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『賢者の孫』の二次創作 カート=フォン=リッツバーグの新たなる歩み

作者:織部
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カートの挑戦

 
前書き
 ぶっ飛ばせ常識を~♪ 

 
 魔物と戦う挑戦者あらわる。
 その報せはたちまち学院内に知れ渡った。

「いったいどこのどいつが?」
「なんでも学院の生徒らしい」
「マジかよ!? そんな命知らず……。あ、わかった! きっとシンだ。シン=ウォルフォードが魔物と戦うんだよ」
「シンか、シンなら楽勝だろうな、逆にシン以外であの魔物を倒せるやつがSクラス以外にいるとは思えない」
「でもSクラスは出場できないんじゃなかったか?」
「挑戦者がいないから特別試合(エキシビション)になったんじゃね?」
「なるほどな~」
「騎士クラスのやつらを圧倒した魔物退治をこの目で見られるな」
「はぁ~、また力の差を見せつけられるわけか」
「……それが、どうも本人は否定しているらしい。シン以外のSクラスの生徒でもないそうだ」
「なんだって? そらじゃあいったいだれが……」

 様々な噂が飛び交い、真相の明らかにならないまま戦闘当日となった。
 観覧席はたちまち満員となり、人々の要望で学院内の各所に闘技場の様子を映し出す魔道具――遠目の水晶球が設置されて中空に映像を映していた。
 そこに、硬革鎧(ハードレザーアーマー)を身につけ片手半剣(バスタードソード)円形盾(ラウンドシールド)で武装したカートが姿を現す。

「おい、ありゃあZクラスのカート=フォン=リッツバーグじゃないか!」

 若き英雄シン=ウォルフォードを筆頭にエリートぞろいのSクラスの対極にある落ちこぼれ集団のZクラスの生徒の出現に闘技場やモニター前はざわめきに包まれる。

「あいつ、元々Aクラスだったのに素行不良でZクラスに編入されたんだっけ? ひょっとしてそれを覆そうと名乗りを挙げたんじゃ……」
「プライドの高いやつだったからなぁ」
「無茶しやがって」
「……死ぬぞ」

 カートの出てきた反対側の鉄格子が上がり、五メートル近い巨躯の大虎がその姿を現すと場内の喧騒が自然に静まり、水を打ったかのような静寂に包まれた。
 遠目とはいえ初めて魔物を、それも一体で軍隊をも殲滅させる災害級の魔物の姿を肉眼で視た人々はまさに恐怖した。
 魔物に対する恐怖だけではない。
 カートと魔物との力の差は歴然に見え、挑戦者の確実な死を予想し、戦慄した。
 これから始まるのは対等な戦いではなく、魔物による一方的な惨殺であると。
 そこに、どこからか魔法で拡声された音声が流れる。

『この場に集いし方々よ、目を見開き疑心を捨て刮目せよ! 皆の中にはSクラスの才に威圧され、諦めを抱く者が少なくない。その不安を払拭するためにカート=フォン=リッツバーグは立ち上がった。災害級の魔物である人食いの妖虎と戦い、倒すことを! 刮目せよ、刮目せよ、刮目せよ! その勇姿を心底に刻め! ひとりの若者が戦う姿を!』

「な、なんだって!?」
「あいつ、そんなことを考えているのか」
「あたし達を鼓舞するために!?」
「だが、あまりにも無謀だ。いくら実力はAクラスとはいっても」
「……死ぬぞ」
「いや、だがAクラスの実力があるのならあるいわは……」
「ああ、以外にいけるかも知れないぞ」
「がんばれよ!」
「でも無理するな!」

 不穏な沈黙がなくなり、応援と歓声の声が高まる。

(法眼め、余計な真似を……。だがこれでずいぶんと戦いやすい空気になったな)

 今の拡声魔法による音声は法眼のものだった。
 どこかで見ている法眼が気を利かせて場の流れを変える声援を送ったことで、闘技場の雰囲気は一変。カートを励ます声に包まれた。
 歓声を浴びる中、虎と対峙したカートはその妖気に威圧される。

(これが災害級の魔物! さすがに初めて経験する〝気〟だ。たが法眼の気はこいつとは比較できないほどに強い。俺はその法眼から稽古を受け、教わった。法眼よりも弱い魔物に勝てぬ道理などない!)

 脳裏に修行中の言葉が浮かぶ。

「カートよ、戦闘において最も重要なものは間合いだ。相手の武器や拳打、魔法。いかなる攻撃も正確な間合いを把握することでかわすことも逆に利用することができる。攻撃もしかり、こちらの間合いを相手に悟らせなければ必ず当たる。その間合いの支配することこそ肝要。武術も魔法もこの間合いを制することなくして成長はできない。そのことを肝に銘じ、俺の攻撃を見極めろ。さすれば間合いを制する絶技【円空圈】を身につけることができよう」

(法眼から授けられた間合いを制する極意、円空圈。俺の間合いに入れば即座に剣を突きつける!)

 ズサーッ!

「――ッ!?」

 目前に迫った魔物の鈎爪を跳んでかわす。

(は、速い! なんて速さだ、あっという間に間合いを詰められた、だと!?)

「見たか! あの巨体でなんて速さだ!」
「ああ、だがカートもあの虎の攻撃を見事にかわしたぞ!」
「すげぇッ!」

 沸き上がる観客とは対称的にカート心胆は冷え上がっていた。
 
(かわした、だと? 違う! 今のはかろうじて逃げたにすぎない。獣の速さと力、これほどまでとは! これでは円空圈……間合いどころじゃない!)

 虎の爪の速さはカートの想像を越えた速度であり、それをかわしながら反撃することは危険が大きすぎる。かわさずに盾で受け止めたとしても、盾もろとも体重の乗った虎の剛力で押し潰される。
 虎の攻撃をかわすには逃げるしかなかった。だが回避と逃避は違う。
 カートの未熟な円空圈では
 カートの脳裏にふたたび法眼の言葉がよぎる。

「俺のいた世界には剣道三倍段という言葉がある。俺の意識と同調したおまえには聞き覚えがあるんじゃないか」
「ああ、たしか空手や柔道などの素手の格闘家が武器を持った剣道家に勝つには三倍の段位、実力が必要。というやつじゃなかったか?」
「そうだ。そういうふうに説明されることが多いが、これは某漫画が発祥の言葉で、本来は槍や薙刀といった長物を持った相手に刀や剣で立ち向かうには、剣の使い手は相手の三倍の技量が必要である。という考えが元になっている」
「たしかに、より長い武器を持った相手にはそのくらいの実力差がないと勝てないだろうな」
「ところがこの『三倍段』という考えにはさらに元ネタがあり、さかのぼれば『攻撃三倍の法則』から来ている」
「攻撃三倍……」
「うむ。敵を攻めるには三倍の兵力を要し、守るには三分の一で足りるという、第一次世界大戦でドイツ陸軍が研究していた考えだ。さて、こいつを個の戦いに置き換えるとどうだろう」
「……それは」

(……敵の三倍動く!)

 魔物の前肢がうなり、カートの身を切り裂こうと迫る。それを右に左にかわして魔物の側面、背後、側面、正面、側面、背後、と俊敏に動き回る。

「おお、虎の周りを走り始めた!」
「なんて速さなの!?」
「速いっ! 虎が追いきれていないぞ」
「あれなら虎の突進を防げる!」
「どんな身体強化魔法を使っているんだ!?」

 否。カートは魔法など使ってはいない。法眼から教わった体術、歩法術を駆使しているのだ。

(円空圈の根源は円の動き、円を描く体術。ならば、俺自身が〝円〟をになればいい!)

 軽功【円空旋】によって目まぐるしく動き回るカートの姿を追いきれず、魔物の足が止まる。その時、カートが魔物の背後を取った。

(まずは後ろ足を断つ!)

 剄力の込められた片手半剣(バスタードソード)が振るわれた瞬間、魔物の後ろ足が地を離れ、跳ぶと同時に蹴りが放たれた。

 ――ッ!?

 とっさに体をかわし、直撃を避けるも鋭い鈎爪が革鎧を切り裂く。金属には劣るが獣脂などで煮詰めて硬革化処理をされた革鎧(ハードレザーアーマー)の硬さはそれなりの防御力があり、短剣程度では簡単に貫ぬくことはできない。それを紙のようにいともたやすく切り裂いたのだ。

(くっ、跳ぶと同時に蹴りだと!? なんて獣だ、まさか俺の攻撃を誘うためわざと動きを止めたのか? ――ハッ!?)

 真正面からの横殴りの一撃。避ける余裕はない、盾を突き出して防御する。
 盾ごと、腕を持っていかれた。そうと錯覚するほどの衝撃だったが、なんとか防ぐことに成功した。だが内側のベルトに腕を通す型の盾ではなかったらこの一撃で弾き飛ばされていただろう。
 しかし、腕と盾をベルトで固定していたことが仇となった。

「痛ッ! か、肩が外れた!」

 真面目に柔道などをたしなんでいる読者諸氏には経験があるので説明の必要はないだろう、『あの痛み』がカートをさいなんだ。
 あまりの激痛に息が止まりそうになり、目眩に襲われる。

「カートの様子がおかしいぞ!」
「盾を構えない、まさか今の一撃で腕をやられたのか!?」
「早く治癒魔法を使え!」

 魔法を使うには詠唱が、たとえ無詠唱が可能だとしても、発動するまでどうしてもわずかな集中の時間が必要となる。ほんの一呼吸ほどの短い時間であっても、戦闘においてその一呼吸という時間を作るのは難しい。
 魔物は息つく間もあたえず攻撃を繰り出す。
 カートはその猛攻から避けるのに精一杯であった。
 動くたびに肩に激痛が走り、盾の重みが肩にのしかかる。負傷しなくても気力と体力が尽き、魔物の爪牙に捕まるのは時間の問題であった。

(死ねない、死ぬわけにはいけない!)

 今ならまだ間に合う。棄権の意思を示せば控えている学院の魔法講師達が魔獣を無力化してくれるだろう。

(だがそれ以上に負けるわけにはいかない!)

 おのれの弱さに負け魔人となり、一度は命を落とした。もうこれ以上弱さに屈するわけにはいかないのだ。
 他の誰でもない、カートはおのれ自身におのれの強さを示す必要があった。

「はっ!」

 いよいよ壁際に追い詰められるカート。
 逃げ場はない。
 だがその胸中に一縷の望みが生じた。

(壁を背にすれば虎の突進を逆に利用して剣を突き刺せる!)

 魔物の体が躍動し、カート目掛けて突進を――しなかった。弧を描いて跳び込む。
 これではたとえ頭を突き刺してもカート自身も魔物の下敷きになり、よくて相討ちである。

 SYAAAッ!

「くっ!」

 横に避けたカートが背にしていた壁に魔獣の頭があたり、陥没する。

(なん、だと!? やつの体は鉄か! いや、それよりも今の跳躍。あの虎は牙や爪で攻撃すれば壁に当たり遮られるからと飛び込んでの体当たりをしてきた。それも前肢を伸ばして! あれでは剣が頭部を貫くより前に前肢が俺にあたる。前肢をかわして剣を突き立てても虎の体が俺を押し潰す。人が知恵を絞り策を巡らせて考える戦術を、この虎は獣の本能で一瞬で導き出した……。こ、これが魔物! まさに魔獣!!)

 動物は人などよりも遥かに強い。
 チンパンジーの体長は一メートルに満たないと小柄だが、その握力は三〇〇キロもある。人がリンゴを握り潰すことができるには七〇キロ以上の握力が必要だ。
 狼は時速三〇キロ前後の速度ならば一晩中でも獲物を追って走ることができるため、その移動範囲は恐ろしく広い。
 極真空手の創始者である大山倍達は「人は日本刀を持ってはじめて猫と対等に闘える」と言っている。
 ただの動物でさえ訓練を受けた人間と同等か、それを遥かに凌駕する体力、持久力、瞬発力、反射神経を持っているのだ。
 人が持たぬ牙や爪、分厚い皮膚や毛皮、強靭な筋肉や空を飛ぶ翼を持っているのだ。
 こと身体能力において、人は動物にくらべてあまりにも脆弱だ。
 弱い、弱すぎる。
 ましてや、相手は魔物。

(俺はこの魔物に勝てない!)

 カートの心が挫けた。

 妖虎の眼光に圧倒され、剥き出しの牙に臆し、閃く爪に翻弄され、咆哮に居竦む。
 防戦。いや、逃げ回るいっぽうとなった。

「おい、見ろよ」
「ああ……」
「ただ逃げているだけだ、これはもう戦いでは……」

 魔物の攻撃に圧倒され懸命にかわすカートの必死な姿を見た観客たちは魔物の勝利を確信した。
 もはやカートに声援を送る者はひとりもない。絶対に勝てない強敵に挑んだ愚かな道化の姿を前に言葉を失った。
 やはり、常人は魔物に勝てない。Sクラスの天才たちとは違うのだと。

「恐怖が身体を支配すれば身につけた技も術も使えぬ。カートよ、おまえが勝つのは目の前の敵ではなく、おのれ自身だ」

 隠形をもちいて一番良く見える特等席からカートの戦いを見守る法眼がそう独白すると、近くの席で観戦していた生徒があくびまじりのつぶやきを口にした。

「ふあぁ~、カートのやつ。なんであんな弱っちい魔物相手に苦戦してるわけ?」

 Sクラス筆頭シン=ウォルフォードがそこにいた。
 
 

 
後書き
 未知の世界へ行こう~♪ 
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