ある晴れた日に
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469部分:夕星の歌その九
夕星の歌その九
「そのうちな」
「少し待っているだけでいいのね」
「どうする?何処で待つ?」
男はここで彼女の肩を自分の左手で右から覆った。そうして自分のところに手繰り寄せて言ってみせたのである。
「明星な。何処で待つんだ?」
「あんたのアパートじゃ駄目かしら」
女も彼に顔を向けて笑って言ってみせたのだった。
「アパートで。どうかしら」
「おいおい、いきなりアパートかよ」
「いいじゃない、別に」
笑って彼に返す彼女だった。
「だって。もう付き合って半年になるじゃない」
「そうだな。もう半年だな」
彼もその言葉を聞いて少し考える顔になって応えていた。二人共自分達の横を歩いているその正道には一向に気付いてはいない。
「半年経つからな」
(半年か)
正道は彼等のその言葉を聞いていてふと思うのだった。
(半年か。あいつと会って)
自然と自分達のことまで思うのだった。彼のことだけではなかった。
(あいつは。それでも)
「ねえ。どうかしら」
「そうだな」
彼女の今の言葉にも笑って応える彼だった。
「それじゃあ。俺のアパートでいいか」
「もうパパとママはいいっていうし」
どうやらかなり進展している仲らしい。
「だからね。今はね」
「いいのか」
「一晩お星様見ながら過ごそう」
「おいおい、ロマンチックだな」
彼は彼女の今の言葉を聞いて顔を崩して笑った。
「お星様見てかよ」
「いいじゃない。だって奇麗なんだし」
「そうだな。じゃあベランダから夜空を見てな」
「ビールでも飲んで過ごしましょう」
「つまみも買ってな」
「朝までね」
「そうすか」
「そうしましょう」
こう話してそのうえで正道の先を進んでいく。今彼は酔いながらも意識を保ったまま彼等の話を聞いていた。そのまま歩いていたがやがて左手に公園が見えた。公園をのぞくとそこにはベンチがあった。黄色いペンキで塗られたベンチが公園の中にあるのだった。
それを見て自然に公園の中に足を入れた。夕暮れの公園の中にはジャングルジムと滑り台、それと砂場があった。上り台まであり子供の為の公園なのがわかる。
その公園の中でベンチの後ろにある花壇に気付いた。見れば無断に荒らされていた。
「何だここは」
その荒らされた花壇を見ていると自然に顔が歪むのがわかった。歪ませるしかない無惨さがそこにあるからである。
花はどれも切られ踏み潰されている。そして葉も引き千切られ何もかもが荒らされてどうしようもなくなっていたのだ。見ているだけで顔が歪むのも当然であった。
「この公園は」
歪んだ顔で呟く。
「何があった」
荒れ果てた花壇にまず唖然とした。それを見ているだけで酔いが次第に醒めてさえした。怒りと何かえも言われぬ不快な感触を感じてた。
「やった奴は人間ではないな」
本能的にこう思ったのである。
「外道は何処にでもいるか」
だがそれで酔いが幾分か醒めてしまったのも確かであった。それでその頭で空を見上げるとだった。夕暮れの中に一つだけ輝く星があった。
「あれは」
その星が何かはもうすぐにわかった。
「明星か」
先程のカップルが楽しそうに話をしていたあの星だ。それを思い出したのだ。
「まさか今ここで見るとはな」
彼にとっても全くの予想外の出来事だった。
しかしそれでも。その明星を見て何故か心が落ち着くのだった。あの未晴の姿を見てしまって以来ここまで落ち着いたことはなかった。
その落ち着いた気持ちで上を見上げ続ける。そうして自然とギターを手に取っていた。
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