人理を守れ、エミヤさん!
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地獄門からの門出だね士郎くん!
斯くて風魔忍群の長は散った。煉獄の炎に灼かれるに等しい激痛の海の中、穏やかな笑みを最後まで絶やさずに。
風魔小太郎。時間にして、僅か十日余りの旅を共にしただけだった。だがそれでも俺にとっては大切な仲間だった。……心の支えだった。
心身は疲弊し、味方も物資もなく、特異点内外の絶望的な時間差に途方に暮れ。それでも自棄にならずに冷静さを保ち、カルデアの使命に殉じていられたのは……風魔小太郎という相棒がいてくれたからだ。
俺は弱い。一人じゃ何も成し遂げられたものがない。いつも、誰かに縋って。いつも、誰かに助けてもらって。――だからせめて強がって。皆に頼られる事で、心に鎧を着ていた。
仲間がいない。その状況で俺の地金はあっさり露呈した。特攻紛いの人助け……小太郎が助けに来てくれなければ、俺は転移初日で呆気なく死んでいただろう。なんて弱さだ、唾棄すべき軟弱さだ。俺を生かして、俺を助けて、死んだ後ですらカルデアではなく、こんな俺の助けになるように全てを差し出してくれた。
俺にそんな価値はあるのか。アラヤ識などに操られ、踊らされ、惑って迷って挫けて嘆いて。こんな弱虫に、そこまでしてやる価値はあったのか――そう疑う事は、もう赦されない。俺自身が絶対に赦さない。
それは、俺を生かそうと、助けるべく微笑んだ風魔小太郎への侮辱だ。衛宮士郎にはそこまでしてやる価値があったと、俺自身が俺に証明しなければならない。喩え独りでも。喩え力尽きても。俺はもう、絶対に膝を折らない。
そうだ。何を弱気になっていた。カルデアとの連絡が取れない? 仲間達と違う時間の流れに取り込まれた? だからどうした、だからなんだ。俺は生きてるぞ、生きてるならなんでもやれる。心は折れない、絶対に朽ちない。それに、俺は独りなどではない。
小太郎がその身を犠牲にして、新たな剣を招いてくれた。なら――それに報いないなんて嘘だろう。手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に。心胆を鉄として二本の脚で屹立する。そして、迎えた。消え去った小太郎のいた場所に現れたサーヴァントを。
「――新選組一番隊隊長。沖田総司、推参。
あなたが私のマスターですか?」
現れたのは、袖口にダンダラ模様を白く染め抜いた、浅葱色の羽織を纏った女剣士だった。
薄い桜色の髪は白に近く。黒いマフラーを首に巻き、膝上まで届くロングブーツを履いている。
俺はその剣士の真名と容姿に目を剥くも、ソッと左目の眼帯を撫でて平静になる。
「そうだ。俺は衛宮士郎。これから宜しく頼む。沖田総司、お前のクラスとスキル、宝具を教えてくれ」
惚れた女と同じ顔だった。だがその魂はまるで違う。幕末に猛威を振るった剣豪集団、その中の一人である天才剣士が実は女で、惚れた女と顔が同じ。それだけで態度を変えるような事はない。俺の問いに彼女は首肯した。
しとしとと降り注いでいた雨は、小太郎の苦悶を洗い流したように止んでいた。その中で、儚げな容貌の少女は首を捻る。
「はい、私はセイバーのサーヴァ、ント……? あ、あれ? セイバー……なんですが。あれー? おかしいです……なんか私、アサシンのよーな……セイバーのよーな……?」
「なんだ、召喚に何か不具合でもあったのか?」
何せ殆どインチキじみた召喚過程だった。サーヴァント召喚を、サーヴァントの霊基を元にしておこなったのだ。なんらかの不具合があっても不思議ではない。寧ろ何もない方が有り得ないだろう。
案の定沖田総司は戸惑っていた。霊基へなんらかの欠落があるのか? それとも……。その推測を裏切るように、沖田は言った。
「えっと、有り体に言いますね?」
「ああ」
「なんか私、セイバーだけどアサシンみたいなんです」
「……? それは……ダブルクラスという事か?」
「ええまあ、はい。多分そうです」
ダブルクラス。つまりは二重召喚。二つのクラス別スキルを保有する事が出来るという、極めて希少なスキルだ。
召喚者が召喚の際に、特殊な条件付けを行わなければ発動しない――らしい。制限として、三騎士及びエクストラクラスは組み合わせに入らず、残りの四クラスの組み合わせでなければならない――らしい。
らしい、というのは。冬木の聖杯について調べていた際に、ロード=エルメロイⅡ世から聞いた覚えがあるからだ。全部受け売りである。
だが三騎士クラスとの併用は不可能であるはず。何故剣士と暗殺者のクラスが合わさった?
「マスター? 何か可笑しな事でも?」
沖田がそう訊いてくる。……知らず、笑っていたらしい。
考えられる理由は一つだけだ。本来はセイバーとして喚び出されるはずだった沖田は――小太郎という暗殺者の霊基を元に召喚された事で、本来の剣士のクラスに暗殺者としての霊基が混ざってしまったのだろう。
破損した聖杯を使い、俺という三流の魔術使いに喚ばれ、小太郎の霊基を介し、沖田という剣士のクラスが変質した。そうとしか考えられない。となるとこれはつまり――
「いや……なんでもない。お前の異常の原因は分かった。クラスはいいから、スキルと宝具の説明を頼む」
――まあ、ロマンチックに言えば。小太郎は、死んでない。そういう事だろう。そういう事にしてもいいだろう。俺はそう思っておく。
沖田は首を傾げながらも、「マスターがそう言うなら」と受け入れてくれた。
「まず、セイバーとしてのスキルですが。クラス別スキルの対魔力、騎乗スキルはEです」
「……」
「いーです」
「……」
「……」
遠くを見る。沖田も遠くを見た。
雨が上がったからか、雨雲から一筋の陽射しが差し込んできていて、実に綺麗だ。
いー。イー。E。セイバーとしての基本的なそれが……。
咳払いをする。気を取り直して先を促した。
「次にアサシンとして、気配遮断はBランク。私の持ち得ているものが、偽の心眼がAで、病弱もAで、縮地がBですね」
「……病弱?」
「……はい、病弱です」
「……。……なんだそれ?」
「……。……それ、聞きます?」
「……」
つまり、天性の打たれ弱さ、虚弱体質という事か。沖田の場合は生前の病に加え、後世の民衆が抱いた心象を塗り込まれた事で「無辜の怪物」に近い呪いを受けている、と。
あらゆる行動時に急激なステータス低下のリスクを伴うようになるデメリットスキル。発生確率はそれほど高くないが、戦闘時に発動した場合のリスクは計り知れない、と。
「縮地の詳細は?」
ネロの偏頭痛が移っていたらしい。頭痛がしはじめていたが、堪えて良さげな響きについて話題を逸らす。すると沖田は自慢げに胸を張った。
「瞬時に相手との間合いを詰める技術ですね。歩法の極みです。単純な素早さではなくて歩法、体捌き、呼吸、死角など幾多の現象が絡み合って完成します。私ほどになりますともうほとんどテレポートみたいなもんですよ」
「……なるほど」
沖田のステータスは、まあ彼女らしいものだ。
筋力はCで、耐久はE、敏捷はA+、魔力がEで幸運がDである。まさに比較的近代の剣豪、極端である。
「そして宝具! スゴいですよー。何せ私、セイバーとしてのものと、アサシンとしてのものも持ち合わせてますから!」
彼女の代名詞的な技、無明三段突き。これは宝具というよりスキルみたいなものだという。
種別は対人魔剣。平晴眼の構えからほぼ同時ではなく全く同時に放たれる平突きで、放たれた壱の突きと弐の突き参の突きを内包する。放たれた三つの突きが同じ位置に同時に存在しており、この『壱の突きを防いでも同じ位置を弐の突き、参の突きが貫いている』という矛盾によって、剣先は局所的に事象飽和を引き起こす。
事実上防御不能の剣撃であり結果から来る事象飽和を利用しての対物破壊にも優れる。また効果範囲こそ狭いものの命中個所は「破壊」を通り越して、刳り貫いたように「消滅」するほどだとか。
誓いの羽織。Cランク宝具らしい。
今の彼女が着ている物だ。装備する事でステータスのパラメーターを上げる事が出来るらしい。そして愛刀「乞食清光」が沖田総司の愛刀だと人々に信仰されていた「菊一文字則宗」へと位階を上げるという。
そしてセイバーとしての最終宝具「誠の旗」。ランクはBで種別は対軍宝具らしい。
発動すると単独行動スキルを持った新撰組の剣豪を召喚でき、数に数で対抗する戦闘が可能になる。それぞれの隊士が魔剣の域に達した剣技を振るうため、攻撃力はかなり高いそうだ。
……昔の剣豪というか、日本は魔境だった……?
「気配遮断、縮地、三段突きのコンボが最強だな……正面から当たるとなれば誠の旗を使えば……」
「どうですどうです? 沖田さん大勝利しちゃいそうじゃないですか? マスター、マスター! 沖田さんはスゴいでしょう?」
ぶつぶつ呟いていると、にこにこと得意気に笑う沖田に俺は苦笑してしまう。
清楚かと思えば陽気、儚げな佇まいに反してお調子者。付き合いやすそうだ。
俺は彼女に現状を伝えようと思う。しかしその前に、どうしても言っておきたい事があった。
「小太郎カムバック」
超高性能だが病弱スキルが怖すぎる。その一言に尽きた。
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