ある晴れた日に
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456部分:これが無の世界その五
これが無の世界その五
「心まで。もう」
「じゃあ今のあいつは」
「駄目よ。何も反応がないの」
正道の言葉に俯いて首を横に振るばかりであった。
「本当に何も。語り掛けても触ってみても」
「駄目なのか」
「廃人っていうのかしら」
俯いて言うに耐えない言葉を出さざるを得なかった。母親としてはさらに。
「もう今の状況は。どうしようもないのよ」
「何でこんなことになったんだ」
正道はそれがまずわからなかった。どうしてもだ。
「一体あいつに何が」
「お医者さんの話だと殴られた跡や蹴られた跡があって」
「殴られたり蹴られたりか」
「わかるわよね。これで」
「監禁されてそれでか」
「未晴は脚も滅茶苦茶にやられていて」
今見えている部分だけではないというのである。
「まともに歩ける状況ですらないし」
「どうやってここまで運べたんだ。それじゃあ」
「捨てられていたのよ」
こう話すのだった。
「ゴミ捨て場に。ぼろぼろになったままで」
「・・・・・・くそっ、それでか」
「顔も酷く腫れて長くて奇麗だった髪の毛もあちこちが無惨に切られて」
とにかく酷い暴行を受けた。それは間違いのないことだったのだ。
「打たれたり焼かれたり切られた傷が数えきれないだけあるのよ。骨折も十はゆうにあってリ両手の甲は複雑骨折をしていて」
「誰がそこまでやったんだ」
忌々しげな声で問うた正道だった。
「何であいつをそこまで」
「わからないわ。ただ」
「ただ?」
「最近そうした事件が多いのは聞いているかしら」
不意に正道にこのことを言ってきたのであった。
「近頃公園の花を切ったり学校の動物が殺されていたり」
「そういえば」
言われて思い出した正道だった。
「何か聞いたことが」
「それと関係があるんじゃないかっていうのがお巡りさんの話だけれど」
「それでもはっきりとは」
「わからないわ。未晴だけじゃないし」
彼女だけではないともいうのだ。
「通り魔や誘拐事件とかもこの町で最近起こってるし」
「そういえばそういう話もあったか」
話には聞いていたがだった。それを実感することはなかったのである。何故ならそれは彼の身近で起こった話ではなかったからである。
「今思い出した」
「けれどそれをやったのが誰なのかはわからないわ」
また言う彼女だった。
「未晴のことにしても」
「けれど誰かがあいつを壊した」
「ええ」
それだけは真実だった。疑いようのない真実だった。
「それだけはね。言えるわ」
「それであいつは」
正道は今までよりも身を乗り出した。そのうえで尋ねるのだった。
「あいつはなおるんですか、それで」
「・・・・・・・・・」
彼女は今の正道の問いに悲しい顔で首を横に振るだけだった。全てを否定するかのように首を横に振るだけだった。それだけであった。
「もう。それも」
「そんな、じゃあ」
「一生ああなのかも知れないって言われたわ」
「一生あのまま・・・・・・」
「怪我はまだ何とかなっても」
まだこう言うのだった。
「傷は身体中に残って後遺症はあっても。まだ動けるようにはなれるのよ」
「それはですか」
「それでも心は」
これだけはというのだった。身体はどうかなっても心はというのである。
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