ノーゲーム・ノーライフ・ディファレンシア
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第2話 前座
────空は、フリーズしていた。
具体的には、己の失策を呪っていた。
自分は、何を理解したつもりでゲームを受けたのだろうと。
状況を整理しよう。今回テトから吹っ掛けられたゲーム────それは、『唯一神のコマを持つ相手の再戦に全て勝て』という内容のゲームだ。「『 』にリベンジしたがってる十六人」とテト自身が言ったのだ、間違いは無いだろう。
そして笑えない事に、『 』は唯一神のコマを集めなければならない────つまり、コマの所持者に対してゲームを仕掛けなければならないという訳だ。
────ただでさえデタラメな異種族が相手、その上相手の思惑に乗って勝てと。しかも16連戦を無敗で。全く、理解に苦しむ超難易度である。
しかし問題はそこではない。どんな強敵が相手だろうが、『 』からすれば大した違いはない。誰も彼もが等しくデタラメ────ならば、対戦相手がどれだけ強いかなど『 』にとっては全くの些事だ。
それより悩むべくは、対戦相手を提示されていない事である。『 』と対戦した事がある者、という限定文言はあるが────だがそれ故に、対戦相手の特定にある問題が生じる。
『 』との主な対戦者をリストアップしてみても、人数が足りないのだ。
クラミー、ジブリール、フィール、いづな、巫女、プラム、アズリール、帆楼、イミルアイン、アインツィヒ────たった十一人。五人足りないのだ。
再戦する動機に乏しいステフといのを加えてやっても十三人。 完全に攻略され再戦の意志を持たないライラ、アズリールに全権を委託している為まとめて1人と数えられるアヴァント・ヘイムは数に入らない。ゲームでコテンパンにした貴族ならそれなりの数がいるが────それを数合わせに採用しても面白くないだろう。テトが採用するとは思えない。
つまり────このゲームにおける最大の問題は、途中でゲームの進行が不可能になるという事だ。
マッチング無しにオンライン対戦は成立しないように、相手も分からないのにゲームは出来ない。そんなゲームの、何を理解したつもりでゲームを受けたのだろう────空は遅まきながら己の失策に気づき、そしてフリーズしていた。
だが、既に【盟約に違って】ゲームを始めた以上降りる手立てはない。互いの同意で無効試合にすればゲームは止められるが────テトがゲームを止めることに同意?
遊戯の神が?遊戯を中断?
────有り得ないだろう。ならば、もはや選択肢はない。途中で詰みゲーになる事が予見出来ようが、進める他ない。
それは理解した。いや、初めからやりたくて受けたゲームだ、プレイする事自体に異論はない。異論があるのは────
「せめてマッチングしてからゲーム始めろよ頭抜けてんのかテト!!プレイするのはいいがプレイ続行不可能だぁ!?お前は調整下手くそなソシャゲの運営か!?回線ぶっこ抜きした方じゃなくされた方に敗戦記録を残すクソシャゲか!?課金でもすれば対戦相手の情報でも開放されんのか!?あァ!?」
────とまあ、そんなところである。
その場にいない者に当たり散らして、何とか空は平静を取り戻す。
そもそも、確かにゲームする上で不備はあれどテトに説明責任など最初からない。空の異論も妥当だが、テトにも一切の責任はないのだ。異論を挟む余地はない。
ならばテトへの抗議など考えるだけ無駄だ。空はそう考えて、とっとと思考回路の使い道を『ゲームの攻略』に切り替えた。
────このゲームには、攻略ルートが用意されていない。
誰から先に倒せ、といった指定の一切がないのだ。さらに言えば、テトが勝利条件としたのは唯一神のコマ16個の回収────当然それはゲームなくして実現しないが、そのゲームで敗北することすらテトは禁じなかった。それは単に、敗北を喫するなど許さない『 』を相手には必要のないルールと考えた可能性も高いが。
それだけではない。先ほどこのゲームの難しさの一つとして挙げたゲームを挑む事を強制されるルールも、厳密にはルールではなく駆け引きでどうにか出来なくもない問題だ。相手になるのが異種族────それに関しては今に始まったことではない。ゲームルールとしての障害とはカウントすべきでないだろう。さらに言えば、このゲームは『いつまでに終わらせなければならない』というタイムリミットすら設けられていないのだ。
つまり、現時点で障害たり得るのは、徹頭徹尾『対戦相手が分からない事』だ。ならばそれをこそ解決していくのが筋だろう。
────と、言う訳で。
『 』一行はコマを持っているか分からない『敵候補』に接敵する事とした。対戦相手が分からない問題を解消するにあたり、不確定要素を早目に潰しておく事が目的である。
この場合それに当たるのはステフといのだが、その両方に当たる必要は無い。どちらも『参加する動機に乏しい』という一因によってコマの所持が疑われているため、片一方のコマの所持を確認すればもう片方のコマの所持も確定するからだ。よって、敵候補を敵として確定するのにわざわざ二人の元へ行く必要は無い。確認に赴くなら1人を確認すれば十分である。
ならば、どちらの元へ確認に行くかなどもはや迷うべくもない。より動機に乏しく接敵が容易であり、さらに勝つにも苦労しない方を選ぶに決まっている────当然、選ばれたのはステフだった。
珍しく執務室にはいなかったステフを探し(この発言から、ステフが普段どれだけ社畜にされているかが推して知れようものだ)、空達はは城内をほっつき歩く。ステフが無断で城を空けるワケもない、こうしていればさしたる時間もかからず見つかるだろう。
そんな空達の思惑通り────ステフはすぐさま見つかった。
「あ~~、久しぶりにまともなお風呂ですわぁ~……」
────ステフは絶賛入浴中だった。
この際だから言っておくと、久しぶりのまともな入浴で思い切り羽を伸ばしているステフに気を遣おうという考えは空も白も持ち合わせていない。グシに関しては多少頭をよぎりはしたが、唯一神のゲームの方が優先度は高い。ステフの入浴を邪魔しないという選択肢は空達にはない。
しかし────と、空は頭を抱える。
空と白は離れられない故、白だけを風呂場に行かせステフを引きずり出すことは出来ない。空が目隠しをしてしまえばよいかもしれないが、目隠ししながら風呂場を歩くなどという危険行為に及ぶ気概は空にはない。それで転んで頭を打って死んだりすれば、ゲーム以前に人生が終わる。エルキア連邦の首脳の死因としてはあまりにダサすぎるだろう。
────普通に呼べよと、そう半眼で白は訴えるが空は気付かない。普通に呼んで着替えをさせて終わったらゲームを始めればいいのに。白の考えは至極真っ当なのだが、空童貞18歳にその思考を求めるのは酷なものらしい。
結局、なんの打開策も浮かばず空はウロウロとその場を徘徊し始めた。そんな童貞の情けない姿に、白は呆れたようにため息をつき────
「何やってんだ、さっさと入るぞ」
「「!?!?!?」」
────グシは痺れを切らしたように、風呂場の戸に手をかけた。
「ちょ、おま、完全に不健全だろちょっと待て!?」
「ぐ、グシ、気が……狂っ、た……!?」
叫びを上げる空、静かに驚愕する白。
その声に気付いてか、ステフが慌てたように声を上げる。
「ソ、ソラ!?い、今は駄目ですわ服も何も────あれ?タオル?」
だが、その声が突然小さくなり、そしてついに聞こえなくなる。
空はその声に違和感を覚え、グシを見やる。グシは空の視線に気付くと、ふと思い立ったように口を開いた。
「魔法でタオルを転移させた。俺が18禁まで話を持っていくわけないだろ……」
「あ、ああ、そ、そっか。それもそうだな……って、魔法?」
空はグシの言葉に納得しかけ、だが聞き捨てならない発言に再び疑問を抱く。
即ちそれは────
「待て、なんで喀血なしに魔法が使える!?」
────魔法という発言だ。
グシの魔法理論は身体そのものを魔法の源、燃料として使い潰すという乱暴な代物だ。当然、こんな乱暴な理論で魔法を用いれば比喩でなく身体が溶ける。身体の不調は避けえない────どころか、最悪死んでも全くおかしくない。
だが、その魔法を使っているにも関わらずグシに一切の不調が見られないのだ。体内精霊を燃料に魔法を使うグシの理論では、不調は避けえないにも関わらず。
そんな空の疑問に答えるように、グシはニヤッと笑って説明を始める。
「体外精霊の誘導魔法の刻印術式を作ったんだよ。
今まではいつでも魔法を使えるように、常に身体を溶かし続けてた────つまり、蛇口を捻りっぱなしだった訳だ。当然それは燃費が悪いし無駄遣い極まりない、身体への負担も大きかった。
だがこの誘導魔法があれば、体外精霊を誘導────操作できる。最低限の体内精霊でこの術式さえ起動すれば、それ以降は他種族みたく普通に魔法が使えるようになるって訳だ。体外精霊────つまり精霊回廊から精霊を誘導するやり方は、他種族の言う『精霊回廊への接続』となんら変わらないからな。
もちろん最初に誘導術式を起動するにあたって体内精霊を使用する以上、身体へのダメージはゼロではないが。せいぜいが獣人種の『血壊』未満のダメージに過ぎない、もういちいち喀血はしねぇよ」
そう、グシは自慢げにその事実を語る。
魔法の観測できない人類種の身でそれを成す事がどれほど至難か────それを思えばあまりにささやかな自慢に、『 』すら絶句する。
「えっと……タオル、着ましたわ」
その沈黙を破ったのは、申し訳なさそうなステフの声だった。
如何に「燃費が良くなった」とは言え、それが身体を溶かす行為であるのに変わりはない。
たかがタオル一枚を寄越してもらう為に身を削らせたのだ、かなり申し訳なさそうなステフに、だが当の本人は。
「気にすんな、日ごろ仕事押し付けてる分のお返しだよ」
そう、なんでもない事のように言った。
そんな事より────と、グシはその話題をとっとと終わらせるように別の話題を出す。
「なあ、赤毛」
「はい?なんですの?」
「お前さ、黒いコマを持ってないか?」
「え、それってこれですの?」
そう言って、ステフが風呂の戸を開け、コマを見せる────同時。
空と白はスマホを取り出し、セミオート連写でステフを撮影しだした。
「ちょ!?え、何してるんですの!?」
「…1Fすら見逃さない自信がある俺の目にすらスマホを取り出す過程が見えなかったんだが。お前らホントに人類種か?」
恥じらうステフに、魔法かキングク〇ムゾンの使用を疑うグシ。
だがその言葉も届かないのか、キ〇グクリムゾン使用の疑いがある『 』容疑者は返事もなくステフを撮り続ける。
「湯浴み姿、そこは盲点だった────ッ!過去最高にGJだステフッ!!」
「タオル、渡した、グシも……GJ」
容量がギリギリになるまで!撮影するのを止めないッ!!とその背中で語って、相も変わらず接写を続ける空と白を見て。
────グシは、考えるのをやめた……。
「そのコマを賭けてゲームをしよう。ゲーム内容はそっちが決めていい」
場所は変わって、王の寝室。
着替えを済ませいつもの装いに身を包んだステフに、空はそう話を切り出した。
空にしては随分と雑な切り口。しかし、当然それはわざとである。
ステフは敵としては弱い部類に入る。否、ポテンシャルが発揮出来ないうちは弱いと言った方が正確か。ともかく現状、ステフは弱い。ならば駆け引きに時間を費やさずともステフには勝てる。故にRTAでもするかのようなノリで、空はステフに対する駆け引きの一切を放棄したのだ。
だが、そもそもステフは自分が敵であることすら分かってはおらず、『 』が黒いコマを欲しがる理由も知らないステフは小首を傾げる。
「え、これ……ですの?まあ別にいいですけど……そもそもこれ、なんですの?」
黒いポーンを手に、首をかしげる。────まさかこれが唯一神のコマだなどとは想像だにしていないらしい。
そんな鈍感なステフに、グシが欠片の躊躇もなくネタバレする。
「あ、それテトのコマだから。だから黒なんだよ、『種のコマ』は見たことあるだろ?」
………………。
「え、ちょ、これ唯一神様のコマですのッ!?ななな何で私に────」
「正確には、お前を含めた十六人にコマが分配されてる。俺らはそれを集めるゲームをしてる。で、まあまず楽に勝てそうなお前から仕掛けるかって話になったんだよ」
グシは、飄然とブラフを張る。実際は『敵候補を敵と確定させる為』という理由でステフを訪ねたのだが、『コマの持ち主の情報までは与えられていない』という情報を持たないステフに、それを見破る術はない。そして唯一神のコマを持つ現状にキョドるステフを、煽ってとっととゲームさせる────それがグシの意図だった。空がRTAの為に駆け引きをしなかったように────グシは駆け引きでさらに時間短縮を図ったのだ。
その思惑に気づけないステフは、思い切り誘導されるままに宣誓する。
「ら、楽そう、ですって!?私だって強くなってるんですのよ、簡単に負けてあげたりはしませんわ────【盟約に誓って】!!」
────ステフは知らない。そもそも空達はステフの勝負など最初から眼中になく、それ故にステフのゲームを最大限楽しむ為に彼らがRTAという遊び方を選択した事を。
そして、それを悟れぬまま【盟約に誓った】時点で、既に負けているということを。
────唯一神のコマ、それがなくなった巨大なチェス盤の上。
ステフをボロクソに負かす『 』とグシの姿を遠視しながら、テトは不遜に呟いた。
「うん、さすが『 』さんにグシさんだね。盤上から観てても楽しいけど────見てるだけじゃあつまらないよね☆」
その手で黒いキングを弄びながら────なおも不遜に、テトは言葉を続ける。
「たまには、僕も盤外でプレイヤーとして楽しみたいし────ただの『遊戯の神』テトとして、挑もうかな?待たせないでね────3人とも♪」
そう言って、唯一神は────チェス盤から飛び出した。
「さあ、遊ぼう!ギャラリーなんてつまらない!プレイヤーとしてゲームを編む事こそ僕の生まれた意義だ!あの二人に願われたように────挑もう!世界一下らない────故にこそ、世界一楽しい、そんなゲームをしよう!!」
そう叫んだテトは、もはや唯一神に座するものでは無かった。もう彼は、ただのゲーマーだった。
チェス盤から盤外へと跳ぶ────プレイヤーだった。
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