色を無くしたこの世界で
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第二章 十三年の孤独
第44話 出会い
「うわぁ……」
白い石製のゲートをくぐり、大きな岩のような柱が建ち並ぶ道を進んだ一同を待っていたのは小さな街のような場所だった。
先程まで空を覆っていた分厚い雲も晴れ、太陽のような物も上り、色こそ無いものの心なしか街中も明るく感じる。
「街、か?」
「今までとずいぶん雰囲気が違うな」
剣城の言う通り、先程のコンクリートだらけの無機質な空間とは一変し、ここは明るく自然的な印象を感じさせてくれる。
街中を心地の良い風が巡り、一同の髪や服を穏やかに揺らしていく。
穏やかな風にその身に感じながら、ふと、天馬は以前アステリに言われた言葉を思い出していた。
カオスとの試合の際。アステリはモノクロ世界の事を様々な町や国が繋がった歪な場所だと話していた。そして、その町や国が元々は自分達の住むような色のある世界だったと。
では今自分達が立っているこの場所も元々は色のついたどこかの国や町だったのかも知れない。
色を奪い廃化させた世界を自らの理想とする世界の材料にする……そんなクロトの身勝手さに改めて憤りを感じるのと同時に、天馬にある一つの疑問が浮かんだ。
――じゃあ、廃化した世界の人達はどうなっているんだ……?
「わあ! 外からのお客さんですか!?」
突如聞こえた声に天馬の肩がビクリと跳ねあがる。
聞いた事の無いその声の方向に、反射的に視線が向かう一同。
そこには短いクセ毛に翼の形を模したペンダントをした顔と色の無いイレギュラーが一人、こちらを向いて立っていた。
声からするに男だろう。ここに来るまでに見てきた異形のイレギュラーとは違う、人間に似た姿を持つソレに自然と臨戦態勢をとる天馬達。
だが、ソレはそんな彼等を尻目に、話を続ける。
「お客さんなんて初めてだ! あ、どうぞ! ゆっくりしていってくださいね!」
自分達を攻撃する訳でも、外にいた異形のように無視する訳でも無く、むしろ歓迎するような行動をとるイレギュラーに怪訝そうに眉を顰める一同。アステリも警戒心を強め、目の前のイレギュラーを睨み続けている。
不穏と化した空気の中、最初に声を発したのは天馬だった。
「君、名前は……?」
「あ、すみません。僕、『カルム』って言います」
「そうなんだ。俺は松風天馬。よろしくね」
警戒心を解き、穏やかな口調で自己紹介をする天馬。それに合わせてカルムと名乗るイレギュラーも「よろしくお願いします」と丁寧に会釈をした。
「えっと、松風さん達は人間ですよね?」
その問いに「そうだよ」と言葉を返すと、先程のように嬉しそうに声を上げ「感激です!」と天馬の手を両手で握り絞めた。
恐らく初めて人間と言う存在を見たのだろう。あまりにも無邪気に話すカルムに天馬も、そして一同も不思議そうにその光景を見詰める。
嬉しそうにはしゃぐカルムの様子を見ていると、背後からワントーン低い男の声が聞こえた。
「カルム。作業の途中だろ。何をして――……?」
そう言ってカルムの後ろから姿を現したのは、右サイドに流れたクセ毛にカルム同様、翼の形を模したペンダントを付けた男。
男は天馬達を見ると少し警戒した声で「誰?」とカルムに尋ねた。
「あ、『ゲイル』! この人達ね、お客さんだよ! しかも人間! 僕、人間って初めて見て――」
「見れば分かる。……で、何の用で?」
ゲイルと呼ばれた男はカルムの言葉を遮ると、浅いため息を吐き、天馬達に尋ねた。
今まで出会った異形と同じく顔と色の無い彼だが、その口ぶりから天馬達に対し不信感を抱いているのは一目瞭然だった。
目の前のイレギュラーに対し警戒心を抱きながら、でも決してそれを表に出さぬように、フェイが言葉を返す。
「ボク達は、この街の先に用があってこうして歩いてきたんだ。それで、出来れば少しの間この街で休ませてもらえたらと思って……」
長時間の歩行でメンバー達の顔にも疲れが出ている。
こうやって顔の無いイレギュラーと話す事が出来るだなんてフェイ自身思ってもいなかったし、不安もあるが、今は贅沢は言っていられない。
フェイがそう説明すると、ゲイルは少し考え込んだ後「ではついて来てください」と天馬達を招き入れてくれた。
「入れてくれるやんね」
「俺等の事、警戒してるみたいだけどね」
言われるがまま、二人について行く一同。
街は砂地の地面にいくつもの石や岩が柱のように建ち、同じく石や岩で出来た家屋が立ち並んでいる。
道中、街の様子を興味深そうに眺める天馬達にカルムが話しかけた。
「この街は【ヒンメル】と言います。皆、石を加工して家を作りそこに住んでいるんです」
「へぇー」
「全部、自分達だけで建ててるのか?」
「はい!」
「この家全部?」
「はい! あ、でも石の加工は機械でやってますよ」
「凄いな……」
「てか、なんでお前までついてくるんだよ」
そう言うと、ゲイルは隣で歩くカルムをギロリと睨んだ。
……実際、彼等には顔が無いので睨むと言う表現は正しくは無いだろうが、そんな素振りをした。
「お前は作業中だろ。持ち場に戻れよ」
「少しくらい平気だよ。今は休憩時間だし、僕も久しぶりに"長"に会いたい!」
「長?」
カルムの言葉に円堂が首を傾げた。
「この街の長に貴方達の事を伝えに行きます。外の……しかも色のついた存在ですし」
「結局疑ってんのかよ」
「まあまあ……」
ぼそりと呟いた水鳥の言葉に傍にいた葵が宥めに入る。
そんな事を知ってか知らずか、ゲイルは真っすぐに前を向いたまま歩みを続ける。
「すみません、ゲイルは心配性なんです。決して貴方達を嫌ったりしてる訳ではありませんから……」
そう、ゲイルに聞こえないような声でカルムが謝るのを「大丈夫だよ」と天馬が優しく返した。
「それにしても、この街のイレギュラー達はずいぶん友好的なんだな」
霧野が先程から抱えていた疑問をカルムに投げかけた。
「あぁ。それは長の教えなんです。"世界や見た目が違えど存在する者は皆同じ。だから怯えたり怖がったりする必要はない"って」
「ずいぶん変わった考えを持っているんだね、その子」
少し離れた所でアステリが尋ねるように唱えた。
「まあ、イレギュラーとしては変わってますかね。でも、僕も街の皆もそんな長を強く慕っているんです」
「慕って…………」
嬉しそうに語るカルムの言葉にアステリはそれ以上言葉を紡ぐのを止め黙り込んでしまった。
思考や感情と言った生物特有の特性を持たないイレギュラーがこのように他者と会話をし、意思の疎通を行うなんて事は本来ならありえない。
ましてやこんな風に自分では無い存在を理解し、慕うだなんて思考を持つのはイレギュラーの中でも特殊な色と顔を持つ者だけだ。
それなのに、目の前の二人……否、この【ヒンメル】と呼ばれた街の住人達は黒一色の容姿とは裏腹に自我を持ち、互いを理解し、まるで色彩の人間と同じ生活を送っている。
「理解出来ない」……自身の知識では到底ありえないはずの現実に、アステリは強く眉を顰めた。
「へぇ、俺も早く会ってみたいなぁ。その長って言う人に」
「きっと長も貴方達の事を歓迎してくれますよ!」
「どうだろうな」
和気あいあいと言葉を交わす天馬とカルムにゲイルが静かに囁いた。
その様子にカルムは「もう」と不満そうな声を上げる。
「ゲイルは本当、心配性なんだから!」
「……そうじゃねぇよ」
「え?」
二人の会話を聞きながら長い柱で囲われた道を歩いて行く。
「そうじゃない」とはどう言う意味なのだろう。薄灰色の空を見上げ、天馬は考えた。
しばらくカルムとゲイルについていくと、長い柱で囲われた道とは一変。少し開けた場所に出た。
「つきましたよ」
ゲイルの促す先に視線を向ける。
そこには白い檻のような形をした巨大な神殿が天馬達を見下げるように佇んでいて、一同は息をのむ。
「うわあ……ゲームみたい!」
「長、来客をお連れしました」
「すごいすごい」と興奮した様子ではしゃぐ信助を一瞥すると、ゲイルは神殿の中にも聞こえるような大きな声で言葉を発した。
数秒の沈黙の後、入口の方からコツコツと石畳を歩く音が聞こえて来る。
段々と近付いてくる足音に耳を傾けながら待っていると、神殿の中から白いローブにフードを被った一人のイレギュラーが姿を現した。
「あれが長……」
「やっと来たんだね。待ってましたよ、松風天馬」
「えっ?」
白フードのイレギュラーから発せられた言葉に天馬は目を見開く。
「なぜ自分の名前を」……そんな事を思考するより前に、イレギュラーは天馬の前まで近付き、被っていたフードをそっと外した。
そうして露出されたイレギュラーの姿に
「――!?」
一同は驚愕した。
「はじめまして。私……いや、アナタ達には"俺"……かな。【ヒンメル】の長を務める『シエル・ウィンド』と申します」
そう言って不自然な程丁寧な言葉で挨拶をするイレギュラーの姿は。
「俺……!?」
紛れも無い『松風天馬』だった。
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