徒然草

六十七．賀茂の岩本

六十七．賀茂の岩本
　賀茂別雷神社の境内には二つの神社があります。岩本社と橋本社は岩本が在原業平が、橋本は藤原実方がそれぞれ祀られています。人々がいつでもこのことを言い間違えますので自分がある年にお参りした時にお年を召された神社で務めておられる人の側を通り過ぎるそれを呼び止めて橋本の場所を尋ねてみたところ実方さんは参拝の際に手を清める流し場に影が映ったという話もありますので橋本社の方が水のあるところに近いのでこちらの方だと思われると案内されました。また慈円僧正がその歌に詠われたものでこうしたものがありました。

月をめで　花を眺めし　いにしへの　やさしき人は　ここにありはら

　こう詠っていますので在原業平は岩本の方に祀られていると聞いていますが私などより貴方の方がよく御存知と思いますと大変親切に教えてもらったことがありますのでとても感無量でありました。
　今出川院の中宮である嬉子様に仕えた近衛という女官の中に歌人がおられまして続古今和歌集からの公の和歌集や続現葉集からの個人的ナ歌集に数多くその歌が入れられている人がいましたがこの人が若かりし頃にいつも一人で題目について何首か歌を詠み合わせて百首になるというようなことをしていた時にこの二つの神社の前の流し場の水で清書したものですがそれを和歌の神である在原業平に奉納していました。まことに只者ではない歌人でありまして人々が口ずさんでしまう歌が多い漢詩やその序文に至るまでいいものを書く人でありました。


賀茂の岩本　　　完


　　　　　　　　　　　　　　　　　　２００９・６・２２