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戦闘携帯のラストリゾート

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挑戦者に手を引かれ

破壊されたリゾートの光景、人の笑い声、早すぎる心臓の鼓動、思い出したくない記憶。
 頭が真っ白になってその場から逃げ出そうとしたわたしに飛び込んできたのは、純白の光。

「サーナイト、『癒しの波導』!」

 悲鳴をあげなかったのは、ただそんな余裕すらもなかったというだけ。
 ただ茫然と、わたしを包んでいく光が穏やかに心を落ち着かせていくのを認識することしかできなかった。

「やっと見つけた……けどとりあえず出よう!お騒がせしましたー!」

 わたしより少し背の高い男の子がわたしの手を取って、歩き出す。何が何だかわからないけれどその手は決して無理やり引っ張り出すようなものではなくて、ふらふらついていくわたしの足取りに合わせるものだった。
 店を出る前、ちらりと自分のいた席の方をみる。あの女の子は、いつの間にかいなくなっていたみたい……そんなことを思うのが精々だった。

「ここまでくれば大丈夫かな……」

 外に出て、少し離れたベンチまで歩くと、わたしに座るよう手で示す。大人しく腰掛けると、男の子は緊張が切れたようにふっーと息をついた。
 わたしもようやく気分が落ち着いて、まずは頭を下げる。

「ごめんなさい。迷惑をかけちゃって……」
「あーいや。いいんだよ!オレは君を探してたんだし、逆に見つかってよかった!」
「わたしを……どうして?」

 まさか、わたしが怪盗だって知ってる?

「うーん、どこから説明したもんか……っていうか、まさかこんな出会い方するなんて思ってなかったし……ほんとは口笛吹きながらかっこよく登場するつもりだったのに」

 困った様子の男の子。改めて姿を見ると、学校の制服みたいなブレザーに、バンダナキャップ。気さくな言葉遣いと同じように、わたしと同じ青色の目が活発そうに見える。
 唸っている彼に、傍らのサーナイトが肩をちょいちょいとつついて何かを伝える。男の子は元気よく頷いて手をたたいた。

「そうだね、まずは自己紹介から!オレの名前はサフィール!普段はキンセツシティに住んでて、連休の日は必ずここに来てるんだ!」
「サフィール……えっと、わたしの名前は……」
「おっと!それは言わなくてもいいよ。アッシュ・グラディウス。アローラに現れたクールな女怪盗……だよね? 実は人違いだったりしないよね?」
「……人違い、かも」

 ため息をついてわたしは答える。だって、あんなにみっともなく取り乱したのを助けられた相手に、『いかにもわたしがクールな怪盗です』なんてとても言えないよ……

「あるぇ!? これすっごく恥ずかしいよサーナイト!いやそれはそれで困ってる女の子を助けられたからよかったと言えばよかったけど!」

 しかしサフィールは真に受けてしまったみたいで。地面にがっくり膝をついているのをサーナイトが頭を撫で始めた。

「……ふふっ」
「笑われた!でも落ち着いたみたいで何より!ごめん、じゃあオレはもう行くね!そしてさっきのことは忘れて──」
「ううん、行かなくていいわ。この通りほんとはクールとは程遠い半人前だけど……わたしが、怪盗よ」

 真っ赤になって走りだそうとするサフィールをそう引き留める。このまま怪盗ってことは隠して別人のふりをしておいた方がよかったかもしれない。だからといってああして助けてくれた人にこそこそ嘘をつくのは……みんなを楽しませる怪盗とは、違う気がする。それに、嫌な人じゃなさそうだし。初対面の人と話して素直に笑えるのは、わたしにしては珍しい。
 彼はぐるっと振り向いて大きく息を吸った。

「よ、よかった……また姉さんたちに騙されたのかと思った……」
「姉さんたち、ね。わたしが怪盗って知ってるなら、やっぱりシャトレーヌ側の人?」
「……いや、オレは違うよ。ただ、君にとっては似たようなものかもね。……オレは、オレの手で君の犯行を阻止するためにここに来たんだ」

 何か含みがあるような言葉と共に告げられた、わたしの犯行を止めるという言葉。シャトレーヌ達もわたしを本気で止めに来るという話だから確かに似ている。

「それならさっきわたしが大人しくついてきてる間に手錠なりかけて警察に突き出せばよかったんじゃない?」
「オレの手で捕まえると宣言して、シャトレーヌじゃなくてオレが怪盗を捕まえる。……そうじゃなきゃ、ダメなんだ。変かな?」

 その声は真剣そのものだった。わたしが怪盗であることで追いつきたい人がいるように、サフィールもわたしを捕まえることに何か意味を見出してるような気がした。
 もちろんわたしは捕まるわけにはいかない……けど、その気持ちを否定するつもりはない。

「怪盗もわざわざ予告状を出してから盗みに入るんだもの。なにもおかしくないと思う」
「あ、それもそっか……とにかく、もし犯行までにキュービックに会ったら伝えておいてくれないかな。怪盗を捕まえるのはあなたじゃなくサフィールだとね」
「……わかったわ」

 キュービさんもまた会いたいと言っていたし、顔を合わせる機会はあるだろう。そう請け合ったとき、ポケットが震えた。

【……ラディ!聞こえますか!】
「うわっ、びっくりした!?」

 突然わたしのポケットから響いたスズの声に、サフィールが驚く。
 そういえば女の子と話している途中から繋がらなくなっていたけれど、今もとに戻ったんだろうか。

「スズ、そっちで何かあったの?」
【それが原因不明でしてね……スズと最後に話してから何があったか聞かせてくれませんか?】
「……うん。サフィール、ちょっと待ってて。わたしのナビゲーターに話をするから」
「いいよ!えっと、オレはここにいてもいいかな?」

 聞かれたくない話をするなら席を外すよ、という気遣いにわたしは頷く。

「わたしが怪盗だって知ってるんだし、気にしなくていい」
【おやおや? まさか男の子と逢引中でしたか? そのためにわざと通信を切ったんですかね】
「ワッツ!?」
「……馬鹿言わないで。サフィール、これの言うことは適当に流していいから」

 相変わらずのスズに通信が途絶えてからのことを説明する。キュービさんに似た女の子に出会ったこと、その子は一言も喋らなかったこと、話の途中で急に不自然な光景を見て取り乱してしまい、そこを今となりにいるサフィールに助けられたこと。
 そのサフィールは怪盗としての犯行を止めるために来たらしいということを出来るだけ詳しく話した。

【なるほど、思うところはいろいろとありますが。まずはサフィール君でしたね、この子を助けてくれたこと、お礼を言わせてください】
「えっーと……いいですよそんな。アッシュさんにも言ったとおり、オレもともと探してたのでむしろ助かったっていうか……」
【畏まらずとも構いませんよ。こちらのことはスズ、この子のことはラディと呼んでください】
「まあ、その方が慣れてるしね」
【具体的なお礼としては気になることなら遠慮なく聞いてくださいな。ラディのスリーサイズでも構いません】
「ほんとに!?」

 ガタっと音を立ててベンチから立ち上がるサフィール。その反応はなに。
 わたしの目線に気づいたサフィールは慌てて弁解する。

「いやスリーサイズが聞きたいわけじゃなくて!正直怪盗ってどんな人なのか気になってたから質問していいなら嬉しいってことだよ!?」
【では興味はこれっぽっちも全くありませんか?】
「そういうのはトップシークレットだしまして本人の目の前で聞きたいとか言えるわけないけど興味自体はあしくびが捻じれるううううう!?」

 サーナイトの目が光り、サフィールの足元が突然人の可動域を超えた場所に曲がった。……折れてないかな。というかリゾートではポケモンの力で人や物は傷つけられないはずなのに……自分のポケモンなら例外なのかな? 後で試した方がいいのかも。

【ラディ、気を付けてください。あなたの側にいた『模犯怪盗』が特殊なだけでこの通り男は狼なのです】

 わざとらしいひそひそ声で言うスズ。足を抑えて悶絶しているサフィールを横目にわたしはため息をついた。

「サフィールが狼ならスズは悪魔ね。サフィールが普通に教えてとか言ってたら引くけど、あんなの誘導尋問じゃない」
【おや、バレちゃいましたか】
「お茶目に言ってもダメ。サフィール、大丈夫?」
「た、たぶん……サーナイト、もうちょっと加減を……」

 サーナイトはそっぽを向いてしまった。ベンチに座りなおして、バツが悪そうに頬をかくサフィール。

「えっと、聞かれたくなかったらごめん。君はどうして怪盗になったの?」
【おや、いきなり核心をつきますね。どうします?】

 ちょっと考える。あまり積極的に人に話したいことではない……でも、それでお礼になるならいいかもしれない。

「事情が複雑だからうまく説明できないかも……それでもいい?」
「本当にいるのか半信半疑なところもあったし、君がどうして怪盗になったのか是非聞きたいな」

 確認してから、頭の中で話す順序を考える。その間サフィールは笑みを浮かべて急かさず待ってくれた。

「わたしね、昔は女の子の格好で人前に出るのが怖かった」
「えっ? どういうこと?」

 彼は意外そうな顔をする。それならなんで怪盗やってるのかってなるもんね。

「だよね。きっかけは、母さんが小さいころ病気で死んじゃったんだ。父さんはすぐに別の人と再婚してわたしはその家に預けられて……新しい姉さんも母さんにも意地悪ばかりされて泣いてばかりだった。サイズの合わない洋服を無理やり着させられて、似合わないって馬鹿にされたりね」

 思い出したくはない、人に笑われた記憶。それをこんな風に話せるようになったのは……スズや、『模犯怪盗』のおかげ。

「そんなわたしを、スズが救ってくれた。わたしは親がいない子供の住む家に預けられたの」
「孤児院ってやつ?」
「うん。今は一人しか住んでる人がいなくてね。……その人が、アローラでの最初の怪盗だった。怖い人じゃないかって不安だったんだけど。のんびり屋で、優しくて……怪盗として動いてるときはとてもカッコいいの。わたしと二つしか年が違わないのに」
「……すごい人なんだね」
「それでね、わたしもこの人みたいになりたい。この人に正面から向き合えるような人になりたいと思った。だからわたしも、怪盗になると決めたの。……これで伝わったかな?」
【あの時は驚きましたねえ。まさかあなたが怪盗になると言い出すとは思いませんでした】
 
 サフィールはしばらく黙った後、真面目な表情を作って言う。
 
「そっか……君も、辛い思いをしてきたんだね」
「でも今は大丈夫。スズは余計なことばかり言って困っちゃうけどね」
「あはは、いいコンビだと思うよ。ところでさっきの話だと、最初の怪盗は孤児だったりするの?」
「そうみたい、物心ついたときには親はいなかったんだって」
「……なのにそんなに君に慕われるなんて、きっとすごい人なんだね」

 どこか遠くを見つめてサフィールは言った。……この人にも、何か家族でつらい思い出があるのかな。

【さて、では今度はスズからサフィール君に聞きたいことがあるのですが、よいですか?】
「オレに?答えられることならいいよ」

 スズが唐突に話を切り出してくる。なんだろう?

【ラディが見たという、このリゾートが破壊されつくした跡のような不思議な光景。さすがにただの夢とも思えません。サフィール君はこのリゾートに何度も訪れているそうですし、心当たりなどありませんか?】

 確かにとても気になる。むしろスズはこれが聞きたいから先にお礼として質問していい、と言ったのかも。

「……実は、多分知ってるんだよね」
【是非教えてください】

 意外な返事。サフィールはわたしが見た謎の光景について知ってるの?
 彼はちょっと考える仕草をした後、言葉を選ぶようにゆっくり話し始めた。

「……護神って言われてるポケモンの仕業だと思う」

 ここでいくらポケモンバトルをしても人や物が傷つかないようにしているポケモンが、あんなことを?

「リゾートに来る人達の間で噂の都市伝説でさ。護神は時々やってきた人たちの前に子供の姿で現れて、食べ物をねだったり一緒に遊んで欲しがるんだって」
「じゃあ、あの女の子が……」
「噂じゃそのお礼にリゾートの綺麗な景色なんかを見せてくれるって話だからさ。……警告なのかも。怪盗である君のことを、護神は危険なものだと思ってるのかもしれない」
【……なるほど。とても参考になりました。ありがとうございます】

 あの女の子は一切言葉を話さなかった。それは人間じゃなくてポケモンだったからだとすれば辻褄が合う。ポケモンだったならわたしに幻を見せるくらいは簡単だろう。怪盗だから危険だと思ったっていうのもおかしくはない。
 だけど……あの子はわたしと話すとき笑顔を向けてくれた。わたしの質問に首を振るときは、申し訳なさそうだった。言葉を話せなくても、確かに感じたんだ。
 サフィールはスズにどういたしまて、と返したあと、わたしの方を見る。

「あとさ!君のポケモンのことが知りたいな。怪盗の相棒ってどんなのか気になるし!」
「わかった。じゃあ……バトルしてみない?百聞は一見にしかず、百見は一戦にしかず、っていうし」
「望むところさ!ルールはどうする?」
「昨日来たところで普通にバトルするのは初めてだし……わかりやすいルールがいいわ」
「よし、じゃあついてきて!リゾート一番人気のバトル施設に案内するよ!」

 サフィールが駆け足で施設に向かう。それについていくわたしに、スズが音を絞って声をかけてきた。

【珍しく素直ですね。真面目な話、彼に何か気に入るところが?】
「気にいるっていうか……助けてくれたし、いい人だと思うから」
【わかりました。ですがくれぐれも警戒は解かないでくださいね。シャトレーヌ側の人間でないということなら……彼女たち以上に手段を選ばない可能性があるということですから】
「どういうこと?」
【シャトレーヌがあなたと本気で対決するという約束をしたといっても、彼女たちはあなたを死に至らしめる真似だけはしないでしょう。どこまでいっても、客人として招いた以上はね】

 死。全く考えていなかった言葉にぞくりと背中が震えた。……シャトレーヌはあくまでリゾートに来た人にポケモンバトルを見せるのが目的。いくら妨害するとしても死んでしまうようなことはするはずがない。でも、関係ない立場の人が止めに来るなら話は別。
 アローラでも拳銃の弾を防ぐことはある。でもあくまでポケモンの力で防げるのが前提とされたもの。
 もし本当に殺すつもりで武器を向けられたら……わたしは、抵抗できるのかな。

「サフィールがそういうことをするとは思えない……でも他にも止めに来る人がいないとは限らないもんね。気を付ける」
【……まあいいでしょう。一応こちらで彼について調べてはおきます。あまり手の内をさらしすぎない程度に楽しんでくださいね】

 釘を刺すようなスズの言葉。やっぱりあまり信用してないみたいだ。

「こっちこっち!先に言わせてもらうけど、オレは強いよ!」
「手加減はしないわ。負けて泣いても知らないから」

 サフィールに連れられて数あるバトル施設の中の一つに入る。死に至らしめる、という言葉に覚えた悪寒を振り払うように、わたしは仲間達に目を配らせて勝負の準備をした。
 
(……もしそんな人が来ても。あなたたちがわたしを守ってくれる。そうだよね)



  
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