『賢者の孫』の二次創作 カート=フォン=リッツバーグの新たなる歩み
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力脈
前書き
ぶっ飛ばせ常識を~♪
「聞いたか? Sクラスのやつらが騎士養成士官学院の鼻をあかしたって話」
「聞いた聞いた! あの脳筋連中が手も足も出せなかった魔物の群れを簡単に蹴散らしたって」
「それだけじゃなくて虎の魔物を瞬殺したらしいぜ」
「それってあの――」
「「英雄シン=ウォルフォード!」」
ここ最近のアールスハイド魔法学院では、いやアールスハイド王国中で新英雄の話題が持ちきりだった。
「シンまんじゅう、シンまんじゅうはいらんかね~」
「英雄シン=ウォルフォードの生まれ育った森で汲んだ天然水。これを飲めばあなたも賢者になれるかも!?」
「うちの店では新たな英雄、魔人殺し(ディアボロススレイヤー)の考案した肉の両面焼きが食べられるよ! シン焼きだよ~」
そんな便乗商法があちこちで目かけられた。
「すげぇよなぁ、やっぱり英雄の孫は英雄ってことか」
「おれもマーリン様やミッシェル様の家に生まれたかったぜ」
「なんとかSクラスに編入して王子や英雄とコネを作りたいよな。そうすりゃ将来は安泰だ」
「ああ、せめてAクラスにでも……て、おい。そのAクラス『だった』やつがいるぞ」
立ち話をしている生徒のひとりが視線を向けた先に一心不乱にモップ拭きをしているカートの姿があった。
「リッツバーグ伯爵家の……、なんで掃除なんてしているんだ? そんなの清掃員に任せればいいのに」
「なんでもみんなに迷惑かけたお詫びとして校内の雑務を自主的に引き受けてるんだってさ」
「ふ~ん、『反省』てやつか。貴族のお坊っちゃんにしては殊勝だな」
「だよな、帝国じゃ絶対にありえないぜ」
「でも内心はらわた煮えくり返ってるんじゃね? 貴族風吹かせてイキってたんだろ」
「しっ、あんまり声がでかいと聞こえるぞ」
(しっかり聞こえているよ)
カートは内心で苦笑を浮かべつつ、法眼から言われた言葉を脳内で反芻して体を動かしていた。
曰く。
「ミット打ちや組み手といった、だれでもできる訓練でも人によって大きな差が出る。なぜか? 技術が上達する人はどんな練習も漫然と流れ作業的におこなうのではなく、様々な試行錯誤をして考えながら練習しているからだ」
「一日中、起きている間のほとんどが鍛錬も兼ねていると思え。食事の姿勢や椅子の座り方。服を着る、脱ぐ。などなど……。これらの動きのひとつひとつを意識し、どうすればより効率的に身体を動かせるか。そういうことを考える人間と考えない人間には、小さいが決定的な差が生じる」
「たとえば窓拭きも手先の動きだけでやるとすぐに疲れてしまうが、腰や膝などの下半身も動かして上半身の動きと連動させると疲れにくく、全身の力が拭いている手に集中するからしっかりと拭くことができる。これは全身を連動して力を一点に集中するという武術の技にも共通することだ。前から何人も連れ立って歩いて来た時に隙間を見つけてギリギリのところですり抜けるのは体捌きに通じる。暮らしの中に修行あり。『ベスト・キッド』の修行はちゃんと意味があるのだ。ワックスかける、ワックスとる。服を脱ぐ、服をかける、服を着る。あれも立派な修行なんだよ」
(暮らしの中に修行あり。重要なのは体重。重心の移動と手足の動きを連動させることで末端の手足に重みをつけさせること……)
校内の清掃であちこち回っているとシン=ウォルフォードの噂ばかり耳に入ってきた。
素直な称賛の声がある一方で、やっかみや僻み、嫉妬混じりの声も聞く。いや、むしろそれらの声のほうが多い。
(こうして働いていると色々な声が聞けるな。高見でふんぞり返っているだけではわからない、人々の貴重な意見だ。それにしても――)
シンを筆頭としたSクラスの活躍を称え、模範にしようとする人の少なさだ。
ただただ憧れ、羨み、見上げるだけ。そうでないものは萎縮し、妬み僻むだけ。
(嫉妬という感情は向上心の裏返しと言うから、まだのびしろかあるが、あきらめの声の多いことが気になる。なによりも我がZクラスの連中ときたら……)
帰宅してからもカートは自己鍛練を怠らなかった。二度と負の感情に飲み込まれ支配されないよう、心身を鍛える。
腰を落とし、壺を抱くように腕を前にしたままの姿勢で一時間ほど瞑想していた。
これは立禅や馬歩と呼ばれる東洋武術の鍛練法で、内功と足腰の筋肉を鍛える効果がある。
内功。つまり魔力制御のトレーニングも兼ねていた。
ふと遠くから風に乗って人々の楽しげな声が聞こえてきた。どうやら使用人達が騒いでいるらしい。
「ホーゲンが戻ったか」
リッツバーグ邸厨房。
「ただいま、料理長」
「おお、おかえり。虎の魔物を生け捕りにしろだなんて無茶な依頼だったそうだが、無事のようだな。ムスタール森林はどうだった?」
「川で捕れたナマズを煮つけにして食べてみたが、実に美味だった」
「そうだろう、そうだろう。あそこのナマズは絶品だ」
「それと今回ほど遠出したのは初めてだが、改めてこのあたりの街道は立派できちんと舗装されていると認識した」
「そりゃそうさ、なにせアールスハイド王国が誇る魔法学院がある都市だからね、みすぼらしい道なんて恥ずかしくて造れないよ。すべての道はアールスハイドに通じる、さ」
「異世界ファンタジーだから、ちょっと道を歩いているだけで熊やサーベルキャットに襲われて骨折熱や知減病になったり、街中でもドラゴンや吸血鬼が平気で襲撃してくるかもと思ってヒヤヒヤしていたが、道中は狼の魔獣に襲われたくらいで杞憂だった」
「ははは、魔匠はたまに変なことを言うね」
もともと卓越した魔法と不思議の業が認められて食客としてリッツバーグ邸に身を寄せていた法眼だが、泰山府君祭という『奇跡』によってカートの命を救った働きによりリッツバーグ邸では下にも置かないあつかいで、だれが言い出したのか魔匠とう尊称で呼ばれるようになった。
「むこうの地酒をいくつか買ってきたから、よければみんなで飲んでくれ」
「おお、ありがたい! お~い、みんな集まれ、魔匠からの酒の差し入れだぞ」
「……っかーッ! さすがオーガ殺し。効くぜぇ」
「無理せずにゴブリン殺しあたりにしとけよ」
「おいおい、あんなの酒のうちに入らないぜ」
料理人だけでなくリッツバーグ邸で働く使用人達が集まり、法眼の手土産を飲んでは酒精の混ざった息を吐く。
この国ではアルコール度数の高さを○○殺しと表現するのが流行っていた。
アルコール度数が一けたのものはコボルト殺し。
一〇度以上はゴブリン殺し。
ニ〇度以上はオーク殺し。
三〇度以上はケンタウロス殺し。
四〇度以上はオーガ殺し。
五〇度以上はトロール殺し。
六〇度以上はワイバーン殺し。
七〇度以上はジャイアント殺し。
八〇度以上はドラゴン殺しといったぐあいで、九〇度以上のものはドワーフ殺しという。
この世界に伝わるおとぎ話のドワーフも酒には滅法強いらしい。
「あまり強い酒を生のまま飲むと胃に穴が開くぞ。ライムやミント、トニックウォーターもあることだし、なんぞカクテルでも作ろうか」
「カクテルってなんだい?」
「カクテルですよ、カクテル」
? ? ? ? ?
みんなの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「いや、カクテルというのは、えーと……ベースとなる酒に他の酒やジュース。果物とかを混ぜて作るアルコール飲料のことで――」
あたりまえのことを改めて説明するのはむずかしい。思わずウィキペディアのコピペみたいな説明になってしまった。
「せっかくの酒に混ぜ物をするなんてもったいない!」
「酒を薄めるなんて邪道だぜ」
「果物やジュースを入れるなんて女子供の飲み物じゃないか」
どうも彼らはカクテルを飲む習慣、文化には馴染みがないようだ。
それなら直にお見せしようとジンにライムの搾り汁、砂糖やシロップなどの甘味を入れてギムレットもどきを作ってみせる。
法眼が作るカクテルをゲテモノ料理の調理でも見るような目つきでながめる使用人達。
冷却魔法で氷を作り、ミキシング・グラスやシェイカーはないので適当な調理器具で間に合わす。
雑なカクテルであったが、できたものをスプーンでひとくちすすって味見すると、悪くはない。
「うん、美味い。メジャー・カップがないから目分量だが、上手くできた。だまされたと思って飲んでみてくれ」
みんなが恐る恐る口にすると――。
「こ、これは!?」
「どうだ、悪くないだろう?」
「う」
「う?」
「うー、まー、いー、ぞぉぉぉぉっっっッッッ!」
「いや、そんなミスター味っ子みたいなリアクションするほどじゃ……」
「あんた、すげえな! こんな革命的な飲み方知らなかったぜ」
「そんな大げさな……ハッ! これはあれか? 異世界ものによくあるアレなのか? 肉を両面焼きしたり金貨を一〇枚まとめて数えたり、椅子と机に座って食事しただけで天才呼ばわりされる、アレなイベントか!? なんてこった、俺はカクテルでそれをやっちまったのか……」
嬉しいやら恥ずかしいやら、法眼は上気して変な汗が浮いてくる。
(いやまあ、考えすぎか。酒になにかをくわえる飲み方なんて紀元前からあるんだし、たまたまここの人たちに酒を混ぜて飲む習慣がなくて『カクテル』という言葉を知らなかっただけにすぎないのでは?)
カクテルの歴史は古く、紀元前のエジプトではビールに蜂蜜や生姜を入れて飲んだり、ローマではワインに海水を入れて飲んでいた。唐の時代の中国でもワインに馬乳を加えた乳酸飲料が飲まれていたと伝えられている。
江戸時代の日本にも柳蔭という、焼酎と味醂のカクテルが存在する。
人は古くから酒になにかを入れて味わっていたのだ。
「だがしかし……、この調子で墾田永年私財法だの楽市楽座だの兵農分離だの丈量検地だの四公六民や関所の廃止みたいな内政チートを駆使すれば良い夢が見られるかもな!」
「リッツバーグ伯爵領ではもとより四分六民。飢饉や災害時など、場合によってはもっと税を軽くしたり、免除することもある」
「素晴らしい善政だな。所得税やら消費税やら社会保障で江戸時代の五公五民よりも酷い負担を強いたり、名ばかりの被災者生活再建支援法でお茶を濁す日本の政治家どもよりもリッツバーグ伯爵のほうがよっぽど優れている」
「や、これはカート様!」
酒盛りをしていた使用人達がいっせいに姿勢を正す。
「ホーゲン、着いた早々に悪いが俺の修行の成果を見て欲しい。他のみんなは楽にしていてくれ」
カートと法眼は庭の一角に場所を移して剣を交えた。
「剣の技は千変万化。心から剣を消して呼吸を以て操る。剣にとらわれみずからを見失うことこそ最大のあやまち。剣に心を奪われれば思うように動けず。本来の力を引き出すことができない。剣は手の延長。敗者は敵に敗れる前におのれに敗れる。心が平穏ならば勝機はある――。剣に迷いが見えるぞ、なにか悩みでもあるのか?」
「ああ、実はZクラスのことなのだが――」
…… …… …… ……
「ほう、そのようなことが」
「俺には残念でなりません。せっかく魔法を学べる、魔法以外にも様々なことか学べる立場にいながら日々を無為に過ごすZクラスの仲間達が、そしてSクラスを羨望するだけでなにもしない学院中の生徒達が」
「学院中の生徒達はともかく、おなじZクラスの連中ならおまえの考えを伝え、啓蒙することができるのでは?」
「とっくに伝えましたよ、俺の考えを。でも、彼らには伝わらない、彼らの心に俺の声は響かない」
「う~む……。ときにカートよ、おまえは立禅馬歩の鍛練をよくやっている。充分に練れた」
「師匠に比べたら俺などまだまだです」
「魔力制御の訓練も申し分ない。こんな真似もできるだろう」
言うと法眼は池に浮かぶ蓮の葉の上にふわりと飛び乗った。
「……天の腕よ、天秤を傾けよ、律の皿は我が意のままに傾け」
カートが呪文を唱えると重力制御の魔法が発動し、法眼の後に続いて蓮の上に飛び乗る。
「垂氷よ、銀竹よ、凍てつく空に咲き乱れよ」
法眼の魔法によって水面が凍りつき、長短幾重もの氷柱が突き出ると法眼はその上に飛び乗り、ひょいひょいと歩を進める。
「俺の後に続けるか?」
「そんなこと簡単……ッ!?」
下を見たカートは高低差に慄然とした。わずか数メートルの差にこれほど高いと感じるものか、これほど怖いのか。
高所作業者などと違い、普段から高い場所に慣れていない者にとって自分の身の丈以上の高み程度でも身がすくむものだ。
高所恐怖症というわけでもないのに高さに身体を固くしたカートはその事実に驚く。
「高所への恐怖は殺気を放つ敵への恐怖とおなじ。立禅馬歩の鍛練に耐えたおまえの足腰ならこの上に立ち、移動するのは造作もないこと。だが、それがままならないのは恐怖のせいだ」
「恐怖……」
「立禅馬歩の練功は筋力と腱を鍛えるためだが、もうひとつ重要な極意がある。それは力脈。力脈とは力の流れ、流れの方向を意味する。地に立てば自重が地面に伝わり、空を跳べば大気が体に当たり抵抗を生む。いかなるものにも力の流があり、それゆえ形をなす。立禅馬歩の鍛練のひとつは自らの体重がどのように地に伝わるかを感じるためのもの。筋力を鍛えるのはその力の流を淀みなく伝得るため。そうすれば技の精度も増す」
「…………」
「力脈はすべての技、すべての術の源流と呼んでいい。源流を悟れば心が恐怖によって支配されることはない。これは個人の技術のみならず大衆の心理もおなじこと」
「流れを制することが、恐怖を制する、克服すること……」
「そうだ、カート。さて、そこで話は戻るが、一人の英雄の生み出す『流れ』にみんなが翻弄されているようだな」
「はい」
「どうもよくない流れのようだ。だが流れというものは容易く制することができるものではない。激流に対していかに堅固な土塁や壁を造ろうが押し寄せる力に対して限界がある。だが、流れ自体を変えてはどうか? 急流を緩流に変えれば土塁や壁で強引に塞き止める必要もない。おまえが、ひとつめの流れを変えるふたつめの流れになってみたらどうだ」
流れを変える。
ひと握りの限られた者たちだけではなく、凡人であっても強い意志と努力によって高みへと昇れるものだとみんなに示す。
法眼は、カートにそれをせよと言っているのである。
後書き
未知の世界へ行こう~♪
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