『賢者の孫』の二次創作 カート=フォン=リッツバーグの新たなる歩み
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邂逅
前書き
ぶっ飛ばせ常識を~♪
「なんなんだよ、これは……」
魔方陣の中に浮かび上がった粗い影像と途切れ途切れになる音声。
その内容はカートの知識の範疇を超えていた。
たとえば下町の日常生活を見せられても上流階級の彼にはぴんとこないことだろう。それでもこの世界の出来事だとわかる。
たとえば文化も習慣も違う異国の生活を見せられても、なるほど外国とはそういうものと、この世界の出来事だと納得できる。
だが、これは違った。
「オンミョウジ、タイマチョウ……。なんなんだ、いったい……」
操作盤に備わった検索システムで調べても出てこない。
アールスハイド王国公用語以外の言語で会話しているにも関わらず内容がわかるのは翻訳機能が正常に動いている証拠。それにも関わらず使用される単語の意味がわからないのはそれがこの世界のいかなる語彙にふくまれないことを示す。
「まさか、異世界、だと……?」
あまりにも異質な世界の出来事を食い入るように凝視していると影像が乱れた。音声も途切れる。
「ああ! いいところなのにっ」
なんとか元に戻そうと慣れない手つきで操作盤を相手に悪戦苦闘していると、結界が消滅し、魔方陣が輝きだす。
「ンなっ、ま、まさか。来るのか!? こっちに!」
空間に亀裂が生じ、黒い靄のようなものが吹き出す。それとは逆にカートの体が亀裂に引き寄せられる。
「ンなっ、ま、まさか。行くのか!? そっちに!」
生身で異空間に放り出される恐怖におののき、うろたえる。
「うわあああアアアアッ!」
恥も外聞もなく叫び声をあげるカートの全身をひときわ濃い黒い靄が包むと、目の前に影像に映った人物が、鬼一法眼が現れた。
!?
退魔庁、アールスハイド高等魔法学院、対中貿易協議、騎士養成士官学院、米中貿易摩擦、高等経法学院、今上帝生前退位、ブルースフィア帝国、新元号、アベンジャーズ/エンドゲーム、シュヴァルツモルゲン研究所、北朝鮮弾道ミサイル発射、オリバー=シュトローム、映画料金値上げ、エルス自由商業連合国、喜多村英梨、シシリー=フォン=クロード、イース神聖国、夏越の祓、大嘗祭、五帝祭、呪詛祓、解除、反閇、泰山府君祭、五龍祭、鬼気祭、玄宮北極祭、虚空蔵求聞持法、大元帥法、石門金剛宮、玄旨帰命壇――。
カートと法眼。
たがいの意識と記憶が合わさり、交差する。
「うわあぁぁぁアアアァァァアアッ!?」
相手の持つ膨大な量の記憶と知識、意思の強さに圧倒され、カートの意識が飲まれかかった寸前、法眼が引いた。
「…………」
「…………」
カートが目の前にたたずむ人物を凝視する。
東方武僧のように剃りあげた頭、短身痩躯だが筋肉質な体、見かけないデザインの服。
間違いない、先ほどまで映像越しに見ていた向こう側の人物。鬼一法眼だ。
「お、おまえはなんで――」
「あんた、憑かれているな」
「え?」
「五気の偏向に陰の気の増加。憑依されたからそうなったのか、そうなったから憑依されたのかは知らないが、生成り状態だ。このままだと、鬼になるぞ」
五気とは木火土金水、五行の気のこと。生成りとは陰の気、負の感情の増加などによって陰陽の均衡が崩れ、生きながらにして鬼などの人外の存在になってしまうこと。
一瞬とはいえ精神が同調し、法眼の知識をいくらか得ていたカートはそのことを理解した。
そしてカートも魔法学院の教育を受けた身だ、生成りというのがこの世界における魔人化に等しいことだと認識する。
「なにをバカなことを! 人が滅多なことで魔物になんてなるか」
「無益な殺生をしておいて、本気でそう思っているのか」
そう言って魔方陣を指す。
「理由もなく生き物を殺す行為は己の心をも殺し、汚す行為だ。殺されたものの恨みの念を受け、おかしくなるぞ」
「理由ならある、実験さ。動物がどれだけの魔力で魔物化するかを調べてたんだ。魔物の驚異に対する重要なことさ」
「実験というのはおなじ条件でおなじ内容を繰り返して、誰がやってもおなじ結果になるかを調べることだ。きちんとデータを取っているのか?」
「そ、それは……」
「高尚な実験なんかじゃない。善悪の区別もできない子どもが捕まえてきた虫を戯れに殺すように、貴族どもが捕虜を剣闘士奴隷にして殺し合いをさせるように、おまえは命そのものを弄んでいた」
「うるさいうるさいうるさい! 『貴族どもが』だって? そうとも、俺は貴族だ。栄えあるリッツバーグ伯爵家のカートだ。その俺が畜生どもを自由にしてなにが悪い」
「動物を殺すものは、いずれ人をも殺すようになる。このままではおまえは守るべき領民を虐殺する暴君に成り果ててしまうだろう」
「守るべき領民? いいや、違うね。あいつらは俺たち貴族の奴隷、飼い犬、所有物。従順で優秀なやつなら生かしてやってもいいが、そうでない輩なんて虫けら同然。そんな害虫どもはせいぜい俺たち貴族の慰みものに――」
パァンッ!
法眼が両の掌を打ち鳴らした。柏手を打ったのだ。
音に込められた冷たく澄んだ清冽な気によってカートに満ちていた陰の気を祓い、邪悪で凶暴な思想を消し飛ばしていた。
それはまるでなんの前触れもなく全身に水を、滝のように大量の冷たく透き通った清水を浴びせられたかのようだった。
「あ……」
突然のことに驚きはしても、けして不快ではない。むしろ心地良さを感じる。
「カート=フォン=リッツバーグ。おまえの記憶でもっとも古い父親の言葉はなんだ」
「……貴族たるもの力無き民を守らなくてはならない」
「十歳の誕生日、はじめて剣を握った時にかけられた言葉は」
「……力無き正義は無力であり、正義なき力は暴力だ」
「アールスハイド魔法学院に入学し、魔法を学ぶことが決まった時はなんて言われた」
「……大いなる力には大いなる責任がともなう」
「少しは目が覚めたか」
「ああ……、俺はなんて、なんてことを言って、とんでもないことをしていたんだ……」
「この感触、おまえには本格的な霊的治療が必要だな」
耳をつんざく警告音が鳴り響いた。
『緊急事態発生、緊急事態発生。係員の誘導に従い、ただちに避難してください。繰り返します。緊急事態発生、緊急事態発生――』
「いったいなんだ!?」
緊急事態を示す赤字の文章が操作盤に表示された。
研究所内にある魔方陣が高濃度の魔力を放出している。このまま放出が止まらなければ、付近の動植物は魔物と化してしまうだろう。もちろん、人も。
「いったいどうして!?」
「どうも俺が呼び出された門が呼び水になっちまったようだな。ひとつの火山の噴火が他の火山の噴火を誘発するように、あちこちに門が開いているようだ。おい、おまえなら魔方陣の操作ができるだろ。閉じろ」
「今やってる!」
魔方陣が輝き、悪臭と異音と共に異形の獣が姿を現しつつある。
「くそっ、間に合わない!」
「伯爵家のご子息様がそんな下品な言葉を使うなよ。らしくないぞ」
「あんた、どうしてそんなに落ち着いていられるんだよ!? バケモノが出てくるんだぞ!」
「どうして? 格下の妖怪相手に臆する必要なんてないからさ」
「格下……、だと? こんな強い魔力なのに……」
「こいつは俺が修祓するから、おまえは門を閉じることに集中しろ」
ひときわ激しい轟音と共に閃光が迸り、それが姿を現した。
赤褐色の剛毛に覆われた四足獣の巨躯からは六本の腕と蛇のように長い首が七本も伸びている。先端には人とも獣ともつかない獰猛な顔があり、炯々たる眼光を輝かせていた。
「フォービ!」
火炎魔獣フォービ。地方によっては神として崇められ、畏怖され、祀られることもある強力な魔獣。七つの首から吐き出す炎は激しく、人など一瞬で黒焦げにしてしまうという。
一流の魔法使いのサポートを受けた魔物ハンターの一団がようやく討伐できるレベルの危険な存在。
カートが戯れに生み出していたネズミの魔獣などとは比べ物にならない脅威だ。
七つの口が開き、火の息吹が吐き出され、室内が紅蓮に染まる。
「タニヤタ・ウダカダイバナ・エンケイエンケイ・ソワカ!」
法眼の手が龍策印を結印し水天の真言を唱えると、彼とカートの周囲に水の障壁が張り巡らされた。
高熱の火炎を水の壁が遮り、水蒸気が視界をふさぐ。
(まただ! なんでこいつは『ほとんど一瞬で』呪文を詠唱できる!?)
「ナウマク・サンマンダ・ボダナン・バルナヤ・ソワカ!」
さらに十二天の真言を口にすると、水蒸気は指向性の水滴となり、雨となり、水流となり、水の槍となり、渦巻く瀑布となり、フォービの体を打ち貫く。
GISYAAAッ!!
フォービは苦手とする水の攻撃を受けて苦悶にのたうち回る。
「……どうもこっちの世界で使うと妙な感触だな。なにを呆けている、いきなり召喚されたから呪具の持ち合わせはないんだよ。格下とはいえこういうのを何匹も相手するのは厄介だから、とっとと門を閉じろ、カート=フォン=リッツバーグ」
「わ、わかっている! キイチ=ホーゲン」
とにかく目の前の脅威を取り除く。そしてそれからだ、『一瞬で』呪文を唱える異世界からのまれびとの詳しい素性を訊くのは。
カートは門を閉じる作業に集中する。
後書き
未知の世界へ行こう~♪
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