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船出の若鶴

作者:MONO(暫定)
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船出の若鶴

「私は反対よ。五航戦の子なんかと一緒にしないで」

 

ガタッ

 

加賀の言葉に、向かいに座る瑞鶴が、会議室の高そうな椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がる。

 

 本来は海上や泊地の寮での生活がほとんどの艦娘たちではあるが、重要な決定事項を話し合うときには、こうして会議室を利用する。話し合われるのは重要な内容であることが多いので、艦隊指揮の重役、いわゆる「提督」の御歴々も臨席することがあるが、今日は当事者である、第一航空戦隊「一航戦」の赤城と加賀、そして一年ほど前に艦隊に編入された新米、第五航空戦隊「五航戦」の翔鶴と瑞鶴の姉妹である。

 

 会議の内容は単純明快、航空部隊のエースナンバーともいえる精鋭「一航戦」に、最新式の空母である翔鶴型の二人を組み込み、戦艦から改装された空母である赤城と加賀を「五航戦」に回すという上からの提案に対する、当事者同士の意見交換である。

 しかし、意見交換とは言うものの、責任者である提督は、現場の意見具申に任せるといった態度で、この話し合いで決まるであろう具申の内容が、おそらく決定事項となる。

 

「はあ? ちょっとそれどういう意味よ」

「言葉通りよ。貴方たちごときに、栄光の一航戦は任せられないと言ってるのよ」

「……言ってくれるじゃないですか。そっちこそ、鈍足の旧式戦艦崩れの癖に」

ぼそっと吐き捨てる瑞鶴。露骨な挑発に場の空気がさらに冷たくなるが、当の加賀は眉一つ動かさずに、平静を装う。しかし、額にはうっすらと青筋が浮かんでいる。静かに膨れ上がる殺気に、瑞鶴の隣に座っている翔鶴が身を竦め、そおっと、立ち上がった妹の袖に手を伸ばした。

「なによ、翔鶴姉」

 声を潜めて、悲痛な声で訴える。

「あ、あの、瑞鶴、謝った方がいいわよ、そろそろ」

「なんでよ。先に仕掛けたのは向こうじゃない。大体、翔鶴姉は悔しくないの? 戦艦崩れにあそこまで言われて」

「それは……確かに、私たちは初めから正規空母として作られてるけど……」

 

 ここまで言って、翔鶴はパッと口を押えた。顔を真っ青にしながら、ぎこちない動きで、対面に座る、「戦艦崩れ」の「改装空母」に視線を移した。額の青筋は今や遠目にもわかるほどくっきりと浮き出て、ポーカーフェイスを保ってはいるが、眉の端がぴくぴく動くのが見える。チリチリとした戦場の空気が、会議室に流れた。

 必死に平静を装う加賀と、その殺気を正面から受け止めて睨み返す瑞鶴、その脇で先ほどよりもさらに小さくなる翔鶴。

 

 パンッ

 

 張り詰めた室内に、突然乾いた音が鳴り響いた。

「はい、喧嘩はいったんここまでにしましょう。話が進みませんから」

 胸の前で手を合わせた赤城が、柏手に唖然とする五航戦姉妹に微笑んだ。あまりに場違いな展開に、瑞鶴は毒気を抜かれたかのように、元の席へと座りなおした。翔鶴も、小さくなったままではあるが、多少の緊張は解けたようで、椅子にまっすぐ座りなおした。

 

「ほら、加賀さんも」

「……赤城さんがそういうのなら」

 加賀も、驚くほど素直に矛を収めると、会議室に漂う殺気が嘘のように消え失せた。

「はい、結構です。そもそも、加賀さんはいつも説明を端折りすぎるんですよ。相変わらず不器用なんですから」

 赤城に言われて、加賀はバツが悪そうに、ぷいっと横を向いてしまった。赤城はそれを確認すると、もう一度五航戦姉妹の方を向き直った。

 

「さて、それでは、改めて、あなた方二人に一航戦の席を譲れない理由をお伝えしますね」

 加賀とは違う、にこやかな声。しかしそれでいて、後輩二人が自然に背筋を伸ばすだけの、不思議な威圧感があった。

「それでは、加賀さん、もう一度、丁寧に、お二人にお伝えしてあげてください」

「え、私が、ですか」

「はい」

 微笑む赤城に、反論の視線を向ける加賀だが、やがてあきらめたようにいまだにむすっとしている瑞鶴の方に向き直った。

 

 こほん、と咳ばらいを一つはさむと、

「まずは弓よ。翔鶴、貴方の弓を貸してちょうだい」

「は、はい」

 加賀の要求に、翔鶴が机の下から、自身の艤装の弓を取り出した。

「……?これがどうしたっていうのよ」

「そうね、私たちのと比べてどう?」

 加賀も同じように机の下から自分の艤装を取り出す。しかし、翔鶴のようにすんなりとは出てこない。何しろ、加賀や赤城の艤装の弓は、彼女たちの体とほとんど同じ長さを持つ、長大なものだからである。対して翔鶴型の艤装の弓は、腕の長さよりも少し長いくらいの短弓だ。

「……長さが全然違いますね」

「確かにそうだけど。何が問題なのよ」

何も分かっていないのね、と後輩二人に対して加賀はため息をついた。

「弓の長さは艦載機を打ち出すときの初速に関わる。貴方たちの弓じゃ、いずれ大型の艦載機は発艦できなくなるかもしれない」

 確かにその通りではある。弓の長さは艦載機の初速に直結する。現在の最新式である零式艦上戦闘機や九九艦爆は問題なく扱えているが、戦力化が予定されている彗星艦爆は従来より大型化しているし、これからの艦載機は重武装化に伴って大型化が予想される。当然今よりも初速も求められるようになるだろう。

 

 しかし、瑞鶴はすぐさま立ち上がって反論の声を上げた。

「でも、いくら弓による加速が効くにしても、船の速度が遅かったら艦載機の初速なんて上がらない。私たちにはそれを補えるだけの速度がある。30ノットにも満たない低速艦相手なら、補って余りある性能よ」

 先ほどぶつけきれなかった不満を叩きつけるように、息巻く。瑞鶴の反論はもっともだと言えよう。翔鶴型には艦隊最高出力の機関に加え、脚部の艤装の形状にも波を割って進む特殊な形状が採用されている。もともと大型戦艦として建造された加賀と比べ、10ノット近くも高速なのだ

 

それでも加賀は、ぴしゃっと言い放った。

「なら、貴方たちはそのご自慢の速度を、完全に使いこなしているというの?」

 うっ、と得意げな瑞鶴の顔が引きつった。

「艦載機の発艦の時に、正確な風上に向かって、まっすぐに全速航行しながら、揺れをおさえて発艦作業。外洋の荒波の中で、貴方たちにはそれができるの、と聞いているのよ」

「……そりゃ、いずれは……」

「深海棲艦に対する反攻作戦はもう目の前に迫っているのよ。貴方たちの成長を悠長に待っている余裕はないの」

 

 瑞鶴が唇を噛んで黙り込む。確かに最新式の翔鶴型であれば、その速力で艦載機の初速などいくらでも上乗せできる。しかし、最新型故に、加賀との間には十年以上のキャリアの差があるのだ。まだ外洋にほとんど出たことのないひよっこでは、加賀の言う通り航行技術の面で、その差を埋めるどころか詰めることすら不可能である。

 

「それともう一つ」

 追い打ちをかけるように、加賀が続けた。

「外洋航海の練度もそうだけど、貴方たちの航空隊の練度はまだ低すぎる。反攻作戦までもう幾ばくも無いわ。それまでに発着艦と編隊飛行くらいは問題なくできるようにしておくことね。話はそれからよ」

「で、でも、私たちの飛行隊だって最近すごいのよ。この間の急降下爆撃の演習だって……」

「あの程度の成果で誇る時点であなたは未熟よ。急降下爆撃ならせめて命中率八割を超えてからね」

 返す言葉もない。命中率六割がせいぜいの瑞鶴の航空隊と、精鋭中の精鋭といわれる加賀の航空隊では次元が違う。

 

なにも、加賀だけではない。彼女らと肩を並べる二航戦の飛龍と蒼龍も同様の練度を持っている。一線級になるには、絶対に超えなければならない壁なのである。今の瑞鶴では到底届かない。一航戦どころか、一線級に肩を並べることすら許されないということだ。

 

「さて、言いたいことは済んだかしら。貴方たちが一航戦を名乗ろうだなんて100年早いのよ。最新であることだけでなれるほど、一航戦の名前と誇りは軽くないのよ」

 今度こそ、瑞鶴も反撃の言葉を失った。瑞鶴はうつむいたまま、力なく椅子に座り込んでしまった。

 

 そんな瑞鶴を見て、加賀はまた一つため息をついた。

「行きましょう、赤城さん。これ以上、言うことはありません」

 瑞鶴には一瞥もくれない。加賀はさっさと立ち上がると、自分の弓を持つと、加賀と瑞鶴を交互に見ながらおろおろしている翔鶴の席の横をすり抜けると、そのまま会議室を出て行ってしまった。

「あ、赤城さん……」

 仕切りなおす前より、むしろひどくなった状況に、翔鶴は残った赤城に助けを求める。しかし、赤城も、助けを求める翔鶴には応じす、相変わらずのにこやかな笑みだけを向けて、加賀の後を追って会議室から出て行った。

 



 

「ねえ、瑞鶴? 加賀さんたちも出て行ったし、そろそろ私たちも寮へ戻りましょう」

 返事がない。

「ねえ、瑞鶴?」

「……によ」

「え?」

「……なによ、偉そうに……性能は私たちの方が上じゃない。100年早いですって、馬鹿にするんじゃないわよ。一年よ、一年あればあんな中途半端な空母に負けないんだから……」

 ぶつぶつと加賀への言葉を並べ立てる。

「あの、瑞鶴? 加賀さんの言ってることは正しいし、私たちが練度が足りないのは事実で……」

「わかってるわよ!」

 ようやく顔を上げた。怒りといら立ちのこもった目は、涙で潤んでいる。翔鶴に当たったところで、意味がないのもわかっている。それでも、瑞鶴は目の前の姉に言わずにはいられなかった。

「翔鶴姉は悔しくないの? 私たちはこんなもんじゃないって、あいつらに認めさせてやりたくないの?」

 艦隊の大先輩であり、空母という艦種の草分けでもある一航戦。空母の集大成ともいえる翔鶴型にとっては、超えるべき壁であると同時に、憧れの対象でもあるのだ。その彼女らに認められたい、瑞鶴はその一心で、今日の会議に臨んだのだろう。しかし、結果はさんざん。認められるどころか、「未熟者」の烙印を押されて早々に見切りをつけられたしまった。

「私たちは、あの人たちを超えるために作られたんだよ? あの人たちが積み上げた、「空母」の集大成として。それなのに……むぐっ」

 突然、瑞鶴の言葉が打ち切られる。

 涙目でまくしたてる瑞鶴の頭を、翔鶴は優しく胸に抱きこんだ。

「む、んんっ」

 誰も見ていないとは言え、いい年して姉の胸に顔をうずめるという状況に、顔を真っ赤にしながら抜け出そうとする瑞鶴。翔鶴も、それに抵抗することはなく、すぐに瑞鶴の頭を話した。

「瑞鶴、私だって悔しいわよ。一航戦の先輩方にあそこまで言われれば。だけどね」

 翔鶴は、強制的に落ち着かせた妹を、諭す。

「今は、別に認めてもらえなくてもいいんじゃないかな」

「え」

 目を丸くする瑞鶴に、翔鶴は笑いかける。

「だってそうでしょ。今艦隊には、一航戦の赤城さんと加賀さん、二航戦の飛龍さん蒼龍さん、軽空母だけど龍驤さんや第一線は退いているけど、鳳翔さんだっている」

「でも、敵はどんどん強くなるんでしょ。私たちも早く前線に……」

 今の一線級の空母は、どれも多少なりとも実験艦の要素を持つ。そのデータが翔鶴型につぎ込まれているのだが、それゆえに、彼女らがいつまで前線で通用するのかは重大な問題なのだ。だからこそ、翔鶴型には期待が寄せられ、瑞鶴はそれを真に受けて、気負いすぎた。

「瑞鶴、あなたは気負いすぎている。私たちは焦らなくてもいいのよ。だってまだ建造されてから一年じゃない。今はまだ鍛錬を積んで、十分な練度を得て、将来に備えればいいのよ。大丈夫、まだ、私たちは先輩に甘えていいのよ。先輩たちが支えてくれる期間を、もっと信頼してもいいんじゃないかしら」

 



 

「加―賀―さん」

「何ですか。……何がそんなに面白いんですか」

 会議室を出て廊下を歩く二人。赤城はやたらと楽しそうに、加賀を追いかける。

「どうしてあんなきつい言い方したんですか。瑞鶴、落ち込んじゃって、もう立てないかもかもしれないですよ」

 白々しく、わざとらしく、加賀をあおる赤城。あなたの考えていることくらいわかってますよ、と言わんばかりだ。

「……別に。事実を言ったまでよ。あの程度で折れるのなら、一航戦を継ぐ資格はないわ」

加賀は足を止めることもしない。

「弓の話だってそう。あの子たちの弓は近いうちにもっと強力な短弓に交換されるのは、加賀さんも知ってるでしょう? そうなれば、短い分取り回しやすいあの子たちの艤装の方が高い能力を発揮できるわ」

「どちらにしても、今の練度ではしょせん『五航戦』です。今のままでは一航戦は継がせることはできません」

「ふふふ。でも、継がせるつもりはあるのね」

 加賀の足が、ぴたっと止まった。はっ、と顔を上げた加賀は、ついつい言葉尻に出てしまった本音に対してにこにこと笑みを浮かべる赤城を真っ赤な顔で睨むが、すぐに観念したように続けた。

「……当然です。私たちは戦艦から改造された、『つなぎ』です。流用されているデータも鳳翔さんの分しかありません。二航戦の二人も、まだデータ不足。大型空母四隻を下敷きにして作られたあの子たちが、将来を担うのは当然です」

改装空母である赤城や加賀、龍驤、実験艦である鳳翔はさることながら、初の計画段階からの大型空母である飛龍、蒼龍に至っても、まだまだ問題は多い。空母に必要な要素のバランスが悪いために、速度や防御力が犠牲になっているのだ。

「あの子たちはほぼすべての面で、私を含む艦隊の空母全部を上回る潜在能力がある。だけども、それを生かしきるには一年足らずの訓練では足りていない」

「だから、あんな言い方したんですか」

「……わかってるなら聞かないでください」

 加賀は、一航戦を譲れない理由を、練度の低さであると位置付けた。逆に言えば、それはそう遠くない将来、覆される可能性のある要素だ。加賀の言葉は、そういう意味をはらんでいたのである。

 それに、と加賀はさらに続ける。

「今、あの子たちを、最前線で戦い続ける一航戦に回してしまえば、これから先の戦いで、強くなった深海棲艦に対処できなくなる。あの子たちには、二線級で練度を上げてもらわないと困ります」

「あの子たちを訓練に専念させるためにも、頑張らないとね」

「そうですね、あと二年、いえ、一年半あれば大丈夫よ。そのころには、あの子たちも、安心して一航戦を任せられるようになっていると思います」

会議室とは打って変わって、優しげで、少し寂しげな加賀の声色。しかし、その心の内は、会議室で瑞鶴を打ちのめした時と何も変わらないことを赤城は知っている。

「相変わらず不器用ですね、加賀さんは」

「んっ……今何か言いましたか」

「いいえ、何にも」

 

 深海棲艦に対する反攻作戦発動は、もう目前に迫っている。 
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