ある晴れた日に
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52部分:穏やかな夜にはその一
穏やかな夜にはその一
穏やかな夜には
「ったくよお」
「まだ言ってるのかよ、こいつ」
「いい加減忘れろよ」
ぶつぶつと言う野本に坪本と佐々が声をかける。三人だけでなく皆途方もなく巨大な鍋を囲んでいる。その鍋にはカレールーが並々と入れられて煮立っている。それを囲みそれぞれのおたまでお皿の上の御飯にそのルーをかけて食べていた。キャンプらしくワイルドな光景だ。
「過ぎたものは仕方ないだろ?」
「そうだよ」
「それでもよ、一人も受賞しねえなんてよ」
「だから余興だろ」
「気にするなよ」
二人はカレーを食べながらその坪本に話す。
「それで死ぬのか?」
「違うだろ」
「屈辱なんだよ」
見れば野本は肩を震わせている。
「この俺が。受賞しねえどころか」
「受賞したじゃねえか」
「なあ」
また二人は言う。
「ワーストドレッサー賞よ」
「男子の部でぶっちぎりじゃねえか」
「しかも二人受賞でな」
「何であいつと一緒なんだよ」
ここで忌々しげに親戚の竹山を見る。
「あいつとよ。何でなんだよ」
「気にしなくていいよ」
しかし竹山は全く平気な顔だった。
「服のセンスは人それぞれだからね」
「御前もワーストドレッサーなんだけれどな」
野本は竹山をジロリと見て言った。
「そこんとこわかってるのかよ」
「うん、勿論」
「どうだか」
それには甚だ懐疑的な野本だった。
「御前見てるとそうは思えねえよ」
「そうなの?」
「そうだよ。俺のセンスがそんなに悪いのかよ」
「悪いよなあ」
「自覚ねえのがさらに酷いよな」
野茂と坂上も言う。
「その黄色と紫のジャージもな」
「普通の人間は着ないぞ」
「何処で売ってるんだ?そんなの」
「紫のジャージでも普通ないぞ」
とかくファッションセンスのない野本であった。しかし他の面々もまた。
「御前等はどうなんだよ」
「俺達か?」
「どいつもこいつもよく見りゃひでえ格好しやがって」
何故か他人のセンスには気付く野本だった。
「変なアクセサリー付けたりグッズ持ってたりよ」
「趣味だよ、それは」
桐生は静かに言う。
「そういうのはね」
「桐生、御前もな」
野本の今度の矛先は桐生だった。
「何なんだよ、その右半分が赤で左半分が青のジャージは」
「珍しいでしょ」
「しかも靴は右が青で左が赤かよ」
物凄いジャージである。
「私服も同じ色彩だったよな、おい」
「あるテレビ番組から考えついたんだよ」
「人造人間キカイダーだろ」
すぐにわかった野本だった。
「この前古本屋で見たぞ。ビデオでもな」
「よくわかったね」
「あんな目立つ格好忘れるかよ」
はっきりと言い返す野本だった。
「それかメタルダーだな」
「うん、それもあるよ」
「どっちにしろどんなセンスなんだよ、ったく」
「おめえ等男子一年全体でワーストドレッサー賞もらったじゃねえか」
「御前等もな」
忌々しげに春華にも返す。
「御前等の格好もひでえだろうが」
「アバンギャルドなんだよ」
開き直る春華だった。
「うち等はな」
「そうよ」
奈々瀬が春華に続く。
「私だって自分の服装には自信があるけれど」
「それで自信があるってどういうセンスなんだよ」
また自分のことは棚にあげて奈々瀬に言う野本だった。
「足にぬいぐるみ付かせて街歩くのかよ、おめえはよ」
「普通よね」
「そうだよな」
春華が奈々瀬のその言葉に頷く。
「しかも鰐かよ」
「鰐は可愛い生き物よ」
「猛獣だろうがよ」
「そんなこと言ったら虎も猛獣じゃねえか」
やはり口の減らない春華だった。
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