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戦国異伝供書

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第三十七話 兄からの禅譲その一

               第三十七話  兄からの禅譲
 景虎は初陣を飾ったがその初陣でも鮮やかに勝ってみせそれからも戦の場に出ればその都度であった。
 見事に勝ってみせた、その采配や戦いぶりに越後の者達は皆驚いた。
「何と鮮やかに勝たれることか」
「あの様に勝つ方は見たことがない」
「即座に戦い即座に勝ってしまわれる」
「まさに軍神じゃ」
「毘沙門天を深く信じておられるというが」
「あの方こそ毘沙門天ではないのか」
 驚いてこうまで言うのだった。
「まこと凄き方じゃ」
「越後にあの様な方が出られるとは」
「しかも戦い破った相手は許される」
「戦の場以外で人を傷つけることは一切されぬ」
「足軽達の乱暴狼藉は一切許されぬ」
「民に対しても非常に心優しい」
 その行いもまた評判になっていた。
「実に見事な方じゃ」
「戦にお強いだけではない」
「お心も素晴らしい方じゃ」
「敵に背を向けぬだけではない」
「仁愛もお餅じゃ」
「まさに毘沙門天の化身じゃ」
「まことにそうじゃ」
 こう言うのだった、だが景虎自身はそう言われてもだった。
 驕らず謙虚なままで兄である当主晴景に忠義を誓い日々励んでいた。戦ではこれ以上はない勇気を以て見事な采配を見せるが戦の場でも至ってもの静かであった。しかし一つだけ毎晩欠かしていないものがあった。
 この時は戦がなく景虎は自身の屋敷の中にいた。昼は晴景と共に政にあたり学問と武芸にも励んだ。そして夜は。
 縁側に一人いた、その彼のところに直江が来て声をかけた。
「今宵もですか」
「はい、夜になりましたので」
 景虎は直江にすぐに応えた。
「こうしてです」
「飲まれていますか」
「わたくしはこれがないと」
 直江に笑って言うのだった。
「どうしてもです」
「楽しませんか」
「学問と武芸も好きです」
 そういったものに励むこともというのだ。
「己が磨かれることを実感しています、ですが」
「酒はですね」
「何といってもです」
「虎千代様にとっては最も楽しいものでありますな」
「陣中でもこれがなければ」
 杯を手にしての言葉だ、隣には塩がありそれを舐めつつ酒を飲んでいるのだ。見ればもうかなり飲んでいる。
「どうにもです」
「何も出来ませぬか」
「左様です、ですから」
「今宵も飲まれていますか」
「毎晩飲んでいます」
 今宵だけでなく、というのだ。
「そうしています」
「そうですか。ですが」
「酒は、ですね」
「過ぎるとです」
 直江は景虎に少し厳しい口調で話した。
「虎千代様もご存知ですね」
「毒になります」
「そうです、適度なら薬になりますが」
「百薬の長という言葉通り」
「ですがそれが過ぎると」
「毒に変わる」
「そうしたものです」
 このことを言うのだった。 
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