艦これ 恋愛短編
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ZARA編
「提督~、お仕事終わりましたかぁ~」
日が沈んだ後の鎮守府の執務室。執務机に向かう俺のところに、ここのところ毎日このイタリア生まれの重巡がやってくる。
「終わったんなら飲みに行きませんか~、いいワインが入ったんですぅ~」
「……生憎この職場には定時というものがなくてな。演習艦隊がまだ戻ってねえんだ」
「ええ~、いいじゃないですか~。隼鷹さんや千歳さんも待ってますよ~」
提督の渋面などお構いなしに、椅子の後ろから寄っかかるポーラ。吐く息はすでにアルコールの匂いがプンプンしており、顔は上気して赤くなっている。
「飲みに行こうと言いつつ、しっかり出来上がってやがる……まあいつものことだが。ほら、やめろって。演習艦隊の報告を聞くまではこの部屋でいなきゃならねえんだよ」
「ええ~、いいじゃないですか。ザラ姉さまには私が言っておきますから~」
今日の演習は、最近この鎮守府にも増えてきたイタリア出身の艦娘での演習である。割と古参で、練度も高いポーラはそこから外れているのだが、こんなことなら艦隊にぶち込んでやればよかった。
「そんな簡単な問題じゃねえ。それに酔っ払いにそんな大事なこと任せられるか」
「ねえ~、提督~、飲みましょうって~」
だめだ、聞いちゃいねえ。
俺はガクッと肩を落とした。そもそもこいつはなんでこんな酔っぱらった状態で日常生活が送れるのか。それどころか、艦娘としての勤務についても、支障が出たという話はほとんど聞いたことがない。練度も高いし、演習や出撃の成績はかなり良いほうである。
そんなことを考えながら、背後から吹きかけられる酒の匂いに俺は顔をしかめる。
しかし、直後、そんな執務室に救世主が現れた。
「提督、入ります」
戸がノックされて、外から声がかかった。俺の肩で、ぐで~となっていたポーラの体が硬直した。
「……いいタイミングだ。入り給え」
「失礼します。演習艦隊の帰投を報告しに来ました」
そもそもこの酔いどれを制御できる艦娘は、この鎮守府でもほんの数隻しかいない。そして、その最も最有力候補というのは、今日、演習艦隊の旗艦を任せていた、鎮守府最古参のイタリア艦、重巡ザラ。この酔いどれの姉である。
入口に立つザラと目が合ったポーラが、俺の肩の上で硬直して、そこから震えだす。
「ザラ、報告は後でいいぞ。こいつを鳳翔さんとこにいる隼鷹たちの卓へ放り込んできてくれ」
「……了解しました」
おお、頼もしい。
「あれほど提督の邪魔をしないように言っておいたのに。あなたって子は!」
「待って、姉さま、これは、違うの、私は提督の日ごろの労をねぎらおうと思って……」
「それがダメだって言ってるのよ! ほら来なさい! うわっ、酒臭っ、あなたもう飲んでるの?」
ポーラが問答無用で俺から引っぺがされる。そのまま襟首をつかまれると、観念したのか、子猫のようにおとなしく連行されていった。
※※※※
「いや、助かったよ、ザラ」
「お見苦しいところをお見せしました……」
「いやいや、もういつものことだしな」
ザラは慣れた手つきでポーラを隼鷹たちに引き渡した後、改めて執務室に戻ってきた。もちろん、そこで演習の報告を済ませてもらう。
「提督も甘やかさないでください。大体勤務中の提督の下に酩酊で来るなんて」
「ははは、あいつは酔ってるとこしか見たことねえな」
そうやって話しながら、ザラは応接用のソファーに座って、クリップボードにペンを走らせる。いつも酔った状態で、会話が成立しているかどうかすら怪しいポーラの姉とは思えないしっかり者。数が増えてきたイタリア艦のまとめ役として抜擢してからだいぶたつがその役も見事にこなしている。
その真剣な横顔は、本人の整った顔立ちと合わせって、絵画の中の美女のような様相を醸し出す。
「……何ですか、提督」
しまった。じっと見つめすぎていたのか、視線に気づいたザラが、ペンを止めてこちらを向いた。
「あ、いや……そういえば、ザラの練度も、ずいぶんと上がってきたなー、と」
「そうですね。イタリアの子も増えてきて、演習の旗艦をやることも増えてきてますから」
「……今いくつだ」
「ええっと、今日の演習で上がりましたし、97です」
その回答に、俺は少しだけ声を落とす。
「そうか……あと少しだな」
「え、なんですか」
「いーや、なんでもない」
そういいながら、俺は彼女から死角になっている、机の引き出しをそっと引いた。
そこに入っているのは、黒いビロードで仕上げられた小箱。最近上層部の方から送られてきた、“指輪”である。
高い練度と、提督との信頼関係を持って、艦娘の戦闘能力をさらに向上させるアイテム、と聞いている。が、大半の提督はそうは思っていない。これを艦娘に渡すということは、最も信頼している、ということの証。形状が指輪であることも含めて、プロポーズとなぞらえて「ケッコンカッコカリ」なんてうそぶく者もいる。
あと2か、と心の中でつぶやくながら引き出しをそっと閉じる。ザラはもう書類に目を戻している。ザラにはまだ指輪の話はできていない。だから、イタリア艦のまとめ役をお願いしつつ、演習での旗艦をやらせて、練度を上げてきた。もちろん、これまで何度か言おうとしたことはあった。しかしそれも直前で踏みとどまってしまったり、例の酔っ払いの邪魔が入ったりで、結局言えていないのだ。
俺は執務室を見渡した。補佐をやってくれる大淀はもう上がったし、こんな夜更けにここに来る人間はいないだろう。そして部屋の中には俺とザラだけ……
「……なあ、ザラ」
意を決した俺の声に、ザラが振り向く。
「何ですか、提督」
夜だからか、手に負えない妹を見た後だからか、いつもより綺麗に見える。その微笑みに、俺の決意はもろくも揺らいだ。
「あ、いや……この後、時間はあるか。さっきポーラを無理やり追い出しちゃっただろ。だからこれ終わったら鳳翔さんとこに行こうかと思ってな……一緒にどうだ?」
見事なチキンである。いや、何とか彼女自身も同じ席に誘えただけでも、上出来なのだろうか。そもそも指輪を渡そうという相手にこれでは先が思いやられるというものか。
「別にいいですよ。私もポーラがご迷惑をおかけしていないか見ておきたいですし」
「そ、そうか」
「それでは報告書を仕上げちゃいますね」
そういうとポーラはみたび書類に目を戻して、ペンを走らせ始めた。
※※※※
「て~とく~、ほらほら、飲み足りないんじゃないの~。ほらグラス出して」
死屍累々。そんな光景が俺の目の前には広がっていた。
「おい、そろそろやめといたほうがいいんじゃ……」
「え~、いいじゃな~い。おいしいんだからさ~」
問答無用で、俺の目の前にワインボトルが差し出される。ここで拒否するとボトルごと口に突っ込まれそうな勢いである。というか、実際にそれの被害者が俺の脇でぶっ倒れている。
なみなみとグラスに注がれるワイン。どう見ても酔っ払いの酩酊状態のくせに、酒を注ぐ手は微塵もぶれない。
「お、おう。ありがとう」
申し訳程度に口をつけて、俺はグラスを置いた。
そして、あえて正面に座ってにこにこと自分のグラスにワインを注ぐザラと目を合わせないように、横に倒れているポーラを起した。申し訳ないが、ここは生贄として蘇生してもらうしかない。
「……おい、ポーラ。お前の姉は酒を飲むといつもこうなのか」
「いつもですよ~。ザラ姉様もワインは大好きですし……」
後のセリフが続かない。あのポーラが、常時酩酊といっても過言ではないポーラが、完全にイってしまっている。ついでに、先ほどまでザラからのワインを物珍しそうに飲んでいた隼鷹と千歳は、早々に潰れてしまった。
「……この鎮守府の酒豪トップ3がこんなにもあっさりと……」
俺も、酒にはかなり強いほうだと思う。が、目の前のイタリア艦の姉さまは、次元が違った。
「さすがはポーラの姉、といったところなのかな。……悪い意味で」
「て~とく~。ほらほら、ポーラとばっかり話してないで。呑んで呑んで~」
いい笑顔。ここだけ切り取れば、好きな娘にお酌してもらっているという男の夢みたいな構図なんだがな。
「それじゃあ、提督~。姉さまをお願いします~」
ポーラはそれだけ言うと、もう一度ぱたんと倒れてしまった。この野郎、逃げやがった。
「まてまて、まださっきついでもらったやつが残ってるし」
「え~、じゃあ早く飲んでよ~。待っててあげるから」
美人が、酒で上気した顔で、にこにこしながらボトルを差し出してくる。可愛い。とっても可愛い。最も、そんなものは幻想で、直後に手に持ったワインボトルから、直接アルコールを摂取し始めるのだが。
「あれ~、空っぽだ~」
いや、今お前が飲み干したんだよ。ボトルに半分くらい残ってた、イタリアから送られてきた割といいワインを。
「次の開けなきゃ~」
そういって、ザラは立ち上がると、座敷部屋の一角に置かれた木箱から、新たなボトルを取り出し始める。
「……持ち込みの本数、制限かけるかな。今度鳳翔さんに言っとこ」
両手でボトルを抱えて戻ってくるザラ。俺の目の前には先ほどから中身の減らないワイングラス。
「……そろそろ鳳翔さん呼ぼうかな」
すでに三人の被害者が出ている。千歳と隼鷹は、最悪、部屋にいるであろう姉妹艦を呼べば良いが、ザラとポーラ、両方が立てなくなると、俺一人で運ぶのは無理がある。酔っぱらったレアなザラが見られなくなるのは残念だが、背は腹には代えられない。さっさと鳳翔さんにつまみ代を払って撤収する口実を作った方がいい。
「鳳しょ……」
俺は、趣味でここの管理と営業をやっている鳳翔さんを呼ぼうと、外に顔を向けた
「どうしたんですかあ~、て~とく~」
ところで、硬直した。いつの間にか、正面の席から離れたザラが、俺のすぐ隣に座っていた。
「ほらほら~、お酒が減ってませんよ~。いらないなら私が飲みまぁす」
そういうと、ザラは、俺のグラスを手に取ると、一気に飲み干した。
「ほら~、持って~」
空になったグラスを俺に渡すザラ。
「お、おう」
大人しく受け取ると、今度は肩に手まわして、俺ごと引き寄せるようにしてワインを注ぎ始めた。
「うお、おい、ザラ……」
「ほら飲んで飲んで。私の故郷のお酒ですよ~、不味いわけないですよ~」
そろそろ、ザラも言語が怪しくなってきた。が、今の俺はそんなこと考えている余裕はない。
やばいやばい。心臓の鼓動が激しくなる。顔に血が上るのがわかる。酒のせいだけではない。というかついさっきまで標的となっていたのは他の艦娘たちで。俺はそこまで飲んでいない。待て待て待て、近い近い近い、本当に酔ったポーラみたいになってんぞ。
「ザラ、放してくれ。飲むから、入れてくれた分はちゃんと飲むから」
「や~だ~、て~とく、放すとすぐ他の娘のとこ行っちゃうじゃないですか~」
「はあ?」
「さっきだってちょっと目を離したらポーラの方に行っちゃうし、初めの方は千歳さんとか隼鷹さんとばっかり話してるし、鳳翔さんとは仲良さそうだし」
そりゃ提督やってりゃ艦娘とは仲良くなるだろ、という言葉を飲み込んだ。
これはチャンスなんじゃないか。今いるのは個室に近い座敷部屋で、一緒に飲んでいる三人は完全にダウンしている。つまり、今俺はこの部屋で、ザラと二人きり。
「な、なあザラ」
本当はこんな状態で言いたくはないが、今日の執務室でのやり取りを考えると、今後言う機会は、本当に指輪を渡すタイミングになってしまうかもしれない。
「あの、ちょっと話があるんだけどさ」
俺はザラの腕をかいくぐって抜け出すと、姿勢を正す。
「あの、この間、艦隊強化の一環としての限界突破のシステムがうちの鎮守府にも導入されたのは知ってるだろ。それで、その限界突破なんだけど……」
そこまで行ったとき、俺は右肩に重みを感じた。
気恥ずかしさから、無意識にザラから外していた視線をそちらへ戻すと、肩の上にザラの頭が乗っている。
「……おい、ザラ、おーい」
スースーと安らかな寝息が聞こえる。ただ眠っているだけのようだ。
「……やれやれ」
※※※※
結局、そのあと、鳳翔さんによって、寮の部屋から呼び出された飛鷹と千代田が、隼鷹と千歳を回収していった。そして残るはイタリア艦姉妹なのだが駆逐艦ならいざ知らず、さすがに重巡クラスの娘を二人同時に運ぶのは無理がある。
そんなわけで、ザラとポーラの相部屋の鍵を持っているのがザラだったので、俺はひとまずポーラと座敷の片づけを鳳翔さんにお願いして、ザラをおぶって、イタリア艦寮を目指していた。
「全く。大事なところで寝やがって。俺の決意はどうしてくれるんだよ」
背中でだらしなく寝るザラ。居酒屋へ行く前、執務室にいた、デキる姉のザラはいったいどこへ行ってしまったのか。いや、ある意味で、ポーラの「姉」であることを再確認したわけだが。
「……それでも、お前に幻滅しなかったことに、なんか安心したよ」
俺はやっぱりザラのことが好きなようだ。しっかりものとか、酔っ払いとか、そんなところを全部ひっくるめてザラのことが好きだ。
「……ん~、て~とく……」
「……起きたか、ザラ」
背中でもぞもぞと動く感覚。しかし返事はない。起きてはいないようだ。
全くのんきなもんだ。
「……て~とく~、今日も勝ちましたよ~。褒めてくださ~い」
「はいはい、すごいすごい」
寝ぼけたザラの声を背負って、俺はイタリア艦の入っている、海外艦寮を目指した。
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