提督はBarにいる・外伝
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貉(むじな)共の悪巧み・2
「早霜、頼んだ」
俺がそう言うと、奥に控えていた早霜がその瓶のコルク栓を親指でグイグイと上に押し込む。暫くするとシュポン!という軽快な音と共に、コルク栓が勢いよく弾け飛ぶ。途端に瓶の口から溢れ出す、キメ細やかな泡。早霜はその泡の噴出が落ち着くまで待ち、各席に用意されていたシャンパングラスに恭しく注いでいく。
「どうぞ。ウェルカム・ドリンクです」
「まさかドンペリのゴールドとは。中々に稀少品だろう?」
「そうでもねぇさ。スエズ運河の運行が再開してからは、随分と値も下がった」
お互いに思う所はあれ今宵は祝勝会。出す料理の素材や酒の選びに手抜かりは無い。むしろ、払うモン払う奴が可哀想になるラインナップだ。乾杯のドリンクは見た目のインパクトを考えてドンペリにした。勿論、ランクは最上級のゴールド。高級シャンパンとして知られるドンペリことドン・ペリニヨンの中でも最高グレードのレゼルヴ・ドゥ・ラベイ。澱引きをせずに20年以上の長期熟成をさせた稀少品。ラベルが金色してるから、通称ドンペリゴールド。仕込まれた年にもよるが、深海棲艦が蔓延る前の流通がしっかりしてた時代に、『安いので』9万程のボトルからお目にかかれた。ただしそれは流通がしっかりしてた頃の話だ。今でこそスエズ運河奪回のお陰で多少は値下がりしたが、そのお値段は推して知るべしだ。
「さて、ウチの鎮守府初のネームレベル討伐作戦はものの見事に空振りに終わったワケだが」
俺が皮肉げにそう語ると、ウチの艦娘達から苦笑いが漏れる。
「まぁ、良いところを掻っ拐っていったニライカナイにも、鎮守府を半壊させられたウチにも死人が出なかったのは幸いだった。今夜は祝いだ、楽しくやろう……乾杯!」
俺の音頭で室内に乾杯の声が響く。グラスに入っていたシャンパンをグイッと一気に飲み干して、鉄板に向かう。
「……もう少し味わって飲んだらどうだね?」
「うるせぇ、こんなのジュースと変わらんだろうが。俺にゆっくりと飲ませてぇならスピリタスでも持ってきな。それに……」
俺の視線の先では物欲しそうに此方を眺める叢雲の姿があった。
「そちらさんのエースが待ちきれない様子なんだが?」
「私が悪かった、進めてくれ」
今夜は鉄板焼きスタイルだ、前菜も鉄板を使った物でいこう。
《意外とクセになる!?ウニクレソン》※分量:作りやすい量
・クレソン:2束
・生ウニ:1箱
・バター:5g~10g
・醤油:小さじ1~2
・塩:少々
・レモン:お好みで
・バゲット:食べたいだけ
ウニクレソンってのは、広島県広島市中区にある鉄板焼き屋『中ちゃん』で考案された鉄板焼きメニューだ。決して那珂ちゃんでも艦隊のアイドルでもないので、悪しからず。作り方はシンプルだが、かなり美味いぞ。
美味しく作るポイントだが、クレソンは出来るだけ新鮮な物を選ぼう。見分け方としては、葉が黄ばんだり黒ずんだりと変色していない事。茎がカーブしているのは茎が柔らかい証拠であって、萎びている訳ではないので然程気にしなくていい。
さてと、下準備としてはクレソンの根元を切り落とし、葉と茎に分ける。
鉄板にバターを溶かして熱し、クレソンの茎を炒めていく。茎がしんなりしてきたら、葉の部分を加えて塩を軽く振り、更に炒める。
葉もしんなりしてきたら醤油を回しかけ、全体に絡ませる。仕上げに生ウニを加えて軽く炒め合わせたら完成。
「はいお待ち、お通しの『ウニクレソン』だ。オススメは食べる時に軽くレモンを搾って、バゲットに乗っけて食べるのがいい感じだよ」
それに備えてレモンも切ってあるし、バゲットも鉄板の隅で温めてある。家でやる場合には鉄板じゃなくてフライパンで炒めればいいし、バゲットはトースターで焼いてくれ。俺の話を聞いてたのか聞いてなかったのか、叢雲がむくれている。
「ちょっと、早く言いなさいよ!もう半分食べちゃったじゃない!」
「いや、この短時間で半分平らげてるとか予想外だから」
自分が食い意地張ってる事にプンスコされても、俺にゃどうする事も出来ん。他の皆はウニクレソンにレモンを搾り、焼いたバゲットに乗せて楽しんでいる。ウニから染み出したエキスがバター醤油の塩気とクレソンの風味が混じりあって絶妙な味のソースを作り出す。それをカリッとするまで焼いたバゲットに吸わせて食べると……
「酒が進むな、これは」
「そうね、シャンパン1杯位じゃ足りないわ」
「まぁ、酒もいいの揃えてるから好きなの注文してくれ」
酒泥棒と化す。まぁ今日は祝いの席だ、値段がどうのこうのは言わねぇさ……俺は、な。
「折角の鉄板焼きだ、ステーキでも焼いてもらおうか?」
「あいよ、何にする?神戸に近江、松阪に田子牛、宮崎牛に南部短角牛、珍しい所では大田原牛なんてのもあるが?」
「……牛肉の卸業者でも始める気かね?」
「まさか。最近ステーキの焼き方の研究に凝っててな、その一環で色んな肉を買ってる」
最近アメリカ出身の艦娘が増えてきたせいか、鎮守府がちょっとしたアメリカンブームでな。それでか知らんが、最近ステーキの需要が右肩上がりなんだ。
「ならその研究の成果、見せてもらおうか」
「いいとも、見せてやろうじゃないの」
美味いステーキを家で焼くやり方もあるんだが、それはまた今度な。今はそれよりも目の前の狐野郎と楽しい仲間達に聞きたい事がある。
「そういやぁ、第一世代の艦娘ってなぁどいつもこいつも手品が得意なんだなぁ。えぇ?」
「なんのことかね?」
「惚けんなって。そっちの加賀がやってのけた『艦載機の拝借』の事さ」
不意打ち気味に核心を突く。が、相手も百戦錬磨の化け狐……ピクリとも顔に出ない。だが、部下の教育は甘かったらしい。
「……顔に出てるぜ?そっちの加賀さんよぉ」
俺がニヤリと笑ってみせると、ニライカナイの加賀の眉間に皺が寄る。加賀という艦娘は表情の変化に乏しい。だが、裏を返せば読み取られ難いが故にあまりポーカーフェイスの練習をしている奴は少ない。そして俺は何の因果か『加賀』という艦娘にとても縁が深い……その乏しい感情の揺らぎが読み取れる程度には。ウチの加賀は俺にデレッデレだから、顔が無表情でも態度が雄弁に物語ってくれるんだがな(苦笑)。
「別に隠しているつもりも無かったのだけれど?」
「おやおや、開き直りかい?」
「あの状況下では最善の選択肢だったと自負しているわ」
確かに、あの状況下で奴に完全なトドメを刺すにはあれがベストの選択だろうさ。だが、それで全てが丸く収まるなら社会なんて物は成り立たない。
「それでも、だ。ウチの艦載機を強奪した上での無断使用……これは犯罪だぜ?」
そう問い掛けながら鉄板の上で躍るステーキにコニャックを振りかける。途端にゴウ、と火が上がり俺とニライカナイの加賀の間には炎の壁が出来る。
「どう落とし前付けてくれるんだい……えぇオイ」
「やれやれ……まるでヤクザね」
「それが日本の社会構造ってモンだ。今でこそ経済優先な所があるが、日本人ってのぁ昔から『面子』が大事だったんだからよ」
「それを軍組織にまで持ち込むのはナンセンスだわ」
「それはどうかねぇ?実際、お前さんの上司である提督は俺への詫びのつもりでそのビビり娘を俺の所に引っ張って来たんだぜ?それは所謂『顔を立てる』って事なんじゃねぇのかい?」
「全く……貴方もウチの提督も、減らず口が過ぎるわね」
執務室内に、緊張が走る。
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