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艦これ 恋愛短編

作者:MONO(暫定)
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瑞鶴編

 鎮守府から電車で一駅。そこは港町、そして軍港が並ぶこの一帯の物流を担う、繁華街のような場所。そこのシンボルともいえる噴水の前で、普段の白い士官服とは違った、フランクな服装の「提督」が立っている。本来ならばこの時間はここではなく、鎮守府の中心にある執務室へと出向し、膨大な書類仕事と向き合っている時間だ。しかし、今日は、その役は大淀に丸投げして、ようやく認められた休暇を謳歌すべくここにいるわけである。

 

 が、特に歩き回るわけでもなく、周りを行く人々をぼんやりと眺めながら、絶え間なく吹き上がる噴水の水と、左手にまかれた腕時計の間で、視線を往復させている。

 

「やっほー、提督さん、待った?」

 

 声をかけたのは、一人の女性だった。少女といってもいい。冬の街だというのに、ショートパンツというなかなかに攻めた服装。一応上半身にはコートを羽織っているが、その下はかなり薄着なようで、見ているだけでも寒さが増す。

 

 上司と部下、指揮する側と指揮される側、とはいっても、艦娘はその名の通り、うら若き女性の姿をしているのだから、提督と艦娘の間に浮いた関係が結ばれるのはよくある話である。この二人も、休みを利用して一緒に街へ出てきたのだろうか、と道行く人たちは微笑ましい(一部妬みのこもった)視線で二人のそばを通り過ぎていく。

 

「『待った?』じゃねよ、瑞鶴!」

 

 しかし、そんな微笑ましい空気が、当の提督本人の絶叫によって破壊された。

 

「お前、どれだけ俺がこの寒空の下待ってたと思ってんだ。一時間だぞ、正確には六十八分だ。午前十時って言ったのお前だよな? それを分かってて、なおも『待った?』『いや全然待ってないよ』っていう定番のやり取りを求めるのかお前は!?」

 

 振り向きざまに、満面の笑みを浮かべる艦娘、瑞鶴に対してまくし立てた。しかし当の瑞鶴の方は意にも介さない様子だ。

 

「分かってないな~提督さん。女の子は準備に時間がかかるのよ」

「一時間の遅刻に対して開き直るか、お前は」

 

 はあ、とため息。いつものことだ。業務の方はともかく、私生活が基本的にはずぼらなこの艦娘が、時間通りにここに来るとは思っていない。

「誘ったのはお前だから、もしかしたら時間通りに来るかも、なんて思った俺が馬鹿だったわ。へいへい、不問にしとくよ。いつものことだし」

「やったね」

 

 全く反省の色がない。これでも艦娘としては鎮守府のエースともいえる存在である。特に装甲空母となる改二が実装されてからはその防御力と速力を持って、勝利に貢献し続けている。基本的に練度の高い空母の中でも特に高練度を擁する艦の一人である。

 

「で、なんだっけか、今日は」

「赤城さんの進水日記念のお祝い。そのプレゼントを提督さんと一緒に買ってきてほしい、って加賀さんに頼まれたの。提督さんのお休みとあってるのが私だったから」

「それで容赦なく俺の休みをつぶしたんだな……」

「いいじゃない、こんな可愛い子と繁華街デートだよ? 休みをつぶす価値はあると思うな~」

 

 わざとらしくクルッと回って見せる瑞鶴。長い髪が、フワッと広がった。

 

「あー、ハイハイ……ってお前その髪どうしたんだ」

「あ、やっと気が付いた。提督さん、そんなことだから彼女できないんだよ」

 

 ニヤニヤしながら、瑞鶴が上目づかいに提督の顔を下から覗き込む。

 普段は長い髪をツインテールにしている瑞鶴だが、今日は、それこそ回れば広がるように、一切止めずに背中の方に垂らしている。

 

「……なんか、翔鶴みてぇだな」

「そこで他の娘の名前出すのってどうなんだろ……まあ、そうね。……翔鶴姉が行けるんだから、私だって行けるでしょう、って思って。どう? 似合ってる?」

「あ、ああ、そうだな」

「なーに? 似合ってないの?」

「いや、何というか、にあってはいるんだがな、その、イメージがな」

「イメージ?」

「ほら、お前、前にも一回髪下ろしてただろ? レイテ作戦の時に」

 レイテ作戦は、直近で行われた作戦の中では最も大規模といえるもので、艦娘「瑞鶴」としては、思い入れのある作戦でもあった。鎮守府で一番気合が入っていたといってもいい。その時の瑞鶴は髪を下ろし、陣羽織を来た姿で、提督に敵のボスへの突入に参加させろと迫ったのである。

「なんか、そんときのイメージで、どうにも、な。可愛いという感じじゃないんだよな」

「……えっ」

「あれは、なんていうか、カッコいいって感じだったからな」

「あ~、あの時はちょっと……」

「だからなんか、髪下ろしてると決戦に臨む武士のイメージが取れなくてな……どうした、瑞鶴」

「……そんなことないもん。ちゃんと翔鶴姉にやってもらった、ちゃんとしたおしゃれなんだもん」

 拗ねてしまった。ぷいっと横を向いて、むくれた、テンプレートのような拗ね方。艦娘に成長という概念はないが、姉の翔鶴と比べても、瑞鶴の精神年齢は低い。

「……おう、なんかすまん……行くか、そろそろ」

 

 しかし、提督にそう言われると、不満げな顔をしながらも、ちゃんとついていく瑞鶴。この程度のことは鎮守府では割と日常茶飯事。本当に気分を害したのなら、相手が提督であれ、このじゃじゃ馬は艦載機をぶっ放してくる。

(やれやれ。翔鶴、とまでは言わんから、せめて大鳳くらい大人になってくれれば、秘書官に据えるんだがな)

 

※※※※

 

 夕方。空母寮のリビングで、翔鶴は帰ってきた妹を迎えた。

 

「おかえりなさい、瑞鶴。赤城さんへの贈り物は買えたの?」

「……買えた」

「そう。もう加賀さんに渡した?」

「……渡してきた」

「そう……あれ、今日は髪下ろしてたの? 可愛いじゃない」

「ちょっ……翔鶴姉……」

 急に顔を上げてバタバタし始める瑞鶴。その顔は真っ赤だった。

「どうしたの瑞鶴。顔が真っ赤よ、風邪?」

「……そうかも」

 

 瑞鶴は言葉も短く、部屋の方へ踵を向けた。

 普段なら翔鶴の隣に座って、姉妹の団欒に花を咲かせるところである。それどころか、翔鶴と目を合わせようともしない。

 

「? 何かあったのかしら。提督と? でも、せっかく加賀さんが気を使ってセットしてくれた機会だったんだし……」

 

 部屋に戻って戸を開ける。部屋の内装は至ってシンプルで、最低限のものの置き場と机、そして翔鶴と共有している二段ベッド。

 荷物を放り出して、二人で一枚の姿見の前で直立不動の真顔を作って見せる。しかし、真っ赤な顔だけは隠しようがない。ちょっとほっぺたを引っ張ってみたり、はたいてみたりするが、一向に効果はない。

 あきらめた。

 瑞鶴は二段ベットの上の段に、一足飛びで飛び込む。

 

 そして、枕に顔を押し付けると

 

「あああああああああああ」

 

 爆発した。

 枕に顔突っ込んだまま、バタバタと悶える。ベッドがきしむ音が部屋に響くが、気にしない。

 

(あああああ、無理無理無理無理、提督さんの前じゃ頑張ってたけどこんなの無理だよ、大体なんで髪下ろしてるのに全然気付かないのに、気付いた途端にレイテの時の話とか、心臓止まるかと思ったじゃない、何、何、私が勝負所で髪下ろすの知ってたの、いや、いや、絶対そんなことない、翔鶴姉にだって言ってないのに、てか私も私よ、翔鶴姉にやってもらったって何、翔鶴姉が聞いたら一発でばれちゃうじゃない、今からでも口裏合わせてもらう、でも翔鶴姉だって理由を聞くだろうし、あーなんであんなことしたんだろう、遅刻してまで慣れないことしていったのに、結局何も進まなかったじゃない、気合入れていった私がばかみたいじゃない……)

 

瑞鶴の大暴れは、部屋の異音を聞きつけた翔鶴が踏み込んでくるまで続いた。

 

 
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