艦隊これくしょん~男艦娘 木曾~
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『天才』の足跡~その一~
前書き
どうも、少し、番外編です。読む人をかなり選ぶエピソードですが、この作品におけるヒントが散りばめられております。無論、読まなくても大丈夫なように本編は進行していきます。宜しければ、お付き合い下さい。
いつから、だったろうか。
私が私を、顧みなくなったのは。
いつから、だったろうか。
生きる目的を、見失ったのは。
いつから、だっただろうか。
ほんの少しも、笑えなくなったのは。
それらの記憶は、やけに鮮明で。
一刻も早く、忘れたい記憶のはずなのに。
私は、全て、覚えていた──。
─『天才』の足跡─
私がこの世に「一ノ瀬 瑞希」として生を受けてから、十二年が経っていた。
本来の十二歳といえば、もうすぐ小学校を卒業し、中学校への進学が目と鼻の先。身体の変化も始まっていて、肉体的にも精神的にも変化が現れてくる時期だ。
当然この私にも、それらのような変化は現れていた。周りの子達と比べると、少し遅かったのかもしれない。
だが、私は、私にとっては、それは不幸の知らせでもあった。
「このグズがァ!!何俺の許可なく大人になってんだゴラァ!やっぱりてめぇはあのクソ女のガキってかぁ!?」
報告した途端、戸籍上の父親であるその男は、私の顔を力一杯殴りつけた。軽い私はそのまま吹き飛び、部屋の端に貯めてあったゴミ袋の山に背中を打ち付ける。
「ぐぅぅ…………うぅぅ…………」
身体中を打ち付け、呻き声をあげる私。ゴミ袋が破れ、中のゴミが身体にまとわりつく。男はそんな私に唾を吐き捨てた。
「ケッ!まぁいい。これで次回から、オプション代が付けれる……そーだなぁ、プラス一万ってとこか?おい!いつまで倒れてんだよ!俺のクスリ代をさっさと作ってこいやぁ!!」
「………………はい」
ゴミと唾の匂いにクラクラしながらも、よろよろと立ち上がり、部屋から出ていく。
「……あぁ…………あ、あぁ…………くそっ!クスリィ…………クスリはどこだおい!!くそっ、くそっ!!」
焦点のあってない目で、男は部屋の中を漁る。何故か真っ先にゴミ袋を引きちぎり、中のゴミを散乱させる。生ゴミのような匂いが部屋中に散乱し、思わず私は顔をしかめた。
しかし、男はそんな事を全く気にせず、一心不乱にゴミの山を漁る。
「……あぁ…………どこだよォ………………あった!…………んだよ、菓子のゴミか」
ゴミの山を漁っているのだから、当然出てくるのはゴミばかり。あの男がクスリを見つけ出すのは、もう少し時間が掛かりそうだ。
「……おい!さっさと金作ってこい!!シャワーは浴びろ!今日は初めての客だからなぁ、クセェとリピートして貰えねぇだろぉ!!」
「…………はい」
男は私に向かってカップ麺の容器を投げつけてくる。明後日の方向に飛んで行ったそれをぼんやりとした目で眺めながら、私は風呂場へはいった。
─歓楽街─
あの後、何とか服装を整え、掃き溜めのような我が家から出ていき、仕事場である歓楽街へとやってきた。
深夜の歓楽街というのは、昼間とは全く違う顔をしている。
客引きの男が、遊び目当てでやって来ているサラリーマンを誘い、若い女が男からカネを貰い、そのまま人混みの中へ消えていく。
こんな所へ、深夜に小学生の私がいてもいいのかと思うのが普通なのかもしれないが、私は指して何も思わず、待ち合わせ場所であるキャバクラの前で待機していた。ここのキャバクラに来る人は、厄介事に絡まれたくないからのか、私の近くには寄ろうとしなかった。
今日の客は、四十代の男。顔は見たが、デブでメガネでハゲで油でギトギトと、いかにもな風体だった。
「普段の倍出す」と言う言葉につられたあの下衆が、さっくりと私を売った。もはや、アイツは私の事を、金儲けの道具としか思ってないのだろう。
今思えば、何故誰にも助けを求めなかったのか、不思議でならなかった。多少なりとも児童虐待への注目度が高まっているこのご時世。ここまで酷いとなると、幾らでもやりようがあったはずだ。
しかし、当時の私には、そんなことを考える余裕などなかった。
ただただ、早く眠りたかった。
布団に入り、目を閉じ、幸せな自分を想像する。
美味しい食べ物を、お腹いっぱい食べている自分。
ふわふわな布団で、ぐっすり眠っている自分。
犬や猫などの動物に囲まれて、楽しそうにじゃれ合っている自分。
そんな私を想像することだけが、私の楽しみだった。
しかし、そんな私は、この世界には何処にもいない。
居るのは、薬物中毒者の父親に家庭内暴力を受け、散々酷い目にあっている、惨めな自分。
そんな私が、幸せな生活など、送れるはずがない。
「──一ノ瀬 瑞希ちゃんだね?」
……突然話しかけられ、私は冷ややかな目で目の前の人物を見た。
いつもなら、話しかけられた瞬間、自分でも寒気のするような笑みを浮かべ、相手に気に入られようとする。それもこれも、相手は、下心満載の男だからだ。
今回も、男という意味では合ってるのだが、客の男ではなく、三十代に入るか入らないかくらいの、ビシッとスーツを着た、童顔の男だったからだ。
「……悪いけど、先客が居ましてね。お引き取り──」
「まぁまぁ。話だけでも聞いてくれないかな?」
男はそう言うと、私に封筒を差し出してきた。最初こそ怪訝そうにそれを見ていた私だが、その分厚さに目を疑った。
恐る恐る手に取って、中を覗き込んでみると、今まで見たことないほどの万札が入っていた。暑さで言うと、二センチはあろうかという厚さだった。
「……………名前、言いな」
警戒心は持ったまま、男に名前を聞き出す。
「僕の名前は、神谷 大輝。しがない提督だよ」
─カフェ─
「………つまり、あれか。私に深海棲艦と戦う、『艦娘』になれって?」
「端的に言うとそうだね」
男──神谷大輝は、注文したコーヒーを飲み、私の顔色を伺っていた。
私は、神谷に手渡された資料をパラパラとめくり、大雑把に概要を掴んでいく。
──世界を恐怖のどん底に叩き込んだ、海の支配者「深海棲艦」。
それらと戦う術は、女にしかなることの出来ない、「艦娘」しかおらず、通常の兵器では、足止めにすらならない。唯一、(人間の最大の過ち)のみ、通用するとされている。
この事は全世界での共通認識とされており、世界で一番艦娘の数が多いこの日本は、国際社会での地位を向上させている側面もある。
「……んで、いくら貰えんだ?」
「月給最低五十万が、御家族と君自身に。出撃一回に付き、特別手当が最低十万。これは全鎮守府共通。いかなる鎮守府でも、これは守られている。ただまぁ、艦娘になったら基本鎮守府住まいだし、忙しすぎて買い物する暇もそんなに無いけどね」
私のストレートな質問にも、ほとんど何も隠さず、スラスラと答えていく目の前の男。胡散臭くはあるが、まるっきり信用出来ない、ということはなさそうだった。
「……で、なんで私なんだ?」
ここで、私は確信をつくような質問を投げかける。
言ってしまえば、これは私じゃなくても良かったはずだ。それこそ、私のような境遇の女の子など、世界中にゴロゴロしているはずだ。
それなのに、私だ。
そこだけは、どうしても不可解だった。
「それは簡単。君の艦娘への適性が、他の子より圧倒的に優れていたからだよ。」
──これまたストレートな物言いに、私は完全に呆れていた。
この男、持ってる情報を隠す気は無いのだろうかと、完全に疑っていた。
「……まぁ、その辺はいい。正直、ツッコミどころが多すぎて、処理に困ってるからな………」
「うん?例えば?」
「この状況全て、だ。深夜一時なのに開いてて、ほぼ満席なカフェ。提督にスカウトされてるこの状況。全て訳わかんないんだよ」
深夜にカフェが開いているというのは、夜だけバーというシチュエーションなら十分有り得るだろう。しかし、出ている商品は全てカフェのもの。そんなカフェが、深夜なのに満席。世間話をしているおばちゃんから、初々しいカップルまで。意味が分からなさすぎた。
「そりゃあ、君が少しでもいやすいようにって言う僕の気遣いだよ。ここにいる人は全員、関係者だよ外からは中の様子が見えない、マジックミラーになってるからね」
「………」
気合いの入れどころが百八十度くらい違う気がしてならなかった。
まだ、高層ビルの屋上にあるような応接室で、黒服を着たボディーカードに囲まれながらされた方が良かった気がする。
「んで、どうする?無論、無理強いはしない。君が今の生活の方がいいと言うのなら、それでも構わないが──」
「──随分と良い皮肉じゃないか」
私は、随分と久しぶりに、怒りというものを覚えた……いや、私の記憶にある限りでは、私は「怒ったという」記憶が、ほとんど無かった。
そうか。
これが、怒りか。
「フフフ…………ハッハッハ」
途端に可笑しくなってしまった私は、思わず吹き出した。それを不思議そうな目で見る神谷。
「いやぁ…………あんな状況にすら怒らなかったのに、そんな一言で怒るとは思わなかったからな」
「それはいい。感情ってのは神がくれた贈り物だからね。存分に味わうといい……ま、ある人の受け売りだけどね……さてと、何か他に聞きたいことは?」
神谷はそう言うと、佇まいを直し、私をじっと見つめてきた。
私の中では、既に選択は決まっていた。
後は、そこまでの過程が許されるかどうか──。
「艦娘には、犯罪者でもなれるのか?」
─男の家─
私は、深夜二時頃に、あの男の家へと戻っていた。
いつもより幾分か早い時間だが、あの男は起きているだろうか。起きているのであれば、一時間後くらいに出直そうと考えていた。
しかし、いつもは近所迷惑なほど辺りに響き渡っている奇声は欠片も聞こえず、あたりは静まり返ってした。
もっとも、五月蝿いのはあの男だけではない。同じようにクスリをやっている者や、自室に男を連れ込んでいる水商売の女や、虐待による子供の悲鳴も聞こえてくる。
この当辺りは、そんな街なのだ。
「………」
男の住んでいる部屋に入ると、やはり真っ暗だった。クスリを探してたからか、部屋の中はより一層荒れていた。
──もう、片付けなくていい。
そう思うだけで、私の心は晴れやかだった。
私は、足音を立てないように、そっと、一歩ずつ進む。
そして、リビングに入ると、辛うじて引かれている布団に、あの男が座っていた。
実に、幸せそうな顔だった。
ふと、棚に映った、私の顔も見えた。
実に、幸せそうな顔だった。
この男や私の、こんなに幸せそうな顔は、産まれて始めてみた。
──そして、この男の顔は、これで見納めだった。
私は体裁だけは存在している台所へ向かい、一本の包丁を手に取る。
それは、まだ私の母が生きていた頃に使っていた包丁だった。
「……済まない、母さん」
小さく、他に人が居たとしても聞き取れないような音量で、ボソリとつぶやく。
私はその包丁を両手で持ち、男の所まで戻ってくる。
「……グオォォォォォ…………グオォォォォォ…………」
「…………ハッ」
これから私がしようとしていることと、目の前の光景のギャップに、思わず笑ってしまった。
方や、呑気にイビキをかいて寝ている男。
方や、その男を殺そうとする、実娘。
「…………子は親を選べない…………だが、親も子を選べないってか…………?」
私は男の左胸に一度包丁の先端を当て、狙いを定める。そして、ゆっくりと振り上げる。
「『私』が産まれたこと…………後悔しな…………っ!」
そして、その包丁を、勢いよく振り下ろした──。
その後、私は。
笑っていた。
後書き
読んでくれてありがとうございます。さて、本編での話と、今回の話で、数多くの矛盾点が出てくると思いますが、それは本編で回収したいと思います。
それでは、また次回。
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