魔法少⼥リリカルなのは UnlimitedStrikers
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第32話 不可解な行動、そして警報。
――sideギンガ――
「……朝っぱらから、呼び出してごめんね。頼れる人で口が固くて尚且、私が信用出来る外部の人って言ったらギンガしか思い当たらなかった」
「ううん。平気よ、今日の朝練無くなっちゃったし、どうしようかなって考えてたところだから」
朝一番にアーチェから至急手を貸してほしいと連絡を受けて来てみれば。
聖王教会の管轄の保管庫から、ロストロギアが持ち出されたと言うのだ。
まだ公にしていないし、教会内部で解決すると言っているらしいんだけど、その中で……騎士の1人の一存として私を呼んだらしい。
身内を疑える人として、協会側にはない視点の持ち主として。
「……一応、容疑者は居るんでしょう?」
「……今朝掃除していて、あそこに入った人は2人。シスターフェーベ、この方は今聴取していて……もう1人、シスターマリって言う人が居るけど」
「……その人とは連絡が着かない、と」
そうなんだよ。と悲しそうに告げるアーチェを見ながら、渡された資料に目を通す。聴取を受けてフェーベさんも、アーチェも、他のシスター達も、このシスターマリという人から色々教わり、シスターとしての先生だった人。
「……シスターシャッハに伝えたけどやっぱりショックを、いや、まだ第三者の可能性がって言われちゃった。だから、騎士カリムにはまだ伝えないってさ。
普段はそういう事言わない人なんだけどなぁ」
「……そう」
……状況証拠的にはシスターマリになるけれど、そうなるとその人は今回持ち出されたロストロギアの効果を知っていた?
でも、わざわざ封印された次の日に持ち出すのは考えづらい。しかも、この保管庫にはもっと重要な物がある。
歴代の聖王が使ったと言われる聖槍や、聖剣と言われるものもあるし、非公式情報には10年前にも何かを持ち出されたという事もあったらしい。
だから、選りすぐられたほんの一握りのシスターか、ほんの一部の騎士のみここには入室出来ない決まりになっている。
まだ若いアーチェには入室権限がなく、中を見たことも無いとのこと。
「……どんな人だったの?」
「……優しい人だったよー。癖っ毛の黒髪に、そばかすの可愛いらしいお姉さん……歳は分からないけど。長いこと見た目変わんねーって言われてた人だねぇ」
あはは、と笑ってるけど、明らかに強がっている。
「……はー……もー、暫く混乱は続くよこれ」
正直な感想を言うと、私がここに居る理由は殆どない。冷静に考えればアーチェも分かっていた筈なのに。
管理局員なら入れるかもしれないという僅かな可能性に賭けたけれど。
「……よし、居ても何も出来ないし状況わかんないし。六課に先行して行って、連絡受けたら全力で謝罪しよう……そうしよう」
「うん、私も一緒に謝るから、ね?」
「や、気持ちは嬉しいけど駄目だよぉ。だって聖王教会の問題だもん。
せっかく六課に封印してもらって次の日にこれだもんなぁ、ガバガバ過ぎでしょう……」
「まぁ、もしかすると六課に向かってる可能性も有るんだし、行ってみましょう? ね?」
なんとか落ち込むアーチェを復活させて、とりあえず出来ることを一つずつしていこう。
移動している間に、もしかすると目撃者がいるかも知れないしね。
――sideティアナ――
「さぁ、二人共検査は終了。お疲れ様ー」
いけない、思わず寝てしまっていたみたい。シャマル先生の声を聞いて、体を起こす。ほんの少しだけ寝たお陰なのか、頭の中がスッキリした。
軽く背伸びをしていると、既に震離が椅子に掛けていた上着に腕を通していた。私はシャマル先生がわざわざ持ってきて下さったみたいで、頭をさげながら受け取って、腕を通しながら、震離と流の近くまで移動する。
ふと、椅子に座っていた流が震離の側へ行くのが見えて、少しそれを見守ってみる、けど。
「あの、震離お姉さん。少し……いいでしょうか?」
「ん? う~ん。ごめんね。私まだ仕事残してるから。また今度でいいかな? あ、ティアー。先に出るからねー? それじゃあね」
簡単に身支度を整えて、さっさと出ていく。流に向かって話している時も笑顔を浮かべているけど……どうにもこの対応はおかしい。思わずシャマル先生がわからないと言った様子で私の方を見るけれど、私にだって分からない。
普段から流に構っているあの震離が、今の流に全く興味を持っていないような。それどころか、当たり障りの無いように避けてるようにさえ見える。
きっと響も予想していただろう。流のあの姿をみて暴走する方を。それは私も同じだ。言っちゃなんだが、こんなおいしいシチュエーションを逃すとは思えないし、あれが照れ隠しにはとても見えない。
現に、話を打ち切られた流は寂しそうに震離が出ていった扉を見つめて、そして、席へと戻った。
そうすると、もう一度医務室の扉が開き、反射的に流も扉を見る。けど、入ってきたのは。
「……シャマル先生~来ました~」
「お疲れ様です」
何処と無く疲れた様子のスバルと、いつも通りのエリオ……なんだけど、なんだろう。何処と無く嫌な予感がするのは。
ふとスバルと目が合って。はっきりと何かが聞こえた。
――助けてティアー。
直ぐに目をそらす。絶対碌でもないことだろうし。そんなスバルとエリオが流を見つけて。
「あ、可愛い! これ流? すごーい。可愛いー!」
「……凄い」
分かりやすいスバルと、ただただ驚くエリオ。だけど、普通こうよね……。私の時は震離に引っ張られたままだったから、リアクション取れなかったけど、普通見たらああなるわよね。
「え、あ、その……」
突然のテンションの高いやつに絡まれたせいか、今一表情が優れない。それに気づいて、エリオとスバルが顔を見合わせて。
「あ、そっか……記憶が……。じゃあ、改めてまして! スバルだよ。よろしくね」
「僕はエリオ・モンディアルです」
それぞれが名乗ると安心したように、表情が明るくなる。
「はい、スバルお姉さんと、エリオお兄さんですね。よろしくお願いします」
……あれ? 年上じゃなかったっけ? スバルはともかくとして、エリオはお兄さんって呼ばれたことがないのか、恥ずかしそうに俯く。それを見て首を傾げる流を見て、スバルの頬が緩んでる……。しっかりしなさいよ。
そう言えば……。
「スバル、エリオ? ここに来るまでに震離と会った?」
二人して顔を見合わせてから、首を横に振る。まさか震離……サボった? いやいや、そんなバカな事するとは思えないけれど……。駄目ね。今考えてもわからないわ……直接聞こう。
「それではシャマル先生。ありがとうございました」
「いえいえ、このまま隊舎に戻るならフェイトちゃんと響を呼んできてくれると助かるわ。さ、二人共上着を脱いでベッドに横になってね」
「はい、それでは失礼します」
そのまま出ていこうとすると、ふいに流と目が合う。ぎこちないけれど恥ずかしそうに小さく手を振ってくれて、思わず目を丸くする。だけど、私も小さく手を振り返すと、嬉しそうに微笑んでくれた。
――side響――
(……わぁ、どうするんですかフェイトさ~ん。思ってる以上に不味いことになってますよ~)
(いや、でも、まだ早いというか……でも、どうしよう~)
(もうシャマル先生に頼ろうか……。もしくはフェイトちゃんが丁寧に教えられるのならお願いしたけど……)
(え、いや、その……)
(いやいや、なのはさん。これは無理でしょうよ)
俺の隣でキャロが一生懸命書類作業をしている中で、真面目に仕事してるふりの念話会議ですよ。何がという話はちょっと伏せるけれど、今キャロも分かっていないという状況、加えてエリオも分かった無い事を伝えて、この事態へ。
初めはシャマル先生に頼ったら良いと伝えたんだけど、ここで一つ問題が発生。シャマル先生……嫌なことをいうけれど、ヴォルケンリッターの皆さんは、そういう生体機能は付いていないらしく。シャマル先生の場合、知識としてはあるけど、実際に体験してるわけではないから、どうなの? となのはさんとフェイトさんのツッコミで一旦振り出しへ戻ってしまい、現在まであーだこーだと会議している最中です。
正直本音をいうと、この念話会議から俺外してくれないかなーと思う。だってねぇ、女性のデリケートな問題なのに、俺居ていいわけないじゃんよ。
さっきから胃が痛いのなんのって……。
ふと、隣からのタイプ音が聞こえなくなって、視線をずらしてみる。すると画面は見ているけど、画面の向こう……遠くを見るようにしているキャロの姿が見える。
作業をすすめるというか、単純な報告書なので、タイプの手はそのままで、画面を見ながら、キャロに視線を送っていると。やっと視線に気づいたのかコチラを見て、少し顔を赤くした。
「あ、ちがうです。ごめんなさい」
「はは、大丈夫だよ。どうした、なんかわからないことでも合った?」
そういうと、一瞬俯く。どうしたんだろうと首を傾げたと同時にバッと顔をあげて。
「お兄ちゃん。あの人は本当に……流さんなの?」
「? その予定というか、同じ目で、同じ顔。何よりアイツのデバイスが魔力の質も同じって言ってたし……違和感があるとしたら記憶が無いからだと……思う」
「……そう、だよね」
シュンとしたようにまた俯く。どうしたんだ? と声を掛けようとしたとほぼ同時に。
「フェイトさんと響。時間です」
そこからティアが入ってきて、コチラに向かいつつ順番が来たことを教えてくれた。
「了解。キャロ、また後でその話聞かせてくれ、な?」
立ち上がってキャロの頭を撫でてやる。心配そうにコチラを見上げるキャロに大丈夫と、サムズアップをして。
「それじゃあ、行きましょうかフェイトさん?」
長時間座ってたせいか、立ち上がると同時に、軽く背伸びをする。うん、そんなに座ってないとは思ってたけど、軽く体が固まってるような感覚になる。
肩をぐるぐる回しながら、廊下へ出て、ふと思う。
そう言えば震離が居ない、と。だけど、直ぐにこう考えた。どうせ流可愛いとかやってんだろうと。
だけど、そうなると、キャロの言葉がわからなくなる。あれは流なのか? という言葉の意味が。
幸いと言うかなんというか、フェイトさんには聞こえてないみたいだけど、ある意味でよかったと思う。まぁ記憶失って待ったくの別人みたいに見えるからか。それとも髪型とか違うとか、表情が、感情がはっきり出ているからかなと思う。
「そう言えば、流あれから大丈夫だったかな?」
「どうでしょうね。優しいシャマル先生が居たので大丈夫だと思いますよ。なのはさん達も何も言ってませんでしたし」
他愛もない事を話しながら、医務室へ向かう途中。遠くに煌達4人が出勤してきたのが見えた。それぞれ荷物を持って引っ越す用意を整えてきたみたいだ。今晩から騒がしくなりそうだなーと思ってると、向こうも気づいたらしく手をあげて挨拶。そして、そのまま寮の方へ向かっていった。
「今晩から騒がしくなりそうだね?」
「えぇ、疲れそうですけどね」
本当にそのとおりだ。二重の意味で大変になりそうだし。皆揃ったら、クロノさん達から聞かされたことを伝えたいけど、今奏がダウン中だしなぁ。
そんなことを話してる内に目的地である医務室に来て、扉を開けると。
「やー、可愛いなー流ー」
「あ、あはは」
スバルが流を抱きしめて、エリオが気まずそうな表情でそこに居た。シャマル先生は何か資料を作成しているらしくモニターを展開して何かを打ち込んでる。
ふと、辺りを見渡すと、机に突っ伏してたであろう奏と、ここに居ると思ってた震離の姿が見えない。はて?
「お疲れ様でーす。スバルやー、苦しそうにしてるからそこまでにしとけよー」
「あ、響お疲れー、やー、流可愛いねー」
デレデレな顔で流を抱きしめるスバル。そういやヴィヴィオは今は無理だけど、受け入れてくれたのならうんと可愛がりそうだもんね。エリオはなんともし難い顔してるけど。
ふと。抱きしめられてる流と目が合う。途端に嬉しそうな顔で。
「響お兄さん」
「ん、どうかした?」
なんというか名前を呼ぶだけでも嬉しそうって感じだなー。フェイトさんも嬉しそうと言うか何というか、いい笑顔ですし。
「さ、エリオにスバル。戻って仕事。俺たちも検査終わったら多分朝ごはんだろうし、もう一踏ん張りだ」
「はーい……じゃ、流。またねー」
「失礼します」
「エリオお兄さん、スバルお姉さん、また」
敬礼してから退室する2人に手を振って送り出す。多分色々話して、また会えるって確信を得たんだと思う。だからこそこうやって笑って見送ってるんだろうし。
「よし、それじゃあ2人も上着を脱いで横になってね?」
「あ、その前に震離が何処に行ったかわかりません? てっきりここに居るもんだと思ってたんですけど?」
「うーん。ティアナよりも先に出てったわよ。ただ……」
チラリと視線を違う場所に向けたので、それを追う。その先には流がちょこんと座ってたけれど。
「何もしないで出ていったのよね……」
「「……嘘」」
思わずフェイトさんと被る。最初の予想ではスバルの様に流を可愛がると思ってた筆頭主が、何もせずに出ていったというんだから、驚いた。割と冗談抜きで今の流可愛いと思うんだけどなぁ。わざわざ髪型もセットしてるわけだし……。
――あの人は本当に……流さんなの?
ふいにキャロの言葉を思い出す。だが、あれが流でないとして、じゃあなんだ? 俺にはどう見ても記憶がない流にしか見えない。元々あんな感じの子だったんだろうと、あの子の根っこの部分がああなんだろうと。そう考えてる。
けど、色々感じやすいキャロと、何かに気づいたであろう震離は、あの子が流じゃないと言った何かを見つけたか、もしくは考えた?
ふと気がつくと、隣に流が立っていて。
「響お兄さん。フェイトお姉さん。上着預かりますよ」
パッと両手を伸ばして受け取る体制を取ってる。直ぐに上着を脱いで、俺もフェイトさんも流に服を預けた。
「それじゃあ、2人で最後だから……終わったら食事を摂りましょう」
「「はい」」
言われるままに、ベッドに横になり検査を受ける準備を整える。
だけど、頭のなかでは震離とキャロの態度をずっと考えていた。
が。
「……痛い~……もうやだ~……」
カーテンで締め切られた隣のベッドから、半泣きの奏の声が聞こえてそれ所じゃなくなってしまった。
――――
あれから何事もなく検査が終わって、その事をフェイトさんがなのはさんに連絡。皆で朝ごはんを食べようという話になったんだけど……。
「なんでお前までここで食べてんだよ?」
「……別に、奏は大丈夫?」
「……死にたい。なんで今日はこんなに晴れてるのさ」
絶賛鬱になってる奏の食事と、厨房の人に頼んで作ってもらった生姜のスープ、そして、俺の分を持って医務室で食べてるわけなんだが。どういうわけか震離もここで食事を取ってる。まぁ、シャマル先生の話だと、何か様子がおかしいって言ってたからなぁ。
と言うかこいつ、皆の前だとなるべく普段通りを装って、俺らの前だとなんでこんな無愛想になるんだか……。
ちなみに流はスバル達とご飯食べてる……筈。スバルに懐いてたようだし任せておこう。
「で、震離は流を見て何感じたんだ?」
ある程度食べ終わって、何も乗っていない皿を重ねながら震離に質問する。すると、更にぶすっとしたかと思えば、食べかけのご飯を一気に掻っ込む。行儀悪いとは言わんが、女の子よ、それで良いのかよ?
食べ終わったと思いきや、トレイを持って。
「確証は無いからまだ言えない。じゃ」
「え、おー……ぃ。あぁ、行っちまったよ」
これだよ……震離の欠点というか、なんというか。言ってた通り確証がないと絶対に自分が懸念してることを言わない所。悪くはないんだが、こういう時は素直に言えばいいのに。俺だって、キャロの言ってたことが引っかかってんのにさ。
「……何か、合った?」
ぐでーっと机に伏せてた奏が首だけ横向いて、視線をコチラに向けてくれる。正直な所、相談したいんだが……。ここはぐっと堪えて。
「あるには合ったけど、今はまだ平気。ゆっくり休んどきな? ご飯は食べれそうか?」
「……スープでもう一杯……辛いよぉ」
幸いと言うかなんというか。流石なのはさん達。こういうところの理解は凄まじく良かったお陰で、落ち着く時まで休みにしてくれたらしい。緊急任務が発生した場合も、今は優夜達4人がとりあえず居る関係で、とりあえずは大丈夫との事で。今は安静にして良いと言われた。
正直な所。俺も男性なわけで、女性のこれはどれくらい辛いのかわからないけれど、奏は特にキツイっていうのは長い付き合いだし、よく分かる。
涙目で鬱になりかけてる奏の頭を撫でながら、時間のギリギリまで医務室に居ようと決めた。
ふと、シャマル先生のデスクの上にブラシが置いてるのが見えたので。
「奏。まっすぐ座れる?」
「……少しなら。でもなんで?」
「良いから」
奏がモゾモゾとダルそうに真っ直ぐ座ろうとしている間に。ブラシを取って、奏の後ろに椅子を置いて。よし。
少し頭がフラフラしているけれど、奏の髪を右手ですくい上げるように優しく取って。ブラシを入れていく。
「……気持ちいい」
顔は見えない。だけど、髪をいじられるのが心地好いのか、いつもの奏からは想像つかないほどふにゃりとした声が漏れている。
相変わらず、髪質が凄く良いからかブラシが引っかかることほとんど無い。繰り返し梳いた所で、何かが変わるわけはないけど、ただこの時間、ゆっくりとしたリズムでブラシが髪を撫でる音が、部屋に心地よく響く。
そもそも女性の髪だ。丹念に丁寧にやらないといけない。特に奏の髪は色素の薄い金髪。日本人には珍しい髪色。まぁ、周りの幼馴染に変な髪の色のやつは居るけどな……。俺もロン毛だしね。
だけど、なんだかんだで、奏の髪は好きだ。光の加減で、透けて見えるほど綺麗だし、髪質もいいし。
ふと、いつかの震離の言葉が頭をよぎる。
――私は響の思うがままを望んでるよ。だから、ちゃんと応えてよ?
この言葉の意味はよく分かる。分かってる……だけど。
俺ではこの子を傷つけてしまう。守れない……好意があるんだと伝わってる。じゃなけりゃ俺なんかみたいなと一緒に居るわけもないし。だけど、そのせいでずっと縛り続けてる。
それが、辛くて悲しくて……。
いや、そんなこと考えてる場合じゃないな。気がつけば、コックリと奏の頭が落ちそうになっている。
ゆっくりとこの子を抱きかかえて、起こさないように、ゆっくりと奏が寝てたであろうベッドへ移動して、横にする。
相変わらず顔色は良くない、だけど、表情はさっきとは全然違い、今では安心したように寝息を立ててる。布団をかぶせて、ベットの頭上の電気を消して……。
「……ありがとぉ」
視線を落とすと、寝息を立てながら、嬉しそうな表情の奏の顔が目に入った。思わず笑みがこぼれながら。
「どういたしまして」
小さくそう返してから、食事トレイを持って、医務室の外へと出ていき、皆が居るであろう食堂を目指した。
――sideはやて――
「で、以上で説明は終わり……なんやけど、4人共、別に大丈夫やったね?」
はは、と自分の口から乾いた声が漏れる。それにつられてこの4人も笑うけど……改めて思うんやけど。中々凄いんよね。私も色々裏技を使ってたつもりやけど、それ以上の裏技があったとは……驚いたの一言しか出ない。
「で、皆の配置なんやけど、それは少し待ってほしいんや。バランスを取るかどうか皆でもう少し相談してから、正式に振り分けるけど、暫くはロングアーチ所属……つまり今までと同じやね。ここまでで何かあるか?」
しーん……とする、まぁ、そうやよね。
ふと、周りを見渡した後、誰も手を上げてないのを確認してから紗雪が小さく手を上げて。
「……私達も模擬戦するんですか?」
迫真とも言える表情で私に問いかけてきた。普段から面白い子やけど、あんまり表情出さないからなぁ。ちょっと意外なんて思っとったら。
「紗雪顔怖い」
「ぅあっ」
スパーンと軽快な音が部隊長室に響く。時雨がどこからか取り出したハリセンで紗雪の頭を軽く叩いた音や。
あの、それどこから出したん? とか、色々聞きたい事が合ったけれど、それよりも何か皆素面が……一気に現れたなーって。
「まぁ。なのはちゃんのことやから。きっと模擬戦は……無いと思うほうがおかしいけど。嫌やの?」
軽く涙目頭を擦りながら私の方を見て、苦笑いを浮かべながら。
「いや、あの、私の戦術……すご~く汚いというかずるいと言うか……それは見てからのお楽しみとでも思って下さい」
「そ、そうなんや」
フフフと皆の表情が悪どくなる。確かにこの前の戦闘を見てる限りやと皆何かしら面白い感じやもんね。せやけど。
いやーそれにしても戦力が増えたのはええことなんやけど……。それにタイミングを合わせたように、前線では奏のダウンに、流の原因不明の離脱。昨日の一回だけかー久しぶりに皆が揃って訓練したのは……。
なんや、考えると悲しくなってきたわ。
「それじゃあ皆は今まで通り事務員と、ロングアーチとしてもお願いな? 皆にはもう話通してるから」
「了解」
4人揃って敬礼をした後、ぞろぞろと部隊長室から出ていくのを見送って。
さて、流の現状を見ないと!
……とは、流石に思えないんよね。朝から外回りのシグナムとヴィータに外回り終了後に聖王教会へ行くように手配した後、直ぐにカリムへ連絡を取って、もう一度持ち出せるように依頼を出した。
理由を説明したら、凄く謝られたけど、そればかりはなんとも言えへん。私達の危機管理が甘かったことも原因の一つやろうし、情報収集も甘かった。結果流が被害を受けてもうた……。
朝一番で連絡を受けたときには凄く驚いたもんなぁ。
『はやて!』
「うわっとぉ! え、あ、カリムやん。どうしたん?」
凄く慌てた様子のカリムが現れて思わず変な声が出てもうた……でも、このタイミングでこれって……。
『昨日預けられたロストロギアが無くなってしまったの!』
予想はついたけど……これは、アカンって……。
――side響――
カチャカチャと、手元の食器トレイから食器を片付けながらボーっとする。皆居るだろうと思ったら誰も居なかったでござる。
まぁ、それはいいんだけど、キャロの言葉と、震離の態度についてずっと考えているが。正直わからん。実際問題、アイツの本来の性格を知らない以上。元々ああいう感じなのか、それとも違うのか判断がつかない。
こればかりはキャロに話を聞かないとわからんな……。シャマル先生から聞いた震離の態度を思い返すと、一つわからないのが、今の流に名乗る時、初めましてって言ったこと。そして、何事もないように検査を受けて、何事もなかったかのように何処かへ行ったこと。
それが一番引っかかってんだけど、今一そんな態度を取る理由がわからん。それこそ超大昔の震離を見てるみたいだ。それこそ奏達と初めて会った時は……もう少しマシだったな。冷たい目で見てたけど、まだ挨拶してたし。
でもなぁ、間違いなく昔見た事あるんだよ、その態度を……何処で見たんだったかなー。
なんて、考えてると。遠くの方からパタパタと走る音が聞こえて。その方へ顔を向けると。ヴィヴィオが流の手を引っ張って何処かへ行こうとしてた。ヴィヴィオは嬉しそうに、流の顔は……一瞬すぎてわからなかった。けど、口元は笑ってるように見えたけど……。
何かヴィヴィオと初めて会った時の流のままじゃね? とは思う。
ふと、走っていった2人を静かに追いかけるザフィーラさんを見て、お疲れ様ですと思う。ヴィヴィオがここに来てからザフィーラさんが護衛を担当してるみたいで、気がついたら懐かれてた……まぁ、完全に大型犬? 狼? のフリして接してるからか、それとも無条件で自分に懐いてきたのが、嬉しかったのかどうかは分からないけど。ヴィヴィオもザッフィーって言って懐いてる。
まぁ、盾の守護獣の二つ名持ちの方だしなぁ……いつか、格闘のご指南受けてみたいもんだ。間違いなく強いだろうしね。
さて、とりあえず。なのはさんに連絡を……。
『主。メッセージが届きました。内容は午前中は書類作業。午後は部隊長室へ。との事です』
「ん、あぁ。了解」
花霞からの連絡を受けて、とりあえず隊舎オフィスへ向かう。その道中。
「あ、響ー」
「ん? あぁ、リインさん。おはようございます」
ふよふよと浮いてる小さな上司こと、リインさんに向かって会釈して顔を合わせる。
「肩に乗ってもいいですか?」
「えぇ構いませんよ。で、どうされたんですか?」
ふよふよと俺の肩にちょこんと座る。姿形は小さいし、年下になるんだろうけど、普通に俺よりも階級上だしね。ちゃんと丁寧に接する。
リインさんもそうだけど、この部隊って凄いよなー。階級とか、部隊長って事に固執する人多いのに、大体が会って挨拶したら、名前とさん付けでいいっていうんだもんなー。普通の部隊なら基本的にアウトだし、しばかれる対象になるし。
「流の髪をセットしたのは響だって聞きましたけど、どうやったんですか?」
「なんてことはありませんよ。ゴムとピンだけの簡単なやつですし。いやまぁ、なんで知ってるのと聞かれたらなんともいい難いですが」
ハハと乾いた声が口から漏れる。まぁ、普通に考えて髪型セット出来る男なんてキモいとか思われそうだしなぁ。
「そんなこと無いですよ。はやてちゃんも器用だって褒めてましたし」
「ありがたいような、そうじゃないような……。まぁ、現実逃避したかっただけなので、はい。そう言えばお一人って珍しいですね。どうかされたんですか?」
ちょっと気恥ずかしいので、話題を変えるために気になったことを聞いておく。いつもリインさんは八神家の皆さんの内の誰かか、ロングアーチ組の誰かとよく行動を共にされてる。まぁ、訓練すること多いから見てないだけかもしれないけれど、一人っていうのは個人的には珍しい事だから。それにふよふよ浮いてるのも疲れそうだしね。
「そうですねー。今日はシグナムとヴィータちゃんが外回り。はやてちゃんは朝から教会に連絡を取ったりですし、シャーリーは昨日から本局へデバイスの資材を取りに言ってますし、アルトとヴァイス陸曹はヘリを受け取りに、グリフィスとルキノは陸士108部隊へはやてちゃんからの用事を済ませに。それで私は今日一人なんですよ」
「……わーお。ロングアーチの主力が全員居ないって……大丈夫なんですか?」
あははーと笑いながらなんて事無いようにいうリインさんを尻目に、真っ先に素の感想が漏れた。
いや、でも……。
「大丈夫ですよ。今日から紗雪達が復活するので、ロングアーチは安泰です!」
「……でもあいつら事務員でしたよね? 大丈夫なんですか?」
「……うーん。響ですから言うことですけど。六課が稼働して、初出動になった時、やっぱり皆初めは上手く行かなかったんですけど。あの4人が管制室に入ってきて手を貸してくれたんですよ。終わった後は時雨が色々管制の基礎を皆に教えてたんですよ」
「あー、なるほど」
確かにあの4人ならやりかねないなぁ……。元々あいつらも前に出て戦ってたから、管制の大切さをよくわかってるし。それに最悪アイツが管制の中心執ってたからなぁ。
「皆の経歴を知ったときには、驚きよりもやっぱりって言う気持ちのほうがロングアーチ組としては納得できましたし」
「あ、あはは。それはなんとも言えないですね」
実際俺ら隠してた……はずなんだけどなぁ。多分あの4人はその時点で警戒? されてたんだろうな。きっと。だけど、事務仕事を色々教えてくれるし、場合によっては夜通しで仕事したりで信用を得たんだろう……きっと。
ふと、リインさん口から小さく、あ。という声が漏れて、足が止まる。気がついたらデバイスルームの前まで来ていた。
「それでは響。送ってくれてありがとです」
ふよふよと俺の顔の前へ飛んで、小さく敬礼をしてもらえた。反射でコチラも敬礼を返して。
「お安い御用です。それでは」
敬礼した手を下ろして、リインさんを見送る。デバイスルームの扉が開いた辺りで、振り向いて。
「私も髪型をセットしてくださいねー」
手を振りながら中へ入り、扉が閉まった。……なんというかこういう事、今後も依頼されそうで怖いなぁ。まぁ、一度くらいならいいか。
そんな事を考えつつ、オフィスへ着いて中へ入る。すると。
「あ、響。ちょうどよかった。少しいい?」
「え、はい?」
入って早々になのはさんとフェイトさんに連れられて、再び廊下へ。そして、そのままデバイスルームへ連れて行かれて。
「ん? なのはさんにフェイトさん? どうしたんですか?」
中で何かの作業をしていたリインさんが不思議そうな顔で、コチラへ飛んでくる。
「ちょうどよかった。リインも聞いてね」
移動してる間も思ったけど、何か切羽詰ったような……いや、それは大げさか。とりあえず何かあったのは確実だな。
「……昨日のロストロギアなんだけど、ね」
言いにくそうに言うなのはさんの表情を見て悟る。
「……保管場所から何者かに持ち去られたみたいなの」
ですよねーーーー!
思わず口から漏れそうになるのを抑える。いやだって。もうわかったもんよ……まじかよ畜生。
「で、今シグナム達が教会へ、保管場所へ向かってるんだけど……。持ち出したのは教会のシスターの可能性が高いの」
「……内部犯ですか。その人はどちらに?」
「はやてからの情報だと、朝の掃除を終わらせて、連絡を受けたシスターシャッハが取りに行った時には既に。でも、今朝の当番の方の一人は既に見つかってて知らないと言ってる。問題が……」
「もう一人が見当たらない、と。他に何か?」
「他には今朝の掃除の時に、ロストロギアを収めていたアタッシュケースを見て驚いていたって。それ以上はいつも通りでわからないって」
……驚いた? 何に? そう言えば昨日封印した後……封印前にあった嫌な感じが無くなってたな、そう言えば。だけど、それで?
「その方の名前はシスターマリ。もう13年近くも教会に居た人なんだけど、教会のシスターは皆そんなことする人ではないって言ってる。でも……」
「実際は姿を消した。事情はどうあれ。その方が犯人の可能性が極めて高いですし……その方のフルネームはなんでしょうか?」
空中にモニターを出しながら、写真と名前が現れる。出てきた女性は、タレ目にそばかす。そして、黒髪の癖っ毛。そして、目元を隠すように伸びた前髪……なんというか印象に残りにくい方だなー。
「マリ・プマーフさん。皆からはマリーって呼ばれてる方だよ」
言われて見れば、名前の欄を見ると「Mri・pmav」って書いてある。個人的に日本語かなと思ったけどどうやら違うっぽい。
「その方は普段から物盗ったりは……?」
「ううん、そんなことするはずがないって皆口を揃えていってる。今回預けられた教会の中でもかなりの信用があったみたいだから……。それに貴重品やロストロギアを預かる場所を掃除してたんだもん。普通は考えられない。それによりにもよってそれを持ち出すなんて」
「確かに」
そんだけの信用を得た人がなんでこんなバカな事を……。中に浮くモニターを見ながら、ふと思った。髪で隠れてよく見えないけど、この人の目の色灰色なんだなぁと。
それ以上に、この目……。
そこまで考えた瞬間、アラームが鳴り響いた。それと同時に、大きな魔力の反応を感じて。そして、その位置は。
機動六課・訓練スペース
と表示された。
後書き
長いだけの文かもしれませんが、楽しんで頂けたのなら幸いです。ここまでお付き合いいただき、感謝いたします。
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