マリオネット -操り人形ー
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第一章
マリオネット -操り人形ー
マリオネット、よく聞く言葉だ。
けれどこれまでこの目で見たことはなかった。
その私に友人が仕事の合間にこんなことを言ってきた。
「ねえ、今度駅前の百貨店でマリオネットするらしいのよ」
「マリオネットの出しもの?」
「そう、あの上から糸で操るね」
まさにそれを見せるというのだ。
「あれをやるらしいのよ」
「あれね、聞くけれど」
それでもとだ、私は同じ職場で働いている友人に答えた。都内のオフィス街のあるビルの大手保険会社に勤めている。最寄りの駅は大きな百貨店があって私達はよく帰りにその百貨店で買いものをしている。
「それでもね、見たことはね」
「ないのね」
「そうなの、一度もね」
こう友人に答えた。
「なかったわ」
「そうなのね、まああれは元々欧州のでね」
「日本のものじゃないからね」
「日本でお人形っていったら浄瑠璃よね」
こちらは私は親にこうしたものを観るのも社会勉強ひいては教養を備える為に必要だと言われて観に行ったことがある、それも何度も。曽根崎心中や義経千本桜を見てこれもまた芸術なのだと感嘆した。
けれどだ、マリオネット劇はだ。
「あっちはね」
「ないからね、日本じゃ」
「そう、だからね」
「観たことないわね、だったらね」
「これを機会によね」
「よくあるパペット劇といか両手に嵌めて」
「ああ、あれね」
こちらはわかった、芸人さんの芸の一つにもなっていてテレビでも観る。
「あれはね」
「観るでしょ」
「あれは好きだけれど」
それでもだ。
「マリオネットになると」
「だからよ、だったらこれを機会に」
「観に行こうっていうのね」
「そうしましょう」
「わかったわ、じゃあね」
私も今回はいい機会だと考えた、それでだった。
友人の申し出を受けることにした、そうして駅前の百貨店に行った。都内の大きな駅の傍にあるだけあって相当な大きさだ。
その百貨店に入ってマリオネットが行われる場所に向かいながらだった、友人は自分の後ろにいる私に笑ってこんなことを言った。
「歌とかではあるわよね」
「マリオネットはね」
「そうよね、けれど私もね」
エスカレーターで催しが行われる階に向かいつつ私に話した。
「実は一回観ただけで」
「何度もじゃないのね」
「そうなの」
「ええ、だから今度観たら」
その時はというのだ。
「二度目になるわね」
「そうね、貴女の場合は」
「最初観たのが結構面白かったの。何かね」
「何かっていうと」
「不思議と人間そのものみたいに感じたわ」
私にこう言ってきた。
「どうもね」
「人間になの」
「それがどうしてかはわからないけれど」
「マリオネットが動かされるのを観て」
「それを観ていたらね」
どうにもというのだ。
「私もね」
「人間そのものに思えたの。どうしてかはわからないけれど」
「それは不思議ね。ただね」
「ただっていうと」
「また観るから」
今からとだ、私は自分の先を進む友人に答えた。
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