戦国異伝供書
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第三十二話 青から赤と黒へその七
「そうであるな」
「はい、まさにこの世はです」
「一酔夢でか」
「酒があってこそです」
「よいというのじゃな」
「わたくしにとっては。それでなのですが」
あらためてだ、謙信は信玄に言った。
「わたくし達もここに至るまで色々ありました」
「うむ、殿と戦いな」
「それ以前は我等が幾度も激しく戦いました」
「わしはまことに色々あった。父上ともな」
ここで信玄は父である信虎のことも言葉に出した。
「先日ようやく和解が成った」
「殿が仲立ちして下されて」
「それはまことによかった」
「大殿のことですが」
ここで飯富が言ってきた。
「あの方もです」
「わしと和解することをか」
「やはり考えておられて」
「それでじゃな」
「上様の仲立ちを受け入れられて」
「わしとの和解に頷かれたのじゃな」
「そうかと」
こう信玄に話すのだった。
「やはり」
「ならよいことじゃ、今父上は都におられるが」
「このままですな」
「静かに暮らして頂きたい」
「左様ですな」
「わしも親不孝をした」
信玄はその雄々しく整った顔を瞑目させて述べた。
「父上を追い出しわしが主となるなぞ」
「あの時はもう」
「それが仕方なかったかと」
甘利と板垣が信玄にさっと言ってきた、まるで自分達の主の心の中の悲しみを和らげんとするかの様に。
「我等も皆殿につきました」
「そもそも殿は武田家を継がれる方でした」
「殿が武田家の主となられるのは筋でした」
「ですから」
「よいか。しかしやはり親不孝はした」
それでもと言う信玄だった。
「だからこそ先日の和解はな」
「実に嬉しい」
「そう言われるのですな」
「そうじゃ」
「あの時はそれがしも兄上ならばと思いました」
常に信玄を支える賢弟信繁も言ってきた。
「だからこそです」
「わしを支えてくれてか」
「それがしも立ち上がったのです」
共に父を甲斐から追い出したというのだ。
「そうしたのです」
「そう言ってくれるか」
「事実です」
「わたくしはあの時信玄殿を何たる悪人かと思いました」
また謙信が言ってきた。
「実の父上を追い出し国を乗っ取るなぞと」
「それが戦国の倣いでもか」
「わたくしは戦国の倣いが我慢なりませんでした」
生真面目でかつ清廉潔白な謙信にはだったのだ。
「ですから」
「わしを悪人かと思ったか」
「しかも信濃にまで攻め入り」
「それでじゃな」
「次は奸臣と思いました」
「奸臣というのがです」
ここで怪訝な顔で言ったのは小西行長だった。
「実はそれがし最初は何かわかりませんでした」
「それは室町の幕府から見てです」
謙信は小西にすぐに答えた。
「武田家は幕府から甲斐の守護に任じられていましたね」
「左様でした」
「だから甲斐を守り治めるのが筋ですが」
「そこで信濃に攻め入りとは」
「これは断じて許されぬ所業、北条家についてもです」
今度は白い服の一団を見てだ、謙信は語った。
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