Unoffici@l Glory
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
2nd season
15th night
前書き
大変長らくお待たせいたしました。話がそろそろ動いていきます。
ある日の昼下がり。黄色のRX-8が、都内某所の小さな工場を訪れた。
「毎度のことながら、辺鄙な場所にあるよなぁ……」
現れたのは、ビジネス用であろう青いスーツをラフに着ている「雷光の疾風」こと広瀬。ジャケットの懐から取り出した一枚の名刺は、以前からロータリー乗りとしてアドバイスを受けていた、赤いRX-7に乗る男のものだった。来客用の正面入口から入ると、一台のデスクトップパソコンを置ければ後はファイルをいくつか置けてやっとというスペースの受付がある。若い女性の事務員が一人座っており、書類と格闘しながらタイピングの音が滑らかに響き続けている。
「すみません、こちらの方と本日お話をさせて頂く広瀬と申しますが」
「お預かりします。確認させていただきますので、少々お待ちください」
受付事務に声をかけ、立ち上がって自分に向いたタイミングで自分の名刺とその男の名刺を渡す。その事務員には既に通達されていたのか、かがんでデスクの一点と名刺を指差し確認すると、姿勢を戻して名刺を返した。
「承っております。すぐ本人に連絡致しますので、こちらへどうぞ」
そのまま応接室に通され、緑茶が出された。すると一息つく間もなくノックの音が響く。広瀬が声をかけると、一人の男が部屋に入ってきた。それを見て広瀬は立ち上がって会釈し、手で座るよう促す。
「お疲れ様です。お時間とらせてすみません」
「気にするな。こっちとしても最近はなかなか走りにも出れなくてよ。むしろ毎度来てもらってばっかりで申し訳ない。待たせたか?」
「いえ、全く。今来たところですし、今日はオフですから」
「そうかい、ならよかった。で、話ってのは?」
柔らかな笑みを浮かべた作業着姿の男が広瀬のカバンが置いてある席とは向かい合わせに座る。男が煙草をくわえると広瀬が火をつけ、広瀬もまた自身の席に戻ると自分の煙草に火をつける。
「今首都高で暴れ回ってる黒いNSXの話、聞いたことありますか?」
「ああ、まだ実物を拝んだことはないが、話くらいはね。うちのお客さんもとんでもねぇのを見たってヨ」
「知ってるなら話が早い。そいつのことで相談なんですヨ」
「ふぅん、わざわざここまで出向いてきて?」
「ええ……ここである必要があるんです」
一呼吸置き、広瀬は切り出した。
「アレを撃墜せるエイト、造れますか?ここで」
同時間、ガレージフェイト。インテRの青年が根城とするこの店が、元々彼がいたチームの若いドライバー達のバックとなるかどうかの話し合いを詰めていた。「流離いの天使」に続いて彼がいたチームも、リーダーや幹部が一斉に退いてしまい、燻っていた若手たちに時間を与えるためには、仮にでも居場所が必要となったからだと彼はオーナーである「金色の不死鳥」に言う。
「しかしまぁなんだ、うちが彼らの面倒を見ることになるとはなぁ」
「面倒なことを頼んだようで、申し訳ないな。便宜上とはいえ、私がリーダーになってしまったことだし」
「いや、それは構わんよ。商売の手を広げるにも、まずはうちの知名度がないとな」
小さい工場に、様々な車がやってくる。ただ現状は店長が現場に出なくてもすむ範囲で収まってはいるが、いずれは受注数を抑えなければならない時期も来るかもしれないとぼやいてはいる模様。
「まさか、こいつらであの車に挑ませるつもりか?」
「それこそまさかだ。挑んでもらうのはあくまでお前であり俺だよ。とはいえ、インテはこれ以上仕上げようがないからなぁ」
「そうだな、後は運だけか……」
オーナーはその交換条件として、インテRの青年に対し、自分が売ったバトルの決着をつけること。それと「気紛れな旅人」とのバトルレポートの提出を要望。お互いに納得はしたが、現実問題立ちはだかる現実の壁は高いようで頭を抱える二人。そんな彼らの元に、一台の車がやってくる。ゆっくりとガレージの前に止まり、エンジンを切った。
「……あれは」
「ん?エスプリV8だな。お前さん、知ってるか?」
「一時期よく見かけた奴だ。最近見なかったが、ちゃんと残ってたみたいだな」
「まぁ、天使さんが降りちまったのは相当この世界じゃ大きかったみたいだしな」
そして降りてきたのは二人の男。店長が対応する。
「いらっしゃいませ。何かご入り用ですか?」
「ん?ああ、いや、買い物しに来たわけでも、整備頼みに来たわけでもないんやわ。ここに黄色いインテRが世話になってるって聞いて、挨拶させてもらおうとちいと覗きに来たんですがね」
その言葉を聞いたインテRの青年は、煙草をもみ消して彼らに声をかける。
「私がそうだが、何か用かな?あいにく、そんな車に乗っている人間に知り合いはいないはずだが」
「アンタがあのインテのドライバーさん?ちょっと前にC1で絡ませてもらった緑のエスプリ、覚えてへんかな?」
「……ああ、そういえば」
それは数日前。バトルともいえない程度のランデブーだった。インテRはエスプリと戦えるようには仕上げておらず、またエスプリの方も鳴らしながら調整を繰り返しているところであり、緊張状態にはあったものの戦闘態勢には移らずそのまま分かれていった。
「まぁ、走ってるときにいきなり仕掛けてもよかったんやけど、ワシらもうそろそろ関西へ引き上げないかんのでね。戦ってない相手のところグルグル回ってるんやわ」
「聞いた話じゃ、あのRX-8には……」
「完膚なきまでに叩きのめされたわ。ワシがここに来たばかりの頃とはエライ変わってたな奴さん」
「んで、隣の奴はギャラリーかい?それともアンタが潰れたときの足か何か?」
「言ってくれるねオタク」
もう一人の青年は肩をすくめて苦笑を返す。
「もうじき俺の車も準備が終わる。今別の店で手続してきたとこやからな」
「そういうこった。『D』がなんたるかは結局わからんかったけど、アンタラ叩きのめして土産話にさせてもらうわ」
「他人の庭で言ってくれるね……やれるもんならやってみなよ」
三人が浮かべる笑顔と狩人の視線が絡み合い、見えない火花となって交錯する。その雰囲気に満足したのか、エスプリのドライバーが引く。
「ほな、挨拶も済んだことやし今日のところはこれで。……次は、上でな」
「首洗って待っとけ」
二人はそう残すと、店を後にした。
「……宣戦布告、か」
「疾風とあのセリカ、まとめて落とす前の景気付けには丁度いい。それじゃ、私も帰るとしよう」
「俺も出たほうがいいか?」
「あいつらが何に乗ってくるかわからんからな……まぁその内、うちの若いのを食い散らかしてくるだろうから、報告を待ったほうがいい。それまでは、私も大人しくしているつもりだ」
「そうかい。もう行くか?」
「ああ。むしろ今の方が、のんびりしていられるほどの余裕はなさそうだ」
そして、インテRの青年も店を出る。一人残った店長は喫煙ブースへと向かっていった。
「天使さんがいなくて行き場をなくしているか、はたまたそもそも濃い奴だけが残ってる状態ね……ま、俺は俺にできることをやるだけだ」
広瀬の相談に、男は難色を示す。
「そいつは今は無理な注文だな」
「……そうですか」
「俺自身は、そいつのことをろくすっぽ知らないからな。知らない奴をターゲットにされても、答えようがないのはわかるだろ?」
「車はわからなくても、ドライバーは知っているはずです。「グレーラビット」は覚えてますよね?」
「ああ、アイツか。乗り回してるのはソイツなのか?」
男は、Z32に乗っていた頃のグレーラビットは知っていた。何度か関東近郊の草レースで当たったことがあるためだ。
「あれに乗ってるアイツと戦ったことはありませんが、半端な腕じゃないのはご存じのはず」
「確かにな。奴が乗ってるなら、車の相性からしてもお前さんには厄介だろう」
「……せめて、一度奴の走りを見てもらいたいんです。少なくとも今のままのエイトでは、勝てる車じゃありません」
「戦ったことがあるのか?」
「いえ、一度誘われましたが、その時のアイツは下手に踏ませると死にかねない状態でして。相手が誰であろうと、死場に付き合うために走ってるわけじゃないので」
今度は男が溜息をついた。
「……生きるも死ぬも、残るも降りるもソイツ次第。たまたま一緒にいただけで、気にする必要はない」
「わかっています。あそこはそういう場所だ。ただ……」
「ただ?」
「……あいつの変調に巻き込まれて、俺まで事故るわけにはいかない。あいつには逃げたと思われてるでしょうが、まだ俺には決着をつけなきゃいけない連中もいることですし」
「ま、あそこは一歩間違えれば死ぬ場所だ。ちょっとでも怖いと思ったらヒく、それも大事だな」
「ええ、どちらもあなたから教わったことです」
男が煙草をもみ消して立ち上がると、広瀬も同じように立った。
「わかった。まぁ元々興味はあったし、鉢合わせしたら軽く遊んでやるつもりではいたんだがな。ここまで出向いてくれたお前さんの頼みだし、本当にアイツだというなら、俺も少し気になる事がある」
「よろしくお願いします。ではまた」
「ああ。気をつけてな」
応接室を出た二人は、とりとめのない話をしながら工場の外へ出た。広瀬は男に一礼すると、愛車に乗って走り去っていく。それを見届けた男は携帯を取り出し、とある番号へかけた。
「もしもし、今大丈夫か?」
『ええ、毎度お世話になっております。大抵のことはメールですませるあなたが急に電話とは、何か見つけましたか?』
「例の車の件だが、ドライバーを見つけたのか?」
『ああ……ええ、いい腕をしながらも燻っていたみたいなので、ひとまずお試しで。何か問題でも?』
「……俺が面倒見てる若いのが嗅ぎ付けたみたいでヨ、本気で潰しに行くみたいだぞ」
『結構なことじゃないですか。それでダメならその程度でしかなかったということですよ。『D』を継ぐものであるなら、あの車であなたたち二人に勝てるくらいでなければ無意味に死ぬだけだ』
「……まぁ、お前さんがそれでいいなら、こっちは何もねぇ。ただちょっと事情があってな、悪いが俺達も本気で撃墜としにいかせてもらうぜ」
『ほう……それはそれで私の楽しみが増える。彼自身がどうなろうと、私には別に何の関係もありませんしね、思う存分暴れてくださって大丈夫ですよ。むしろこちらの想像以上の展開になりそうで、様々な意味で皆様には期待しています。』
「……ああ、そうかい。じゃあまたな」
『ええ、また何かあれば。失礼致します。』
男はどこか薄気味悪さを感じながらも、もう一人に電話をかける。
「……もしもし、今大丈夫か?……ああ、例の車の件だ……」
一方、一人になった広瀬は都内にある行きつけの喫茶店にいた。一人カウンターに座り、どこか上の空。
「……あの空気、絶対何か知ってるよなァ……まさか『D』に近づいたのか?あの野郎……」
友人でも何でもない、たまたま同じエリアで同じくらいの成績を叩き続けただけの、交わることのないライバルともいうべき間柄。そんな彼が自分より先に伝説に近づいたのかもしれない。そう思うだけで、奇妙な焦燥感のようなものが彼を駆り立てる。
「……もしかすりゃこれは、手掛かりになるかも知れねェ……」
そんなどこかイライラした感情を、苦く熱いコーヒーで押し流す。
「だが、ひとまずそれは後だ。俺は先にあのガキに灸をすえてやらなきゃな」
夕暮れも近くなり、近所の奥様方の井戸端会議で騒がしくなる店内で一人、今宵の狩りの時間を待つ広瀬だった。
後書き
もうそろそろOPEDが変わる頃でしょうか。
ページ上へ戻る