ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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黒星団-ブラックスターズ-part5/奪われたデルフ
「え、知り合いなんすか?」
偽フーケの顔を見たスカロンにサイトも目が点になる。そんなサイトにジェシカが説明する。
「パパから聞いたでしょ?この子達よ、うちでコーヒーをくれた元従業員の子の一人」
「そういえばさっきの溶かす水も、うちにきた面倒な貴族を追い払った時の…」
「この子が!?」
その時、スカロン親子とともにこの偽フーケに扮していた少女…シルバを追っていた妖精さんの一人が思い出したように口に出した。脳裏に、以前貴族の権利を盾に魅惑の妖精亭から新商品のコーヒーを取り上げようとした悪徳貴族を、シルバという少女が粘液を浴びせて服や髪を溶かし、丸裸のツルッパゲにした時の光景が蘇る。それだけに彼女たちはショックを受けていた。平民から恐れられる貴族に対して来然と立ち向かい、自分たちの店を守ってくれた彼女がなぜ、盗賊に身をやつしているのか。
「ど、どーもスカロンさん…ジェシカちゃんたちも…」
偽フーケ…否、シルバは以前自分が勤務していた妖精亭スタッフらに自分の素顔が見られたことで気まずそうに苦笑いを浮かべていた。
(そっか、前にチップレースの景品だったあのビスチェを盗んだから、スカロンさんたちはこの子を追ってたの)
通りで、相手が悪名高い盗賊だとしても追い回さずにはいられなかったのだろう。
「シルバちゃん、どういうことなのん?あなたこんなことするような子じゃなかったはずよ。それどころか、うちから『魅惑の妖精ビスチェ』まで盗んでいくなんて…」
「ねぇ、よかったら話して?なんでこんなことしたのよ」
人によっては裏切られたと言う気持ちも抱くであろう。同時に、まだ信じたい気持ちが大きかったこともあり、スカロンとジェシカは、シルバになぜ店からビスチェを盗んだのかを問い詰める。
「えっと、これは、なんといいますか…」
問われたシルバはしどろもどろだ。
「いや、ここで問答しても罪状は同じだ。こいつを城へ連行し事情を聞き出す」
「待ってちょうだい!シルバちゃんは本当はこんな子ではないわ。何か理由があるはずよ」
「待つ必要などない。これから尋問室で問いただせば良いだけのことだ」
盗みに至った理由も何も、それらは尋問室に連行して問い詰めれば良いだけのこと。それに年齢が若い犯罪者など、特別珍しいことではない。アニエスは銀髪の少女を縛り上げようとしスカロンがシルバとの対話の時間をもらおうと直談判していた、その時であった。
アニエスを狙って、どこからか伸びてきた真っ赤な触手が彼女に襲いかかってきた。
「危ない!」
それにいち早く気づいたマチルダがアニエスを銀髪の少女の上から押しのけ、赤い触手の一撃は空を切った。
襲ってきた触手を見てシュウも反応すると、テファとリシュ、シエスタを下がらせつつ赤い触手に銃撃を与える、サイトもデルフを振るって赤い触手を切り付ける。赤い触手は二人の攻撃を数発受けて反射的に引っ込んでいく。それを目で追っていくと、その先で一つの人影を見つける。
見つけたのは、ボロボロの赤マントを身に纏った小柄な少女だった。
「『ノヴァ』!?あんたまで!」
彼女を見てジェシカが名前を叫んだあたり、シルバという少女の仲間らしい。
「伏せろ!」
シュウが叫ぶと同時に、赤マントの少女は再度マントの下から触手を伸ばしてサイト達を襲わせた。鞭を2本同時に振るうように周囲を巻き込んでいく赤い触手。
「この!」
サイトがデルフを振り回して対応し、シュウも腰のホルスターより一本のナイフを取り出した。
「地下水!」
「へへ、ようやく出番ってわけか、待ってたぜ!」
待ち望んでいた活躍の場が来たことに地下水は感謝した。
地下水は早速シュウの意に従い、今この状況において適切な魔法を発動する。サイトの剣捌きでは長くは持たない。まずは防御壁だ。
同じくマチルダもサイトがデルフを振り回して、赤い触手の攻撃を凌いでる間、その後ろで詠唱していた。そしてシュウが地下水を、マチルダが杖を振るうと同時に、二人の手によって魔法が放たれる。
先に魔法が発動したのはマチルダ。石の壁の生成だ。
そこへシュウが地下を発動する。水系統の魔法〈アイスウォール〉。名前の通り氷の壁を形成する魔法だが、彼は実際に氷の壁を作るのではなく、マチルダの土壁にそれをかけた。結果、土壁は氷に覆われ、赤マントの少女の触手を遮った。
トライアングルクラスの二段重ねの魔法ということもあって頑強となったその壁に、さすがの赤マントの少女『ノヴァ』も、触手を叩きつけてもびくともしなかった。
「っち…」
ノヴァが舌打ちしていると、頭上から人影が落下してくる。
「おおおぉぉぉ!」
デルフを頭上から振り下ろそうとしているサイトだ。シュウとマチルダが防御壁を精製している間に高く飛び上がり、ノヴァに奇襲を仕掛けてきた。
ノヴァが間一髪それに気づき、サイトの剣撃をドッジロールして回避、体制を立て直してサイトに応戦しようとするも、今度はドバン!と銃声が鳴り響き、彼女の足元に銃弾の跡の穴が出来上がった。
顔を上げると、アニエスがノヴァに新たに銃を用意して銃口を向けていた。
「動くな!」
アニエスとサイト、二人から武器を向けられ一歩も動くことさえ許されなくなるノヴァ。だがその間に、先ほどアニエスがマチルダによって自身の上から下された際に解放されたシルバがノヴァを援護するべく彼女の元へ駆け出しており、サイトとアニエスに再び酸性の粘液を飛ばしてきた。強力な酸性の液体が相手では先ほど同様避けるしかない。
サイトとアニエスが一時退いたところで、入れ替わるようにシルバはノヴァの隣に立った。
「ふぅ、助かったよ『ノーバ』ちゃん!でも大丈夫?おもいっきし触手切られてたけど…」
「問題ない。私の触手は刃物のように高質化できる」
ノヴァは静かに淡々とそう言った。もし余裕のある状況なら、サイトたちは彼女がタバサに近い人となりだと感想を抱いただろう。
「寧ろ…」
「寧ろ?」
「たまには、斬られるのも…」
「の、ノーバちゃん今とんでもないこと言おうとしなかった?!」
前言撤回。どこか変質的な要素も内包していたらしい。少し顔が赤らめているのを見て、シルバは若干引いた。彼女の反応を見てノヴァは自らの失言に気づき、こほんと軽く咳払いする。
「と、とにかくこの場を一刻も早く切り抜けるぞ。ブラック達と合流し、この世界で手に入れたアイテムを整理しなければな」
そう言いながらノヴァは「合点!」
「そうはさせるか!盗んだ物を返しやがれ!」
逃げるつもりか!そうはさせるかとサイトが真っ先に動き出した。
「!あぁもう邪魔しないで!」
サイトの襲来に気付いたシルバが叫ぶ。隣にいたノヴァが、剣を向けてきたサイトに向けて触手を伸ばす。またか!とサイトはうんざりしつつも職種を切り飛ばそうとする。しかし、ノヴァはもうそんなことは見切っていたのか、サイト本人ではなく、サイトが握っているデルフに狙いを定めた。
巧みにサイトの両腕に右腕の触手を絡み付かせ、デルフの刀身にも巻きついていく。
「どわ!?んだこりゃ!?」
「く、この!」
デルフも両腕も絡め取られてしまい、こうなるとサイトは持ち味であるガンダールヴの力を発揮できなくなる。しかも触手に込められた尋常ではない力は、ウルトラマンの力を得たことで身体能力も向上していたサイトでも引きはがしきれないほどの力が込められていた。ノヴァは残った左腕の方から触手をもう一品生やすと、それをサイトの顔面にバチん!と叩き入れた。
「ぶ!」
まるでゴムパッチンでも食らったような悲鳴をあげるサイト。その瞬間サイトの腕の力が脆くなったことを見抜いたノヴァは、勢いよく触手を引っ込める。
結果、サイトが握っていたデルフは、ノヴァの手元に渡ってしまった。
「あ、デルフ!」
「相棒!」
手元を離れたデルフに向けて反射的に手を伸ばすサイト。だが、今はそれが悪手となった。
「もらい!」
右腕を突き出していたシルバが既に目の前にいた。
「しまっ…!」
デルフを奪われた今のサイトに、シルバの粘液を防ぐ術も避けるだけのすばしっこさもなかった。
「悪いけど、これで丸裸にしちゃうんだから!えい!」
バシャ!とサイトに粘液が飛ばされる。これを一度浴びれば、サイトは…
「〈エア・ストーム〉」
瞬時にサイトの周囲に、彼を守るように突風が吹き荒れ、シルバの放った粘液はサイトにぶっかかる直前でかき消されてしまった。
「嘘!?」
「…とぅ!」
驚いているシルバに、シュウが地下水を握って接近し一振りする。シルバは「うわっと!」と声をあげつつも間一髪それを避けきるも、シュウはすかさず追撃を仕掛けようと地下水を構え直す。
「平賀、傷はあるか?」
「俺は大丈夫、だけど…デルフが…!」
戦っている相手にデルフを直接奪われるというかつてない事態に、サイトは思った以上に平静さを失いかけていた。なんとかデルフを取り戻さなくては。
「だーっはっはっは!この二人を相手にここまで持ち堪えたこと…敵ながら称賛しよう」
すると、どこからともなく、夜空全体に行き渡るほどの女性の大声がサイトたちの耳に入った。直後、その声の主と思われる女性が新たに一人、ノヴァとシルバの背後に着地した。
「だが残念だったな、最後に勝ったのは我ら『ブラッ「『土くれのフーケ』だよ!」っとと…こほん。『土くれのフーケ』だ!」
新たに現れたのは、女性らしい脚線美に露出過多な黒衣を身に纏う、長い黒髪の女性であった。素顔を先ほどのシルバ同様にフードで覆い隠している。何やら今違うことを言いかけていたようだがシルバから指摘を入れられ訂正…トリステイン貴族の頭を悩ませた悪名高い盗賊の名を騙っている割に、あまりにもぎこちない。物体を溶かす液体を精製する力や伸縮自在な触手を生やす能力という、異能の力こそ有しているが、偽者というにはお粗末さが見受けられる。
「『ブラック』ちゃん!あなたまで!」
その女性を見て、スカロンが声を上げる。
「す、スカロン店長!?ど、どうしてここに…」
名を呼ばれたその黒髪の女性だが、スカロンに名前を言い当てられたのを機に、妖精亭の面々がこの場にいることに気づいて気まずい表情を浮かべた。
(こいつらか、あたしの名を騙っていたのは。にしてもまさか、こんな小娘共だったなんてね)
本物のフーケであるマチルダは、3人の少女達を見て目つきが鋭くなる。こうして自分の名を勝手に使う輩と相対すると、思った通り中々に嫌な気分になるものだ。しかし思った以上に間抜けな連中だとも思った。先ほどシルバの素顔が露になったことといい、今といい、あっさり正体が看破されるとは、盗賊としてかなり未熟さが窺える。
「ブラック、今更動揺するな。こうなる可能性は十分にあっただろ」
「そうだよ、しっかりしなきゃ。『サツキ』ちゃんたちが待ってるんだから」
「そ、そうだな。私としたことがつい取り乱してしまった」
これだけ騒ぎになる行いをした割にスカロンと鉢合わせするのは想定になかったらしい。動揺するブラックをノヴァとシルバが諌める。
サイトが『土くれのフーケ』を名乗る少女たちへの警戒を高める中、かつての従業員への情からスカロンがブラックたちに向けて叫び出す。
「ブラックちゃん、あなたもわかってるの!?あなた達、魅惑の妖精ビスチェだけじゃなくて、たくさんのマジックアイテムを盗んでるって!」
スカロンが今言った通り、現に彼女らはこの街に…この世界に害をなしている。怪獣や異星人の悪行と比べて小規模な被害だが、誰かが迷惑を被っていること、心を傷つけているということは変わらない。今回の場合、その心の傷を負ったのはスカロンたちだ。妖精亭の名の由来となった宝である…魅惑の妖精ビスチェをどういうわけか盗み出しているのだから。
「ごめんねスカロンさん、こう見えて私たち…実は俗に言う悪者なんだ」
「この世界で路頭に迷っていた矢先に、あなたに拾われた恩も忘れてはいない。だが…我々はボランティア精神であなたのもとにいたわけではない」
シルバとスカロンが、恐らく自分たちのことを信じようと必死になっているスカロンに、もう理解をしてくれと言いたげにそう言った。加えてブラックの決定的ともいえる台詞が出る。
「我らの目的のためにも、必要なことなのだ。そのため、我らを拾ってくれたあなたの恩情は実に都合がよかった。改めて例を、そして黙っていたこと、あなたのお気持ちを踏みにじったことへの詫びを入れよう」
彼女自身の人としての心なのだろうか。さっきまでやや得意げであった態度から一転して、スカロンを結果として裏切ったことを謝罪する。無論こんな一言だけで納得できるようなことではないのだが。
「だが生憎、我々の崇高なる野望の成就のためにも、ここで捕まるわけにはいかん。二人とも、拿捕した『ジャンバード』へ引き上げるぞ!」
「お。ってことは、あの船を乗っ取れたんだね。ブラックちゃんめっずらし〜!肝心なときに限ってウケる失敗して笑わせてくるパターンなのに」
「大方、『あいつ』の協力もあってこそだろ。いくらこいつでも一人であの船を奪えないさ」
「おい!少しは私を持ち上げたらどうなんだ!?私がリーダーなんだぞ!?」
二人の仲間がどちらとも尊敬するどころかからかい交じりにけなしてくる様に、ブラックは納得できないと声を上げる。
「ジャンバード!?どういうことだ!」
「ふっふっふ…我々ブラ…じゃなかった、『土くれのフーケ』にかかればあの船の一隻や二隻、拿捕するなど造作もないのだ!」
サイトからの質問に得意げに言い放ったブラックの答えを聞いて、サイト達は耳を疑った。そんなはずがない、滅多に変身できなくなったとはいえ彼は自分達と同じウルトラマンだ。そう簡単に遅れをとるような人ではない。それに彼のそばにはヤマワラワもいたはずだ。
「ムサシさん、応答してください!」
「春野隊員、聞こえるか?」
確かめるべくサイトはビデオシーバー、シュウはパルスブレイガーを起動しジャンバード内のムサシに連絡を取り付けるが、通信不能の証である砂嵐の音がザーっとなるだけであった。
「お前、ムサシさんたちに何をしやがった!」
恩人であるスカロンへの裏切りに加えマジックアイテムの連続窃盗、そしてムサシやヤマワラワへ何らかの手口を用いたことへの義憤をサイトはぶつける。
「ふ、安心したまえ少年。我々は何も君たちの命が欲しいわけではない。あくまでこの世界のマジックアイテムとあの船が欲しいだけだ」
怒りをぶつけてくるサイトに、ブラックは物怖じすることなく不敵に笑う。
「というわけで諸君、この世界のマジックアイテムは我ら『土くれのフーケ』が根こそぎいただく!せいぜい我らの脅威に恐れおののくがいい!」
「何が『というわけ』だ!ざけんじゃねぇ!デルフを返せ!」
ブラックが勝手に話を切り上げ、仲間共々この場を去る意思を見せ、そうはさせまいとサイトはブラックたちを追おうとする。
「動くな!」
だが、そんなサイト達の足を、ノヴァの一言が止めた。
「我々に少しでも抵抗の意思を見せてみろ。さもなくば、この剣を砕く。もしくはこいつに溶かさせても良い」
そう言ってノヴァは触手でがっしり握ったデルフをシルバに近づけると、シルバはやや気まずそうな表情を浮かべつつも、それに応えて袖に隠している左手をデルフの刀身に添える。
「相棒!」
俺に構うなとでも言おうとしたのかデルフが声を上げるも、彼の口代わりに動く鍔の金具をもノヴァはぐるぐるに縛り上げてデルフを黙らせる。
「デルフ!」
「ごめんね〜。私たち、ここで君達に捕まるわけにはいかないんだ。けどこれ面白い武器だねぇ言葉を話す上にこっちの言うことも理解できているなんてさ。これなら『あいつ』も文句は言わないかもね」
「言っておくが魔法の詠唱も許さないぞ、その瞬間この剣を破壊させてもらう」
「く、お前ら…」
可愛い顔して卑劣なことを…とサイトは胸中に怒りを燃え上がらせる。
デルフを人質にとった二人の少女達に、サイトはデルフを目の前でいいようにされてるのに助けることも一歩も動くこともできない。所詮は武器、と割り切れるほどサイトにとってデルフは軽い存在ではない。人と変わらぬ自我を持つというのも大きいし、何より彼は死線を共に潜ってきた相棒だ。彼は自分の一部のようなものだ。シュウ達も、サイトの性格を察していることもあり、武器だから難なく見捨てて彼女達を引っ捕らえようなどと冷徹な判断を下せず、サイトと同じようにその場で立ち尽くすしかない。テファもこの時、杖を構えて〈忘却〉の魔法を使おうとも考えていたが、デルフを人質に取られたこともあってそれを断念していた。
「今日のところはこの剣と、この国が『始祖の箱舟』と呼ぶ鋼鉄の船『ジャンバード』を頂く!ではさらばだ」
ブラックは、胸元に手を突っ込み、そこから右手の指と指の間に一枚のカードを挟んで取り出すと、追ってきたサイトの顔に向かってそれを投げつける。
うわ!と悲鳴を漏らして顔にカード投擲の一撃をもらうサイト。デルフを奪われ逆上するがまま突撃したせいで、ガンダールヴの力を発揮できていなかった彼に、ブラックのカードを咄嗟に避けることはできなかった。
「ブラックちゃん、お待ちなさい!」
「ブラック!シルバ、ノヴァ!」
スカロンたち妖精亭の面々の引き止める声にも耳を貸さず、サイトが今の一撃を受けてよろめいたわずかな間に、ブラックたちは完全にその場から姿を消した。
サイトは顔に見事に張り付いたカードを剥ぎ取る。ご丁寧に粘着性のある作りだ。
その札を見ると、
『あなたのマジックアイテム、確かに頂きました。土くれのフーケ』
本物のフーケも実際に行った、ふざけた領収証が記載されていた。サイトはグシャっとそこ領収証を握りつぶした。
そんなとき、サイトたちのもとへムサシとヤマワラワが駆け寄ってきた。
「ムサシさん!ヤマワラワもよかった、無事だったんですね」
さっきサイト達と連絡が取れない様を見ていただけに、なにかあったのではと危惧していたが、本当に無事だったようでホッとする。再会を喜んでテファをヤマワラワと抱擁を交わす。だが安心してる状況ではない。
「みんな、ごめん!さっき変な女の人が現れて、ジャンバードが占拠された!」
さっきブラックが言っていた通り本当にジャンバードは彼女らの手に落ちていたようだ。
「くそ…あの女…!」
自分の相棒といえるデルフをみすみす盗まれ、それを取り逃がすという始末。サイトは、絶対にデルフを奪い返し、盗んだ犯人への報復を心に誓うのだった。
一方、魔法学院で同時期に舞踏会開催の説得活動にいそしんでいたルイズたちだが…
「ルイズ」
「…………」
クリスが声をかけてもルイズは返事をしない。サイトたちが出発して以来、ルイズは妙にイライラとモヤモヤが募って落ち着きがなかった。
出かけて行ったサイトが、シエスタと必要以上にイチャイチャしていないか、そんなことばかりを考える。だから説得活動に身が入らず、二人以外…特に平民向け舞踏会を開こうと提案したクリスや、面白そうだから見逃せないとキュルケや、そんな彼女を当たり前のように助けようとするタバサ等が説得活動を行っていた。対するルイズは、校門が見える校舎入り口の方で、ひたすらそこから移動することなくウロウロしてばかりだった。
「ちょっとルイズ、あなたさっきから校門の方ばかりを眺めているじゃない。やる気を見せたんだから、ちょっとは真面目にやったら?」
自身の興味で動いてばかりのくせに、今ではこの憎たらしい女の方が大真面目に舞踏会のことを考えている。
「煩いわね…あんたは元々面白半分で便乗しただけじゃない」
「冷たいわね~。あたしだってこのイベント楽しみなんだから。なのに賛同していたあなたがそんなんじゃ、成功するものも成功しないわよ。一人説得するだけでも大変なの、わかるでしょ?」
キュルケの言うことは正しい。怪獣災害の影響で学院から生徒をはじめとした人々が離れていく。そんな彼らをもう一度呼び戻すために、平民貴族関係なくお互いが協力し合うための催しとして、平民に向けた舞踏会という前代未聞のイベント。気位の高さが目立つトリステイン貴族の生徒や教員から猛反対されているから、一人説得するのも一苦労だ。しかも協力者だったギーシュ、モンモランシー、マリコルヌ、レイナールも周囲からの体裁を気にして、協力できなくなった。怪獣の脅威で恐れおののいて人が離れているこの魔法学院と同様、状況は悪くなるばかりだ。
なのに正論を言う相手がキュルケというだけで…いや、サイトが他の女と外出しているというだけで落ち着きがどうしても保てず、相手に悪い態度を露にしてしまう。
「…だって…サイトったら…あのメイドと…」
「…どっちみちサボりと変わらない」
いつも通りの無表情だが、タバサからも厳しい指摘を入れられルイズは言い返せなくなる。
「でも、気持ちはわかりますよ。私も、気が付いたら平賀君とシエスタさんのこと考えてますから…平賀君、大丈夫…だよね」
ハルナも共感はしていた。同じ男を…異性として気にしているのだから。平民だから、説得とは別に、小道具の準備とかを行っているが、時々自分でもわかるように、作業の手を止めてしまうことがある。
「シュウの奴、ちゃんと見張っててくれてるかしら?」
サイトとシエスタの他に、シュウがテファとリシュの二人を連れて外出したのは構わない。問題はサイトとシエスタがいちゃいちゃしてないか、もしそれをシュウたちが目撃していたらそれを阻んでくれているか。舞踏会のことよりもそっちがルイズたちの中で優先的になっていた。…残念なことにルイズの頼みごとはぞんざいに扱われているとも知らずに。
「シュウ…ね」
シュウも出掛けたと聞いて、キュルケはリリアのことを思い出す。
昨晩、リリアはシュウに対して何かしらのアプローチを仕掛けるつもりらしかった。だが、シュウがテファとリシュを連れて出掛けた時、彼女の姿はなかった。既にアプローチに失敗した…とは思えなかった。あれだけシュウに対する執着とも言えそうな想いを口にしていた。諦めが悪そうに思えてならない。それとも町へ先回りしたのだろうか。もちろんシュウにも、テファにも伝えていない。その方があとで面白そうだからだし、リリアから見てフェアなものじゃなくなってしまう。
すると、さっきまで黙っていたクリスがルイズたちに尋ねてきた。
「なあみんな、一つ気になるんだが」
「どうしたの?」
「シュウとティファニアについて行った、あの青い髪の少女は誰だ?私はまだここに来て日が浅いが、それなりに人の顔は覚えるように心がけている。だがあの幼子の顔は見たことがない」
リシュは、学院の地下の箱から目覚めて以来、案外学院に現在滞在している者たちに顔が次第に知られていくようになっていた。当然彼女とかかわりの深いシュウ、そしてサイトたちへとそれは伝わっている。だが…にもかかわらずクリスは彼女の顔を見たことがなかった。
「リシュのこと?」
「…リシュ?」
ルイズから名前を聞いたクリスは、耳を疑ったのか目つきが一瞬変わっていた。
「確かに、そのような名前なのか?」
「えぇ、そうだけど…それがどうかしたの?」
「どこで会った?」
「どこでって?」
「初めて会った場所に心当たりは?」
その問いに、リシュを発見した時に居合わせていたキュルケが答えた。
「この学院の地下よ。そういえば、クリスには言ってなかったわね。あたしもその場に居合わせてたから」
「……」
クリスはそこまで話を聞き、何かを考えてか黙り込んだ。
「クリス?」
「あ、いや…奇妙な話だなと思っただけだ」
ルイズから怪訝な目で見られたことに気づいたクリスはなんでもないフリをする。
だが、ルイズ達から明かされた、青い髪の幼い少女の名前が頭から離れなかった。
(…『リシュ』…まさか)
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