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fate/vacant zero

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邂逅かいこうする二人





「――というわけなんです」



 ここは学院長室。

 気絶させたフーケをタバサの使い魔のドラゴン『シルフィード』で拘束し、馬車にぐるまを使ってえっちらおっちらと学院に戻ってきたのが15分ほど前。

 今はルイズが主おもとなって、今回の事件の詳細をオールド・オスマンに報告しているところである。



 ちなみにフーケを気絶させた直後、無駄に心配させるなとかそういうことは早く言えとかでルイズにどつかれたわけだが。

 遠心力の乗ったタバサの杖の一撃は流石に痛かった。星が見えたぜ。



「ふむ……、ミス・ロングビルが土塊のフーケじゃったとはな……。
 美人だったもので、何の疑いもせずに秘書に採用してしまったんじゃ」



 大丈夫かこの爺ジジイ。



 ルイズが、呆れたように尋ねる。


「いったい、どこで採用なされたんです?」

「街の居酒屋じゃよ。
 私は客で、彼女は給仕をしておったのじゃが、ついついこの手がお尻を撫でてしまってな」



 こんなんがトップで、大丈夫なのかこの学院。

 とりあえず、エロジジイで呼び方決定していいよな?



「で?」


 どうでもよさそうな声でキュルケが促した。



「おほん。
 それでも怒らなかったので、つい秘書にならないかと、誘ってしまっての」



 駄目だこいつ。早く何とかしないと。



 思わず何処ぞの新世界の神みたいな思考になった。

 タバサも珍しいことに半眼になって、心底理解できないといった感じの口調になって呟く。


「なんで?」


 瞬間、オールド・オスマンが目を剥いて怒鳴った。



「カァ――ッ!」



 剣幕は凄まじかった。

 だが、先ほどまでの自白の所為せいで威厳は皆無だった。


 それからこほりと一つ空咳をし、真顔になって言う。



「おまけに魔法も使えるというもんでな」

「死んだ方がいいのでは?」



 ぼそり、と隣に控えたコルベール先生が呟いた。

 うん、俺もそう思った。

 ルイズやキュルケ、タバサもうんうんと頷いている。



 オールド・オスマンはまたも咳払いをすると、コルベール先生のほうを向いて重々しい口調で言った。


「いま思えば、あれも魔法学院に潜り込むためのフーケの手じゃったに違いない。
 居酒屋でくつろぐ私の前に何度もやってきて、愛想よく酒を勧める。
 魔法学院学院長は男前で痺れます、などと媚を売り売り言いおって……。終いにゃ尻を撫でても怒らない。

 惚れてる? とか思うじゃろ? なあ? ねえ?」



 年を考えろエロジジイ。



 オスマン老を除く全員の心が、この瞬間確かに一つになっていた。

 一つ溜め息をついたコルベール先生が、場を収束させるためにとりあえず同意する。


「ああ、そうですな。美人はただそれだけで、いけない魔法使いですな?」

「そのとおりじゃ! 君はうまいことを言うな、コルベール君!」


 なんか吐き捨てるような口調だったが。

 まあいいか。



 ちなみにこの場の誰も知らないことではあるが、フーケに宝物庫の弱点をばらしたのは、いつもの病気を遺憾なく発揮したコルベールだったりする。



 いつもの病気とは何か?

 それはまあつまり、マッドな科学者なら大抵持ち合わせている病気のことだ。


 いわゆる、説明病というヤツである。



 閑話休題それはともかく。


 生徒たちの冷たい視線にようやく気付いたオスマン老は照れたように咳払いをすると、厳いかめしい顔つきをして見せた。

 どう考えても手遅れではあるが。



「さて、君たち。
 よくぞフーケを捕まえ、『破壊の杖』を取り戻してくれた」


 ルイズは恭しく、キュルケは誇らしげに、タバサは手馴れた仕草で礼をした。


「フーケは城の衛士に引渡され、そして『破壊の杖』は宝物庫に再び収まった。
 壁の修理も無事に終わり、これにて一件落着じゃ」


 オスマン老は、一人一人頭を撫でていく。


「君たちへの士爵位シュヴァリエ授与の申請を、ミス・タバサには士爵位シュヴァリエ)の代わりに、精霊勲章の授与を宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう」



 ルイズとキュルケの顔が、ぱあっと輝いた。


「本当ですか?」


「嘘をついてどうするね? いいんじゃよ、君たちはそれぐらいのことをしたんじゃから」



 ルイズが真偽を確かめる中、キュルケは元気無さそうに立つ才人を横目に見ながら言った。



「オールド・オスマン。サイトには、何もないんですか?」


「残念ながら、彼は貴族ではない」



 才人は苦笑して、「何もいらないですよ」と言って黙り込んだ。

 やや気まずげな空気に包まれたが、オスマン老のぽんぽんと打った手がそれを払拭した。



「さて、今夜は『愛フリッグの舞踏会』じゃ。この通り『破壊の杖』も戻ってきたことじゃし、予定通り執り行う」


 瞬間的に、キュルケの顔が輝いた。

 才人のことも頭から瞬間的に飛んだような気がするが、多分気にするだけ無駄なんだろう。



「そうでしたわ! フーケの騒ぎで忘れておりました!」


「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意をしてきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」



 三人は一礼をすると、ドアへと向かった。

 タバサが途中、こちらを怪訝そうに振り向き、立ち止まる。


「先に行ってていいよ。あ、ナイフは後で返すから」



 まだ少し疑問のありそうな顔だったが、こくりと頷き部屋から出て行った。


 それにあわせて、オスマン老が才人へと振り向いた。







「なにか、儂わたしに聞きたいことがおありのようじゃな」


 一つ頷く。


 そう、俺には今、聞きたいことが一つあった。

 自分の居た世界への、糸口だ。



「言ってごらんなさい。出来るだけ力になろう。
 君に爵位を授けることは出来んが、せめてものお礼じゃよ」



 そう言って、オスマン老はコルベール先生に退室を促した。

 ものすごく残念そうな顔をして、しぶしぶと部屋から立ち去る背中が印象的だった。


 コルベール先生が部屋から出て行ったのを確認して、俺は口を開く。


 どう切り出したものか軽く悩んだが、回りくどく言葉を紡げるような賢いお頭つむはしていない。

 率直に切り込むことにした。



「あの『破壊の杖』は、俺がこちらに来るまで居た世界の"武器"です」


 オスマン老の目が、ほのかに細められる。


「ほう。こちらに来るまで居た世界とは何じゃね?」



「俺は、この世界の人間じゃありません」



 オスマン老の目が、見開かれた。


「……本当かね?」


「本当です。俺はあのルイズの『召喚』で、この世界に連れ込まれたんです」



「なるほどのう……、そういうことじゃったのか……」


 オスマン老のセリフの後半部分は、俺に対してのものじゃなかったように思えた。

 じゃあ誰に対してのものか、なんて疑問は後回しだ。

 訊きたいことを、勢いに任せて訊いてしまおう。


「『破壊の杖』は、俺の世界の武器だ。あれをこの世界に、この魔法学院に持ってきたのは、誰なんですか?」


 それさえわかれば、俺の帰る手段も見つかるかもしれないから。



 ところがそう尋ねられたオスマン老は、遠い目をして大きな溜め息をついた。


「あれをくれたのは、儂わたしの命の恩人じゃ」


「その人が、今どこにいるか分かりませんか? その人は、多分俺と同じ世界の人間です。多分、間違いなく」

 オスマン老は目を伏せ、首を横に振った。


「死んでしまったよ。今から、もう三十年も昔の話じゃ」





「――なんですって?」



 死んだ?

 ……ってことは、つまり元の世界には……。



 戻れて、ない。




「三十年前。
 森を散策していた儂わたしが翼竜ワイバーンに襲われたときのことじゃった。

 あの『破壊の杖』の持ち主が森の奥より現れ、もう一本の『破壊の杖』で翼竜ワイバーンを吹き飛ばすと、ばったりと倒れおったのじゃ。
 腹に、穴が開いておってな。儂わたしは彼を学院へと運び込み、手厚く看護したのじゃが……」


「死んでしまったんですか?」


 オスマン老が頷いた。


 足元が崩れたような錯覚が襲ってくる。



「儂わたしは彼が使った一本を彼の墓に埋め、もう一本を『破壊の杖』と名づけて宝物庫にしまいこんだ。

 恩人の形見として、の」



 オスマン老が遠い目になる。


「彼はベッドの上で、死の間際までうわ言のように繰り返しておった。
 『ここはどこだ。元の世界に帰りたい』とな。彼は、君と同じ世界から来ておったんじゃな」



 望みが、断たれた。





「その人は、いったい誰に召ばれたんですか?」

「それはわからん。いったい彼がどこから来たのか、最後までわからんかったよ」


 ――くそ。

 手がかりには、なりそうにないか。


 がり、という音で、唇から血が流れていることに気が付いた。


 無意識の内に、歯噛みしてしまっていたらしい。

 垂れてきた血を袖で拭こうと左手を持ち上げ……、その手をオスマン老に掴まれた。


「おぬしのこのルーンじゃが……」


「何か知っているんですか?
 知っているんなら、こいつについても聞きたかったんですが。
 コレ、木の枝や剣や、『破壊の杖』を握った時に光って、体が軽くなったんです。
 『破壊の杖』の使い方が頭の中で分かったり……」


 ふむ、とオスマン老はあごに手を当て、なにやら考えている。

 話していいものかどうかを悩んでいるようだったが、それでもやがて口を開いてくれた。



「――うむ。これなら、知っておるよ。
 これは、"ガンダールヴ"の印じゃ。伝説の使い魔の証じゃよ」


「……伝説の、使い魔?」



 ガンダールヴ。

 それはひょっとして、デルフリンガーやナイフの言った、『使い手』のことなのか?



「そうじゃ。
 その伝説によれば、"ガンダールヴ"はありとあらゆる『武器』を使いこなしたとある。
 『破壊の杖』を扱えたのも、おそらくはそのお蔭じゃろう」



 『武器を』、か。

 木の小枝や炭を握ってもあまり光らなかったのは、そのせいか?

 "武器にもなる"って認識と、"武器でしかない"って認識の差、だと考えればいいのかね。


 にしても……、伝説、ねぇ。


「なんだって、俺がその"伝説"になっちまったんです?」

「わからん」



  き、きっぱり言いきったな、この爺さん。


「わからんことばっかりですね……」

「すまんの。ただ、ひょっとするとの話じゃが……、お主がこちら側にやってきたことと、何らかの関係があるかもしれんの」


「むぅ……」



 この爺さんでも分からないとなると……、この学院の中じゃ、これ以上の情報を得るのは無理なんだろうか。

 しょうがない、『武器』にルーンが反応する、ってことが分かっただけ、良しとするしかねえか。


 がっくりと肩を落としていると、オスマン老が気遣うような声色で話しかけてきた。


「力になれんですまんの。ただ、一つだけ約束しよう。
 儂わたしはおぬしの味方をするよ、ガンダールヴ。

 ――よくぞ、恩人の杖を取り戻してくれた。改めて、礼を言おうぞ」



 そう言って、抱きしめられた。


「おぬしがどういう原因でこちらに連れてこられたのか、これから儂わたしなりに調べてみるつもりじゃ。

 ああ、ただ……」


「ただ……、なんです?」

「何もわからんでも、恨まんでくれよ。
 もともと、雲を掴むようなことじゃからな。

 なあに、こっちの世界も住めば都じゃよ。
 嫁さんだって探してやるわい」



 少し頭痛がしてきた気がする。

 どうにもこうにも頼りないとは思うが、まあ協力してくれるとは言ってくれたのだ。


 安心するべきか、苦悩するべきか。

 なんにせよ、この爺さんが食わせ者だということだけは、どうにも間違いが無いように思えた。



 ま、確かにこっちの世界も嫌いじゃねえんだけどな。

 連れてこられたのがムリヤリでなけりゃあ、思う存分に楽しめただろうに──



 はぁ、と溜め息を大きくついて、才人は部屋を辞した。











Fate/vacant Zero

第十章 邂逅かいこうする二人











 小人形たちアルヴィーズの食堂の一つ上の階に、大きなホールがあった。

 ここが、『愛フリッグの舞踏会』の会場である。


 いま、ホールの中では着飾った生徒や教師たちが犇ひしめき合いながら、豪華な料理が盛られた多くの円卓の周りで歓談している。

 そしてその屋外、バルコニーの枠にもたれ、華やかな会場をぼんやりと眺める影が一つ。


 才人である。

 腰には例のナイフが、未だに携えられていた。


 彼は外周りの階段からここへと上がってきて、料理のおこぼれに預かり、外バルコニーからぼんやりと中を眺めているのだった。

 どうも場違いな気がして、素面で中に居座り、あの貴族生徒や教師たちの中に混ざる気にはなれなかったのだ。


 傍かたわらの手すりには、中から拝借した肉料理の皿と、シエスタの持ってきてくれたワインの瓶とが乗っかっている。

 手酌でグラスに一杯注いで、くーっとそれを飲み干す。



「お前、さっきから飲みすぎじゃねえか?」


 手すりに立てかけた抜き身のデルフリンガーが、心配そうに声を掛けてきた。



 キュルケの買ってくれた剣は刀身ごと回収したのだが、刀身が入っていた柄の内部が衝撃でガタガタになってしまっており、自前での修理は不可能になっていた。

 今はキュルケの部屋に保管してもらっているが、いったい誰に修理を頼めばいいものか。


 ただの剣だったのならまだよかったのだが、アレは魔法道具アーティファクトの類だったらしいのだ。

 製作者以外に直せそうな人物は、キュルケには思い当たる節がないようだった。



 そんなわけで、今ここには護身用にデルフリンガーを持ってきていた。

 ナイフは、タバサに返さなければならないことだし。


 相変わらず口が減らない剣だったが、話してみれば陽気で楽しいヤツだった。

 今みたいな気分の時は、都合がいい。



「ほっとけ。
 せっかく家に帰れる手がかりを見つけたと思ったのに、それが思い過ごしだったんだぜ。
 これが呑まずにいられるかよ」


 さっきまでは綺麗なドレスに身を包んだキュルケが傍にいて、色々と話し相手になってくれていたのだが、パーティが始まると共に中に入っていった。


 彼女はホールの中で、たくさんの男に囲まれて笑っている。

 後で一緒に踊りましょ、と言ってくれはしたものの、あの様子では何人待ちになることか、さっぱり分からない。



 ルイズは、まだ来ていないようだ。


 デルフリンガーを取りに戻った時は着替えの最中だったのか、ドアの隙間からデルフリンガーを鞘ごと差し出してすぐ部屋に引っ込んでしまった。



 タバサの方は……、何処に居るんだか。

 元がちっちゃいので、この人の海の中では完全に隠れてしまっている。


 きょろきょろとホールを見回していたら、ホールの壮麗な扉が開いて、ルイズがようやく姿を現した。



 門に控えた呼び出しの衛士がその名をホール全域へと告げ、数多くの視線がルイズに殺到し……、どよめきで空気が揺れた。


 バレッタで纏められた髪、白のパーティドレスに包まれた体。

 肘まである白い手袋は、なんだか距離を感じるほどにルイズの高貴さを演出し、胸元の開いたドレスは、つくりの小さな体を宝石のように引き立てている。


 主役がこれで全員揃ったことを確認した楽士たちが、小さく流れるような出だしの、宴の始まりを告げる曲を奏で始めた。

 ルイズの周りにはその姿と美貌に驚いた男たちが群がり、盛んにダンスを申し込んでいる。

 これまでゼロのルイズとからかってきたノーマークの女の子の美貌にようやく気付き、いち早く唾を付けておこうというんだろう。


 ルイズがそれらの手の中の一つを取ったのを視界に捉え、なぜだか俺は、無性にワインが欲しくなった。

 とくとくとく、くいっ、っと一気に鈴葡萄のワインを呷あおり、再びホールに視線を戻した時。



 貴族たちが一斉にホールの中央へとダンスを踊るために動き出し、その人の波が通り過ぎた後に、ようやくタバサを見つけることが出来た。



 タバサはルイズと同型の、しかし黒いパーティドレスにその身を包み、バルコニーから程近いテーブルに着いて、黙々とテーブル上の料理に取り組んでいた。


 あまり目立ってはいないが、その横髪は青いカチューシャで纏められているようだ。

 耳が普通に見えているタバサというのは、ちょっと新鮮かもしれない。


 メガネはいつもの赤縁のものを掛けている。


 こうしてまじまじと見てみると……、なんか、引き込まれそうなほどに綺麗なのは気のせいだろうか?



 っていうか、ちょっと静まれや俺の心臓。

 一気にワインを呷あおりすぎたのか、さっきからバクバクとすげえやかましい。


 ふとタバサがこっちを見て、目がかち合った。

 ちょうどいいやとデルフリンガーを引っつかんで、ホールの中へと歩を進められたのは、酒の力か、辺りに人が居なかったからか、はたまた青い瞳の放つ魅力にやられたのか。


 それはさっぱり分からないが、なにやら忠告するようなデルフリンガーの声はスルーし、視線をかっちりと合わせたままタバサの居るテーブルまで歩き、隣に立った。






「隣、いいか?」


 こくりと頷いたタバサに断りをいれて席に着いて、そこで正気に戻った。



 なにやってんだ、俺は?



「えーと、な」


 ?、と首を傾げるタバサ。

 さらりと揺れる夏空色に、そういえばこんな至近距離で一対一で話すのって、初日にぶつかって以来だな、と思う。


 って違うだろ俺。

 用件はどうしたんだ、用件は。


 自分で自分を叱咤しつつ、眼を惹かれる南海色の双眸を捉えたまま、頬に酒以外の赤みを覚えながらも、なんとか本来の用件を口に出すことに成功した。



「今日は、ありがとうな。助けてくれて」


 まずは、そうお礼を言っておく。

 タバサはふるふると首を……、横に振って?


「今回は、わたしも助けられた」



 ……えーと?

 ひょっとしてデク人形ゴーレムを『破壊の杖』でぶっ壊したことを言ってるのか?


 そう尋ねてみたら、こくりと頷かれた。


「おあいこ」

「いや、でも」


「いいから」



 何がいいんだかはさっぱりだが、どうやらタバサの中ではそういうコトになっているらしい。

 いや、まあタバサがそれでいいんだったらそれでいいんだけどさ。


 なんかこう、自分で助けたっていう自覚の無い手助け、って微妙に納得が……、まあ、いいか。



「それで、このナイフなんだけど。今、返しても……、困るよな」


 こっくりと頷かれた。そりゃそうだ。

 パーティドレスにナイフをぶら下げるなんて、どう足掻いても猟奇的に過ぎる。

 絢爛■踏でもするつもりならともかく、そうでないんならやめた方がいい。


 なんかいま違う世界が混じった気がするがそりゃ別にどうでもいい。



「じゃあ、明日でもいいか?」


 こくこくと頷いて肯定された。

 ……いかん、なんか無性に可愛いな。小動物チックで。


 あまり話さない理由は一目で分かる。

 会話しながらも食べる手は休まってないからだ。


 なに食ってんだ、と手元を見てみた。



 そこにあったのは、とても見覚えのある、っていうかこっちに来てから欠かすことが出来なくなりつつあった、あのトゲトゲの葉っぱのサラダだった。


 いや、今日のはなんかトゲトゲ以外の葉っぱ類もてんこもりになってる。

 パーティ用かね。青いソースはいつもどおりみたいだけど。


 小皿に取り分けて食うのが普通だったと思うんだが、テーブルの上に同じサラダが無いところを見ると、どうもタバサは大皿から直食いしているらしかった。



 いいのか、それで。



 っていうか、ちょっと分けてくれ。食ってみたいぞ。



「なあ、それちょっと分けてもらってもいいか?」

「………………」



 無言でじっと目を見つめてきた。

 な、なんだなんだ?


 じっとその目を見つめ返してみる。

 ……いや、なんとなくな。


 じーっとその目を見ている。

 視線がばちばちいいはじめたのはきっと気のせいだ。


 ばちばち、じーっ、とその目を見ている。


 ぅあ、なんかうるうるしはじめたんですケド。

 やべえ、罪悪感がやべえ。



「ご、ごめん」


 す、っと視線をテーブルに戻して、その辺のローストビーフみたいな肉料理をつまむ。


 何やってんだろうな、俺。

 罪悪感にやられて妙に沈んだ気分では、せっかくの料理もなんだか味気ない。


 はぁ、と首を落とした視線の先、横から小皿とちっちゃな手が伸びていた。

 小皿には見覚えのあるトゲトゲの葉っぱが乗っかってたりする。


 ぱっ、と腕の付け根に目をやると、これまた目を大皿に逸らしたタバサが、もくもくやりながら小皿を差し出してきていた。



「……いいのか?」


 あらぬ方向を向いたまま、こくりと頷かれた。

 ありがたや。


 っていうか、こんなちっちゃな子に何を気ぃ使わせちまってんだ俺。



「ありがとな」


 そう言って、軽くわしゃわしゃとして、小皿に向き直る。

 フォークをサラダに突き刺して、ドレッシングによく絡めて口へと運ぶ。


「うん、うまい」


 だいたい二日ぶりぐらいに味わったのと、トッピングされたいつもとは違う葉っぱのぴりっとした辛味のお蔭で、いつもよりも一味違う旋律が口の中で爽やかに広がった。

 辛味が甘酸っぱいソースに巻きついて、トゲトゲの葉の苦味と綺麗な調律を取っている。



 はもはもとサラダを口に運びながらタバサの方を見てみたら、なんか様子がおかしかった。


 目は軽く細められ、フォークを握った手の動きには残像が憑ついて廻まわり、すっごい速度でサラダが口の中へと消えていってる。


 ……お、怒ってる? と不安になったものの、そういう雰囲気は纏ってない、と思う。

 ルイズとタバサじゃ勝手も違うと思うから、いまいちこういう感覚も信用は出来ないんだけど。



 考え事をしながら手と口を動かしていたら、かちんと音がした。

 小皿の方を見てみたところ、きれいさっぱりと空になっている。


 ありゃ、もう終わりか。



 隣からも、がちぃッ! と音がした。

 どうやらタバサの方の皿も空になったらしい。皿が金属製でよかったな。


 はふぅ、と一息吐いてからタバサの方を見やれば、黒い表紙をした文庫本サイズの本を、開こうと――。




 待て。


 どっから出したんだ、その本。





 なにやら怪奇現象を垣間見た気がするんだが、ぶんぶんと首を振って忘れることにした。

 それがきっと一番いい。


 あれはきっと魔法だ。

 モノを収納する魔法ぐらい、きっとあるよなあ。


 ははは。


 タバサが杖を持っていないことなど気にしてはならない。

 気にしたら負けだ。



 意識と一緒に視界もずらしたのか、才人の視界にはダンスを楽しんでいる貴族たちの姿が、しっかりと映されていた。

 キュルケやルイズの姿も目に映り、そこで一つ気になることができた。



「なあ、タバサ」

「……?」


 首を傾げているタバサに、直球で聞いてみる。


「タバサは、ダンスに参加しないのか?」



 一瞬の間が空いて、こっくりと頷かれた。


 ふむ?



「……踊れない、とか?」


 ふるふると首を横に振られた。

 そういうわけではないらしい。


「相手がいない」


 なるほど。



「誰か誘ってきたやつとか居なかったのか?」


 またふるふると首を横に振られた。

 顔を見て、爪先から、頭の天辺までを眺めまわして、もう一度視線を顔に戻す。


 むぅ、充分すぎるほど可愛いと思うんだけどなぁ。

 これで声が掛からない、っていうのがすげえ不思議だ。



 ――よし。



「踊れないわけじゃないんだよな?」



 まあ、俺は酔っていたんだろう。


 気付いた時にはこっくりと頷くタバサにむかって、臆面も無くとんでもない言葉を吐いていた。



「じゃあさ、俺にちょっとばかりダンスを教えてくれないか?」



 興味もあるしな、と付け足して。

 タバサがこっくりと頷いて。


 二人して立ち上がる。



 「剣は置いていった方がいい」というタバサの声に素直に従い。

 背にした剣を、座ってた椅子に立てかけて。

 腰のナイフをその椅子に置く。



 ゆるりと差し出された手を、少し芝居がかった仕草で取ってみた。


 手袋越しの体温はほのかに暖かく、とても柔らかかった。









「こりゃおでれぇた。相棒、てぇしたもんじゃねえか?
 貴族メイジのダンスの相手を務める使い魔なんて、初めて見たぜ」


 椅子に掛けられたデルフリンガーは、踊る相棒とその相手の青髪の小娘を見つめながら、面白いものを見たと言わんばかりに声を挙げた。

 それから、傍らに寝かし置かれたナイフに向かって語りかけた。


「お前さんはあぁいうのって見たことあるかい? なあ、ご同輩」

「げ。……ばればれか?」


 ナイフ――シェルンノスが声を挙げた。


「あたぼうよ。こちとらもうじき2000年もんだぜ? 年季が違わぁな」



 かたり、とシェルンノスが揺れた。


「へぇ? 奇遇だなそりゃ。俺もちょうどそれぐらい生きてきてんだよ」



 ことり、とデルフリンガーが揺れた。


「ほー? そりゃおもしれえや。案外、どっかで会ったことぐらいあるかもしんねえなぁ」


「そーだな。俺はここ数十年ぐらいはガリアで傭兵やってたんだが。アンタの銘なは?」



 武器同士が会話をしている光景というのは、かなり剣呑なものがある。


 ぶっちゃけ目立つ。

 悪い意味で。


 そのテーブルというか椅子の周りには、踊りから戻ってきた貴族たちも、誰も近寄らなかった。



「オレかぃ? オレっちは、デルフリンガーっつぅんだ。お前さんの銘なは?」



 シェルンノスが、再びかたりと揺れた。


「……ん、あぁ。俺はシェルンノスってんだ、が。……デルフリンガー? ……デルフ?」


 自分自身に問いかけるように呟くシェルンノス。


「ん? お前さん、オレっちのこと知ってんのかい?」

「あー……。いや、なんか銘なに聞き覚えはあるし、口にした覚えもあるんだけどよ。わりぃ、よく思い出せねえ」


「そうかい。……ま、知り合いだったとしても、オレの方もお前さんのこと、よく覚えてねえんだわ。ここはおあいこってことにしとこうや」

「ぬ。……そうだな」



 それから二振りの長剣と短剣は、それぞれの相棒が戻ってくるまでたわいもない話を続けた。


 時たま、たたらを踏んだりしながらタバサと踊る才人のたどたどしい姿は、二振りにとって実にいい肴さかなになってくれた。


 それは、お互いの存在を二振りが認識しあった、お互いにとって久しぶりの楽しいひと時だった。















「……ありゃ?」


 ドアノブを掴んでがちゃがちゃとドアを揺らしたが、何故か開かない。

 才人は後ろを振り返り、確かにキュルケがそこに入っていったよな? と不思議に思った。


 タバサとのダンスを終えた後、次はわたしの番よと乱入してきたキュルケは、深夜まで続いた舞踏会が終わってからも一緒に行動してきた。

 まあ舞踏会の余韻を壊したくはなかったので、デルフリンガーとナイフを回収してからまっすぐにルイズの部屋まで戻ってきたのだが。


「鍵がかかってんね」


 背中のデルフリンガーが声を掛けてきた。


 いや、そりゃ分かってる。

 問題は、どうやって中に入るかなんだが。


 ていうか、ひょっとしてルイズのヤツ、もう寝ちまったのか?



「ルイズー?」


 だんだんと扉を叩いて、名前を呼んでみた。



 反応がない。

 どうも、完全に眠ってしまっているとみて間違い無さそうだ。


 どうすっかなぁ、と悩んでいると、



「ダーリン? そんなとこで何やってるの?」



 とキュルケが背後の扉から戻ってきた。

 下を見れば、フレイムも扉の端から顔を覗かせている。


 鍵、開けれないか? と尋ねてみようとした時。



「いや、これからちょっと今日のことの復習をしようと思ってな。
 ルイズの邪魔にならないよう、屋上に出ようと思ってんだが、そこの火蜥蜴サラマンダー、借りていいか?」


 勝手に口が動いて、わけのわからないことをほざきやがった。

 んな、と出そうとした声も出てこない。


「へ? ええ、いいわよ別に。フレイムー」


 きゅるきゅると、扉から完全に体を見せたフレイムが視界に入らない。

 首が動かせない。腕も動かせない。


 どーなってやがんだ。


「これからダーリンが勉強会するみたいだから、体を冷やさないようにしっかり暖めてあげて。いいわね?」


 よくねえ、と叫べない。

 きゅる、と一頷きしたフレイムをその場に残し、頑張ってねー、とキュルケが部屋に消えた。


 なんだなんだと思いながらも、体は勝手に歩みを進め、階段へと歩んでいく。

 後ろにフレイムを従えながら。









 この場所に来るのは、これで二度目だっただろうか。


 フレイムにドアをくぐらせると、あの夜の様にばたりと後ろ手にドアを閉めた。

 "俺"はそのままドアの横へと腰を下ろし、右手でデルフリンガーを抜き、左手でナイフを持って。


 手のルーンが輝き始めて、ようやく体の制御が戻ってきた。



 とりあえず、さっきまでの自動歩行の原因らしきヤツを問いただしてみる。


「さっきのは、お前のしわざか? ナイフ」


「ありゃ。驚かねえのか? 小僧」



 不思議そうな声でナイフが言った。

 否定しなかったってことは、黒か。


「いや、驚いてたぞ? 階段を上る頃ぐらいまでは」


 単に、心当たりがあったから落ち着いただけだ。


「立ち直りのはええこったね、相棒」

「順応力があるって言え」


 それにまあ、土人形ゴーレムと戦ってた時にこのナイフ自身が言ってたからな。


 "操れねえ"ってさ。



 ……ってアレ?


「おいナイフ」

「なんだ」


「お前、俺は操れないんじゃなかったのかよ?」


 確か昼間はそう言ってたはずなんだが。


「そのはずだったんだけどな。まだ色々確認する必要があるから、はっきりとは言えんよ」

「なんだそりゃ」


「よーするに、今夜は実験タイムっつぅわけだよ、相棒。
 つかシェル。お前さん、まだ相棒に自己紹介してねえの?」


 デルフリンガーがよくわからん説明をしてくれた。

 色々突っ込みどころがあった気がするが、まずは、だ。


「シェル?」

「俺の銘なまえだよ。
 本当はシェルンノスって言うんだが、ちとなげぇからな。
 俺がこいつをデルフって呼ぶようなもんだ」


 へぇ、とフレイムを膝に呼び乗せ、暖を取りながらそれを聞いた。


 まあ、こいつらには色々と訊きたいこともあるから、丁度いい機会かね。

 酒も入って、テンションはそれなりに上がってることだしな。



「んじゃあ、シェル。ちょっと質問いいか?」

「いいぜ?」


 間髪入れずに返事が返ってきた。

 さて、何から訊ねよう?


 使い手について。……は、もうなんとなく分かったからいいか。

 となると。



「まずは、そうだな……。
 さっきお前、俺の体を操ったよな?
 さっきと昼間の違いってなんなんだ?」


 どういう条件で、操れる時と操れない時に分かれるのか、だ。

 さっきみたいに唐突に操られでもしたら敵わんからな。



「違いか? なんとなく分かっちゃいるんだが……、そうだな。
 ちょっと俺を腰に差してみてくれ。あ、デルフは放すなよ?」

「ああ、わかった」



 言われたとおり、シェルの刀身からだをスラックスと体の間に挟みこむ。


「これでいいか?」

「おう。……ああ、やっぱりか」


 返事から僅かな時間で、落胆したような納得したような声色でシェルが呟いた。


「やっぱりって何がだ?」


「操れねえわ、今のお前。
 左手のルーンは今、光ってるか?」



 左手を確認する。

 今は逆の手でデルフを掴んでいるので、きっちりと光っている。


「光ってるな。……ぁ、ひょっとしてこれが?」



「多分そういうこったろうな。
 お前さんが『使い手』の力を使ってる間は、俺が操ろうと思っても強制的にキャンセルされちまうらしい」


 ふむ。

 これはシェルが"武器"だから、ってことなんだろうかね。


 "武器"を使いこなす使い魔が"武器"に使われてたんじゃ面目が立たん、とか。

 そんな感じの理由なんじゃないかと。


 いや、当てずっぽうなんだけどさ。



「案外それが当たりじゃね?」

「かもしれんなぁ」

「きゅる」


 三人、もとい二振りと一匹に同意された。



 ……いま俺、口に出してたか?


 いや、まあそれはもういいや。

 次だ、次。


 シェルを再び腰から抜き、デルフを壁に立て掛けて再び尋ねる。



「次の質問なんだが」

「おう」


「昼間、お前の言うとおりに叫んだら、なんか妙な歪みが飛んでったり火の粉が出たり埃ほこりだらけになったりしたけどさ。
 あれって、魔法だよな?」


「そうだぜ」



 あ、やっぱりか。



「でもさ、魔法って貴族にしか使えないんじゃなかったか?」


「いいや、そうじゃねえよ。
 っていうか、その理屈だったらこの世に魔法使いメイジの盗賊や傭兵なんざ存在できねえじゃねえか」



 あ、そうか。


「貴族ってのは、ブリミルの時代に系統魔法を使うことが出来た連中の子孫が名乗る称号なんだよ。
 細かく厳密に言えばもうちょい色々あんだがな」



 そういやルイズが前になんか言ってたような気がするな。

 貴族の中には勘当されたり家を捨てたりスピンアウトした連中もいる、とか。



「いいか? 系統魔法を使える条件ってのはな、意思の強さだ。
 自分の中に潜む意思を燃やして力に変える連中のことを、魔法使いメイジっつーんだよ。
 んでもって、杖は意思を力に変換するための媒介なわけだ」


 自分の中に潜む意思?


「えーと……、つまり、想像力旺盛なヤツほどすげえ魔法使いメイジなのか?」


 これだと、強くなれば強くなるほど人格に問題が出そうな気もするが。



「ちょっとちげえな。
 憎しみ、悦たのしみ、愛しさ、哀しさ、まあその他諸々あるにはあるが、ああいう心に響く感情の類が魔法を使うための力、精神力なんだ。

 人によって内訳うちわけは多少変わったりするけどな」


 へぇ。



「で、呪文はその力に方向性を持たせるためのもんで、言ってみりゃ自己暗示だな。
 想像力は、これを唱える時に使う。

 "自分の唱える呪文では、こういうことが出来る"。

 その内容を明確にイメージできていれば、杖で変換された想いはそのイメージどおりに、世界を導く」



「なんってか……、すげえんだな、人の想いイメージって」

「つーても、世界を従わせる範囲を広げれば広げるほど、精神力はより大量に消耗されちまうんだけどな」

「だろうなぁ」


 ゲームなんかでよくあるパターン、っちゃパターンか。


 世界は、イメージで出来ている。

 ってか?



「まあそういうわけで、"こうしたい"と強く明確にイメージできるヤツなんかは、たとえそれが平民でも、杖さえあれば強い魔法使いメイジになれる要素はあるんだ」


 なるほどねぇ。杖さえあれば、か。



「って、俺は杖なんか持って「俺」……あ、シェルって杖なのか?」


 そりゃ驚きだ。

 どっからどう見ても短剣なのにな。


「杖っつーか、変換媒体だな。
 俺の場合だと、鍔つばに使われてる金輪リングが基点コアにされてるんだが」


 ああ、このやたら丸々しい鍔つばか。

 なんかこう、腕輪にでも出来そうな。



「なるほどねぇ……。うう、もうしばらく借りてたいなぁ」


 こいつ一本あれば色々試せそうなのになぁ、魔法。



「それも面白そうだが、生憎あの嬢ちゃんの護衛も俺の仕事でね。その辺は我慢してくれや」

「ちぇ。……なあデルフ、お前には杖の機能ってついてないのか?」


「あるかもしれねえ」

「ホントか!?」


 そうならすっげえ嬉しいんだけど。



「ないかもしれねえ」



 ………………をいをい。


「どっちなんだよ?」


「わりいね、オレっちは自分でそういうの使ったことってねえのよ。
 オレはあくまでもただの剣であって、戦うのはあくまでもオレを持つ使い手だからよ」



 まあ、そりゃ確かに正論だ。

 自発的に闘う剣って、使う側からしてみりゃさぞ鬱陶しいだろうし。



「試してみるしかねえか」


「こんだけ錆びてちゃ、その機能が残ってるかどうかもわからんけどな」


 だよなぁ……。

 ガックリ。





「ああ、そういや小僧」

「ん? なんだよ」


「俺、まだお前の名前しらねえんだが」



 ……そういや、シェルは名乗ったけど俺は名乗ってなかったな。

 興味に引っぱられて、延々と話し込んでたけど。



「俺は才人。平賀才人だ」


「サイト、ね。聞かねえ響きだ」

「あ、やっぱりシェルもそう思うんか。珍しいよなあ、相棒の名前」



 はあ、と一息を吐く。

 いつの間にやら丸くなって眠り込んでるフレイムの頭を片手で撫で、シェルをデルフの傍らの壁に立て掛け、二振りの世間話をBGMにして目を閉じた。



 ……今日は、本当にいろいろなことがあった。



 朝方、フーケを追って森の廃屋へ向かい。


 昼、土人形ゴーレムと対峙し。


 魔法をこの身で扱い。


 フーケの正体を暴き。


 オスマン老に感謝され。


 夜、舞踏会でタバサやキュルケと踊って。


 何故かルイズに閉め出され。


 シェルやデルフに訊きたいことを訊いて。



 そういえばまだ何か尋ね忘れていることがあった気がするんだが……もう、流石に疲れた。

 かなり眠い。



 フレイムもいることだし、まさか風邪をひいたりはしねえだろうと高たかを括くくって、才人は眠りの海へと沈んでいった。

 




 
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