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ある晴れた日に

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65部分:穏やかな夜にはその十四


穏やかな夜にはその十四

「カレーにジャズって」
「駄目か?」
「駄目も何もカレーだよ」
 恵美が言うのはここであった。
「カレーにジャズはね」
「じゃあラップでいいじゃねえかよ」
 やはりセンスのない野本であった。
「俺ラップ得意だからよ。何なら中国の舞踏曲でも日舞でもよ」
「ギターで弾けっていうのかよ」
 今度は正道が呆れた。
「そんな曲をよ」
「無理か?」
「曲は弾けるぜ」
 それはできると言う。
「けれどな。全然違う感じになるだろうが」
「アレンジってやつだな」
「無理だよ。中国の方はまだどうにかなっても」
 正道は考える顔で述べる。
「日舞はな。あれは絶対に無理だ」
「そうか。残念だな」
「っていうか御前そういう踊りもできるのか」
「おうよ」
 明るい笑顔で正道に言葉を返してきた。
「踊りなら何でもだよ。すげえだろ」
「そんだけ音楽センスなくてか?」
 それがかなり気になる正道だった。
「踊りなら何でもかよ」
「俺は天才だぜ」
 根拠なぞ何一つない言葉である。
「踊りだったらな。本当に何でもできるけれどよ」
「ああ、こいつにないのは音楽を選ぶセンスだけだからよ」
「歌とか踊りはいいぜ」
 坪本と佐々がそんな野本のフォローに入って来た。
「特に本文の踊りはな」
「それは安心してくれよ」
「そうか」
 二人の話を聞いてとりあえずは納得する正道だった。だがそれでも疑わしいものを見る目で野本を見続けているのは変わらない。
「しかし。カレーに日舞かよ」
「合うだろ」
「御前のセンスのなさに俺は泣いた」
 ここでは少し冗談めかして言った。
「カレーに日本はねえだろ?インドだろうが」
「普通はそうだよね」
 竹山もそれに同意して頷いてきた。
「いつもこうなんだよ」
「飯食ってる時にも合わない曲かけるのかよ」
「ラーメン食べてる時にインドの曲とかハンバーガーでロシア民謡とか」
「最悪だな」
 そこまで聞いて思わず言葉が出た。
「そのセンスが」
「へっ、俺のセンスは誰にもわかりゃしねえよ」
「わかるよ」
「最悪じゃねえか」
 今度は皆から突っ込みを受けるのであった。
「だから音橋。あんたが選んでいいから」
「インドの曲とかできる?」
「映画の曲でいいか?」
 こう皆に問うたのだった。
「それで。いいか?」
「何の映画の曲?」
「踊るマハラジャの曲だよ」
 また随分と壮絶な映画の曲であった。
「この前見てあんまり凄い映画だから覚えちまったんだよ」
「踊るマハラジャねえ」
「どんな映画なんだ?」
「いきなりどっからともなく人が大勢出て来てな」
 正道は首を捻る皆に対して説明をはじめた。
「それでミュージカルがはじまって何事もなかったみたいにそれが終わって普通の芝居に戻ってな」
「訳わかんねえよ」
「何!?それ」
 皆話を聞いてもよくわからなかった。
「で、男は全員口髭で同じ顔で」
「インドだからね」
 これはわかった。インド人といえばターバンか口髭だ。両方の場合もある。多分に固定観念だがそういうイメージが強いのは確かだ。
「で、カーチェイスがあったり敵役が先回りしろって言ってそのまま出て来なくなったり」
「どんなストーリーなんだ?」
「で、ラブロマンスがあって最後は主人公が王子様か何かだってわかって大団円なんだよ」
「ストーリーあるのかよ」
「わからねえ」
 ストーリーに対しても返答はこうであった。
「っていうか何が何なのかわからねえうちに終わっちまった」
「そうなんだ」
「しかもやたら長かったしよ」
 インド映画の長さは尋常なものではない。何と八時間も上演されるものがある。インド人の気の長さは世界一なのであろうか。
「結局訳わからなかったな」
「どんな映画なんだ」
「カオスな世界みたいね」
「で、その映画の曲なんだけれどな」
 話を音楽に戻してきた。
「それでもいいか?」
「ああ、別にな」
「あんたに任せるわ」
 皆もそれで納得した。選曲は彼任せであった。
「弾くのは御前だしな」
「それで御願い」
「おう、それじゃあな」
「はい、その前に」
 ここでまた未晴が出て来た。
「栄養補給よ」
「あっ、悪いな」
 彼女が差し出してきたのはカレーと紅茶であった。
「これ食べて飲んでから御願いね」
「ああ。それじゃあ」
「全くねえ」
 咲が未晴を見つつ呆れたような笑みを浮かべる。
「未晴って優しいんだから」
「まあ、そんな未晴だから」
「私達も助かってるんだけれどね」
「感謝感謝」
 咲の他の四人もそれを意識しつつ言う。賑やかだが和やかな雰囲気の中で時間を過ごす面々だった。今は静かに時間を過ごしていた。


穏やかな夜には   完


                 2008・10・19
 
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