提督はBarにいる・外伝
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狸の狐狩り
「そういやぁ、あの指輪は後継ぎが見つかったのかい?」
「何の話だね?」
そう言って壬生森の奴は露骨に話を逸らしてきた。口に運ぼうとしていた『オマール海老のソテー』をわざわざ鉄板に戻して、だ。
「とぼけんなぃ。あの珊瑚玉の指輪だよ。確かケッコンカッコカリシステムの元祖になったって代物だろ?」
以前来たときに相談された話。昔喪った艦娘に渡していたという指輪……それをどう扱うか?という話をした。あれからどうなったのか、興味がないと言えば嘘になる。
「あれはーー」
「その指輪ならついさっきまで、私の指に収まっていたわ」
そう言って左の薬指を此方に見せつけてくるのは、ニライカナイの加賀だった。そこには確かに、指輪を填めていたであろう跡が残っている。
「戦闘時の能力向上の為の一時的な貸与だ。余計な事を言うんじゃない、加賀」
「あら、ですが貴方は私を選んだのよ?提督。戦力増強というのならそこのツンデレ白髪でも良かったでしょうに」
「誰がツンデレ白髪よ!?」
叢雲がギャーギャー喚いて反論しているが、その口からステーキが勢い良く飛び出して来たせいで迫力もクソもない。台無しだ。
「そういうポンコツな所が相応しくない、と私は言っているのよ。その自覚すら無いのなら、その人の傍らを明け渡しなさい」
「なんですってえええぇぇぇぇぇ?」
「……浅ましいですわね」
叢雲と加賀の舌戦を見ていて、熊野が嘆息している。
「「戦闘にも参加させてもらえない役立たずは黙っとけ」」
すかさず叢雲と加賀が睨み付けながら熊野に反論する。
「ぐふぅっ!?」
あ、熊野が心臓の辺りを抑えて悶えてやがる。話によると、壬生森の執務面での秘書的な立場で、あまり前線に立つというポジションにはない艦娘らしい。が、前線で戦い続けている2人からすると『現場に立たせてすら貰えない役立たず』と少なからず思っていたんだろうな。そいつが苛立ちのあまりに噴き出した、と。
「ひ、酷いですわ……」
ヨヨヨ、と泣き始める熊野。
「はん、何嘘泣きしてんのよ。アンタがそうやって提督に擦り寄ろうとしてるなんてのはお見通しなのよ!」
「全く、どっちが浅ましいんだか」
「ちっ」
「おいおい、嘘泣きかよ」
ちょっとした意趣返しのつもりだったが、これは思わぬ修羅場の発生じゃねぇか。他人の修羅場を傍観する、なんて最高のコメディだろうが!いいぞもっとやれ。
「はぁ……アンタも随分とエエ性格しとるなぁ?」
「あんまり褒めるなよ、照れる」
「褒めとらんわっ!」
ダン!とビールの入ったジョッキをカウンターに叩き付けながらツッコミを入れてきたのは、ニライカナイの龍驤だった。
「他人の不幸は蜜の味、って昔から言うだろ?本人達には堪ったモンじゃないかもしれんが、横で見てる分には最高に面白いぞ?痴話喧嘩とか」
「はっ、煽ってその状況を作り出しといて良く言うわ。……あ、豚玉1つ」
「あいよ。……そう言いつつ止めないで傍観者に徹してる時点でお前さんも似た者同士だと思うがな」
「あはは~……そりゃあ毎日あの手のやり取りを見せられるとなぁ。もどかしゅうてさっさと進展せぇ!って思っても仕方無いやろ?」
「あ~……ドラマとかでもしつこすぎると飽きてくるわな」
そのもどかしさがイイ!って連中も一定数はいるとは思うが。
「せやろ?だからいっぺん、この辺でバチバチにやり合わせたらエエかな~、なんてな?」
「面倒くせぇな。全員抱え込んだらいいだろうが」
「そらアンタやったらそれでエエかも知れんけど……」
と、チラリと龍驤が壬生森に視線を送る。
「生憎、私にはそんな度量も甲斐性も無いものでね」
しかし、壬生森は肩を竦めるばかりで取り付く島もない。
「この調子やからな、男の方が」
「難儀だねぇ。それなりに稼いでるだろうに」
「寧ろウチとしては、厳つい見た目のアンタがそんなにモテてるのが信じられんわ」
「男は見た目じゃねぇって事さ。なぁ金剛?」
「え、私はdarlingのマッチョなbody大好きですよ?」
「……聞く相手間違えたわ」
「まぁ、何にしろ俺に惚れる連中のきっかけはそれぞれだろ。人間の魅力ってのは1つや2つじゃねぇからな」
「そうですねぇ。青葉の調べによると、100人以上居る嫁艦及びその候補の皆さんにアンケートを取った所、大半の人が『料理が美味しい』か『逞しさ・強さに惚れた』という解答でしたね」
「逞しいはともかく、胃袋掴まれるんは強いなぁ」
「……いや、それ普通女が男をオトす時の手段じゃねぇのか?」
「どっちでもええんちゃう?最近は専業主夫も増えとるみたいやし。……で、豚玉まだ?」
「今あがるよ……っと。はいお待ち」
焼き上がった豚玉を、龍驤の前にズイッと突き出してやる。鉄板の上でジュウジュウと焦げるソースとマヨネーズの香りが立ち込め、その上では鰹節が舞い踊る。龍驤はコテを受け取ると、それを使って乱暴に切り分けるとコテで掬い上げて頬張った。
「あふっ!」
「当たり前だ。焼き立てだぞ?」
龍驤は口の中の熱を冷ますように、ジョッキに注がれたビールを流し込んでいく。その様はとてつもなく美味そうだ……やっぱり粉ものにはビールかハイボールだな。
「そんでも、粉もんは熱い内に食うのが一番美味いんやないか」
「まぁ、そりゃ否定せんが」
冷めてベチャッとなったたこ焼きとか、食べてて悲しくなるからな。と、さっきまで騒がしかった方を見ると、叢雲の視線が龍驤の食べているお好み焼きに釘付けになっている。口の端から涎が垂れているのも気付いてないらしい。叢雲といがみ合っていた加賀も、チラチラとこっちを見ている辺り、一航戦の腹ペコ属性からは逃れられんらしい。
「……ウチは喧嘩はご法度だぜ、お客人だろうがウチの流儀には従ってもらう」
一度閉め出されたらその日の内は出入り禁止。酷い場合には数日間の出禁。それがウチのルールだ、例外はない。
「煽ったのは君だろうに」
「煽られて喧嘩をする方が悪い。そこはアンタの監督不行き届きって奴じゃないのかねぇ?センパイ」
「……解った、私の敗けだ」
ちょっとした意趣返しのつもりだったが、どうやら薬が効きすぎたか。
「それよりもウチの腹ペコ共に、お好み焼きを食わせてやってはくれないか」
「ちょっと!?私は食べたいなんて別に……」
「私もです」
壬生森の身も蓋もない言葉に反論しようとする2人だったが、
「そうか……モダン焼きを2人前仕度してたんだが、要らないなら他の奴に」
「ま、まぁ?出された物を残すのも失礼に当たるし……ねぇ?」
「そうですね、店側の厚意を無駄にするのは無礼です」
熱い掌返しで、そそくさと着席する2人。叢雲がポンコツなのは知ってたが、加賀もポンコツなのかよ……。
「ところで、本気かね?アメリカから賠償金を取るというのは」
「あぁ、本気も本気さ。ウチの店はツケは利くが、キッチリと清算させるのがモットーでね」
今回は店だけじゃねぇ、鎮守府も痛い目に遭わされたんだ……100%搾り取ってやるぜ。
「……やれやれ、胃痛が続きそうだ」
俺の顔を見て、壬生森の野郎はため息を吐いてやがった。解せぬ。
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