英雄伝説~西風の絶剣~
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第61話 剣を持つ覚悟
side:フィー
おはよう、フィーだよ。わたし達は翌日の朝5時くらいに起きて現在ツァイスを目指して街道を歩いているの。
「キリカさんにはお礼を言っておかないといけないな、彼女が事前に連絡をしてくれていたから早く手続きが終わったよ」
「そうだね。前もエステル達のサポートを迅速に行っていたし、こういう時にキリカは頼りになるよね」
キリカが事前に関所に連絡をしていてくれたので直ぐに抜けることが出来た。あと少しでツァイスに到着だね。
「しかしラッセルとかいう爺さんには悪いことをしちまったな。こんな朝早くからこっちの事情に突き合わせることになっちまって申し訳がないぜ」
「ええ、こちらの要望を聞いてくださったラッセル殿には深く感謝をしないといけませんね」
団長とラウラは自分たちの為に行動してくれているラッセルに感謝の気持ちを話していた。何でこんなに朝早くから向かっているのかというと、リィンの中にある謎の力が他の人に見られないように人の少ない朝にラッセルに調べてもらおうと思ったからだよ。
流石にこの時間では飛行艇は出ていないから歩いてツァイスに向かっているという訳なの。
そうこうしている内にツァイスに到着したよ。ここに来たのは少し前だったっけ、エルモ村の温泉が気持ちよかったのは覚えている。
「確かリィンとフィーはエルモ村の温泉に入ったんだっけ?俺も入ってみたかったぜ」
「ん、すっごく気持ちよかったよ」
「帝国にもユミルという温泉郷があると聞きます。そこならルトガー殿達も行きやすいのではないでしょうか?」
「ユミルか、確かユン老師も気に入っている場所だと聞いたことがあるな」
「ユンお爺ちゃんが?なんか興味が出てきたかも」
団長が温泉に入ってみたかったと言うとラウラが帝国のユミルという場所を教えてくれた。へぇ、帝国にも温泉が楽しめるところがあるんだね。しかもユンお爺ちゃんも好んでいる場所みたい、いつか皆と行ってみたいな。
「まあ今回はリィンの力について調べる為に来たから温泉はお預けだな。確か中央工房にいるんだっけか?その爺さんは?」
「うん、場所はあそこだね」
以前訪れたことのあるわたしとリィンは二人を案内して中央工房に向かった。そこの入り口でラッセルがわたし達を待っていてくれたのか、一人で立っていた。
「おう、来おったか」
「ラッセル博士、忙しい所を無理させてしまい申し訳ありません」
「なに、構わんよ。お前さん達にはティータが世話になったし何より未知の力には大いに興味があるわい。早速実験を始めようかのう」
ラッセルは意気揚々にそういって工房の中に入っていった、それに対してリィンは不安げな表情だ。
「俺、変な事をされないかな……」
「まあこれも必要な事だ。諦めて切り替えていけ」
「骨は拾うよ、リィン」
ゲンナリとするリィンに、団長がシュミット博士と会っているときにする面倒くさそうな表情で諦めろと話す。多分二人が何処か似た感じがするのを感じ取ったんだね。
――――――――――
―――――――
―――
「あの……これは一体どういう事ですか?」
わたし達は中央工房の地下にある実験室に来ていた。ここは新型の武器などのテストをする所らしく結構な広さがある、そこの一角に鎖で雁字搦めにされたリィンがジト目でラッセルを見ていた。
「お前さんが危険だと言うから態々レイストン要塞から取り寄せた特注の鎖じゃよ。それなら安全じゃろう?」
「いやまあ、確かにそうは言いましたけど……」
「仮にそれが壊れても俺がいるんだ、安心しておけ」
「ちっとも安心できないです……」
リィンのあの力はかなり強力なものだった、もしかしたらあの鎖も壊してしまうかもしれない。
まあ団長がいるから大事には至らないと思うけどね、でもリィンからすれば団長に止められる方が怖いのかな?
「ラッセル殿、それでどうやってリィンの力を調べるのですか?」
「うむ、リィンの戦術オーブメントにワシが改良した『情報』のクオーツがセットしてある。本来は魔獣の情報を解析する効果があるんじゃが、改良したことによって装備した人間の情報を解析することができるんじゃ。これからリィンにその力を実際に使ってもらって情報を集めるという訳じゃ」
「えっ、でもリィンってあの力を自発的に使えるの?」
ラウラがラッセルにどうやって実験をするか聞くと、実際にリィンにあの力を使ってもらって情報を集めるらしい。
でも確かリィンのあの力は強い怒りなどで勝手に出てくるみたいだから自分自身の意思では使えないって言ってたよ。どうするんだろう?
「大丈夫だ、フィー。何となくだけどあの力の使い方が分かってきたんだ」
「力の使い方を?」
「ああ、皮肉なことに何度か暴走したことで力を出せる限界というものが分かったんだ。前のロランス少尉との戦いでようやくコツが掴めた、今なら自分の意志であの力を出せるかもしれない」
リィンはそう言うと深く呼吸をして目を閉じた、すると彼の身体から赤黒いオーラが出始める。あれはあの時の……リィンは本当に自分の意志で使えるようになったんだ。
「……ぐっ」
「リィン!?」
苦しそうな表情を浮かべたリィンにわたしは思わず駆け寄ろうとした、でも団長に右手を掴まれて止められてしまう。
「大丈夫か、リィン?」
「団長……俺はこれから敢えて暴走するくらいの出力であの力を出します。もし万が一この鎖が切れてしまったら……その時はお願いしますね……」
「……ああ、任せておけ」
情報を多く得る為にリィンは敢えて暴走させる勢いであの力を使うつもりだ。リィン……どうか無事でいて……
「……おおおおおォッ!!」
そして赤黒いオーラがリィンを完全に包み込んだ。髪はわたしのように白髪になり目は血のように真っ赤になる、その姿にラウラや団長も驚いた表情を浮かべた。
「……あれがリィンの中にあった秘められた力か。戦場の叫び(ウォークライ)に似ているな」
「凄まじい闘気だ、これ程までとは……!」
団長は自分たちが使う『戦場の叫び』とリィンの状態が似ていると話す。わたしも思ったが確かに発動の仕方も似ている。さっきも叫んで発動出せていたしもしかしたらあれは戦場の叫びの亜種ってやつなのかな?
「これは予想以上じゃな、オーブメントが持てばいいが……」
ラッセルが想定していた以上にリィンの力は凄かったみたいだ、今も何かの測定器が凄い勢いで針を動かしている。
「よし、もう少しで情報収集が完了するぞ……ん?」
その時だった、リィンを拘束していた鎖にヒビが入った。
「おいおい、マジかよ……」
「うむむ、ライノサイダーが暴れてもビクともしない強度をしておるんじゃがな。これは予想外じゃった」
ヒビはどんどん大きくなっていき、等々砕け散ってしまった。
「グッ……ウウッ……!」
「リィン!」
「フィー、お前は下がっていろ。今のリィンは危険だ」
リィンの元に駆け寄ろうとしたが団長に再度止められてしまう。
「フィー達は下がっていろ、ここは俺がやる」
「ルトガー、武器は使わんのか?」
「そんなもんは必要ねぇ、じいさんも離れていな」
ラッセルの問いに手を振って答えた団長、ゆっくりとリィンに近づくと拳を構えた。
「これがリィンの中に秘められていた力か……荒々しいな、まるで暴力が形になったみたいだ」
「ガァァァァ……!」
「おっ、一丁前に威嚇してきやがるか。でもまだヌルイなぁ……威嚇っていうのはこうやるんだぜ」
団長を威嚇するリィン、でもその殺気を涼しげな顔で受け止めた団長は返すように殺気を放った。
(ん……相変わらず団長の殺気はリアルだね、殺気を向けられていないはずのわたし達まで恐怖を感じた)
ラッセルはあくまでも技術者だから分からないようだが、実戦を体験してきたわたしには感じた。心臓を抉られたような恐怖がわたしを襲ってきたんだ。
隣にいるラウラもそれを感じ取ったのか顔を青くしながらも二人の様子をうかがっていた。
「……!」
リィンも団長をヤバいと判断したのか臨戦態勢に入った。それに対して団長はあくまでも自然体で拳を構えていた。
「ん?どっちも動かなくなったぞ?」
「出方を伺っていますね、ルトガーさんは兎も角リィンは彼の隙を探っています」
ラッセルは二人が動かないことに疑問を持ったが、ラウラの言う通りリィンは攻めあぐねているんだろう。迂闊に近寄れば殺される……だから近づけないんだ。
余裕の表情でリィンを見る団長、それに対して鋭い視線を向けるリィン……硬直している二人の間には重い空気が流れていた。
(この勝負、一体どうなるんだろう……リィン……)
ぐきゅるる……
「……」
「……」
「……」
「なんじゃ、フィー。お腹が鳴っとるぞ」
な、なんでこんな時にお腹がなっちゃうのかな……まあ朝早かったからご飯食べてないし少し空腹気味だったけど、今鳴らなくても……
ほら、団長もラウラもリィンすらきょとんとした顔でわたしを見ているじゃん。後ラッセルは空気読んで、滅茶苦茶恥ずかしい。
「ガァァァァッ!!」
団長の視線がわたしに向けられた隙を見逃さなかったリィン、彼は雄たけびを上げながら残像を生み出して団長に突撃していった。
「あれはロランス少尉が使っていた分け身!?」
「いや、唯の残像だね。でも数は凄い多い。見分けるのは困難かも」
分け身と違いアレには実態はない、でも数が多いので見分けるのはとても難しいだろう。でも……
「残像で誤魔化そうとしても、殺気は本体からしか出ない。要するにバレバレなんだよ」
団長は一体のリィンに接近するとその剛腕をリィンの頭に振り下ろした。
ガキンッ!!
おおよそ人の体から出るはずのない音が響いた、するとリィンは白目を向いて頭に大きなたんこぶを作って倒れてしまった。
「フィー、今人から出るはずの無いような音が聞こえたのだが……」
「ん、団長のげんこつは岩も砕いちゃうから」
「そういう問題なのか?そもそもそんなげんこつを喰らったリィンは生きているのか?」
「大丈夫だよ、昔から喰らっているけどリィンは生きてるし」
因みにわたしは喰らったことは一度もないの、喰らいたいとは思わないけど……
「団長、やりすぎじゃない?」
「そうか?リィンが全力で止めろって言っていたからついやり過ぎちまったみたいだな」
「もう……」
ガハハと豪快に笑う団長にわたしは呆れた視線しか送れなかった。
その後リィンを医務室に運んだ。ラッセルはさっき取った情報を『カペル』という導力演算器でデータを取りに向かい、団長は遅めの朝ご飯を買いに街に向かった。
わたしとラウラは医務室でリィンの様子をうかがっている所だよ。
「しかしぐっすりと寝ているな」
「そうだね。さっきまで暴走していた人だなんて思えないくらいに……」
わたしの膝の上で眠るリィンの頭を撫でながらラウラの言葉に同意する。
ちょっとうなされているように見えるのは団長のげんこつを喰らったからだね、リィンのトラウマだから無理はないかな。
「……」
「?どうしたの、ラウラ?そんなにリィンの顔を見つめたりして」
「あっ、いや別に何でもないぞ」
「もしかしてラウラもリィンを膝枕してみたい?」
「ぬうっ!?」
わたしの問いにラウラは珍しく慌てた様子で取り乱した。
「な、何をバカな事を……!」
「そんな食い入るように見ていたら誰でも気が付くよ。あっ、リィンは気が付かないかな?」
「不覚だ……」
「そんな思い悩むことじゃないと思うけど」
ラウラって真面目な分ちょっと素直になりにくい所があるからね、まあ見ていて面白いけど。
「それでしないの?」
「……したい」
「ん、了解」
わたしはそっとリィンの頭を持ち上げて膝から下ろした、そしてベットから立ち上がってラウラを座らせる。
「ゆっくり動いてね」
「う、うむ……」
わたしがリィンの頭を持ち上げてそこにラウラが膝を差し込んだ。そしてラウラの膝の上にリィンをゆっくり下ろすと彼女は嬉しそうにほほ笑んだ。
「おおっ……」
おずおずと眠るリィンの頭をそっと撫でるラウラ、その姿はまるで小さな小動物に初めてに触れる子供のような感じがした。
「嬉しそうだね、ラウラ」
「いや、そんなことは……」
「やっぱり好きな男の子だから?」
「うぬっ!!?」
普段の冷静沈着な彼女を知る人からすれば、とても信じられないようなリアクションでラウラは驚いた。
「な、なぜそれを……?」
「言ったじゃん、ラウラって分かりやすいって」
「うぬぬ……ルトガー殿にも言われたが、私はそんなに分かりやすいのか?」
「うん、割とラウラって分かりやすいよ」
ラウラは行動が素直だからね。出会った頃はちょっと頭が固かったけど、今では直ぐに顔に浮かぶくらい親しくなれたからリィン以外の人には直ぐに分かると思う。
「……すまない、フィー」
「どうして謝るの?」
「親友の想い人を好きになってしまったんだ、謝るのは当然の事だ」
シュンと落ち込んだ表情を見せるラウラ、昨日団長にコッソリ教えてもらったけどラウラはわたしに遠慮しているみたい。
そんな事気にしなくていいのに。
「ラウラってば真面目すぎ。わたしはリィンの事は好きだけど恋人って訳じゃないし、ラウラだって告白してもいいんだよ」
「しかし……」
「じゃあ協力しようよ。二人でリィンのお嫁さんになればいい」
「ふえっ……?」
わたしの提案にラウラは間の抜けた表情を浮かべた。
「ど、どういう事だ……?」
「言葉の通り。団長を見てると多分リィンも無意識にハーレム作りそうだし、早めに協力者を集めておいてリィンの隣をキープしようと思うの」
そう、わたしはラウラをリィンの女の一人にしようと思っていた。だってこのままいけば多分リィンに惚れる女の子は増えるだろうし、それなら一番をキープするためにラウラと一緒に協力して他の女の子をけん制しようってわけ。
マリアナの苦労を見ればあんまりいい気はしないが、マリアナに「キチンと正妻にはなっておきなさい。じゃないと苦労するわよ」と言われたしラウラなら二番目でいいかなって思ったから話を振った。
「いや、でも……」
「もう決まり。だからリィンが起きたらラウラは告白して」
「はあぁぁっ!!?」
大きな声を出しながらラウラは立ち上がった、でもその拍子にリィンの頭がラウラの膝から転げ落ちてベットにポスンと当たった。
「うん……?あれ、ここは……」
その衝撃でリィンは目を覚ましたみたいだね。
「グットタイミングだね。ラウラ、さあどうぞ」
「そんな級に振られても心の準備が……」
「二人っきりの方が良い?じゃあわたしは席を外しておくね」
「お、おい!フィー!?」
わたしはそう言うと止めるラウラを無視してそそくさと医務室を出た。
「さてと……」
そして気づかれないようにエリアルハイドで気配を消してコッソリと中の様子を伺う。
「ラウラ……?ここはいったい……」
「こ、ここは医務室だ!そなたは気を失っていたんだぞ!」
「そうか、団長が止めてくれたんだな……」
「あの時の状況を覚えているのか……?」
「うっすらとだけどな。というかラウラ、何でそんなにテンパっているんだ?様子もおかしいし何かあったのか?」
「何もないぞ!何も!」
「お、応……」
ありゃりゃ、ラウラってばテンパって冷静じゃいられなくなってるね。リィンですら違和感を感じてるもん。
「あうう……」
「本当に大丈夫か?そういえばフィーや団長たちは何処に行ったんだ?ここにはいないのか?」
「ラッセル殿は『情報』のクオーツからデータを取りに向かい、ルトガー殿は朝食を買いに向かわれたぞ。フィーは……まあ少し用事が出来たと席を外している」
「用事?一体どんな?」
「お、女子の秘密だ!いくらそなたが兄でもデリカシーというものがあるだろう!」
「確かにそうだな、悪かったよ」
「うむ、分かればいい……」
……もどかしいなぁ、このままだと話が進行しないじゃん。
「何をやっとるんじゃ?」
「あっ、ラッセル」
そこにラッセルが現れてわたしに声をかけてきた。
エリアルハイドは気配を消せるが姿を隠せるわけじゃないので、こっちが見えないラウラ達ならともかくラッセルには普通にバレる。
「データっだっけ、それが取れたの?」
「うむ、バッチリとな。その結果を教えに来たんじゃがそんな扉の前で何を座ってるんじゃ」
「ちょっとね」
わたしは事の流れをラッセルに説明した。
「ほほう、それは何とも面白い事になっておるな」
「ん、でもラウラが予想以上にヘタレだから話が進まない」
「ならこっちから後押しをしてやろうではないか」
「どうやって?」
「これを使うんじゃ」
ラッセルはそう言うと何かマイクのようなものを取り出した。
「何それ?」
「ワシの発明品の一つでな、このマイクを通して声を出すと声を変えることができるんじゃよ。前に一回マードックにいたずらで使ったらこっぴどく怒られてしまったんじゃ」
「それは当たり前。でも面白そう」
わたしとラッセルはニヤリと悪い笑みを浮かべた。そしてラッセルにマイクを設定してもらってラウラの声にしてわたしは「私はそなたの事が好きだったのだ」と言ってみた。すると……
『私はそなたの事が好きだったのだ』
「なぁ!?」
「えぇ!?」
ラウラの声で言われた突然の告白にリィンは驚き、ラウラはそれ以上に驚いていた。そりゃいきなり喋っていないのに自分の声で告白されたら誰でも驚くよね。
「な、なんだ今の声は……私は何も話していないのに……」
「ラウラ、今のは……」
「い、いやあれは……(もしかすると私は無意識の内に想いを言ってしまったのかもしれない、ならこのまま勢いに任せてしまった方が……)」
ラウラは何が起きたのか分からないって状態だけど、リィンは驚きながらも真剣な表情でラウラに質問する。
リィンからすればいきなり告白されたようなものだからね。
「……さっき言ったとおりだ。私はそなたの事を異性として好意を持っている」
「ラウラ……」
ラウラは流れに乗った方が良いと思ったのか、訂正することなく話し始めた。
「最初は好敵手としてそなたに友愛を持っていたんだ。そなたと共に切磋琢磨して剣の道を進んでいく……始めはそれで良かった」
「ああ、俺もラウラという好敵手が出来て嬉しかったよ。ラウラがいたから負ける悔しさやそれをバネに強くなろうって気持ちを知ることが出来た」
「私もだ。でもその時私は負けても仕方ないと思っていた、次に勝てばいいと……」
「稽古ではな……」
「うむ、戦場で敗北すれば次など無い。実戦と稽古の違いを私は身をもって知ることになった」
「2年前のアレか……」
「そなた達西風の旅団に紛れ戦場をその身で実感したあの日……私はこの世の地獄というものを見たんだ」
ラウラも何回か西風の旅団の作戦に参加したことがあるの。稽古では知ることのない人を斬る事の重さ……そして稽古と実戦の違いを知ってほしい……そうヴィクターが団長に相談したのがきっかけだった。
遠い未来にラウラは光の剣匠の後を継ぎレグラムを統治する立場になる、その時に民を守るために敵の命を奪わなければならない状況が必ず来るだろうってヴィクターは言っていた。
最近は争いも増えてきたし帝国という巨大な力が徐々にゼムリア大陸を飲み込み始めている。実際にリシャール大佐もそれを危惧していたしいつ戦争が起きるか分からない。
ラウラはそこで戦場というものを知った。ルールなど無い命の奪い合い……最初はわたしやリィンがフォローしたから生き残ることが出来たが、初めて人を斬ったラウラは一日中震えが止まらなくなった。
私はラウラは剣の道を手放すんじゃないと思ったが、ラウラはそれでも剣の道を進み続けた。
「私はあの時正直に言って剣を捨てようかと思ったよ。人を斬る重さ……それは言葉では決して言い表せないものだ」
「ああ、一人の人生を文字通り奪ったんだ、俺も最初はラウラと同じように震えが止まらなかったよ」
「そんな私をそなたは優しく抱きしめてくれたんだ。あの時は本当に救われた」
へえ、そんなことをしていたんだ。わたしに内緒でそんなことをしていたなんてなんかズルイ。
「あ、あの時は無我夢中だったんだ、俺もマリアナ姉さんに同じように抱きしめてもらったから……思えばセクハラだって言われてもおかしくないことをしているな、俺」
「そんなことはないさ、そなたの優しさは私を救ってくれた。その時に私は決めたんだ、たとえこの手が血で染まろうとも大切な人や民を守るために躊躇などしない。私なりの正義を持って剣の道を究めていこうと……」
ラウラはリィンの手を取ると、自らの両手で包み込むように握った。
「そなたが人を斬る罪を共に背負ってくれたから、私はこうして戦う事が出来るんだ。その時に私はそなたに恋をしたんだ。親友の後押しがなければこうして想いを告げることはなかった……でも今ならハッキリ言えるよ、私はそなたの事が好きだとな」
「ラウラ……」
リィンはそっとラウラを抱き寄せると抱擁をする、ラウラはリィンの突然の行動に驚いていたが直ぐに受け入れて自身もリィンの背中に両腕を回した。
「ラウラ、ありがとう。君の気持ちはとても嬉しいよ、でも俺は……」
「分かっている。そなたは自分の事で一杯なのだろう?返事はいずれ聞かせてくれればいい」
「ごめんな、本当はこんな事良くないってのは分かっているんだけど……」
「そうだな。でも今はこうして抱きしめてもらえているからそれで十分だ」
リィンの胸の中に頭を埋めながらラウラは告白の返事はまたでいいと言った。
「良かったね、ラウラ……」
ラウラがリィンに気持ちを伝えることが出来て、わたしも嬉しくなってしまった。
「うむうむ、一件落着じゃな」
「ん、そうだね」
わたしとラッセルは空気を読んで二人が離れるまで様子を伺う事にした。その後二人は団長が帰ってくるまでくっ付いていた。
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