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戦国異伝供書

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第六十話 死闘その五

「風の如しじゃ、しかしじゃ」
「動いてはならぬ時もありますな」
「山の様に」
「そしてそれは今ですな」
「まさにその時ですな」
「そうじゃ、ここは動かぬ」
 霧が晴れるその時まではというのだ。
「だが警戒はしておれ」
「前にですな」
「こうした時も」
「それは怠らぬ」
「決してですな」
「戦は如何なる時にも油断してはならぬ」
 これが戦の鉄則であると信玄は考えている、だから霧が深く敵が見えぬがそれでもというのである。
「だからな」
「槍や弓を構え」
「陣も崩さず」
「そうしてですな」
「何時如何なる時でもですな」
「戦える様にせよ、してお主達もじゃ」
 信玄は穴山と諸角にも述べた。
「よいな」
「はい、これよりです」
「我等の軍勢に戻ります」
 二人はすぐに答えてだ、そうしてだった。
 彼等はそれぞれの軍勢に戻った、武田の本陣は霧の中でも何時でも戦える様にしていた。その中でだった。
 ふとだ、猿飛は前からの音を聞いて怪訝な顔になった。そうして幸村のところに戻ってこう彼に言った。
「殿、どうもです」
「長尾殿の軍勢がか」
「前に迫っています」
「それがしも感じました」
 今度は穴山小助が来て言ってきた。
「その数二万かと」
「二万。長尾殿の全軍じゃな」
「しかもです」
 今度は海野が来て言ってきた。
「奇妙な、渦巻きの様な陣を組んでおります」
「渦巻とな」
「はい、中心に本陣を置きそこからまさに渦巻の様に時計回りに陣を組んでいる」
「その陣はわしも知っておる」
 幸村はその陣のことを聞いて言った。
「まさかその陣で来るとはな」
「今長尾殿は組まれて」
「そしてじゃな」
「こちらに向かおうとしております」
「わかった、ではわしはすぐにお館様の下に参る」
 幸村は配下の十勇士達の話を聞いてすぐに決断を下した、そうして言うのだった。
「お主達は引き続き長尾殿の軍勢に対してな」
「どういった状況かをですな」
 筧も来て言ってきた。
「そのうえで」
「わしがお館様のところに向かうまで、そしてな」
「お館様ご自身にも」
「伝えてくれ、恐縮することはない」
 信玄の前でもというのだ。
「お館様が許されているし今はそうしたことを言っている場合ではない」
「危急存亡の時ですな」
「だからじゃ」
 それ故にというのだ。
「ここはじゃ」
「それでは」
「今より行く」
 こう言ってだった、幸村は即座にだった。
 自ら馬に乗って走った、幸村の馬は霧の中でも見事な馬術で誰も何も踏むことなく風の様に進んでいった。それでだった。
 彼が横切ってもだ、足軽達はこう言うばかりだった。 
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