ある晴れた日に
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623部分:桜の枝を揺さぶってその一
桜の枝を揺さぶってその一
桜の枝を揺さぶって
その日曜日になった。既に皆駅前に集まっている。
皆それぞれ私服を着ている。秋に相応しく誰もが長袖になっている。
「寒くなってきたよな、マジで」
「御前がそう言うのかよ」
春華が野本の言葉に突っ込みを入れた。
「何とかは風邪ひかねえだろうがよ」
「おい、伊藤」
野本はすぐに春華に言い返した。顔も声も怒っている。
「御前に言われたかねえよ」
「うるせえよ、御前が一番あれじゃねえかよ」
あえて何かを言わないのが彼女の優しさであった。
「こんなのよ。全くよ」
「それで俺が厚着じゃ駄目だってのかよ」
「そうだよ」
はっきりと言い切ったのだった。二人は駅前の噴水の前で言い合っている。奇麗に水を上げて虹さえ見せているその噴水が無意味なまでに美しい。
「大体よ」
「何だよ」
「動きにくいだろ、それじゃあよ」
今の彼の格好を見て言うのだった。見れば黒いティーシャツの上にブラウンとグレーを混ぜた様な地味な色のやけに分厚いコートを着ている。やはりセンスはあれだ。
「そのコートじゃよ」
「ああ、このコートか」
野本は自分のそのコートをここで見た。
「これな、実はな」
「大体何よそれ」
「変なコートね」
明日夢と茜も彼のコートを見て言う。
「異常に重そうだし」
「何かの映画に出てきそうだけれど」
「これあれだよ」
野本はここで少しばかり胸を張ってみせてきた。そのうえで言う。
「ドイツ軍のコートなんだよ」
「ああ、あれだね」
桐生がその言葉にすぐに反応を見せた。
「東部戦線とかで着ていたあれだよね」
「東部戦線!?」
だが野本はその東部戦線という言葉には眉を顰めさせてしまった。
「何だよ、それ」
「あっ、知らなかったかな」
「ああ、何だよそれ」
そしてあらためて桐生に尋ねる。
「東部戦線ってよ」
「ドイツ軍はソ連と戦っていたんだよ」
桐生はその野本に対して丁寧に話をはじめた。歴史の話である。
「ソ連ってドイツから見たら東にあるじゃない」
「ロシアだからな」
これは彼にもわかる話であった。
「だから東か」
「そういうこと。だから東部戦線なんだよ」
こうわかりやすく説明するのだった。
「フランスの方で戦っていたのが西部戦線でね」
「それでそっちは東部戦線か」
「元々は第一次世界大戦で使われていた呼び名でね」
桐生はその話もした。
「それがそのまま移ったんだ」
「それでそんな風にか」
「わかったかな、これで」
「ああ、これでな」
それで納得する彼だった。
「わかったぜ。それじゃあな」
「納得してくれたらいいよ。それにしても」
「何だよ」
「まだ十月だけれど」
桐生はここで季節の話に移った。
「それでもうコートなんだ」
「下はティーシャツでな」
「まだ早いんじゃないかな」
彼は首を傾げさせてそのファッションについて述べた。下はアーミー模様のスラックスである。しかしアメリカ軍風なのでどうしてもドイツ軍のコートには合わない。
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