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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第五章 トリスタニアの休日
  第二話 最高の調味料

 
前書き
ルイズ 「男の落とし方教えてシロウッ!!」
士郎  「ふっ……俺の教えについてこれるかルイズッ!!」
ルイズ 「舐めないでシロウッ! 覚悟は十分よ!」
士郎  「よろしいっ!! ならば戦争(男の落とし方の授業)を始めようっ!!」
ルイズ 「ええお願いっ!!」
士郎  「ならばまずはこれを着ろっ!」
ルイズ 「……ナニコレ?」
士郎  「スック~~ル水着だっ!!」
ルイズ 「……コレキルノ? コレキテドウスルノ?」
士郎  「着るだけでいい!! そして更に上目遣いで見上げてくるとなお良いッ!! さあっルイズ」
ルイズ 「ッッ! シロウのばっ――」
スカロン「ダメよシロちゃんッッ!!!」
士郎  「ッゲエッ!! スカロン! 何故ここにッ!!」
スカロン「スック~~ル水着はルイズちゃんじゃなくてあなたが着るのよシロちゃんッ!!」
士郎  「ヒッ! る、ルイズた、助け――」
ルイズ 「……ハッ」
士郎  「イイイイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」




 無理矢理剥ぎ取られる服っ! そして無理やり着せられるスック~~ル水着!!

 ……オエ……

 このまま士郎はイケナイ趣味に目覚めてしまうのか!! 出来れば目覚めて欲しくはないが……


 士郎よ!! 新たな(変身能力)に目覚め!!  魔法少ピーになれ!!


 ……出来ればならないで欲しいけど……


 

 
 そこは狭い部屋だった。
 背の高い者ならば、頭を下げなければぶつけてしまう高さにある天井。
 どう見ても人が寝泊りする場所であるとは思えない、壊れたタンスやガラス瓶が入った木箱等のガラクタの山。
 人が一人ギリギリ寝れる程度の粗末なベッド。
 狭い部屋……そこは『魅惑の妖精』亭の屋根裏部屋であった。
 泊まるところがないということから、スカロンが貸出してくれた部屋がそれであった。当初は埃まみれだったり、半壊状態の家具が所狭しと積まれていたり等、物置として使われていた屋根裏部屋であったが、執事スキルを全開にした士郎が二、三〇分程度でリフォーム張りの掃除したことから、一目見ただけでは元は物置に使っていた部屋には見えなくなっている。
 そんな元物置の屋根裏部屋で、士郎が樽の上に座り、目の前で正座しているルイズに向かって説教をしていた。 
  
「さて、ルイズ。何か言うことはあるか?」
「……明日も仕事あるし、さっさと寝ましょ」
「待てルイズ」
「きゃんっ」

 踵を返しベッドに潜り込もうとするルイズの首根っこを掴み、士郎は自分の下に引き寄せる。最初は暴れていたルイズだったが、士郎の膝の上に乗せられると、借りてきた猫の様に大人しくなった。 

「いくら望んでやってる仕事ではないとは言え、客を殴るのは流石にやり過ぎだ」
「……」
「いいかルイズ。俺達の目的は情報収集だ。そして酒場は情報が集まる場所であり、酒を飲むことによって口も軽くなる。つまりは情報収集にはうってつけの場所なんだぞ」
「……」
「なのにお前は直ぐに手を出して。もう少し方法を考えろ、方法を」
「……くぅ」
「……ルイズ?」

 膝の上に乗せたルイズに説教を始めた士郎だが、全く返事をしないルイズに疑問を覚え。俯いている
ルイズの顔を除き込むと。

「……おい」
「……むにゃむにゃ」
「……寝るなよ」

 士郎の胸に寄りかかったルイズは、いつの間にか目を閉じ船を漕いでいた。起こして説教の続きをしようとした士郎だが、慣れない給仕の仕事や任務のことで疲れているだろうと考え直し。軽く溜め息を一つつくと、ルイズの腰と膝の下に両手を回し、ゆっくりと持ち上げた。
 端に設置されたベッドにそっとルイズの身体を下ろすと、自身は床に腰を落とし、ベッドに寄りかかり、月明かりに照らされる街が除く小さな窓を見る。

「はぁ……こんなんで大丈夫なのか?」

 街に明かりは少なく、空に輝く月や星がよく見えるが……曇ったガラス越しにはその光も曇って見えた。それはまるで、今後の先行きを表しているようで……。


 情報収集……無理かもしれないな……







 士郎の予感は、残念なことに外れることはなかった。予感が確信に変わったのは翌日の夜のことである。ルイズにとっては幸いなのか不幸だったのか? その夜も『魅惑の妖精』亭は賑わっていた。
 暴れる客や、過度な接触を図ろうとする客を丁寧に退店頂くため士郎は雇われたのだが、厨房が忙しそうにしているのを見て口と手を出した結果。

「一番、五番テーブル出来たぞ持って行ってくれ」
「はいは~い」
「へ~これも美味しそうね」
「ねえっ! こ――」
「分かった分かった後で作ってやるから今はさっさと持っていってくれ」
「「「了解!」」」

 いつの間にか厨房で料理を作るようになっていた。
 シックな執事服の上に、スカロンから渡されたフリフリのフリル付きのエプロンを掛け、士郎は熟練した動きで料理を創りだす。次から次へと飛び込んでくる注文を流れるような動きで捌く姿は、執事と言うよりもコック長。コック長と言うよりも大家族のお母さんのようだ。
 休みなく鍋を振るっていた士郎は、壁の向こうにある客席を透かし見るように目を細めると、鍋を置き溜め息を吐いた。 

 あ~……しまった。居酒屋なら情報収集に適していると思っていたんだが。
 はぁ……ルイズはまともに客の相手は出来ない、俺は口を出したばかりに厨房行き。こんなんだったら別の方法が良かったか? いや、まだここに来て二日だ。結論を出すには早すぎる。もう少し様子を見よう。ルイズにもいい経験になるだろうし。
 ……だが。
 
「シロちゃん」  

 これだけは勘弁して欲しいんだが……。

「シロちゃんは止めて欲しいんだがミ・マドモワゼル」

 背後から聞こえる野太い声に、背筋を震せながら振り返ると、目の前に怪人がいた。

「んもうっ。いいじゃないシロちゃん。可愛いわよ」

 怪人は男性ホルモンを振りまくように、全身をくねくねとくねらせながら近寄ってくる。思わず背後にある鍋を投げつけ逃げ出したくなる衝動に襲われたが、ぐっと堪えると代わりに引きつった笑みを向けた。

「男が可愛いと言われてもな」
「むぅふふふ。いいじゃない本当に可愛いんだから。そのエプロンも似合ってるし……まるでたっぷりのクリームでデコレーションされたケーキみたいで……じゅるり」
「おい」

 ぬらぬらと光る舌で唇を舐め上げ、ニコリと言うよりもニゴリと笑った怪人改めスカロンは、両手をわきわきと蠢かせながら士郎ににじり寄っていく。身の危険を感じ、士郎がスカロンから逃げるため足に力を込めると、

「シロウっ! ルイズがまた客をぶん殴ってるわよ! 早く来て!」

 厨房の出入口から切羽詰った様子の声が聞こえてきた。 

「っ! 分かったすぐ行く! そう言うことだミ・マドモワゼル。俺はちょっと行ってくるから鍋が煮立たないように見ていてくれないか」
「ん~……ルイズちゃんにも困ったものね。まっいいわ。見ているかさっさと行っちゃ――」

 左手を頬に当てスカロンが右手を振りながら答えたが、言い切る前に士郎はさっさと客席に向かって駆け出していた。一瞬にして視界から消えた士郎の様子に、目を丸くしたスカロンだったが、振っていた右手を口元に持っていくと、小さく笑みを浮かべ、

「……本当に可愛いわね」

 くすくすと小さな笑い声を上げた。
 

 




 客席へと向かって駆け出した士郎が、厨房から客席へ繋がるドアを開けると、ドア横の壁に寄りかかっていた少女に呼び止められた。

「大変だったね」

 豊かな胸を見せつけるような大きく胸元が開いたワンピースを着た少女。スカロンの娘であるジェシカだ。

「ん? ジェシカか。さっきのはお前か。で、ルイズはどこの客を襲っているんだ?」
「ああ。それ嘘」
「は?」

 肩を竦め、悪戯っぽく片目を閉じながら士郎に笑いかけたジェシカは、ポカンと口を開けた士郎の姿を見ると、今度は声を上げて笑い始めた。

「アハハハ。いや家の親が迷惑掛けてたみたいだったからね。助けようと思って声かけたんだけど……もしかしてお邪魔だった」
「いやそれはない。まあ、正直助かった。丁度どうやって逃げようか考えてた所だった」
「そう」

 笑いすぎたのか、目尻に浮かんだ涙を指先で拭いながら頷いたジェシカは、隣に同じように壁に寄りかかった士郎を見上げた。視線の先の士郎は、先程の悪夢のような光景(スカロンが躙り寄ってくる姿)を忘れようと、眉間に皺を寄せて唸っている。うんうんと唸って難しい顔をしている士郎の全身を舐めるように見たジェシカは、未だ着たままのフリフリのエプロンを掴むと、軽く引っ張った。

「ねえシロウ。ちょっと聞きたいんだけど。あなたとルイズの関係って何? どう見てもあなた達兄弟に見えないし。それに……」
 
 そこまで言うとジェシカは、嫌々ルイズが給仕をしている姿を思い出し、顎に指先を当てながら首を傾げ。何気ない事を聞くように士郎に声を掛けた。

「あの子って貴族でしょ」
「……」
「沈黙は肯定ってことかな?」
「さてね」
「……ふ~ん。まっ、ここにいる子は大なり小なり事情があるから無理矢理聞き出そうとは思わないけど」

 壁から背を離したジェシカは、壁に背を付けたままの士郎の前まで歩き。逃がさないとばかりに両手を壁に付き、士郎の身体を壁と自分の身体で挟み込んだ。ジェシカは胸を士郎に押し付けるように身体を寄せ。舐め上げるように顔を上げ。士郎の目を覗き込んできた。
 士郎の頬を、一雫の汗が流れ落ちる。
 爛々と輝くジェシカの瞳は、士郎に襲い掛かる寸前のスカロンの瞳によく似ていた。 

「でも、ちょっとぐらいあたしに教えてくれないかな? 大丈夫、誰にも教えないから。ね? お・ね・が・い」
 
 士郎を閉じ込めるように壁に付いていた右手を離すと、士郎の胸を指先でなぞり始めた。割れた腹筋の切れ目をなぞる指先に、背筋をゾクリと寒気とも快感とも言えない感覚が襲う。これはやばいと反射的にジェシカの手を取る。

「ちょ、ちょっと待てジェシカ」
「あら何? 教えてくれる気になった?」
「いやそう言うワケじゃなくて」
「じゃあどう言う意味?」

 手を取られたジェシカは、自分の手を掴む士郎の手を残った手で包むように握り、さらに身体を密着させる。近付いてくるジェシカから逃げるように後ずさりしようとした士郎だったが、背後は壁であったため、逃げ場はなかった。逃げ場のなく、焦った顔を見せる士郎を上目遣いで見上げたジェシカは、止めとばかりに、士郎の首に手を回そうとする。

「ちょ、待て」
「きゃっ」

 首に向かって伸ばされる手を右手で捌きながら、ジェシカの後ろに回り込む。そのまま逃げれば良かったのだが、バランスを崩して壁に衝突しそうになったジェシカの手を引っ張った結果。

「……あ」
「おい大丈夫か?」

 抱き寄せられ、士郎の胸に顔を押し付けられた格好になったジェシカは、一瞬呆然とした顔を向け。心配気に見下ろしてくる士郎の視線に気づくと、サッと頬を朱色に染めた。顔を背け、急に大人しくなったジェシカを、怪我したのではないかと疑った士郎が顔を近づけていく。

「? どこかぶつけたか」
「だっ、大丈夫よシロウ。け、怪我してないから。そ、それよりも早く離してくれな――」
「ナニヤッテンノ?」

 目の前にある士郎の胸に手を置き、顔を俯かせながらジェシカが身体を離すよう士郎に要求しようとしたが、それを横から小さく平淡な声が遮った。
 ビクリと肩を一瞬震わせると、二人は同時に声が聞こえてきた方向に顔を向ける。 

「る、ルイズ」

 二人の視線の先には、ワインの瓶を両手に持ち、にこやかに笑うルイズが立っていた 

「随分と楽しそうな事してるわねシロウ。わたしが脂ぎったオヤジの相手をしてる間。シロウは脂の詰まった女とよろしくやってたってわけね……」
「る、ルイズ誤か――」
「うっさいバカッ!!」
「グハッ!!」

 慌てた様子でルイズに向かって手を伸ばした士郎に向かって、両手に持ったワインの瓶を投げつける。ブンブンと回転しながら向かってきた瓶は、顔面と鳩尾にめり込み。肺の空気を強制的に排出させた。
 腹に手を当て床に膝をついた士郎に向かって駆け寄ったルイズが、横腹にヤクザキックをかます。

「あんたはそこで寝てなさいっ!!」

 床に転がった士郎を怒鳴りつけたルイズは、肩を怒らせ客席に歩いていく。
 去って行くルイズの後ろ姿を目を丸くして見送ったジェシカは、ダラダラと汗を流しながら足元に転がる士郎を見下ろす。

「……何か……ごめん」
「……いや、いい」








 『魅惑の妖精』亭で働くようになってから四日目の夜。屋根裏部屋にある小さなベッドの上で、ルイズは士郎の身体にしなだれかかっていた。
 隣に座る士郎に腰を回し両手を士郎の胸に当てながら、潤んだ瞳をゆっくりと持ち上げ。湿った吐息を耳に吹きかけるように……

「ッッ無理よこんなのっ!!」

 ベッドから飛び降りると同時に叫んだルイズは、溜め息をつく士郎に指を突きつけた。 

「何が訴えかけるような瞳で囁けよ!! 意味分かんないっ!!」
「……と言われてもな」






 事の起こりは今日の朝のことだった。
 スカロンが従業員の少女達を前にし、チップレースの開催を宣言した。どうやらこのチップレース、この『魅惑の妖精』亭が出来た頃からの伝統行事であり。優勝者に対し、この国の昔の王が惚れた給仕の娘に送ったという。『魅了』の魔法がかけられたビスチェが一日貸し出されるそうだ。その力は凄まじく、着ればあの(・・)スカロンさえアリかな? という考えさえ浮かんだ……直ぐに死にたくなったが。
 そして始まったチップレースでは、いつも以上の頑張りを見せる少女達に応えるように客たちはチップを振りまいた。


 ……ルイズを除いて。
 
 
 チップレースが始まりルイズも努力したようだが。結局はいつもの通り客にワインをぶっかけたり、殴る結果となった。そんなルイズにチップを払う客はもちろんおらず。結果ルイズの手の中に一枚もチップがなく。店が閉まり、周りの少女達が手に入ったチップの量に一喜一憂している中、ルイズは悔し気に顔を顰め俯いていた。
 そしてチップレースの一日目は、明日も頑張るようにとスカロンが少女達を労い終了となった。
 
 そして……。
 
 肩を落とし、屋根裏に向かって歩いていくルイズの肩に手を置き、「気にするな」と慰める士郎に向かってルイズは言ったのだ。


 「わたしに男のあしらい方を教えて」――と。


 
 

 そして今、士郎は顔を真っ赤にして俯くルイズに指導を行っていた。

「って言うか何で俺なんだ? 店の子達の誰かに聞けばいいだろ?」
「うっ……だってそんな恥ずかしいこと聞けないじゃない」
「俺だったらいいのか?」

 もじもじと身体を揺するルイズに苦笑する。

「は、恥ずかしくないわけじゃないけど……でも、シロウだったらその……」
「ん?」

 段々と声が小さくなり、聞き取りにくくなったため、士郎が身を乗り出しルイズに近づく。すると、ルイズは士郎の頬に手を当て、そっと耳元に顔を近づけ小さく囁いた。 

「シロウだったら……恥ずかしくても我慢できるから」
「っぅ!」

 ゾクリと背筋に震え、思わずルイズから身体を背け離れる。囁かれた耳を手で押さえ、きょとんとした顔を向けるルイズを見下ろす。
 クッ、完全に虚を突かれた。自分がやったことを理解してないようだが、今のはかなりやばかった。
 自分が何をしたのか理解していない様子のルイズに溜め息を一つつくと、軽くルイズの頭をぽんぽんと叩く。腰を引くようにしてルイズから離れる。
 急に後ずさりする士郎に、ルイズは訝しげな視線を向ける。

「? どうしたのよシロウ?」
「……いや……気にするな。それよりもルイズ」

 キョトンとした顔を向けるルイズに、顔を軽く振って気を取り直した士郎が、再度ルイズと視線を合わせた。

「何よ?」
「男のあしらい方を教えてくれと言ったが。つまるところ、客からチップを巻き上げたいと言うことだな?」
「ん……まあ、そう……ね」

 もにょもにょと口元を動かしながらルイズは顔を背ける。
 ふむと顎に撫でながら一つ唸り声を上げると、士郎は背を逸らし目の前にいるルイズの全身を見る。
 全体の発育は決して良いとは言えないが、スレンダーとも言える。気品のある顔立ち、綺麗な桃色がかった髪は十分以上に魅力的た。くるくると変わる表情も可愛らしい。
 黙っていれば誰もが振り向く美少女と言ってもいい……黙っていればだが。
 結局はその全てを攻撃的過ぎる性格が吹き飛ばしてしまう……。
 なら……。

「さっきの方法がダメなら……残る方法は一つだな」
「……それは」

 人差し指を立てた士郎が口を開くと、ルイズはゴクリと喉を鳴らす。

「その方法は……」







 チップレース二日目。
 その日のルイズはいつもと違った。

「お客様お待たせいたしました。ご注文のワインと料理です」

 ワインと料理がのったお盆をテーブルの上に置いたルイズは、客の視線が自分に向かうのを確認すると、キャミソールの裾を摘み一礼する。裾を摘み、頭を上げるまでの一連の動作に欠片も淀みがない。流石は公爵家と言ったところか、一つ一つの動きに隠しきれない高貴さが薫る。
 頭を下げる。 
 たったその程度の仕草に、ルイズの前にいる客がワインに手を伸ばした形で固まっていた。
 
「それでは失礼いたします」
「あっ! ちょっっちょっと」

 ピンッと背筋を伸ばし、客の前から去ろうとするルイズに対し、客が慌てた様子で声を掛けた。
 ルイズは慌てることなく、ゆっくりと振り返ると、小さく笑みを浮かべた顔を客に向けた。

「はい? どうかいたしましたか」
「え! あ! その……」

 振り返ったルイズの顔をまともに見た客は、ルイズの町娘と明らかに違う高貴な顔立ちに気付くと、もごもごと声量を段々と落としていく。小さな笑顔を浮かべたまま、ルイズが小首を傾げると、客は顔を真っ赤に染めた。

「君は他の女の子達とは随分と違うように見えるんだが、ここに来るまではどこにいたんだい?」
「それは……」
「あっ……べ、別に無理に聞き出そうとは」
「……ありがとうございます……それでは失礼します」

 しおらしく目を伏せ軽く頭を下げ、去って行くルイズを、客はぽーとした顔で見送る。

「……可憐だ」


「――――計画通り」

 魂を口から零しているかのような客の姿に、店奥に隠れて覗いていた士郎がガッツポーズをとった。

「何が計画通りなのよ」
「ジェシカか」

 後ろから歩み寄ってくる気配は事前に感じ取っていた士郎は、慌てることなく背後を振り返る。振り返った先には、豊かな胸を強調するかのような仕草で腕を組んだジェシカが目の前にいた。身体を横に曲げ、ジェシカが士郎の脇からルイズが先程対応していた客の様子を覗く。

「ふ~ん」

 感心したような声を上げると、ジェシカがじろりと上目遣いで見上げてくる。それに目を逸らすことなく視線を合わせた。

「何だ」
「随分と様子が変わったみたいだけど……何したの?」
「別に大したことじゃない。元々ルイズが持っていた魅力のいくつかを見れるようにしただけだ」
「だから~何したってのよ?」

 含むような言い方に、ジェシカが頬を膨らませ抗議の声を上げる。ぷくりと膨らんだ頬を眺めた士郎は、肩を竦めふむと前置きを置き、

「元々ルイズは高度な行儀作法を収めている。今まではプライドがそれを邪魔していただけだ」
「それで」
「だから今朝、俺はルイズに三つのことを約束させた」
「約束?」

 首を傾げながら続きを促すジェシカに、士郎は指を一つずつ伸ばしながら説明を始めた。

「一つは小さく笑うこと」
「小さく?」
「そう小さくだ、口元を微かに曲げる程度でな」

 訝しげに目を細めるジェシカに、頷きながら補足する。

「二つ目は着かず離れずの距離にいること」
「近くにいなくていいの?」
「近寄り過ぎたら、客がちょっかいを出してきて、ルイズが客を殴ってしまうだろ」
「ま、そうね」

 うんうんと頷くジェシカに苦笑いを返すと、視線を客の相手をするルイズに移動させる。
 ルイズが客の相手をする時間はごく短い。精々一~二分程度だろう。最初に相手をした客同様、客に料理を運び、頭を下げるだけ。しかし、ルイズが客の前から去ると、客は魂が抜けたような顔でルイズの後を追うようになる。
 客席の様子を見ながら、人差し指と中指の二本を立てた手で頬を掻く。変わらず見上げてくるジェシカに、頬を掻いていた手を向けると薬指を立てた。

「最後の三つ目は出来るだけ速やかに客から離れること。その際慌てず余裕を持って、出来れば優雅に客前から離れること」
「離れる? でも、そんなに直ぐに離れるとチップもらえないんじゃないの?」

 そう言ってジェシカは客席にいるルイズに視線を向ける。客席ではルイズに魅了された客が増えているようだが、ルイズが客からチップを貰えたようには見えない。どういうことかと顔を向けてきたジェシカに、士郎は含んだような笑みを向けた。

「まあな。だが、これでいい。チップレースはまだ始まったばかりだ……仕込みは終わった……勝負は明日からだ」
「……シロウ……何を狙ってるの」

 ゴクリと喉を震わせ、目を細めるジェシカに、人差し指を自分の口に持っていき、ウインクを一つかます。呆気にとられたように目と口をポカンと開けたジェシカに、ニヤリと笑い掛け。

「謎と秘密は人を惹きつける最高の調味料ということだ」

 厨房に向かって歩き出した士郎は、背後に立ち尽くすジェシカに対し、右手を軽く振るい。

「今のうち精々チップを集めておけ。明日からルイズの快進撃が始まるからな」

 



 一人残ったジェシカは、厨房に消えた士郎に向かって、獲物を前にした獣のような笑みを向け。スカートをマントのように翻すと、ジェシカは客席に向かって歩き出す。




「上等よ……『魅惑の妖精』亭の看板娘の力舐めないでよね」

 
 

 
 

 
後書き
ルイズ 「……し、シロウ?」
士郎  「見るなルイズ」
ルイズ 「に、似合うよ?」
士郎  「見るなああああああ!!」
ルイズ 「シロオオオオオオオ!! はみ出てる! はみ出てるよシロオオオオ!!」
士郎  「うおおおおおおおおお」


 汚れっちまった悲しみに   今日も小雪の降りかかる  
 汚れっちまった悲しみに   今日も風さえ吹きすぎる

 汚れっちまった悲しみは   たとえば紺のスクール水着
 汚れっちまった悲しみは   視線がかかってちぢこまる


 次回……『暮れゆく男の象徴』

 士郎よ……たちあがれるか?



 
 
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