疑わない
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第一章
疑わない
ラーマは無事にシータをラークシャサの王ラーヴァナから取り戻した、その間十年もの歳月がかかった。
だが確かにだ、ラーマは妻のシータを取り戻した。彼はこのことに対してこれ以上はない喜びを感じていた。
だがこの世の中にあるのは喜びだけではない、他の様々なものも存在している。そして今彼は喜びの後にその様々なものの中のよくないと言われているものについて聞くことになった。
ラーマに仕える者達はついつい彼に言った、神と見間違うばかりに美しく整いかつ逞しく高貴な彼に対して。
「ラーマ様、シータ様ですが」
「大丈夫だったのでしょうか」
「十年です」
「十年の間ラークシャサの王に囚われていたのです」
「相手はラークシャサです」
魔族であるからだというのだ。
「人倫も神の教えもありません」
「あの者達は力のみです」
「力だけが掟です」
「強い者は何をしてもいいのです」
「ラークシャサの結婚は女を奪うものです」
「誰でも女を奪って己の妻とします」
「我等とは違うのです」
その考え方がというのだ。
「ましてや相手はあのラーヴァナです」
「ラークシャサの中でも最も非道な者です」
「強大で暴虐なだけでなく野蛮です」
「好色なことでも知られています」
「その様なものがシータ様に何もしなかったか」
「果たしてどうなのでしょうか」
「またシータ様も」
彼女についても話すのだった、これまたこの世のものとは思えぬ美しさの彼女についても。
「十年です」
「あまりにも長いです」
「その間どうだったのでしょうか」
「幾ら相手がラークシャサとはいえ」
「お心はどうだったか」
「揺らがなかったでしょうか」
「ラーマ様がお亡くなりなったと思われたか」
シータ、彼女がというのだ。
「ラーヴァナの誘惑に惑わされるか」
「その術に敗れたか」
「若しくはついついと」
「そうなられたのではないでしょうか」
「あの方についても」
こう口々に言うのだった、とかくだ。
今はシータのことについて果たして何もなかったのかと思う者がいた、そうして無事にシータを救い出したラーマについて言うのだった。
ラーマは彼等の言葉を暫く聞いていた、だが。
彼は澄んだ声でだ、彼等に対して言った。
「そなた等は間違えている」
「間違えている?」
「そうだというのですか」
「我等は」
「そうなのですか」
「そうだ、シータが過ちを犯すことはな」
それはというのだ。
「断じてない」
「断じてですか」
「シータ様がですか」
「その様なことはありませんか」
「そうだ、決してだ」
それはというのだ。
「何があってもな」
「そうなのですか」
「ラーマ様が言われるには」
「それは、ですか」
「ある筈がない」
絶対にとだ、ラーマはまた言った。
「他の女はわからないがシータはだ」
「そうした方ではないのですね」
「シータ様の場合は」
「惑わされない」
「術にも破られない」
「弱ることもない」
「そうだ、そしてラーヴァナが何かしようとしても」
暴力に訴えてもというのだ。
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