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ロアナプララプソディ

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ロアナプララブソフィ

 
前書き
征途世界にロアナプラがあったらというお話 

 
 ロアナプラ郊外。
 そこにこの街の港湾施設の拡張が叫ばれたのは日本という国がバブルに酔った時の話。
 その成れの果てがただ卒塔婆として残されている。

「よぉ。ジャパニーズ!
 お前が近頃ここをお気に入りに佇んでいるって聞いてな」

「張さんか」

 この街をお祭り騒ぎに導いたメイドと米国の軍人たちも去って、残ったのはいつもの日常。
 そんなモラトリアムを岡島六郎は大哥と呼ばれる三合会幹部の前でタバコを捨てる。
 それを見た張維新は葉巻を咥え、控えていた部下が火をつける。

「ここは、南北の日本が一つになる前の鉄火場の一つでな。
 今はちと元気がないあの国が札束でぶん殴った宴の跡って訳だ」

「知っているよ。
 多分、張さんよりももっとね。
 ここは日本株式会社の語り草の一つだからね。
 だから、時々ここに来ているんだけどね」

 ぴくりと張の眉が動く。
 この街の支配者の一角である三合会の幹部を前に秘密を謳うという事に張は興味を持つ。

「まだ少し時間はある。
 この葉巻を味わう程度の暇つぶしは期待していいんだろうな?」

「俺も聞いた話だから、暇つぶしとして聞いてくれ。
 統一戦争と呼ばれる日本の内戦が北からの攻撃によって行われたのは知っていると思うけど、その北からの攻撃を決断したのは何だったか知っているかい?」

「あの北の首相が死んで、二代目の泊付けじゃないのかい?」

 岡崎六郎はポケットをまさぐり、タバコを探すが切れていたらしい。
 張が自分の葉巻を一つ岡崎六郎に投げる。

「暇つぶしの前払いだ。
 とっておきな」

「ありがとう。張さん。
 その二代目の泊付けというのはある意味正しい。
 けど、その二代目を支持していた北日本の軍部がもう戦えなくなっていた。
 それが、ここの物語のプロローグって言う訳さ」

 張の葉巻に火をつける。
 煙を堪能しながら、卒塔婆の一つであるサイロだったものに。

「1993年。
 冷夏で歴史に残る凶作となったあの国では、『平成の米騒動』なんて騒がれたものさ。
 タイ米を始めとした米を南は買い漁って、なんとか乗り切ったけど、経済が停滞から崩壊に向かいつつあった北は、軍人すら餓死するという予測すら出ていた。
 ここはね。張さん。
 北と南の日本が札束でぶん殴り合った宴の跡なんだよ」

 旭日重工の資材調達部という所は、それゆえに総合商社と付き合いがある。
 世界のありとあらゆる所に出向いて、資源を買って日本に送り、加工した商品を世界に売る経済戦争の尖兵達。
 その彼らの懐かしく忘れられつつある栄光がこの場所。

「張さん。
 経済力で南日本に勝てないのは分かっていた北日本は、どうやって米を確保しようとしたか分かるかい?」

「海賊で荷を奪ってここに。
 それは知っているよ。
 三合会はそれに加担したからな」

 つまらなそうな顔をする張。
 南日本向けの貨物船を襲い、その荷である米をここロアナプラに運び、それを北日本へ向かう貨物船に移し替える。
 行き先や国が違うかもだが、犯罪都市ロアナプラの日常でもある。
 それを聞いて岡崎六郎はニヤリと笑う。

「そう。
 けど、北日本の企みは潰え、ここは卒塔婆としてこうして佇んでいる。
 そりゃそうさ。
 ここにこの卒塔婆を建てるように仕向けたのは、南日本の総合商社なんだから」

 張の葉巻から灰がぽろりと落ちた。
 岡崎六郎の語りは、卒塔婆での述懐から勝ちを確信してカードをめくるギャンブラーのように変わる。
 暇つぶし程度の勝ちは取れたらしい。

「『ラーメンからミサイルまで』。
 その膨大なネットワークと販売網と資金は、既に東南アジアの殆どに広がっていた。
 現地の商社を使って北日本軍の調達部門に渡りをつけて、向こうの武器とバーターで米を売るという計画を仕切っていたのが南日本の総合商社。
 そこから上がる北日本軍の保有資金に取引に使った武器の量、送った米の量は全部総合商社を通じて日本の諜報機関に流れたらしい。
 その上で、彼らは北日本軍を真綿で締め上げた」

 武器を使わない戦争。エコノミックアニマルの面目躍如。
 岡崎六郎は楽しそうにその顛末を語る。

「ここでタイ米が手に入ることが分かった北日本政府は、ここまで貴重な貨物船を継続的に派遣しなければならなかった。
 そして、その船の荷物は、戦略予備として樺太本土の軍が確保していた武器弾薬」

 特に、貨物船の派遣と戦略予備の放出は致命的だった。
 経済的に破綻しつつあった北日本政府は宗谷海峡を往来する船の確保だけで精一杯であり、樺太本土を急襲した南日本軍に対して北海道の戦力を戻す術がなかった一因にもなっている。
 かくして、統一戦争は短くも派手な花火として咲き、その役目を終えたここのサイロ達は使われる事なく卒塔婆と成り果てた。

「そういえば、張さん。
 なんだってここに?」

「ああ。
 まぁ、お前の話とも絡むが確認をと思ってな」

 葉巻を捨てた張維新が殺気を纏う。
 銃は抜いていないが、部下達がさり気なく服の内側に手を入れていた。
 その空気を岡崎六郎はじっと受け止めた。

「なぁ。ジャパニーズ。
 お前、『トウキョウ・フーチ』の回し者か?」

 公安調査情報庁。
 南日本政府の国家情報機関のニックネームを聞いた岡崎六郎、いやロックは嗤う。
 そして、張と同じように葉巻を投げ捨てた。

「俺は違うよ。
 だったら、あのガルシアやロベルタの時にもっと上手い解決ができていたさ。
 なるほど。
 そういう噂が立ったのか」

 ロックと張は互いに睨む。
 先に目をそらしたのは張の方だった。

「そういうことにしておこう。
 この街に有益である限りは何も言わんよ。
 邪魔したな」

 そう言って、張は部下を連れて去ってゆく。
 ロックはそんな張の後ろ姿を消えるまで追いかける。
 総合商社が国家の裏の諜報機関ならば、表の諜報機関である『トウキョウ・フーチ』がこの街を放置する訳がなかった。
 里帰りでのバラライカとの繋がりを知った彼らが、親兄弟を使って現地工作員にと企んでいるのをロックは知っていた。
 ここに来たのは、その女エージェントに断りを入れるため。
 だが、その女エージェントは何時まで経っても来なかった。

「よぉ。ロック。
 ここ最近の港での散歩は楽しかったかい?」

 日も落ちた頃に帰ってきたロックにレヴィが軽口を叩く。
 待ちぼうけを食らって疲れたロックがなにか言おうとしてレヴィが肩を抱いて部屋から出す。

「話は『イエロー・フラッグ』で聞こうじゃないか。
 何はともあれ酒だ酒!」

 こうして、ロックはロアナプラの日常に戻ってゆく。
 『トウキョウ・フーチ』の女エージェントがどうなったのか、誰が何をしたのか知ることもなく、この悪徳の街の日常は続く。 
 

 
後書き
誰が何をしたんでしょうねぇ…… 
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