勇者たちの歴史
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西暦編
第十話 リミテッド・オーバー③
前書き
久々の更新です、感想をたくさんください
神樹の防衛機構は大きく三つに分けられる。
一つは、四国全域を囲う結界。これはバーテックスの侵入を阻む防壁であり、海上に視認できる樹木の壁から上空及び地下まで不可視の領域を構築している。
一つは、適正ある人間への加護。『勇者』と呼ばれる者の力は神樹からもたらされたものであり、この加護なくして人類はバーテックスに抗うことはできない。バーテックス対抗組織・大社の手により、この加護を更に呪術的・科学的に効率化と増強を果たしたものが勇者たちの用いる『勇者システム』である。
そして、最後の一つが――神樹が外敵から人々を守るため、バーテックス侵入時に行われる現象。結界内のあらゆるものが停止し、程なく樹海で覆い尽くされる。
大社はそれを『樹海化』と呼んでいる。
「ぐッ……!?」
体勢を崩した勇者にバーテックスが襲いかかる。
大きく開いた顎が獲物を捕らえる前に、
「そりゃぁぁぁぁぁッ!!」
ゴッ!! と鈍い音が響き、旋刃盤が突き立った巨体が消滅する。
すぐさまワイヤーを手繰る球子の手際に淀みはない。もはや手足に等しい愛武器を振りかぶりつつ、
「どうすんだコレ!! 全然、キリないぞ!!!!」
「……そんなに怒鳴らなくても、十分聞こえるわよ」
無限に思える物量の敵にうんざりした声を上げていた。
隣にいた千景も、何度目かの大声に顔を顰めながらも内心同じ気持ちだった。それは、後方でバーテックスを狙撃している杏も、最前線で拳を振るっている友奈も同じに違いない。
樹海化が起きてから二時間以上が経過して――未だ、彼女たちの視界はバーテックスの大群で埋め尽くされているのだから。
「でも! さっきみたいな強そうなのは! 全然、出てきてないね!!」
ラッキー、とポジティブな捉え方の友奈も、流石に疲れが動きの端々に滲み出ている。
「温存しているのかもしれません。攻め過ぎず、常に警戒していきましょう」
「大丈夫よ、伊予島さん……二人とも、今のところ無茶はしてないわ」
「……千景さんも、無理しないでくださいね」
樹海化直後は恐怖に震えていた杏も、訓練時と変わらない的確な援護と指示で戦線を支えている。ともすれば戦えないのではないかと心配していたが、それも杞憂に終わり変則的ながらも練習してきたフォーメーションを維持できていた。
その彼女の気遣いに、千景は微かに頰を緩めた。
「ありがとう。でも、これは私にしかできないことだから」
七人御先。その力を宿すことで、千景は七つの場所に同時に存在することができる。
伝令役を兼ねた前衛に五人、後衛の補助に二人の配置。勇者を一人欠いた戦線を維持するための苦肉の策だったが、バーテックスの攻勢を分散させ予想以上に効果を上げていた。この二時間で倒したバーテックスのうち、半数以上が千景の戦果である。
だが、それも万全ではない。
精霊をその身に宿す『切り札』は、使用者の身体に大きな負担をかける。短時間で二度使用した千景は、気力も体力も限界に近かった。
「……ウジみたいに湧いてくる、気持ちが悪い」
吐き捨てる言葉にも覇気がない。
まだ意識ははっきりきているが、反応速度や手足の感覚がやけに鈍い。『切り札』を解かない限り、体力は急速に消耗していく。尽きれば、『切り札』の維持もままならなくなることは明白だ。
それでも、千景は『切り札』を使い続けるつもりだった。
「……私にしか、できないことだから……」
代わりはいない。他の誰でもない、自分が必要とされている。
それは、彼女にとって手にしたこともない何か――掴みかけたものを逃すまいと、気力を無理くり捻出する。
もう、無価値な自分になりたくない。
千景にとって、それは全てだった。
「あったまイイなぁ……あれ」
「考えたのは私じゃなくて、伊予島さんよ」
分裂した千景がバーテックスの群れを引き裂いていく。
その鬼気迫る戦いぶりに、思わず感嘆の声が零れる。武器の性質上近接戦闘が不得手な球子から見れば、次々と敵を撃破していく勇者の姿は痛快そのものだった。
とはいえ、バーテックスもやられてばかりではない。
切り込んできた少女を取り囲み、孤立したところを数の暴力で圧殺する。この短時間で正面からの戦いは分が悪いと悟ったのか、前後左右上方あらゆる方向から勇者へ殺到していく。
取り回しの悪い武器の勇者に抗うすべはない。瞬く間に三人を押し潰し、方々から勝ち誇るように甲高い奇声が上がった。
「……次」
そこに、無傷の千景が斬りかかる。
その身に宿した精霊ーー『七人御先』。その能力のお陰で、七人の千景がすべて同時に倒されない限り常に七人の千景が健在であり続ける。
例え前衛の五人が同時に撃破されたとしても、後衛の二人がいる限り倒された千景は次の瞬間に別の場所に存在する。体力が続く限り、戦力の損耗を限りなく抑えることができる。
敵の総数がわからない状況において、最適解に近い戦術だった。
そして、
「見つけた……伊予島さん、そこから北北西の方角に群態があるわ」
「ッ! わ、わかりました!」
当然、前衛ばかりが戦うわけではない。
勇者の端末にある索敵アプリを用いて、後衛の千景が勇者とバーテックスの配置を常時確認している。どんな変化をするかわからない進化型もどきの処理は、遠距離攻撃のできる杏と球子の担当だ。
完全に融合してしまう前ならばただの小型の集合体、数を潰せば処理できる。だが敵の融合速度も速く、思い通りにはならない。
「あ”ぁ”ッ!! スマン千景、友奈!」
無事に処理しホッと息をついたのも束の間、間髪入れずに球子の絶叫が聞こえた。
見れば、やたら曲線的な形状の進化体が形成されようとしている。
再び投じられた旋刃盤の刃があっさり弾かれたあたり、強度以外にも何か仕掛けがあるのかもしれない。
「もしかして、飛び道具が効かない……?」
「……なら、私が頑張る!!」
友奈の思考は即断即決だ。
刃が立たない相手でも、自分の打撃なら通るかもしれない。
確証もない推測にかけて、進路を遮る小型を殴り飛ばしながら矢となって駆ける彼女。肉薄するのに五秒とかからない。
「勇者、パ――――――ンチッ!!!」
轟音と衝撃。真正面から殴られたバーテックスは、しかし友奈の攻撃がまるで効いてないかった。
反動で痺れる拳を二度、三度と叩きつける。が、損傷どころか手応えすら感じられない。構わず前進を続けようとする敵の様子に、
「たとえ、効かなくったって!」
友奈の選択は力押しだった。
拳を構え直した彼女の周囲を暴風が渦巻く。その身に宿す精霊は『一目連』、その能力で束ねられた風が収束し両腕を包み込んでいく。
「何度だって、繰り返す!!」
瞬間火力と手数の増加。
それは実際、有効な一手だった。バーテックスは『斬撃』に特化した進化を遂げたが、唯一『打撃』を主体とする友奈相手にはせいぜい頑強な防殻程度でしかない。耐久を超える火力に曝されれば、撃破される可能性は十分にあった。
――――それは逆に、友奈が倒されてしまえば、勇者は対処する術を喪うということでもある。
「ダメです、高嶋さん!!」
杏の気づきも既に間に合わない。
僅か十メートル、あと一度の踏み込みで到達する間合い。
狙い通りに接近する獲物に向けて、バーテックスの外殻が勢いよく弾け飛んだ。
「!!」
それは厚い殻の表層でしかないが、それでも人間の頭ほどの質量はある。複数被弾すれば、いくら神樹の力が宿った勇者といえど致命傷は避けられない。
友奈は回避するそぶりも見せていない。塞がれた視界の向こうに存在する標的に、決定的な一歩を踏み込んでいく。
杏と球子はなすすべもなく、千景は蒼白な顔で携帯端末を握りしめた。
射撃も、旋刃盤も、分身体も間に合わない。
間に合うとすれば、一人だけ。
「――決めろ、友奈――!」
「ッ、千回、」
疾風と火花が舞い散った。
突然開けた友奈の視界にあったのは、両断され宙に浮く残骸と火花に彩られた進化体の姿。
迎撃を予想していなかったのか、奇妙な叫びをあげるバーテックスの硬い外殻に友奈の拳が激突する。
一撃、二撃、三撃、四撃――――回転は際限なく加速していく。
「連続勇者、パ――――――ンチッッッ!!!!」
千の拳撃が敵を砕くのに、数秒すらも要らない。
暴風が家屋を破壊するように、絶え間ない拳の嵐に襲われた進化体バーテックスは文字通り砕け散った。
友奈がバーテックスを倒したその瞬間を、若葉は複雑な想いで見ていた。
「……友奈……」
この戦いが始まる前、『切り札』を使うのは自分一人だけにしようと考えていた。
精霊の力を人の身に降ろす『切り札』は使用者の負担も大きく、大社は勇者に対してできる限り使うなと再三再四念を押していた。だからこそ、使う必要に迫られたなら自分がその負担を請け負おうと決めていたのだ。
だが結局、若葉は二度『切り札』を使用したが、友奈も一度、千景は二度も使っている。
自分で決めたことも守れず、何が勇者だろう。
傷つき、疲弊した仲間たちを見て、そう思わずにはいられなかった。そして、僅かに視線を巡らせれば、未だ多くの元凶どもが隙を窺い蠢いている。
気づけば刀の切っ先を向けていた。
「みんな、遅れてすまなかった! 勇者、乃木若葉! これより戦線に加わる!」
「若葉ちゃんカッコイイ――――!!」
歓声を上げる友奈の隣で、千景が「遅過ぎよ」と呆れ顔になっている。
全くもってその通りだ。意地を張らず、最善だけを考えれば彼女にここまで負担をかけることはなかっただろう。ここまで戦線を維持できていたのは、千景の頑張りによるものが大きい。
何事にも報いを――無茶をさせたのなら、今度は自分が無茶をする番だ。
「時間もそうかけられない。一気に行くぞ! 勇者たちよ、私に続け!!」
青い軌跡が再び死地奥深くに食い込み、消える。
そして――――
若葉が結界に飛び込む《《一分前》》、士郎は独り大橋にいた。
「……ここは任せて先に行け、か。気障なことをいうんだな、俺も」
厳しい視線の先には一体のバーテックスがあった。
先刻までの巨大な球状個体ではない。小型とサイズの変わらない、五枚花弁の華を想起させる形状の進化体。
それは、巨大バーテックスの内側に隠れ潜んでいた個体だった。巨体を形成していたバーテックスが分裂し、別方向から結界内へと大挙して侵攻する中でも微動だにしなかった。
移動しないのか、できないのか。後者の場合は撃破が難しくなる。
今の士郎は、弓を握れないのだ。
「投影の残弾はあと二回。リスクを取るなら手はあるが、」
危険性を検討している猶予もない。位置が変わらないからといって、動きがないわけではないのだ。
「――ッ!」
姿に異状なく、急速に膨張していく魔力の気配。
閉じ気味だった花弁は今や満開。
その奥に、眩い炎光がチラリと覗く。
瞬間、疵まみれの斧剣が勢いよく宙に放り投げられた。
「――――体は剣で出来ている」
樹木の壁に食い込んだ岩塊は、花弁と正対するのに都合のいい足場になった。
間髪入れずに詠唱を始め――――それが、もう遅いことは分かっていた。
「――――血潮は鉄で、心は――――、チッ」
無音の絶叫/咆哮が空間を震わせる。
すぼまっていく花弁はまるで砲塔のようで、直後……視界全てを白が埋め尽くした。
「――――熾天覆う七つの円環」
純白の魔力放出、それを食い止めた≪≪六枚花弁≫≫の盾こそは、士郎の有する中で最強の結界宝具。
本来七つある守りは、一つ一つが古き時代の城壁に匹敵するほどの防御力を誇る。
だが、
{IMG58936}
「……、ぐ……ッ!?」
伸ばした右腕からブチブチと引き千切れる音がする。
痛みを感じたのも一瞬、信じられない重圧を抑えようと砕けた左手を支えに回した。
なけなしの魔力、その全てをつぎ込んだ護りを手放せば士郎の身体など一瞬で蒸発するだろう。
「ぐ、ォ――――あああああああああ……ッ!!」
揺れる視界の中で、二枚の花弁が散った。
残るは四枚――いや、減って三枚。不完全な投影で一秒でも長く押し留める。
光量は以前変わらず、さらに二枚が弾け飛んだ。
「あああ、ああああああああああああああああああ!!」
残る一枚――最後の盾にも亀裂が走っていた。
割れた隙間から漏れ出た熱が衣服を焼き、樹木からは煙が上がる。砕かれるのは時間の問題、
その限界を延ばすには、
致命的に魔力が足りない。
「 、 」
最後の盾が砕ける寸前、脳裏をいくつもの光景が過ぎていった。
今、この時までに見てきた景色。
変わり果てた冬木の街、絶えることのない襲撃の日々、全てが変貌したあの夜。
旅をした中で見てきた様々な国と文化、そこで暮らす人々の顔。衛宮士郎が救えた顔、衛宮士郎では救えなかった顔。ロンドンの街並み、時計塔での学び、出自から価値観から一人として同じではなかった魔術師たち。
そして、第五次聖杯戦争。
別れの言えなかった金髪の剣士がいた。
現代を裁定しようとした金色の王がいた。
飄々とした態度で手を貸した槍兵がいた。
小さな主人を守ろうとした大英雄がいた。
変化した願いに縋った魔術師がいた。
疾風のように駆ける騎兵がいた。
そして、
赤き弓兵の双眸がこちらを真っすぐに射抜いていた。
『……お前の目指す正義の味方とはその程度か、衛宮士郎』
皮肉の多分に含まれた問いを最後に、意識が現実に引き戻される。
宝具の破壊が加速する。もう、あと一秒も猶予はない。
目前の灼熱を前に、士郎の魔術回路が
「――――――――投影、開始」
限界を振り切った。
「――――熾天覆う七つの円環!!!」
再現できなかった七枚目、伝承においても砕けなかった最後の花弁が展開される。
目や鼻、耳からも血が滴るのを感じる。全身の血管が悲鳴を上げ、頭の中もかき回されたように痛みが起きる。
それら全てを無視し命を削って生み出した魔力を即座に盾へと叩き込んだ。この投影が保てなくなった瞬間が、士郎とそして四国の最期――!
「はぁ……ッ、がああああああああああああああああああああ…………ッ!!」
割れるような頭痛は意識の漂白すら許さない。
時間すら明瞭でない攻防の中、血に濁った士郎の瞳が信じがたいものを見た。
「■■■■■■■■■■――――!」
それは、巨大な魔力塊。
形成のためか魔力放出が弱まった一瞬だけ窺えた密度は、サーヴァントの宝具にも匹敵するほど。万全であっても受けられるか定かでないそれを、今の士郎が凌げる道理はない。
だが、一手先んずることが叶うならば、窮地も無二の勝機になり得る。
「投影、開始」
瞬間、士郎以外の時間が止まる。否、止まっていると感じるほどに彼の内部が加速しているのだ。
検索し、選出し、解析し、投影する。
身体に刻み込まれた手順は瞬く間に組み上がる。士郎の頭上、何もない空間に浮かび上がった剣は何でもない、ただ頑丈さが取り柄の無銘の剣――鈍らの器。
それを、今まさに放たれようとしている魔力塊へと射出した。
着弾の直前で自壊した鉄剣から小規模な爆発が起こり――――着火、
「……………………………ぅ、?」
気付くと、士郎は樹木の中にいた。
引きちぎられた枝がトンネルのような光景を作り出している。霞のかかった意識でなんとか、ここが神樹の結界の中だと判別がついた。
手足は――酷い状態だった。右腕は肘から先の感覚もなく、元から重傷だった左腕はねじ切れる寸前で妙な方向に向いている。両足は下手に踏ん張ったせいだろう、逆方向に曲がっていた。
おおよそ動ける状態ではない。
大雑把に診断を下し、脱力する。結界の損傷こそあったが、最小に抑えることはできたのだ。冬木の人々の避難も無事完了し、強力なバーテックスも退けることができた。根本的な状況の解決には全くなっていないが――今回だけ見れば、成果がないわけじゃない。
……どうだ、爺さん。少しは俺も、正義の味方を張れてるかな。
安堵すると共に、ずっと張りつめてきた糸が緩むように自我が闇に沈んでいく。
「……くそ……」
それを許さない存在があった。
数瞬前までと変わらない位置にいた進化体バーテックスも、さすがに無傷ではなかった。
その図体の半分が吹き飛び、花弁のような器官も二枚が辛うじて繋がっている状態だ。砲塔を兼ねた部位が欠損しているということは、すぐにあの魔力放出を行ってくる、ということはないだろう。
今なら撃破できるかもしれない。
「ぐ、ううう……ッ」
肉体は既に使い物にならない。魔術回路も空回りするばかり。
目の前の深手を負った敵に打つ手がない。
焦る士郎の視線は、進化体に近づいていく小型の群れを捉えていた。小型を取り込まれれば瞬く間に進化体は修復を終えてしまう。そうなれば、今度こそ四国の結界は破壊される。
足掻きは徒労に終わり、集結したバーテックスは悠々と進化体と結合しようと近づく。
そして、彼女は間に合った。
「あああああああああッッ!!!」
周囲に漂う小型を神速の影が蹴り跳ねる。
目にも留まらぬ斬撃に切り刻まれ、ぼろきれのような進化体に加速しきった若葉の刀が突き立った。
その一撃がとどめになったのか。
静かに消滅していく進化体と、その上に立つ凛々しい少女の姿を見て、
……確かに勇者だ、と。
消えいく意識の中で、士郎は妙な納得を得ていた。
【勇者御記】検閲済み
本日未明、大橋において冬木の人々の護衛任務に臨む。
私たちにとって初めての実戦で、危うい場面も多かった。連携訓練をしていなかったらと思うと今でも背筋が凍る。
冬木の勇者代理であった衛宮士郎さんの助力もあり、犠牲もなく、戦えない人々から負傷者がでることもなかった。だが、郡と高嶋に■■■を使用させてしまった。
我々勇者は、世界をやつらから取り戻すための矛。数が少ない以上無理は避けられないのだろうが……己の力のなさが憎い。
やつらに――バーテックスに報いを与えるためにも、さらなる鍛錬を積んでいかなければならない。
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