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人類種の天敵が一年戦争に介入しました

作者: C
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第21話

 宇宙世紀0079、3月11日。ジオン公国の地球侵攻軍にとって大事な人質が地球にやってきた。ジオン公国のプリンス、ガルマ・ザビが指揮を取る第二次降下作戦が行われたのである。目標はニューヤーク及びキャリフォルニアベース。
 旧世紀においてニューヨーク市は国際政治の中心であった。全世界規模の連邦国家となった地球連邦にとっても政治的中心地であり、地球連邦政府の成立とその後の混乱期において、いわば首都防衛を図る形でニューヨーク州全体の軍事拠点化が進められた。こうして地球連邦管下の新都市圏として成立したのがニューヤークであり、分厚い防衛線を突破することなしに占拠することは不可能だ。一方、キャリフォルニアベースもニューヤークと同様に地球連邦政府の成立過程において整備された。連邦軍本部として南米の地下に造られたジャブローと比べると拠点単独での防衛力に劣るものの、旧アメリカ合衆国が支える生産力、開発力はジャブローをはるかに上回る。まさしく地上最大の軍事拠点である。第一次降下作戦の成功で地上資源の採掘を可能としたジオン公国は、次の目標を政治と軍事の中心地と定めた。ここを争点とするからには、早くも連邦軍と正面から戦う途を選んだということに他ならない。

 第一次降下作戦は完全な奇襲だった。地球連邦軍もジオン公国軍が降下作戦を行うことは予測していたが、何処に降下するかという読みは外れた。モビルスーツによる戦術的勝利を続けてきたジオン公国軍ならば短期決戦で来るという予測により、重要拠点の守りを固めていたが、その裏をかく形でジオン公国は資源地帯の制圧に成功したのだ。
 二度目となる降下作戦はどうか。目標は政治的にも軍事的にも重要拠点であり、開戦以前から守りは固められている。ジオン公国軍にとっては戦争に勝つなら必ず攻めなくてはならない拠点であり、連邦軍にとっては必ず攻撃されることがわかっている拠点であり、ここを攻撃することは到底奇襲足り得ない。ジオン公国軍の攻撃は奇襲ではなく強襲となり、血で血を洗う激戦が繰り広げられることは必定である。本来ならば。

 現実には、キャリフォルニアベースは無血で陥落した。

 キャリフォルニアベースでは戦いらしい戦いは起きなかった。ジオン公国軍がやってくるはるか前に、連邦軍は早々に撤退している。連邦軍ははじめからキャリフォルニアベースにいなかった。
 太平洋に面していたキャリフォルニアベースは、コロニー落としによる津波で壊滅的被害を被っていたのだ。潜水艦ドッグは波に削られ、内部には大破した潜水艦の部品が散乱していた。一部の潜水艦は強力な水圧でドッグ天井を突き破り、地上まで打ち上げられもした。駐機場からぐしゃぐしゃの潜水艦が斜めに生えるという前衛芸術がその証拠である。地上施設は津波に浚われ基礎や骨組みの残骸を晒すばかり。地下施設は完全に海水に浸かり、閉鎖空間に叩き込まれた津波のエネルギーは地下空洞の地形そのものを変えてしまった。完全復旧は10年先か、20年先か……今の戦争には到底間に合わないため、地球連邦軍はキャリフォルニアベースの放棄を決定していたのだった。被災して2ヶ月、遺体回収のチームが作業していたのみである。

 キャリフォルニアベースが無血開城したが故に、ニューヤーク方面は両軍の予想を超える激戦となった。本来ならキャリフォルニアベースやその付近の基地にいるべき戦力は、キャリフォルニアベースの放棄に伴い移動していた。西海岸が軒並み津波にやられたことで軍事インフラが機能不全に陥り、戦力を維持することが出来なくなったのだ。主な移転先はニューヤークをはじめとした東海岸である。
 衛星を使えず航空偵察にも相当の制限がかかるこの時期では、護るべき連邦軍にとって広大な北米大陸で機動中の敵野戦軍を捕捉して迎撃することは困難だ。点を点で捉えるのは難しく、線で捉えようとすれば薄くなった防衛線を突破されるばかり。突破された際の危険は増すが、防ぎきる算段さえあるならば、敵が必ず来る目的地直前、重要拠点の付近で護りを固めた方が間違いがない。例えば州間高速道路80号線はカリフォルニアからニューヨークまでをほぼ横一文字でつなぐ大動脈だが、これはそのままジオン公国軍にとって理想的な進軍経路足りうる。このライン上で徹底防御するのが常道なのだが、そもそもジオン公国軍は好きな地点に宇宙空間から降下することが――連邦軍の妨害を考慮しなければ――可能なのだ。必ずしも既存の交通路に固執する必要はなく、それはそのまま連邦軍にとってジオン公国軍がどこからどのように攻めてくるかを絞ることができない、ということを意味する。それならばいっそのことどこからどう攻められても良いように、防衛線を限界ギリギリまで下げる、という発想である。
 連邦軍が思いきった戦線縮小を行った結果、ニューヤーク近辺にはジオン公国軍の予想を超える大部隊が展開していた。降下してきたジオン公国軍とは違って全員が戦闘要員というわけではないし、被災地の救助や支援に相応の人員を割いている。それでも人数だけで言うならこの方面に進出してきたジオン公国軍の5倍以上であり、連邦地上軍の中でも装備も練度も最上級。恐るべき旧アメリカ合衆国の意地と底力。ジオン公国のプリンスの前に立ちはだかるのは、旧世紀最強国家の誇る、地上最強の軍隊だ。

「……その大軍の背中を私が突くというわけだ」

 シャトルの貨物ブロックの中、係留索で宙吊りになった機動兵器。その操縦席で野良犬は無自覚に呟いた自分の声で意識を覚醒させた。移送中は暇なので、少し眠ったり色々と考え事をしたりしていたのだが、今回の作戦について考えている内に声に出ていたようだった。また寝直すか、とも思ったものの、頭の中で大まかに計算すると、優雅に惰眠を貪る時間はないように思われた。小さくため息をつくと、シャトルと通信を繋ぐ。

「こちらわんちゃん。ふぁ」

 欠伸混じりの野良犬に答えたのは女性の声。シマ・ハチジョウのものだった。

「お目覚めですか、リーダー」
「いま起きた。しゃくしぇんにょ概要をもう一度たにょむ」
「はい。作戦を確認します。戦域はニューヤーク全域、目的はニューヨーク市占拠を図るジオン公国軍の支援となります。まずはフェーズ1、このままニューヨーク沖250キロメートルで投下、自力で接近し沿岸に停泊している艦船を攻撃します。最優先目標はミサイル艦、次が航空母艦です。輸送艦、砲艦は無視して構いません。目標を破壊後、フェーズ2に移行します」
「ふわわ……」

 寝起きそのものという様を隠そうともしない野良犬。小なりとはいえ一組織の長がそれで良いのかという態度だが、シマは完全にスルーした。短い付き合いだが、言って聞くような野良犬ではないことくらいは理解している。無駄なことをして大切な生命を危険に曝す必要はないのだ。
 シマが野良犬に従っているのは自分の生命が惜しいからであって忠誠を誓っているわけではないし、立派な指導者であって欲しいと期待や願望を抱いているわけでもない。欠伸がしたいなら顎が外れるほどすれば良い。欠伸混じりに話すと聞き取りづらくなるので、オペレーターの立場としてそれだけはやめて欲しいが。

「シマァ?」

 野良犬の気の抜けた催促が八丈志麻を現実に引き戻す。

「……失礼しました。それではフェーズ2です。沿岸部から都市部を横断し、郊外に設営されていると思われる敵司令部を強襲します。市内の敵は無視してください。敵司令部の制圧が最優先です。また、コジマ汚染を考慮して市街地での接地は認められません、高度300以上を維持して下さい。加えてプライマルアーマーの展開及びアサルトアーマーの使用も認められません」
「注文が多いな……その後は?」
「フェーズ3です。ここからはレンチェフ大尉に代わります」

 ぶつ、と音を立てて通信が切り替わる。次に野良犬の耳に届くのは男の声。入団試験を通過した期待の新人、レンチェフだ。

「団長、レンチェフだ。フェーズ3を説明する」
「頼む」
「状況が流動的だからな、フェーズ3は難しい。周辺の連邦軍を叩いた団長には、足を伸ばして主戦場に乱入してもらう。降下部隊への顔見せも兼ねてな」

 顔見せか、と野良犬の声が弾む。

「何事も第一印象が大切だからな。名刺代わりにネクストの十八番、斬首戦術を見せてやろう」
「フェーズ2で後方の総司令部を潰すだけじゃなく、前線司令部も叩く気か? これで3連戦になる、残弾の都合もあるし、ほどほどにな?」
「ほどほど……可能な限り撃破しろということだな」


「……まぁ、いいんじゃないかな、それで」

 説明を全力で投げ捨てたレンチェフだった。
 
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