魔術師ルー&ヴィー
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第二章
ⅩⅠ
「クラウェンに火の手が!?」
ルーファスらがクラウェンに入る少し前、王都ゾンネンクラールにクラウェン大火の報が入っていた。
「ユーディス。して、民の救出はどうなっておる?」
「は。既に王宮魔術師らがクラウェンに入っており、救出活動は行われております。」
ここはゾンネンクラール王城謁見の間であり、この報告の遣り取りをリュヴェシュタンからの使者…イェンゲンら三人の魔術師らも傍らで聞いていた。
三人はコアイギスの指示でゾンネンクラールに魔術で移転する予定であったが、思った以上にゾンネンクラール側が難色を示し、交渉の末に移転魔術で入れたのは二日前であった。
コアイギスとマルクアーンの考えでは、ゾンネンクラールの王都からも魔術師を率いてクラウェンに向かう予定であったが、クラウェンが火に包まれてから動かしたのでは全く意味を成さない。
「ご苦労であった。下がるがよい。」
王はそう言って魔術師長ユーディスを下がらせ、リュヴェシュタンから来ていた三人の魔術師へと視線を変えた。
「済まなかった。そちらはこの国の為に難を回避しようと申し出てくれたのだと言うに、我らはそれを信用せなんだ。心から謝罪する。」
「いえ…あの時は未だ何が起こるのか分からぬ状況でありました。それに、これは恐らく…まだ終わらぬものと心得て頂きたい。」
イェンゲンがそう言うや、王は眉間に皺を寄せて返した。
「…これは始まりに過ぎぬと?」
「陛下。我が国のコアイギス師と大賢者マルクアーン殿は共に、ゲシェンクでのグール復活も妖魔出現も、大災害の…いや、戦の下準備の様なものと考えております。」
「戦…だと?よもやまた、あの様な…。もし再びそうなれば、次こそ大陸は人間諸共滅びてしまう!」
「その通りであります。故に、お二方はそれを止めようと動いております。私達もその一角を担い、こちらへと参っているのです。」
王は深い溜め息を洩らした…。
現王イマヌエルⅣ世は、先の大戦時には未だ十歳に満たなかった。だが、その恐ろしさを肌で体験している。
いや…この大陸の全ての王は、先の大戦の恐ろしさと醜さを知っている。故に誰一人、その発端の一つであるゾンネンクラール旧皇家については語らず、歴史の闇に封じ、互いにあの様な戦を起こさぬよう戒めを作ったのであった。
それは今日までも❝協定❞として生きている。
決して妖魔の力は利用しない一これは死守されるべき盟約なのだ。
その力は人の身に余る。どれだけ力ある魔術師でも神聖術者でも抑え切れるものではないのだ。
それはクラウス然り、五人組然り…であったのだから。
王は玉座で当時を振り返り、イェンゲンを見据えて言った。
「身勝手と思われるだろうが、我らに力を貸してもらいたい。この国の民を救うため、この大陸に新たな戦を起こさぬため。」
「陛下。是非もなく、私達はそのために今、ここにいるのですから。」
そしてイェンゲンら三人の魔術師は、イマヌエルⅣ世へと礼を取ったのであった。
さて、その後王宮魔術師らと共に三人はクラウェンにある大聖堂へと移転の魔術で移動する予定でいたが、大聖堂の陣が起動しないことが分かった。
そこでイェンゲンは、恐らくクラウェンへと入っているであろうルーファスに魔術で会話を試みた。
会話は成功しはしたが、かなり雑音が酷い。何かと交戦しているようであった。
ー ここは戦場も同じだ!どうしても来てぇってんだったら陣を描く。どうする。 ー
ルーファスの返答をイェンゲンはそのまま全員に伝えると、皆一様に「直ぐにでも!」と返した。それをルーファスに伝えると、彼は既にクラウェン中央から少し離れた一画に陣を描いて待っていると言った。皆が来る…と言うのは想定済みだったようである。
それを聞くや、イェンゲンは「頼む。」と言って会話を切り、「では向かおう。」と言って魔術を行使し、リュヴェシュタンの魔術師二名を含む二十七名の魔術師らと共にその場より姿を消したのであった。
一方のクラウェンでは、低級の妖魔だけでなく中級の妖魔までが出現しており、ルーファスが陣を描いた場を死守すべく、ウイツとヴィルベルトがマルクアーンの支持に従って結界を張り巡らせていた。
そこへイェンゲンと魔術師らが姿を現し、彼らはその惨状に目を見開いた。
通常、防御結界は四方を軸として張る四方結界がスタンダードだが、ここでは六方の巨大な結界が行使されていたのである。
これだけの結界を張るには四方なら四人、六方なら六人の魔術師が必要…なのであるが、ルーファスらはただの石に簡易陣を付加し、そこへ魔力を封じて魔術師の代わりにしていたのである。その遣り方も、マルクアーンの叡智あってのものである。
結界内は浄化されており、無論、中級の妖魔とて易々と入れはしなかった。これはルーファスの魔術のお陰である。
その結界は街の一画を丸々覆うように張られ、多くの民がその中で守られていた。
しかし、一歩結界の外へと出れば、瞬く間に妖魔の餌食となってしまう有り様である。
「ルーファス!どうしてこんなにも妖魔が!?」
「知らねぇよ!ただな、大聖堂辺りから群がって来てることだけは確かだ。」
イェンゲンへとそう返したルーファスは、結界外に屯する妖魔に向けて魔術を行使した。
「光りよ、ここに集いで我が暗雲を晴らせ!」
そう詠唱するや、ルーファスの頭上に弾けるように光りが現れた刹那、それは丸で矢のように妖魔の中へと飛んでゆく…。すると、妖魔はその身を維持することが出来ずに、次々に灰燼に帰して行く。
だが、その背後からも続々と押し寄せており、先へ進むことも後退することも儘ならない。
「お前たち、リュヴェシュタンの魔術の力を見せてやれ!」
イェンゲンは共だって来た二人の魔術師にそう言うと、自らも詠唱して魔術を行使した。
それはルーファスと同じ光りの魔術であるが、彼のように二言三言であれだけの力は引き出せない。
イェンゲンらは八節の詠唱で力を行使し、目の前の妖魔共を薙ぎ払った。
それを見たゾンネンクラールの魔術師らも、ここは負けじと詠唱を始め、四方八方の妖魔共を撃退してゆく。
「イェンゲン、続けてくれ。結界はウイツとヴィルベルトがいれば維持出来るから、俺は大聖堂へ向かう。」
「分かった。」
イェンゲンがそう返した後、ルーファスは魔術でウイツとヴィルベルトにそのことを伝え、二人の承認を得て魔術を行使する。近場にあった石を拾い上げ、それに陣を描いたかと思うと、直に魔力を注いで封じた。その上にもう一つの力を施し、ルーファスはそれを中心を支える代わりとした。
それらが完全に起動するのを見届けるや、ルーファスは一先ずマルクアーンが民らと共にいる館へと向かった。
「シヴィル。これから大聖堂へ向かうが、あれはどう言う建物なんだ?」
「あれか…あれは古いものでな、恐らくは二百年程経ているじゃろう。故に、地下に礼拝堂がもう一つある筈だ。今はどこから入るか知らんが、わしが見た限りでは堂内左側のどこかの壁に入り口がある筈。」
「で、何を探せばいいんだ?」
ルーファスがそう問うと、マルクアーンは右手を顎へと添えて暫し考えた。
「これだけの妖魔をひっきりなしに出現させられるんじゃ…それなりに力のある呪物が必要な筈…。」
「呪物…だと?」
ルーファスは眉を顰めた。呪物は魔道具とは違い、悪魔と直接力の遣り取りをする禁呪なのだ。謂わば呪術であり、魔術とは異なる系統の術なのである。
「そうだ。それが何かまでは分からん。呪物といっても様々じゃからな。だが、一番最悪なのは…人間の屍を呪物としたものだ。あれはそのものが大妖魔になりかねんからな…。」
「おい…そんなこと有り得んのか?」
「ああ…大妖魔の一つが、正にそれじゃからのぅ。このゾンネンクラールに封のあるあれじゃよ…。」
「第三位…ブリュート・シュピーゲル…。」
ルーファスは背に悪寒が走るのを覚えた…。
それはまるで鏡のように相手の形を写し取って混乱を招き、最後にはその人々の首を刎ねて殺す…噴き出した鮮血で紅く染まると大きな姿見になると言う。
「考えている間はない。行け。」
マルクアーンにそう言われ、ルーファスはその場を後にした。
駆け抜けながら端から妖魔を撃退しつつ、ルーファスは大聖堂へと向かう。
その道すがら見たものは、正しく先の戦の再来と言える悲惨なものであった。ゲシェンクでグールが破壊し尽くし、人々を食い散らかしたあの街並み…それよりも尚、酷い有り様と言えた。人々が玩具のように弄ばれ、壊されている光景は、宛ら地獄そのもののようであった。
その中には、魔術師も神聖術者の姿も見て取れたが、皆屍と成り果て…その屍をも凌辱されている有り様に、ルーファスは愕然とするしかなかった。
対妖魔…先の戦以来、実戦を知る者は少なくなり、直ぐ様対応出来る術者も限られる…。
「…っくしょう!」
ルーファスは奥歯を噛み締め、早くこの災禍を消し去るために走った。
妖魔を葬りながら暫く走ると、その大聖堂は姿を現した。
ルーファスは一度光りの魔術を発動させて妖魔を散らすと、その大聖堂へと入った。以前は水の神を奉ずる美しい聖堂だったようで、そこかしこに聖人の彫刻が配され、蔦を模したレリーフが施されている。
だが、そんな大聖堂も今は、妖魔の巣窟と成り果てており、内部の華麗な彫刻も無惨に破壊し尽くされていた。
ルーファスは直に大元になっている核を探し始めたのだが…如何せん、湧き出し続ける妖魔に手を焼き、流石の彼も身動きが儘ならない…。
そこで、ルーファスはあることを思い付いた。
「彼の地と此の地を繋ぎ、彼の者を此処へ!」
ルーファスがそう言うや…そこにルーファスにしてやられた悪魔アルモスが現れた。
「ちょっ!今まで無視してたくせして、普通ここで呼ぶか!?」
召喚されたアルモスは、いきなり呼び出されたことに腹を立てているようである。
「もう少しで飯時だってのに!」
「お前…食わなくてもいいだろ?」
「いや、なんだ…人の作るものは旨いものだな…。」
「で?」
「何と言うか…はい、何のご用でしょうか?」
ルーファスが般若の形相で睨むため、アルモスは俯いた。
相変わらず妖魔は襲ってくるものの、大妖魔でなくばルーファスからすれば大したことではない。ただ、数が多いのが困りものであり、そこでアルモスに核になっているものを見付け出させようと召喚したのだ。
悪魔は妖魔より格上であるため、大妖魔とて悪魔には傷一つ付けられない。力の差は歴然としているのである。
「核…ですか?それでしたら…。」
ルーファスに核の在り処を聞かれたアルモスは、恐る恐る天井を指さした。
「天井…?地下でなくてか?」
「はい。地下は現在埋め立てられているようですが、天井は逆に空間が設けられています。そこに陣と贄があり、妖魔を呼び出しています。」
アルモスはしおらしくそう言うと、小声で「早く帰りたい…。」とぼやいた。
「ん?今、何て言ったのかな?アルモス君?」
「いえ、何も!」
アルモスは直立し、ルーファスへと顔を上げて言った。主従の契約を強制する術が掛けられている以上、アルモスはいつ消されるか分からないのだ…。
「さて、それじゃ…」
硬直するアルモスを余所に、ルーファスがそう呟いたかと思うと…。
「我が主…まさか…!」
アルモスの顔は硬直を通り越して引き攣り、そして一目散に外へと走り出した。
「打ち砕け!」
ルーファスのたった一言…その詠唱で大聖堂の天井が砕け、瓦礫となって降り注いだのであった。
「あんた!妖魔よりおっかねぇよっ!」
アルモスはルーファスに叫ぶ。いくら悪魔でも、具現化した体を潰されればそのまま滅びかねない…。
「ま、これで妖魔はもう湧かねぇだろ?」
ケロッとそう言うルーファスに、アルモスはこの先の事を考えてへたり込んだ。
ー 俺…死ぬ…。 ー
元来、悪魔に死の概念は無いが、アルモスは"死"と言うものが恐ろしくなった。
元仲間…と言っても知らん妖魔らだが、そんな同胞が瓦礫の下敷きになって朽ち果てる様に、アルモスは恐れ慄いたのだ。
そして、それを何とも思わぬルーファスは…正に魔王のように見えた。
「てめぇ…今、失礼なこと考えただろう?」
「いえいえ、そんな…滅相もありません。」
ルーファスのキラリと光る目に、アルモスは再び体を硬直させて返した。そんなアルモスに満足し、ルーファスは呪物とされたものを探し始めた。
「ほら、お前も探せ!」
「えっと…何を?」
「核になってたもんだっつぅの!」
そう怒鳴りつつ、ルーファスはあちこち瓦礫をひっくり返していると、アルモスはスタスタとある場所へと向かい、そこにあった一際大きな瓦礫をものともせず退けて言った。
「主殿、これです。」
そうして持ち上げて見せたものは…女性と思しきミイラであった。
「そりゃ…人のミイラか?」
「はい。恐らく、死んで半世紀程ではないかと。ここに名が…。」
そう言ってアルモスはミイラが着けていたであろう帽子をルーファスへと見せ、端に刺繍された名前を指差すや…ルーファスは一気に体を強張らせたのであった。
「私は何かしましたかっ!?」
ルーファスの反応に驚いて、アルモスは心配になってそう問ったが、ルーファスは「いや、違う。」と返したので、アルモスはホッと胸を撫で下ろした。
「では…どうされたのですか?」
「ああ、この名だが…大賢者の姉の名だ…。」
そこに刺繍されていたのは、〈M.マルクアーン〉。間違いなく…このミイラはシヴィッラの姉、マリアーネ・マルクアーンである。
だが何故…マリアーネの亡骸が呪物として使われたのか?
ルーファスはこれまで見聞きした事を考え合わせてみたが、その理由を導き出せなかった。
「主殿、何を考えておいでで?」
恐る恐るアルモスがそう聞くと、ルーファスはふと思い付いたように返した。
「アルモス。お前、このミイラが呪物になった経緯を辿れるか?」
「はぁ…出来ますが…。」
「やれ。」
「…はい。」
アルモスは何だかよく解らないと言った面持ちでミイラの額に手を乗せると、このミイラがこの大聖堂の天井へ納められる迄の全てを見た。それをそのままルーファスへと伝えると、ルーファスの表情は見る間に憤怒の形相へと変わり、アルモスはそれに慄いて後退りした。
「アリア…!!」
ここへ来て、ようやくアリアが何者で、どうしてここまで災禍を振り撒いたのか…その理由が分かったのである。
彼女アリシア・エカテリーナ・フォン・ゾンネンクラールは、旧皇家第四皇子の末裔であった。
この第四皇子ネヴィリムは、表立って何かを成した記録はないが、先の戦での後、和平交渉のために奔走した一人であった。
第三皇子シュテットフェルトとの仲が険悪な事で知られていたが、その理由の一番に挙げられるのがマリアーネのことなのである。
そう…ネヴィリムもマリアーネを愛していたのだ。それ故、ネヴィリムは死したマリアーネを…犯した。それが呪物の根源たる由来となった。
何故シュテットフェルトが❛新たに❜マリアーネを復活させようとしたのか…恐らくはネヴィリムの行いを知ってしまったからだと推察出来た。
どういう経緯でかは分からないが、アリシアはこの事実を知り、皇家を追いやったのはマルクアーン家…マリアーネとシヴィッラだと考えたのである。
その怒りは凄まじいもので、その力は呪物となりかけていたマリアーネの亡骸を完全な呪物とし、グールの封を解いて復活させ、この大陸全土に罠を仕掛け、大賢者さえ欺いた…。
そして…その年齢さえも欺き続けた…。
「しかし、よくやりますよねぇ…。もう六十も過ぎてるのに…。」
「アルモス…今、何て言った?」
アルモスの何気ない言葉に、ルーファスはギョッとして聞き返した。アルモスはアルモスでなぜ聞き返したのか分からず、不思議そうに言い直した。
「いや、そのアリシアって方、もう六十過ぎた婆さんだって…。」
「待て待て…俺が会ったアリアは、どう見ても二十代半ばだったが…。」
「呪物の力ですよ。まぁ…外見だけですけどねぇ…。」
「とすると…もしかして、アリアは第四皇子ネヴィリムの娘なのか?」
「あれ?言ってませんでしたか?彼女はネヴィリム皇子が十二歳の時に生まれた子です。」
「はいぃ!?」
流石のルーファスもそれには仰天した。
「いやまぁ…お年頃?」
「いやいやいや…そんじゃ母親は?」
「実の母ですが?」
「……。」
もう唖然とする他ない…。
これはマルクアーン家だけでなく…ともすれば旧皇家にさえ復讐するつもりなのかも知れないと考えたルーファスは、直ぐ様この街に来ている全ての魔術師らに力を行使し、彼が知り得た全てを伝えた。
一刻の猶予もない。アリシアは自分の出自を知ってしまった時…それを呪ったであろう。不義どころの話ではないのだ…。
不義を犯した者が自滅するのは自業自得である。だが、子には何の罪がある?
しかし、アリシアは生まれた事自体を呪った。いや…呪わずにはいられなかったであろう。
旧皇家が本当に隠したかったことは…この事だったのかも知れない。
戦の前でも近親婚は禁忌であり、今もそれは変わらない。それも親が子を床に誘うなどあってはならなず、剰え子を産み落とすなど…。
自分達の欲でどれ程子が傷付くか考えられなかったのかと、ルーファスは心から憤った。いや、彼だけではない。それを知った全ての魔術師らも、マルクアーンでさえ声を荒げたと言う。
本来なら…アリシアは幸せに暮らせる場を与えられるべきであったのだ。罪を負わず、それを知らぬまま、ただ一人の女性として生きれる様にすることが親の務めだった筈である。それを隠蔽し、手元で監視するように…まるで腫れ物のように…城の中、他者に育てさせた報いが、この惨劇へと繋がったのだ。
彼女…アリシアは、全てを知った時のまま、そこで時が止まったままなのかも知れない。それはある種、マルクアーンと同じ“呪い"なのかも知れないが…それはあまりにも悲し過ぎた。
「ヴィー!」
「はい!」
ルーファスはヴィルベルトを呼び、二人で大規模な探査魔術を行使した。内容を❝時間から離された者❞と限定し、この大陸全土を探査すると、そこに二つの影を見る。
一つはマルクアーン、そしてもう一つが…。
「…って、師匠。ここって…。」
「ああ…ミルダーンだ。」
探査の結果、アリシアは隣国のフルフトバールを抜け、その向こうのミルダーンへと達していた。
「恐らく…アリアは俺達がここへ来ることを想定していたんだ。その上で罠を仕掛け、足止めにしたって訳だ。復讐しつつ足止めも出来る…何て狡猾な女だ…!」
ルーファスは苛立った。そんな彼の前に、マルクアーンの姿を見せる。
「あちらも粗方片付いた。が…お前達はこれからのようだな。」
「ああ。俺とヴィーは、これからミルダーンへ向かう。念の為、コアイギス師に連絡し、各国に罠を張ってもらうがな。」
「罠には罠…か。あやつならアリシアより先を見通せよう。」
マルクアーンはそう言うと、何も言わずに立ち去った。この街をこのままにしておく訳にも行かず、彼らに後を託すことにしたのだ。魔術の力のない自分は足手まといになると考えてのことであった。
そして何より…姉、マリアーネの亡骸を浄め、再び埋葬し直さねばならなかった。
だが、その向こうから走って来る者がある。
「ルー!まさか置いてくつもりじゃないだろうな!」
怒りながら走って来たのはウイツであった。そしてルーファスらの後ろからもう一人話し掛ける声があった…。
「主殿!あっちへ返すつもりじゃありませんよね!?」
それは後ろに控えていたアルモスであった。
「アルモス…お前、ゲシェンクで飯食いたいんじゃねぇんかよ…。」
「主殿、私はもっと多くの料理とやらを食したい!」
目の前のアルモスは、仮染の姿とは言え美少年…それがまるで…。
「まぁ…いいか…。」
諦めたようにそう言うルーファス。悪魔なのだから、欲に忠実で当たり前なのだ。
そこへマルクアーンと入れ替わるようにウイツが入ってきた。彼も鍛えてるだけにそれ程息も上がっておらず、ルーファスの前に来て少し怒った様に再度言った。
「置いてくつもりじゃないだろ?」
「ウイツ、この先はもっと過酷になる。良いんだな?」
「分かっているからこそ、こうして来たんだ。着いてくるなとは言わせないぞ?」
腕を組んで顰めっ面で言うウイツに、ルーファスは少しばかり少年時代のことを思い出す。ウイツもまた、こうと言い出した聞かないのだ…。
「そんじゃ行くか。ミルダーンへ。」
そう言うと、四人はそのまま連れ立ってミルダーンへと向かう。
アリシアは一体、何を望んでいるのだろうか…。そして、最終的にどうなりたいのか…。
「師匠。アリシアさん、この国…と言うより、この世界を憎んでいるんでしょうか?」
「さぁな…。ただ、自分の有り様を認められなかっただけかも知れねぇな…。」
「有り様…ですか?」
「人はどう生まれようと、己の道を切り開く事が出来る。だが、アリア…アリシアにはそれを為す術がなかったんだろう…。」
「........。」
ヴィルベルトは考える。生まれてこなければ良かった…そんな人生を押し付けられたら…と。
「ヴィー、泣いてるのか?」
「泣いてません!ただ…可哀想としか思えなくて。こんなことしたって変わるものじゃないし、何でアリシアさんが悪いことをしなくちゃならなかったのかと考えると…」
「引っ張られんな。今のアリシアは常軌を逸している。これを選択したのも…アリシアだ。」
「けど…これを選ぶしかなかったんじゃ…」
「いや、こんな事する必要はなかった筈だ。あの"ブリュート・シュピーゲル"で証明も出来た筈だからな。」
その言葉に、ヴィルベルトは驚いて師の横顔を見た。
「師匠…妖魔で証明って…。」
「あの妖魔の元になったのは…元皇帝妃だからだ。」
「…!」
それは衝撃の事実と言えた。
先の戦の悍ましさは十分知っていたつもりだった。だが、ヴィルベルトはそれが表面上のものでしかないことを再び認識し…それ以上の悍ましさがあることに愕然とした。
「ヴィー、気にすんな。今あるこれは、過去の亡霊の様なもんだ。今更何一つ変わらねぇ。だから…止める。」
「はい。」
ヴィルベルトは、そう呟くように返事をした。
隣で聞いていたアルモスも口を閉ざしている。マリアーナの亡骸に触れた時、彼は全てを見た筈だが…悪魔であるアルモスでさえ、これを全て言葉にすることを憚った。
前で魔道車を操作していたウイツも…また然りであった。
ただ…止めるだけだ。今はそれしか出来はしない。
四人はただただ…ミルダーンへと急ぐ…。
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