‥‥。
「置いてくつもりはないぜ?」
「もちろんついてくさ」
了承の意を見せてくれた。俺は一度だけ頷き、既に降下を始めているハジメを掴んだ。俺も自由落下を開始する。クラスメイトが駆け寄ってくるも、遅い。俺たち四人は、奈落の底まで急降下を始めた。白崎が飛び出そうとして雫や光輝に羽交い締めにされているのが見える。他のクラスメイトは青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。メルド達騎士団の面々も悔しそうな表情でこちらを見ている。
俺はクラスメイトから視線を外し、これからどうするかを考える。おそらくかなり降下することになるだろう。メッセージを伝えるために着地してから跳び上がってもいいが‥‥‥。おそらく風車にはかなりのエネルギーが貯まるはずだ。それを使えば俺一人なら上に戻れる‥‥と思う。
そのうちに地面が見え始めた。ハジメは気絶している。
「蜂起。ハジメを」
「おう、投げてくれ」
ポイッと蜂起に投げ渡す。近づく地面。俺は跳び上がる準備をした。
「‥‥‥‥‥!今だ!!」
俺は地面を蹴り、跳び上がった!グングンと上昇する。あっと言う間に崖の上に出た。
俺は今だその場にいたメルドさんたちに、ハジメの無事を伝える。
「悪いけど‥‥‥ここからは俺ら四人で行動します。それと、千秋と若芽はいますかね?」
「いるけど‥‥」
「どうしたの?コウ」
「‥‥悪いが、暫くのお別れだ。必ず戻ってくるから、その時まで待っててくれるか?」
「もちろん!」
「気をつけてね!」
「それと白崎‥‥」
「な、何?」
「悪いが‥‥今はハジメの生死は分からない」
「そ、そんな‥‥」
「落ちたときに衝撃を和らげたとはいえ、かなりの高度から落下したんだ。どちらとも言えない‥‥すまないな」
「だったら‥‥私も行くから!」
「‥‥それは駄目だ。これ以上の戦力ダウンはいけない」
「いや!それでも行く!」
そう言って今にも飛び降りようとする白崎。それを止める光輝と雫。
「香織っ、ダメよ! 香織!」
「香織! 君まで死ぬ気か! 南雲はもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」
(いや死んでるかは分からんのに‥‥)
「無理って何!? 南雲くんは死んでない! 行かないと、きっと助けを求めてる!」
「‥‥団長」
「ああ‥‥」
メルド団長がツカツカと歩み寄り、問答無用で香織の首筋に手刀を落とした。ビクッと一瞬痙攣し、そのまま意識を落とす香織。
「ありがとうございます‥‥頼みました」
「ああ、必ず帰ってこい」
「もちろん。それでは‥‥あ、八重樫。白崎に伝えといてくれ。必ず戻る、と」
「分かったわ。気をつけてね」
「おう」
もう未練はない。俺は飛び降りた。ベルトにエネルギーが充填される。俺はこのエネルギーの上手い活用方法を考えながら、自由落下を続けるのだった‥‥。
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