異世界口入れ屋稼業
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口入れ屋式の交渉術
ずかずかと店に入っていくシュートを追いかけ、店内に入るニナ。その眼前には、今まで見たことも無いような美しいドレスが飾られていた。きっと明日の生活にすら困窮する自分等は、生涯通して1度も袖を通す事は無いであろう位には高価な品なのだろう。しかし、そんなドレスや服には目もくれず、シュートは会計をするためのカウンターに真っ直ぐ向かっていく。そこには面倒くさそうにカウンターに頬杖を突きながら、此方を値踏みするような視線を送ってくる若い男がいた。
「何か用かい?オッサン」
「……君、お客様にその態度は失礼だとは思わないかね?」
「はぁ!?アンタみたいな草臥れてて金を持ってなさそうなオッサンがウチの客だって?寝言は寝てから言いなよ」
若い男は正論をぶつけられて苛立ったのか、シュートに食って掛かる。
「おや、この店はお客の風体で客を選ぶような商売をするようになったのですか。……であれば、今後の付き合いを考えなくてはなりませんねぇ」
しかしシュートもそんな輩のあしらいには慣れているのか、のらりくらりと躱していく。
「五月蝿いな……一体何の騒ぎだ?」
カウンターでの口論が聞こえたのか、店の奥から壮年の男が出てきた。その眼光は鋭く、騒ぎの源である2人の男に注がれている。
「聞いてくれよ親父!ウチに相応しくない薄汚ねぇ奴等が入ってきて……」
「これはこれは、マガミ様ではございませんか」
「お久し振りですねぇ、ロベーヌ商会長」
「しょ、商会長……!?」
ニナは驚いていた。このロベーヌ商会という店は、見た所貴族や商人などの富裕層に服や生地を売る商会だ。そんな大商会の会長が、『様』を付けて呼び敬う人物。シュートとは一体何者なのだろうか?と。
「商会長、私と貴方の付き合いだ。私の事はシュートで構わないと言ったではありませんか」
「はっはっは、ならばお互い様でしょう。どうぞ私の事はエリオットと呼んで下さい」
「親父!このショボいオッサンと知り合いなのか!?」
先程から口の悪いこの青年は、商会長の息子らしい。商会長エリオットは、青年がシュートに対して口の聞き方が悪い事に腹を立てたのか、まるでゴミを見るような目に変わっていた。
「エミール……お前は長男として私の後継と考えていた」
「あ、当たり前だろ?俺は親父の嫡男だぜ?」
「だが、お前の商人としての才能は皆無の様だ。お前は勘当する」
「なっ!?何でだよ親父!」
「……何故か、だと?お前は私の態度を見て、この人がどういう人物なのかを考えられない程に愚かだからだ」
商会のトップであるエリオットが、気を遣う相手に暴言を吐くなど、商会に所属する人間としてあるまじき失態である。ましてや、次期会長として付き合いが発生する可能性のある後継者候補であれば尚更だ。
「いいか?このシュート様からは優秀な針子を何人も紹介してもらった。私の代でこのロベーヌ商会が更に発展できたのは彼のお陰と言っても過言ではない!」
「いやぁ、それほどでもないですよ」
「にも関わらず、お前は私の態度を見ても暴言を吐いた事を謝罪もせずに相手の姿だけで人となりを判断して侮った態度を取った!こんな愚か者を後継ぎにするほど、私も馬鹿ではない」
「そんな、親父!待ってくれ!」
「さぁ出ていけ!貴様はもうウチの息子ではない!」
そう言うとエリオットはエミールの顔を平手で殴り、店の外へと追い出してしまった。
「あ、あの……どういう」
「あぁ、今のやり取りは当然ですよ。貴族の中にはそういう『遊び』をされる方が時折おられますから」
この世界には、貴族制度が存在する。そして当然ながら、貴族と平民の間には谷よりも深い身分の差がある。無礼を働けば、平民は殺されても文句が言えない程の。それを解っている貴族達は、それを利用して戯れに平民を『からかう』のだ。例えばそう、今のシュートがやったようにわざとみすぼらしい格好をして店に入り、店員にぞんざいな接客をさせた後に身分を明かし、先程の無礼な態度は何なのかと詰め寄る。当然、店側は貴族に逆らう事が出来る筈もなく、何らかの利益を提供する羽目になる。そういう事を避ける為にも、店……特に客と直接触れ合う店番は人を見る目を殊更重要視される。そう言う点で言えば、先程のエミールの対応は最悪だ。何しろ、シュートが万が一有力な貴族だった場合店その物が潰されていた可能性すらあるのだから。それを考えればエリオットの決断は英断と言える。
「お、恐ろしい世界なんですね……」
そんな魑魅魍魎の行き交う世界とは無縁の田舎で暮らしていたニナは、恐ろしくなって身体をぶるりと震わせた。
「まぁ、馴れてしまえば楽な物ですよ。町の外に出て魔物と戦うよりも余程……ね」
「大変お見苦しい物を見せました、シュートさん。して……今回はどの様な御用向きで?」
エリオットがそう尋ねると、シュートはニンマリと嗤った。
「お慶び申し上げる、エリオット殿」
「……は?」
「将来の商会長婦人を見つけて参りましたよ」
自信満々にそう言い放つシュートに、呆然とした表情のニナとエリオット。
「取り敢えず、詳しい話は奥で聞きましょう」
そう言ってエリオットは店頭に別の店員を立たせ、2人を奥へと招き入れた。それほど長くない廊下を進み、突き当たりにあったドアをエリオットが開ける。そこは執務室と商談用の応接室を兼ねた部屋のようで、高級そうな文机と本棚、座り心地の良さそうなソファとローテーブルが同居していた。エリオットは席を薦め、控えていた女中にお茶の用意をさせる。そしてシュートとニナが隣り合ってソファに腰掛け、向かい合う形でエリオットが座る。
「して、シュート殿。先程の言葉は一体……?」
「言葉通りの意味ですよ。『未来の商会長婦人を見つけて来た』と」
「すると、此方のお嬢さんが……?」
エリオットはニナに視線を向ける。その値踏みをするような視線は先程までの人当たりのいい優しげな眼差しとは全くの別物で、商品の品定めをする遣り手の商人のそれだった。
「お嬢さん、お名前は?」
「は、はい!ニナと申します」
「歳は?」
「じゅ、17です」
「ふむ……シュート殿。アレを見せて頂けますかな?」
「ええ、勿論。こちらになります」
シュートは懐から丸めた紙を取り出し、エリオットに手渡した。それはニナをシュートが鑑定した結果の書かれた紙であり、ニナの能力を丸裸にした物と言っても過言ではない代物である。
「ふむ……成る程。確かに我が商会にはうってつけの人材の様だ」
その紙を見て、エリオットは納得したように頷く。その姿を見てニナはある疑問が浮かぶ。
「あの……少し宜しいでしょうか?」
「何かね?ニナさん」
「あの……その紙に書かれた事を疑わないのですか?私の能力を記したそれが偽物とは」
それを聞いたエリオットはキョトンとした顔をした後、肩を揺らしてクックッと笑い始めた。可笑しくて堪らない、といった様子だ。
「いやいや、成る程成る程!これは素晴らしい掘り出し物かも知れませんなシュート殿!」
「でしょう?私も初めて見た時からピンと来たのですよ」
ニナには何が何だか解らない。頭の整理も理解も追い付いていないのだ。
「失敬失敬。ニナさん、貴女はとても聡明な人の様だ」
「いえ!聡明だなんて、そんな……」
「いやいや、目の付け所が素晴らしい。実はこの紙は特殊な魔法が練り込まれた紙でね。嘘の情報などを書く事が出来ない様になっているのだよ」
そんな物があるなどと、ニナは知らなかった。
「普段は商人同士の商談などの契約の締結の際等に使われる物なのだが……シュート殿は自分の抱える『商品』の情報を書くのに惜しみ無く使われる」
勿論、シュート殿が嘘の情報を書くとは私は思っておりませんがね?とエリオットは付け加えた。
「言ったでしょう?私の商売に最も必要なのは『信用』。それを疎かにすればこの商売はその瞬間に瓦解するのですよ」
「しかし……これだけでは優秀な針子であり経営の素質も有りそうな女性、というだけでしょう?商会長婦人とはとてもとても」
「まさか。私がそんなつまらない理由で彼女を推薦するとでも?ニナさん、あれを」
「は、はい」
そう言うとニナは自分の髪を纏めていた髪飾りを外し、テーブルの上に置いた。
「これは……?」
「見ての通り、髪を纏めて留めておける髪飾りですよ。端切れと紐で出来ています」
「ほほう。手に取ってみても?」
「は、はい!どうぞ……」
エリオットはそう言うと、ニナの髪飾りを手に取り、真剣な表情で観察する。やがて観察が終わったのか、髪飾りをテーブルに戻したエリオットは、
「カミル!部屋まで来なさい!」
と声を張り上げた。ドタドタと騒がしい足音が廊下から聞こえたかと思うと、明るいブラウンの髪の青年が部屋に息を切らして入ってきた。
「カミル、此方は今日から新しく雇う事になった針子のニナさんだ。ご挨拶しなさい」
エリオットにそう促されたが、カミル青年はピクリともしない。ニナの顔を見つめたまま固まっている。心なしか、息を切らしていた先程よりも顔が赤い。
「カミル!」
「え?あ、あ……えぇと、カ、カミル!カミルと言います!どうぞよろしく」
「……ニナさん、挨拶を返しなさい」
「あ、は、はい!ニナと申します。こちらこそよろしく」
「カミル、私はシュートさんと契約の内容について詰めるからニナさんを案内してあげなさい」
「は、はい。ニナさん、こちらへどうぞ」
「はい、よろしくお願いしましゅ……」
2人は連れ立って会長の執務室から出ていく。
「いやはや、シュート様のご慧眼には毎度の事驚かされる」
「いやいや、偶然の拾い物でして。ですがかなりの掘り出し物と自負しています」
にこやかに言葉を交わすエリオットとシュート。
「技能(スキル)は所詮技術の補佐しかしてくれませんからな。デザインや創造性等の部分はどうしても、個人の才能の部分が大きい」
そう、シュートが目をつけたのもその部分だった。技能とはその名の通り、その技能の名称になっている作業をやり易く、効率的に、かつ技能を持たない人よりも上手く出来るようになる技術のブーストの様な物だ。※ただし、鑑定スキルのような先天的な物を除く
「ニナさんには新しい物を作る才能があった……それも、貧しい農民の生活の中で限りある物でもアレほど上品な洒落物を」
ニナの付けていたシュシュの様な髪飾りは、シュートが『此方の世界へ来てから』見た事の無い物だった。その上端切れを縫い合わせて作られた小さな薔薇の様な花。あれもこの世界では見たことの無い飾りだった。その新しい物を作り出せるセンスを買って、シュートはエリオットの商会に売り込みをかけたのだ。
「それに、カミル君も気に入ったようですしね」
シュートがニヤリと笑うと、
「いやはや、腹芸の出来ない息子でお恥ずかしい」
とエリオットが苦笑いを返す。ニナの美貌も計算に入っていたのは言うまでもないが。
「いつも通り、払いは彼女の給料の1割。給料日に持たせて払わせに来てください。もし『買い上げる』場合は……応相談、という事で」
「判っております。この度もよい人を紹介して頂きました」
「今後とも、ご贔屓に」
そう言って、エリオットとシュートは握手を交わした。
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