NARUTO日向ネジ短篇
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
【代われるのなら】
前書き
二部のヒナタ視点のネジヒナ。あくまでネジ←ヒナタとしての個人的見解。
『たす、けて……。たすけて、よぉ……っ』
幼い子の、助けを求める泣きじゃくった声がする。
周囲は真っ暗で、何も見えない。白眼を発動させようとしても、何故か出来なかった。
「大丈夫……大丈夫だよ、すぐ近くに居るから。あなたをちゃんと、見つけるから」
泣いているらしい幼子に安心させるように声を掛け、その気配を頼りに手探りで捜す。
「……あ」
何かが急に脚回りにしがみついてきて驚いたけど、幼い子供の方からこちらを見つけたみたいだった。
『たすけて……ねぇ、たすけてよ……っ』
周囲は余りに暗く、顔を窺う事も出来ないけれど、必死で助けを求めているのは分かる。
「こんな、真っ暗な中とても怖かったでしょう。お姉さんが付いてるから、もう大丈夫だよ。助けてあげるから、ね?」
『ほん、と……?』
幼子が顔を上げたような気配がした。……その時だった、ぼんやりと浮かぶ緑色のその独特の紋様を目にしたのは。
(私、は……“これ”を、知ってる……。日向の分家の人達が、宗家を守る為に強制的に額に刻まれる、籠の中の鳥を意味する───)
『お姉、さんが……助けて、くれるの……?』
顔は相変わらず暗闇で見えない。……だけどまるで、そのぼんやりと浮かぶ紋様だけが不気味な色を増し、訴え掛けてくるようだった。
『おれを……おれの、父さまを……助けて、くれるの?』
(この子、は……“この子”は、まさか)
『助けてよ……ねぇ助けて。こわいんだ、くるしいんだよ……お願い、助けて』
光も無いのに、煌めく涙の筋が黒い頬を伝うのが見え、どうしようもなく心が痛んだ。
「ご……ごめんなさい、私……私じゃ、あなたを……助けて、あげられない」
(だって“あなた”は……私じゃ救えるはずがなくて、ナルト君に───)
『うそつき』
「……!」
『さっき、助けてあげるからって、言ったのに』
先程まで泣いて震えていた声が冷たく、低い声に変わっていた。光る涙の筋も無くなり、顔の部分の額と思われる箇所からは鈍く卍の印だけが浮かび上がっている。
『……そうだよ。あんたじゃ、おれは救えない』
縋り付いていた脚元からいつの間にか離れられてしまい、遠のいてゆく幼子の存在に酷く動揺し自責の念に駆られる。
「待って、行かないで。私……私だって、本当は」
──私はそこでハッと目覚めた。いつの間にか、片手を天井に向け手の平を伸ばしている。
……夢だと分かっていても心臓は早鐘を打ち、冷や汗が額の横を伝っていくのを感じた。
夢の中の事だから、私の自分勝手な解釈で現れ出た幼い頃の、父親を失ったネジ兄さんなんだろうと思う。
自室の布団からおもむろに体を起こし、早鐘の心臓を落ち着かせようと深呼吸をして息を整える。
──そうだ、今日はネジ兄さんに修行をつけてもらう約束をしている。ネジ兄さんが上忍に昇格してからは、なかなか時間が合わないから、二人で修行出来る時間を大切にしないと。
急いで身支度を整え、日向家の外の修行場に向かうと既にネジ兄さんが佇んで居た。……何だろう、その後ろ姿がとても儚く見える。まるで今にも、ふと消えてしまいそうなほどに。
思わず私は手を伸ばした。その姿を消してしまわないように、自分の手の中に留めようと。
……私の手が届く前に、ネジ兄さんは振り向いた。その端正で精悍な顔立ちは大体いつも無表情だけれど、稀に見せてくれるようになった優しい微笑が、私にはたまらなく嬉しかった。
「お早うございます、ヒナタ様。……顔色が優れないようですが、今日の修行はやめておきましょうか」
「いえ、大丈夫です……。お願いします」
ネジ兄さんは上忍として忙しい中、私の修行に付き合ってくれているんだもの、ちゃんとしないと。
──けれど、修行に身が入らない。夢の中の事を引きずったって、しょうがないのに。
『あんたじゃ、おれは救えない』
夢での幼子の低い声が、頭の中に木霊する。
「……ヒナタ様、ここまでにしておきましょう。無理をするのは良くない」
ネジ兄さんが落ち着いた声音でそう言って、すぐに今日の修行は終わりになった。
……また、気を遣わせてしまった。私の悪い癖だ。
私はこれまで、ネジ兄さんに何をしてこれたんだろう。何かをしてあげてこられたんだろうか。
迷惑ばかり、掛けている気がする。助けられてばかりいると思う。
でもネジ兄さんには、はっきりと“助けて”とは言えない。ネジ兄さんには寧ろ私が助けてと思う前に助けてもらっていると思う。
助けて、なんて……私が言うのは烏滸がましい。宗家として助けてもらうことは決して当然の事じゃない。仲間としてならまだしも、“宗家だから”なんて……
私の付き人ともいえるコウさんだってそう。私が宗家だから何かと身の回りの世話をしてくれて守ってくれる。……けどそれが当然の事とは私は思いたくない。
和解後のネジ兄さんも、結局は私を宗家としてしか見てくれてないんだろうか。宗家だから何かと気にかけてくれるし、修行にもいつも快く応じてくれるんだろうか。
それに和解といっても、実際はネジ兄さんと当主の父が和解したのであって私はそれに便乗する形になったにすぎない。確かにネジ兄さんは以前より柔和に接してくれるようになったけれど、いくら和解したといっても、手放しで信頼してくれるわけでもないと思う。
ネジ兄さんは、そう簡単に助けを求めるような人じゃない。まして、私になんて───
ネジ兄さんが宗家を憎んでいた時期、私に憎しみだけを向けてきたわけじゃない。寧ろ多少なりと気遣ってくれていたようにも感じる。
そうでなければ、中忍試験試合の予選で何度も棄権を勧めたりしないだろうし、私が忍に向いていない事を優しすぎるとは表現しないだろうし、何よりもあの時私が余計な意地を張って余計な事を言わなければ、上忍の先生方が数名止めに掛かるほどネジ兄さんを怒らせてしまう事もなかったはずなのに。
「ネジ兄さん、その……、助けが必要な時は、いつでも言って下さいね。私じゃ、頼りにならないかもしれないけど……なるべく、助けられるように頑張りますから」
思い切ってそう言ってみたけれど、ネジ兄さんはいつものように特に表情を変えない。
「……宗家のあなたがそれを言うべきではないのでは」
「宗家や分家は関係ないです。私は、ネジ兄さんの助けになりたくて……」
「その気持ちだけで、十分です。今は特に、助けは必要ありませんから」
ネジ兄さんは、少し困ったように微笑んだ。
そう……やっぱり私じゃ、助けにならないんだ。あの時は不可抗力だったとしても、自分の父の死のきっかけを作ってしまった私の助けなんて求めるはずは──
また、夢を見た。
今度は、誰もネジ兄さんを知らない夢。
まるで、最初から存在していなかったかのように。
私だけは知っている、覚えているはずなのに、本当のネジ兄さんを忘れたみんなと同じように私まで、忘れてしまいそうな感覚に陥る。
嫌……いやだ、わすれたくない。
助けて……、たすけて、ねじにいさん───
『ほら、あんたはそうやって助けを求めるばかりで、おれを決して救えはしないんだ』
また、あの子の声だ。幼い頃の、あの人の───
私の勝手な、夢の中での解釈だ。ネジ兄さんが本当にそう思ってるわけじゃない、はず。
どうして、こんな夢ばかり見るんだろう。
私は、ネジ兄さんをどうしたいの。
どうして、ほしいの。
「ネジ兄さん……、居なくなったり、しませんよね」
長期任務に赴く兄さんの片手を離したくなくて、ぎゅっと掴んだ。その手は、思った以上にひんやりとしている気がした。
「居なくなりませんよ。……俺は、そう簡単には死ねないので」
私を安心させるように、微笑を向けてくれるネジ兄さん。
「……手を、離してくれませんか。俺はもう行かないと」
静かな口調でそう言われて、私が掴んでいた手の力を段々と弱めると、ネジ兄さんのすらりとした長い手がするりと私の手を離れてゆくのを感じ、互いの中指の先端が離れる瞬間まで名残を惜しんだ。
──いつも傍に居られるわけじゃない、離れている時に何かあったら助けられないかもしれない。
もし、傍に居ても助けられないような状況に陥ったら。
私はどうするんだろう。
どうすべきなんだろう。
自分の命の代わりに、助けられるとしたら。
……ネジ兄さん、私は。
《終》
ページ上へ戻る