ソードアートオンライン アスカとキリカの物語
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アインクラッド編
ビーター
アスカはしばらく動けなかった。ほかの者たちも同様だ。呆然とした表情で、辺りの様子を窺っている。ボスを倒せたことが信じられないようだ。
だが、全員の前にボス戦で得られた経験値、コル、アイテムが表示された途端、喝采がわき起こった。
肩を抱き合って飛び跳ねる者、雄叫びを上げる者、ハイタッチを交わしている者。
1時間以上の激闘の末に勝ち残った喜びが全員の心を満たす。
アスカも何度か深呼吸を繰り返して、気持ちを落ち着けた後、右手に持つ〈ウインドフルーレ〉を見る。
刃こぼれして、研ぎ終わった時の輝きは失われているが、折れることなくこの激戦を最後まで共に戦い抜いてくれた。
――お疲れ。
内心、相棒となった〈ウインドフルーレ〉にお礼を言い、腰に吊ってある鞘に収める。
そのまま、ボスを倒した後ピクリとも動かずに地べたに座っているキリトの所へ向かう。
「お疲れさん」
アスカの声に振り向くキリト。
今日のボス攻略の立役者は疲れ切った表情ながら、笑いかけてくる。
「お疲れ」
アスカは自然と手を伸ばして、キリトの前の差し出す。
キリトは意図が分かると僅かに頬を赤くしながらも握り返してくれる。
手に力を入れて、キリトを立ち上がらせる。
すると後ろからディフェンダー隊を率いていたエギルがこちらへと向かってくる。
「見事な指揮と剣技だったな。コングラチュレーション、この勝利はあんたのものだ」
なめらかな英語を交ぜて賞賛の言葉がキリトに贈られるが、相変わらず男が苦手であるようであるキリトは聞き取れない小さな声量でぶつぶつと呟きながら、エギルの拳にこつんと拳を打ち合わせる。
「あんたも素晴らしい剣技だったな」
エギルはそのままアスカの方にも拳を持ってきたのでアスカは,
「どうも」
と、少々素っ気ない返事と共に拳を打ち合わせる。
しかし、イヤな顔一つしないエギル。にっと太い笑みを浮かべている。
3人の間に穏やかな空気が流れる。
その時だった。
「なんでだよ!!」
泣き叫ぶような絶叫がボスフロアの後方から響く。
場の歓声が静まり、全員の視線がそちらへと流れる。
叫び声を上げていたのは、軽装の鎧を纏った細身の男だった。
アスカはその男が誰なのか分からない。エギル率いるディフェンダー隊のメンバーではないことだけは確かだが・・・。
涙で顔をくしゃくしゃに歪め、裏返った声でその男が叫ぶ。
その憎悪の込められた視線の先は―――キリト。
「なんで・・・なんでディアベルさんを見殺しにしたんだ!!」
「見殺し・・・・?」
キリトが低く抑制した声で疑問を口にする。
アスカも意図が読めない。ディアベルが殺されたとき、キリトとアスカは取り巻きの相手をしていたのだから、ディアベルの救援に迎えるはずがない。
だが、次の男の発言が全てを明らかにする。
「そうだろ!!だって、あんたはボスの未知のソードスキルのことを知ってたじゃないか!最初からあの情報を教えてくれていたらディアベルさんは死なずに済んだのに!!」
そういうことか、と理解しつつ、アスカはキリトへと視線を移す。
糾弾を受けたキリトの表情は硬い。
まわりのプレイヤーたちも戸惑い、ひそひそと小声で話しているのが聞こえる。
すると、入れ替わるようにしてもう1人男が飛び出してくる。
こちらの顔はアスカにも見覚えがある。アスカとキリトと同じく取り巻きの相手をしていたE隊のメンバーだ。
「お、俺知ってる!こいつ、もとベータテスターだ!だから、ボスのスキルも知ってたんだ!知ってたのに隠していたんだ!!」
場のざわめきはそれほど大きくならなかった。
キリトが情報にないスキルに対応していたことから、みんなある程度は予想が付いていたのだろう。アスカもそうであろうと予想していた。
だが、アスカはそれでもキリトに感謝するべきだと思っている。
ディアベルが死に、壊滅しかけていたレイドパーティーを纏めたのは間違いなくキリトだ。
キリトがいなければ、ディアベル以外にも多数の死者が出たことなど、簡単に推測できる。
そうなれば、レイドパーティーの壊滅、敗走―――完全なるボス攻略失敗だっただろう。
第一、1万人の内、1000人はベータテスターなのだ。単純な割合の計算でも、この43人の内、4,5人はベータテスターであっても不思議ではないし、ベータテスターが情報面で大きくアドバンテージを持つことから、それ以上の人数がいてもおかしくはない。
そんな中、ただ1人、キリトはベータテスターだと明らかになるリスクを背負って、ボスへと挑んだのだ。
ディアベルが死んだ後、呆然とした様子のまま後方でずっと動けなかった奴が何を馬鹿なことを言っているんだ、と頭の中の9割近く思っているが、口に出して反論することをなんとか我慢する。
ここで、何の知識もない自分が感情的に行動してしまったら、マズイ。
最悪、今以上にキリトの立場が悪くなるだけだ。
なんとか踏みとどまったアスカの横から、1人の男が手を挙げながら、前へと出る。
エギル率いるディフェンダー隊の槍使いの男だ。
エギル同様に深みのある、落ち着いた声音でしゃべる。
「でもさ、彼がもしベータテスターだとしても、持っている知識は攻略本に書いてあることと同じはずだろ?あれを発行した人もベータテスターから情報提供してもらってるって書いてあったんだから」
あくまで冷静な反論に、叫び声を上げた男は黙り込むが、その横から最初に叫んだ男が、なおいっそう憎しみしたたる声を出す。
「あの本に書かれていた情報も嘘だったんだ。あの本を書いた奴だって、元ベータテスターなんだから、ただで全部の情報を教えるわけがなかったんだ」
そこで、アスカの体が自然と前に出た。
さきほどまで感情的に行動してはいけないと考えていたのに、気づいたら足が前に出ていた。
ここで反論を言うことは、まったくもってアスカの益にはならない。
今回のボス戦で身にしみて分かったことだが、ボスは絶対に1人では倒せない。
どれだけプレイヤーとしてのステータス、技術が高くても、いかんともできない圧倒的な差がある。
多くのプレイヤーが一丸となって倒すしかないのだ。
アスカがこれからも戦い続け、ボス戦にも参加しようと思うなら、ここで周りとの人間関係に溝を作るべきではない。不穏分子として叩かれたら、下手すると大規模パーティーのボス戦に混じることができなくなる。
それだけならまだしも、最悪、自分までベータテスターだと糾弾されて、キリトと同じ境遇に置かれる恐れがある。そうなってしまえば、今後自分がどうなるかなど想像もできない。
だから、ここは自分と同じくソロプレイヤーとして生きてきたキリトのことは放っておくべきだ。
偶然、迷宮区の最奥にて出会ってから、成り行きでパーティーメンバーになっただけの奴だ。お互い協力関係にあるというだけ。
これまでのアスカの信条なら、利己的に行動して、ここは後ろで場の様子を眺めているだけでいい。キリトがどのように糾弾されようと、無干渉でいればいい。
だが、一度歩み始めた足は止まろうとしない。止まろうとも考えていない。
アスカは自分が自分であるためにここまで来た。戦ってきた。
ならば、ここで動こうとしている自分を止めるわけにはいかない。
たとえ行動の代償として、この先攻略に参加できなくなろうと。
アスカの横から、エギルも歩み出す。この男は正義感のかなり強い男のようだ。
エギルと2人並び、キリトを糾弾していたディアベル率いる隊にいた細身の男と、E隊の男の前に立つ。
そして、言葉を発しようと大きく息を吸い込んだその時、
不意に肩に手を掛けられる。エギルも同様だ。
振り向いた先にいたのは―――たった今糾弾されている張本人、キリト。
女であると隠すために目深に被ったフードのせいで、表情は確認できない。だが、下から覗いてる口元は穏やかな微笑を浮かべていた。
この緊迫した場面であまりにも不釣り合いなその笑みに、発しようとしていた言葉が霧散する。
アスカとエギルの前に押し出たキリトは、女であることを隠すために極力低い声で告げる。
「元ベータテスター、だって?・・・俺を、あんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」
「な・・・なんだと・・・?」
呆然と聞き返すE隊の男。
アスカもキリトの話の意図が読めない。全員の視線がキリトに集まる。
キリトは周りの視線を気にしてないかのように腰に手をやり、ふてぶてしい態度で続ける。
「いいか、よく思い出せよ。ソードアートオンラインのベータテストはとんでもない倍率の抽選だったんだ。通った1000人の内、本物のMMOゲーマーが何人いたと思う。殆どがレベリングのやり方も知らない初心者だった。ほかのMMOで鍛えてきているあんたらのほうがまだマシさ」
キリトの元ベータテスターに対する侮蔑の言葉に、場の空気はボス前の張り詰めた空気が戻ってきたかのような冷たさとなる。
口元しか見えないが、明らかな冷笑を浮かべたキリトが、その先を口にする。
「――――でも俺はあんな奴らとは違う。
俺はベータテスト中に、他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスの刀スキルを知ってたのは、ずっと上の層で刀を使うモンスターと散々戦ったからだ。他にも色々知ってるぜ、アルゴなんか問題にならないくらいな」
「・・・・・な、なんだよ、それ・・・・」
E隊の掠れ声のみが響く。
全員、唖然とした表情でキリトを見ている。
完全に状況が変ってしまっていた。
さきほどまでは、一部のプレイヤーを除けば、キリトの評価は
元ベータテスターで偶然ボスの使う刀スキルを知っていた男
といった感じだった。
あの状況で、キリトがアスカと共に勇猛果敢にボスに挑む姿を見て、キリトが真実を黙っていたと思っている者は少ない。
それに、全員が全員、アルゴの攻略本に書かれた情報が嘘っぱちだったなどとは思っていなかったはずだ。ボスの刀スキルの変更以外、これまで一度たりとも誤情報を載せることがなかったのだから、本当にベータテストの時から変更があったのだと判断する者もいたはずだ。
しかし、今キリトは自らの首を絞めている。劣悪な状況に追い込んでいる。
元ベータテスターの中で唯一圧倒的な情報量を持つ男。
ボスの刀スキルの変更も、たった1人、自分だけが気づけた、と言ったのだ。
全員の目に恐れ、畏怖、そして―――憎悪が宿るのに、そう時間は掛からなかった。
「そんなの・・・・ベータテスターどころじゃねえじゃんか・・・・もうチートだろ、チーターだろ、そんなの!!」
E隊の男の声の裏返った絶叫に、周囲からも、そうだ、チータだ、ベータのチーターだ、という声がいくつも湧き上がる。
そして、やがてそれらの言葉は混じり合い、〈ビーター〉という奇妙な響きの単語を生み出した。
「・・・・〈ビーター〉、いい呼び方だな、それ」
口元に笑みを浮かべたキリトが、全員の顔を見渡しながら、はっきりと告げる。
「そうだ、俺は〈ビーター〉だ。これからは、元テスターごときと一緒にしないでくれ」
一瞬だけだが、キリトの顔がアスカとエギルのほうに向くが,アスカは何も言ってやれなかった。
蒼白な顔で黙り込む面々のなか、キリトはフードケープの裾をばさりと翻しながら、ボス部屋の最奥に佇んでいる次層に続く扉へと向き直る。
「2層の転移門は俺が有効化しといてやる。この上の出口から主が行くまで少しフィールドだから、ついてくるなら初見のモンスターに殺される覚悟しとけよ」
そう言い残し、〈ビーター〉,キリトはたった1人大股で歩を進め、ボスが座っていた玉座の後ろの扉を開けて、姿を消した。
後書き
早く新しい話を書きたいのに,文章が拙いせいで,第1層のお話が終わらない・・・!!
というわけで,連続投稿しまーす!
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