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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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エピローグ

 
前書き
真・平成最後の突発投稿。デュエルなしの超短編です。あのあと何があったのか、という後日談程度にどうぞ。

前回のあらすじ:裏デュエルコロシアム優勝者、鳥居浄瑠。 

 
 その日の朝に糸巻が自らの事務所で最初に目にしたものは、以前なけなしの予算をつぎ込んでリサイクルショップから掘り出してきた箱型おんぼろテレビの前で今日の日付の新聞を万力のような力で握りしめつつ画面を穴が開くほどに睨みつけていた部下の姿だった。彼女のために断っておくと、本来彼女はトラブルに目がない性格だ。人の愚痴を肴に一服たしなむのは、数少ない彼女のデュエル以外の趣味のひとつである。
 ただ、その日の朝に限っては若干調子が違っていた。消化不良のままに打ち切られたデュエル、いまだ体から抜けきらない無茶な連戦による痛みの残滓、妨害電波の通用しない進化した「BV」、賠償もとれぬままスクラップと化した愛車……いかに百戦錬磨の彼女といえど、昨夜の出来事は少々逆風が強かったのだ。いつもの元気に若干の陰りが生じていたとしても、誰も彼女を責めることはできないだろう。

「……」
「あ、糸巻さん。おはよーございます……」

 自分以上に負のオーラを全開にしている鳥居にくるりと背を向けて気づかれぬうちに退室しようとした矢先、かすかな気配を感じ取ったのか見るからにげんなりした様子の声をかけられる。最初にこの部屋へ足を踏み入れた瞬間から回れ右をしなかった自分のうかつさに心中呪いの言葉を吐き捨てながらも、諦めて胸ポケットから煙草を1本抜き出しつつ椅子に腰かける。

「よう、鳥居。ひっどい面してんなお前」
「お互い様っすね。んなことより糸巻さん、ニュース見ましたかニュース」
「あー?」

 堂々とした喫煙にもまるで無反応で……というよりは、それすらも目に入っていないのだろう。テレビを腕で示しながら、同時にくちゃくちゃの新聞を放り投げる。とくに強く握られていたのであろう箇所を開いて目を通すと、次のような記事タイトルが彼女の目に飛び込んだ。同時にテレビからも、慌てた様子のキャスターの声が聞こえてくる。

『デュエルポリスフランス支部、大手銀行の摘発!』

「おはようございます、まずは臨時ニュースです。日本時間で先日の深夜3時に行われたフランスの大手銀行、フルール・ド・ラバンク社へのデュエルポリスによる強制摘発ですが、現地では今まさにデュエルポリスフランス支部代表、(つづみ)千輪(せんりん)主任による記者会見が行われます。現地の門部(もんぶ)さん?」
「鼓ぃ!?待て待て待て、あいつ、今そんなに偉くなってたのか!?」

 すっとんきょうな大声に、さすがの鳥居も思わずといった様子で視線を糸巻に向ける。しかし肝心の彼女はといえば、もはや新聞も鳥居もそっちのけにして彼を押しやるようにしてテレビの前に慌てて陣取っていた。そんな様子など当然知る由もなく、画面はフランスに移り変わる。

『はい、こちら現場の門部です。今……あ、鼓さんが出てきました!』

 またもやカメラが動き、現地のレポーターから記者会見用の簡易セットへとピントが合わせられる。そこに現れたのは整った顔立ちに浮かぶ理知的な表情と赤い縁のメガネが特徴的な、腰まで伸びた銀髪を肩あたりでゆる三つ編みに結う日本人女性。きっちりと着込んだ制服をその内側から決して慎ましやかではない程度に盛り上げて自己主張するふたつの膨らみに対し報道陣から向けられる好色な視線もどこ吹く風に、糸巻の記憶通りの女性が一礼の後に口を開く。

『まずはじめに断っておきますが、今からこちらの申し上げる内容はあくまで要点のみです。より細かい内容は判明次第追って何らかの形で公表いたしますが、今の段階では現時点でこちらが突き止めた事実のみを明らかにさせていただきます』

 その顔立ちに似合った理知的な冷たい声が、フランスの街に凛と響く。質問を受け付けるつもりはない、との言外に込められたプレッシャーに静まり返った会場に対し、まるで記憶の中にあるそれと変わらない戦友の姿にかすかな小気味よさを感じて、テレビ越しに糸巻は自分の口元が緩むのを感じていた。

『ご理解いただけたようですので、手短に説明に当たらせていただきます。まず結論ですが、フルール・ド・ラバンク社は黒でした。我々の押収した資料からは、彼らが組織ぐるみで「BV」への資金援助、及び裏デュエルコロシアム関連で動いた金の資金洗浄、果ては身分を偽ったテロリストへの保証人……叩けば埃だらけ、とはこのことを言うのでしょうね。一般の口座開設者の方への補填に関してはこちらも今後この国と協議していく予定ですが、少なくともフルール・ド・ラバンクの名がこれ以降日の当たる場所で経営を続けることはないでしょう』
「しっかし、フルールがねえ。鼓の奴、ずいぶん思い切ったことしたもんだ」

 独り言ちながら、ずっと咥えたままだった煙草にようやく火をつける。フルール・ド・ラバンク、銀行としての経歴こそ比較的浅いものの比較的緩い条件で融資を受け付けることに定評があり、そのトップは世界の長者番付に常連として名を連ねる程度には羽振りがいい。それだけの会社にメスを入れたということは、かなり入念な根回しと証拠の入手が必要だったはずだ。
 ゆっくりと吐き出された紫煙に遮られ白く染まったテレビ画面の中では、今の簡潔にして簡素な説明に対しその張本人とは対照的に慌てふためく報道陣の様子がよく映っていた。そしてその様子を尻目に、あっさりと背を向けて立ち去ろうとする鼓。しかしその中で1人、まだ青年といっていいほどに若い1人の記者が立ち上がってマイクを向ける。

『こ、これだけは教えてください!どうして、今回の強制捜査に乗り出したんですか?そのきっかけは?』
『……私も代表としてこれから今回の件について処理しなければならないことは数多いので、質問を受け付けるつもりはありませんでした。ですが、そのひとつだけ答えましょう。私が個人的にフルールに疑念を抱いたのは、かなり前……かの銀行の名を最初に耳にした時でした』
『そ、それは、どういう……』
『フルール・ド・ラバンク、直訳で「銀行の白百合」。決して間違った語ではありませんが、普通この語を用いるのならば「白百合の銀行」とするのがベターでしょう。それを知りつつあえてその名前にしたという可能性もゼロではありませんが、それよりも私はこの名前そのものが、自分たちの存在をテロリストどもに伝えるひとつの符丁なのではないかという可能性に思い至りました。結果は、案の定でしたよ』

 そう言いつつ、制服から1枚のカードを取り出して質問した青年に見えるようにする鼓。何か聞くよりも早く、彼女自身が先手を打ってその口を開く。

『これは私が社長室へ踏み込んだ際、進退窮まった社長が「BV」を用いての違法デュエルを持ち掛けてきた際に使用していたカードです。大した腕ではありませんでしたが……いえ、話が逸れました。このカードですが、見ての通り日本版におけるその名はフルール・ド・シュヴァリエ。直訳で「騎士の白百合」……もちろん証拠が当時は存在しなかったためつい先ほどまで手出しはできませんでしたが、この摘発に「きっかけ」などというものが存在したとすればそれは、このカードとのネーミングの類似からです。このフルール・ド・シュバリエはフルール・ド・ラバンクの設立以前から存在するカード、つまり彼があえてデュエルモンスターズのカード名に類似した名前を付けたことになりますから』
『そんな乱暴な理由で……』

 失言に気づき慌てて口を閉じる記者だが、それを聞きつけてなお鼓の表情は変わらなかった。代わりにただ肩をすくめ、ため息混じりに片手でメガネを上に押し上げる。
 
『その通り、乱暴な推測です。それゆえにかえって誰も思いつかず、見るものが見れば一目瞭然であるにもかかわらずこれまでは疑いの目をかけられることすらなかった。実際見事な隠蔽でした、我々としても「必ず何かを隠している」という視点の元で何度も洗い直してようやく尻尾を掴めたようなものですから』

 その言葉を最後に、今度こそ背を向けて去っていく鼓。その後ろ姿を呆然とした風に映す映像が流れたところで、彼女はテレビの電源を落とした。

「いやー、面白いもん見た。んで鳥居君や、君は一体なーにをいつまでもうじうじしてるのかね。おねーさんが聞いたげようじゃない、うん?」

 続けて目を向けたのは、記者会見が終わってもいまだに負のオーラを放出し続けている鳥居。彼はそのかつての仕事上テンションの切り替えがうまく、何があったにせよここまで目に見える形で引きずり続けている時点でかなりの異常事態があったことはわかる。
 そして返事代わりに彼が投げつけてきたのは、新聞以上にぐちゃぐちゃに丸められた薄い紙きれだった。いい度胸だこの野郎と怒鳴りつけようとするのを寸前でぐっとこらえてその紙を開くと、すぐにその正体が分かった。小切手、それもその数字には随分とたくさんのゼロが並んでいる。

「この記号、確かユーロか?日本円だとざっと、あー、500万ってとこか。どうしたんだ、これ?」
「昨夜の優勝賞金っすよ。表彰の後に貰った」
「羨ましいこったねえ、アタシが現役の時でもこんなゼロだらけの額めったに拝んだことないよ。おい鳥居、先輩には当然何割か奢るんだぞ」
「1円でも入ってくりゃ喜んで奢りますよ、もっとよく見てください」
「あー……」

 その時点で流石の彼女にもオチは予想がついたが、一応小切手をさらに広げて確認する。くっきりと印刷されたその銀行名は、案の定フルール・ド・ラバンクとあった。ただでさえ違法な金であるうえ、おまけにその銀行は摘発真っ最中。どう控えめに表現しても、もはやこの小切手の換金が絶望的だろうということは彼女にも理解できる。

「まあ、なんだ。ドンマイ」
「俺の金ぇー……」

 デュエル中の生き生きとした様子からは想像もつかないほどに俗物らしさを全開にして嘆く鳥居。つまるところこちらが彼の素であり、デュエル中の人格は半ばカードを手にしたときに切り替わる二重人格のようなものである。そのことを改めて実感しつつ眺めながら、昨夜彼女自身が戦った宿敵である巴光太郎が去り際の最後に残して言った言葉を思い出す。彼はあの時、今回の裏デュエルコロシアムは鳥居が優勝しないと困る、そう言っていた。おそらくあの時点ですでに摘発によって小切手が紙切れになった、あるいは近いうちにそうなるであろうことは彼には分っていたのだろう。そしてあの参加者のうち他の誰かが優勝していたら、そんな銀行を経由して賞金を用意しようとした彼ら自身の裏社会での信用も地に堕ちる。
 だからこそこんなゴミを掴まされてもその経歴上どこかに訴えるわけにもいかず泣き寝入りするしかない彼が優勝し、この小切手を受け取る必要があった。彼女の中でようやく、パズルのピースがはまる。

「なるほどねえ。まんまとアタシらは、狐に化かされたってわけだ」
「なんですって?」
「あーいや、こっちの話だよ。でもほら、優勝したってことは、お前も自分のデュエルがやりきれたんだろ?ならまあ、それはそれでいいじゃねえか」
「そりゃそうかもしれないですけどさあ……でもこれだけの元手があれば、昔解散の時に置く場所もないからって二束三文で売っ払った大道具、ちゃんと買い戻して保管用の倉庫ぐらい兜建設に頼んで割安で建てさせて、また昔の仲間に連絡とって……って、俺も結構大真面目に考えてたんですよ?それがさあ、こんなことって……あー、俺の金ぇー……」

 彼は彼なりに、皮算用ではあったもののそれなりに切実な理由からこの賞金を当てにしていたらしい。だからだろうか、柄にもないことを彼女が口走ったのは。

「……しょうがねえなあ、昼はラーメンぐらい奢ってやるから少しは元気出せって」
「なら俺、プラス150円の大盛で……」
「駄目。80円の煮卵トッピングまでなら許してやる」

 きっぱりと言い切る糸巻に、ようやく元気が戻ってきたのか呆れたような鳥居の視線が向けられる。

「……俺の立場で言うのもなんですけど、そういうとこケチですねえ、糸巻さん」
「るせい、アタシだって毎日金欠なんだよ。奢ってやらないぞ」

 こうして、ひょんなことから首を突っ込むこととなった彼女らの家紋町裏デュエルコロシアムを巡る戦いはひとまずの解決を見ることとなった。互いにその結果には釈然としないものを残しながら、それでも戻ってきたつかの間の日常に帰っていく2人。ただ、糸巻は半ば確信していた。近いうちに、また面倒事に巻き込まれるのだろうと。 
 

 
後書き
ということで第一部、裏デュエルコロシアム編は終了。今作は前作のように完結まで何年もかけて続ける気はありませんので、大体一部ごとにこれぐらいの長さにするつもりです。
次回からは第二部、精霊のカード編(予定)ですので、気が向いたならばそちらもどうぞ。 
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