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没ストーリー倉庫

作者:海戦型
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=病院編= アコンプレスセレクト

 
 この部屋の中をうかがう人間はいない。外のミッドナイトも物音に気付いていないだろう。

 この男、どうしてくれようか。感情だけに任せればこのまま窓の外にでも突き落としてしまいたい気分さえある。悪意がないことが余計にこの男を邪悪に思わせる。もはや証拠さえ残っていまいがこの手で警察の下に引きずり出してやろう、と思った、その時。

 病室のカーテンで遮られた奥で、誰かが起き上がる影が見えた。

「せんせい?」
「……」
「……」

 女の子の声だった。年齢は自分と同じくらいか、聞くだけで暴力的な思考が遠のくほど、可愛らしく穏やかな声だった。影は緩慢な動きでベッドを降り、ゆっくり過ぎるほどゆっくりとカーテンを開き、佐栗を掴み上げる俺へと視線を映すと、ゆっくり近づいてきた。

 ――水色の髪の女性、夕暮れの日差し。

 彼女は、予知で見たあの少女だった。
 眠り姫、と呼ぶに相応しい美しさ。シルクのような肌、ささやかに咲いた美しい花のようなみずみずしい唇。水色に輝く瞳はまるで宝石のように美しく、見つめるこちらが引き込まれるかのようだ。身に着けるただの病院着さえ自らの美しさに融け込ませてるかのような圧倒的な存在の完成度は、こんな場面でなければ息を呑んだろう。

「せんせい、いじめないであげて?」
「……」
「悪いことしたの、知ってるの。貴方が許せない気持ちも、感じる。許してあげてなんて言わないわ。せんせい自身が一番自分を悪い人だって知ってるから。だから、ね?」

 そういいながら、ガラス細工のように細く繊細な指が俺の手にかかる。
 信じられないくらい柔らかく、あたたかな指先。触られただけで彼女の人格が伝わってくるように、優しい手。

「せんせいは、自分で自分を罰せる人。それに、あなたがそんな顔をしているところ、見たくない。ね、笑って? いつもみたいに」
「俺を、見てきたような言い方じゃないか」
「夢を見ない眠り姫。でもここ最近は夢を見た。体を分けた誰かを、ずっと中に感じてた。それが貴方。タクヤくん……」

 彼女の言葉を聞いているうちに、自分の手に籠っていた力が抜けていくのを感じる。佐栗の体が下に落ち、手が下がる。彼女はそれにほっとした顔を見せ、そして指先を腕ごと俺の背中に回して抱きしめた。

「応援してるから」
「何を……」
「デクくんて子を助けたくて、ずっと戦ってるんでしょ? そのために私から流れる力、いくらでも使っていいよ。私、ずっと応援してる……運命を変える貴方をいつも……ふぁ……」

 彼女は言うだけ言って、こちらに完全に体を投げ出すように脱力した。
 慌てて抱えると、既に眠りについているのか、すうすうと寝息を立てていた。
 不思議な、不思議すぎる子だった。ただ、この顔を悲しみに歪ませたくないと思えるほどに、彼女は純粋で無垢で、決して無知ではない包容力があった。

「佐栗……」
「……なんだい」
「俺はこれからもアンタを許せねぇ。でもこの個性は俺の目的のために使わせて貰う。俺が個性を使えば使うほど彼女は眼を覚ましていくんだろ?」
「おそらくは、ね」
「これから俺はどんどん社会の闇に足を突っ込んでいく。利用できるものは何だって利用する。あんたも利用させて貰う。断るとは言わせねぇぞ」
「……君は優しいね、水落石くん」
「この子を目覚めさせるという執念にだけは敬意を表してやるよ。佐栗。話は後で」

 彼女をベッドに寝かせ、カルテの診断結果を奪い取って俺は部屋を後にした。

 思うことは沢山あった。怒りも全て収まった訳ではない。
 ただ、誰にも言えない俺の目的を理解し、応援してくれると言ってくれたあの子とめぐり合わせてくれた事は、きっと俺にとって救いだったのだろう。心に背負った重みが、少しだけ減った気がした。
 病室を出て、振り返る。彼女の名前は「神路(かむろ)みこと」。
 彼女と接触したときに彼女のことも俺に伝わってきた。

 ミッドナイトが出てきた俺に気付いて近づいてきた頃には、俺は元通りの顔と態度になっていた。


 その日から、俺と佐栗の個性考察とみこととの交流が始まった。

「俺は俺の目標の為にお前を利用する」
『私は君の生存の為に裏で君の援助をする。ついでにみことと話してやってくれ』
『病院食にピーマン。にがにが。佐栗くんもピーマン嫌いだったのに、大人になって食べられるのずるいと思います』
「ほのぼのかつフリーダムッ!!」

 シリアスブレイカーみことである。



 = =



「――で、結局個性検査結果はどうだったんだ?」

 体育祭後、少し雰囲気の変わった轟の質問に、俺は予め考えておいた回答を繰り出す。

「能力強化は暴走を乗り越えてコントロールできるようになったんだが、個性検査の結果はハッキリしねぇ。ただ検証してみた所、あの身体能力強化と従来のカンの良さは競合しないらしい。同時に行使できない訳だ。この事実を踏まえ――」

 耳を傾けている葉隠と常闇の方にもちらっと視線を送る。

「個性の大本はかなり漠然とした『超常』で、その具現化の仕方が複数あるんじゃねえかって話になった。とりあえず今、カンの良さと身体強化は切り替えられるようになった。ただ、俺の個性は多分フルで使うと肉体が耐えきれないから一度に一側面しか発動させられねぇんだと思う。次の暴走がねぇように医者の指導のもと色々準備してるよ」
「……まるで個性特異点だな」

 轟があまり聞き慣れない言葉を発する。
 俺の疑問を代弁するように葉隠が問うた。

「なにそれ?」
「終末論の一つだが、あながち無視も出来ない話でな。人間が個性を発現させて世代を重ねていく過程で個性と個性は必然的に混ざり合う。そうしているうちに最初は単純だった個性が複雑化、深化していき、肉体がそれに追いつかなくなる。世代を重ねるうちに個性はどんどん暴走し、最後には誰にもコントロール不能になるんじゃないか……という話だ。与太話に思えるかもしれねぇが第四世代では既に個性が肉体に合ってないケースはあったらしい」

 デクくんは個性の強さに耐えきれず腕や足を景気よくぶっ壊してるが、確かに俺も思った事はある。ワン・フォー・オールに蓄積されるエネルギーはいずれ人間の肉体では受け止め切れない程膨張してしまうのではないか、と。
 常闇がこちらを見て呟く。

「個性が拡大しすぎて一度に扱いきれない……これからの時代、水落石のような個性が増えてくるということか」
「お前が個性にどう向き合うかが、後世の規範になるかもしれねぇな」
「ジョーダン。そんなことになったらオチオチ立ちションも出来なくなっちまう」
「いや……ヒーロー志望の立ちションも駄目だろ」

 ごもっともだと笑いながら、俺達はまた日常に戻っていく。
 次は職場体験の時間だ。俺に指名が入っているかどうかは果てしなく微妙だが、別段行きたい所はない。俺の個性の強みを考えれば護衛系のヒーロー事務所に行きたいところだが、どうなることやらだ。

 ただ、その「個性特異点」の話は、暫く俺の頭から張り付いて離れなかった。

(あの人がヴィランの手に渡ることは、絶対にあってはならないってことか……)

 もしそんなものがあるんだとしたら、神路みことは間違いなくソレだから。 
 

 
後書き
実は生きとったんじゃワレぇ。
アニメDVDで見返してちょっとやる気出たので書きかけ分を仕上げただけなので続くかどうかは不明。 
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