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【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~

作者:海戦型
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滴る氷柱4

 
 通常の授業がかなりハイペースに進んでいく学校生活だったが、幸いにしてこれに置いていかれる生徒はいなかった。というのも、このクラスで勉強についていけなくなる可能性を持っているのは四人しかいない。エデン、永海、古芥子姉妹だ。
 残りのメンツはそもそも頭の出来がかなり良いうえ、天馬と朧は半年間のアドバンテージがあるので授業の半分は自習か復習になっている。それでいいのかとも思ったが、特組はそもそも生徒を無理やり飛び級させるような勉強をしているため普通にありということになっているという。

 そしてエデンはエイジと苦手部分を補い、古芥子姉妹は八千夜とあざねに甘えて教えてもらい、永海は悟のノートを堂々と写している。これもまたそういう契約だそうだ。悟はそれでいいのかとエデンは聞いてみたが、返ってきたのはこんな回答だ。

「知ある者としての啓蒙活動だと思っていれば別に苦痛はないな。そもそも俺はあんなノート取らなくともテストは楽勝だから、永海のために書いてやってるようなものだ」

 後で聞いた話だが、悟はOI能力に目覚めて以降、全国模試は息をするように一位を取っているそうだ。もちろんカンニングなどの不正は行っていない。思わず凄いと漏らすと同時に、そんな知能に目覚める世界を鉄脈に内包しているのなら何で永海は頭がよくならないのだろう、と思う。
 その疑問を口にしたときに悟が「人のこと言える程頭はよくないなコイツ」みたいな目で一瞬こっちを見た気がするが、啓蒙活動ということで説明してくれた。ちょっとムカツクが、反論できない。

「まぁ、鉄脈ってのは言ってしまえば唯の器だからな。中で何が起きようが(まじょ)がどうこうなる訳じゃない。お前が言ってるのは『何で竈は中が熱くなっても竈自体は燃えないの?』って言ってるようなもんだぞ」
「そりゃ、竈が燃えたら竈として使えない……って、そういうことか」
「耐えられないイメージは内包できない。契約の根本だ。厳密には入れ物の形か。エイジのイメージを液体窒素とするならば、竈に液体窒素の中身をぶち込んでも零れて無くなるだけだからな。適切な入れ物が必要なわけだ」

 思わぬ疑問から魔女と製鉄師の関係を再確認してしまった。若干知能が上がった気分だ。

「ちなみに、悟のイメージを例えるとしたら何なの?」
「俺?……言葉にするのが難しいな。海……いや、空を延々と登っていくような感覚か?」

 良く分からないが、そもそもOI能力者のイメージする世界がそんなに容易に理解出来たらだれも苦労しないか、とつぶやくと、そりゃそうだと笑われた。そして「頭の悪い奴は時々本質を突く」と褒めているようで根本的には馬鹿にしたような事を言われた。やっぱりムカツいたので一発蹴っておいた。脛に当たったのかしばらく蹲って「未開文明の野蛮人め……」と恨めし気に呻いていた。

 世の中、一人の賢人より行動力ある凡人の方が案外世界を変えられるのである。

「……流石に『接続』したときのことは言えないからな」

 呻きに混じって何か違う言葉が聞こえたが、その時のエデンには明瞭に聞き取ることが出来なかった。



 ともかく、勉強は順調。そして鉄脈学の実践授業も順調だった。

「ハァァッ!!」
「……阻め、エッジ」

 疾走と共に接近する八千夜を感知したエイジが、表情一つ変えずに地面から生える巨大な氷柱を生成する。大きさにして3m弱、氷柱と呼ぶのを躊躇われるほど正確な三角錐がエイジと八千夜の間に反り立った。
 瞬間、八千夜の爪が煌めき、氷が中ほどからバラバラに分断される。

 彼女の爪の切れ味は当人曰く日本刀並、それが複数生えそろって獣の力で振るわれている。ただの氷では野菜のように切り裂かれる。しかしエイジにとってそれは単なる目くらましだ。瞬間、八千夜のいる足場がもろともめくれ上がるように巨大な氷の崖となって無理やり彼女を後方に追いやろうとする。

「ですが、甘いッ!!」

 彼女の判断は早かった。すぐさま足場を切り裂いてそこに足をかけ、そのまま跳躍して弾丸のような速度でエイジに接近する。エイジはそれを氷の塊を出現させてぶつけることで妨害しようとするが、空中で官能的なまでの美しさで体を捻る八千夜の爪が次々にそれを切り裂く。

 彼女の身体能力強化は、物理的な強化とは違う。彼女が獣化することによって、根本的に彼女の起こす行動に付随する物理法則が彼女に優位になっている。例えば獣の爪は伸縮可能で伸ばせば1m近くになるし、空中での挙動も普通の人間ならそもそも物理的に不可能そうな慣性が時々垣間見える。爪の切れ味も、本人は刀並みと言ってはいるが、実際の刀より鋭いのではないかとエデンは思っている。

 エイジはこれまでも何度も八千夜と模擬戦をしているのだが、毎度負けていた。というのも、エデンを守る事を念頭に置きすぎて自分がやられる状況になったり、逆にエデンを集中的に狙われて防戦一方でネタ切れを起こしてしまっていた。
 八千夜の野生化した勘はどうやら場に存在する仮想血液(アストラルブラッド)の濃淡まで嗅ぎつけているらしく、そもそも接近戦に向かないエイジでは動きを先読みされて駆け引きに負けるのだ。

 エデンはそれを見守るばかりだ。それは八千夜のパートナーであるあざねも同じである。
 魔女は基本的に、パートナーが戦っているのを見ていることしか出来ない。
 軍属にもなるとシールドを抱えて魔鉄銃を発砲したりするそうだが、学生の身でそんなことをすることも出来ない。応用の中にはエデンの助力が必要となるものもあるが、まだ習っていなかった。よってエデンに出来るのは、エイジの邪魔にならないようにしながら応援するだけである。

 正直に言って、とてももどかしい。
 エイジに守られる自分はエイジを守るべきだと思うから、余計に。
 でも、エイジは今日、今度こそエデンを守るために秘策を用意したと言っていた。

 今回こそ、最後まで自分もエデンも守り切る。
 それがエイジが訓練前にかけてきた言葉だ。

(信じてるからね、エイジ)

 自分を守ってくれることを、ではない。
 エイジが自ら壁を破ると宣言したことを、だ。

 現実には、氷での迎撃も虚しく八千夜は着実に必殺の間合いに近づきつつある。
 エイジは状況が悪いと判断したか、エデンを庇う氷を分厚くしながら後方へと氷の足場を作って滑る。ただし態勢は八千夜を向いたままだ。一瞬でも目を離したらエデンの方にいくからと、最近のエイジは普通転んでしまうような無茶な態勢を平気でする。普通はそれで姿勢が不安定になるのだが、エイジの場合それは結果的に自分が有利になる確かな理論に基づいているようだ。

 だが、八千夜の接近は止まらない。今回はエイジの妨害も激しいが、驚いたことに尻尾を氷に突き立てたりして次々に突破していく。

「――今回は随分頑張りましたが、もうすぐフィナーレです」
「そうだね」

 こうして接近した八千夜がエイジの首筋に爪を突き付け、リック先生がそこまで、と叫んで試合が終わる。それが幾度となく繰り返されたパターン。

 しかし、今日はその光景が再現されることはない。

「近づいてくる相手を遠ざけても、朧さんみたいに一瞬で距離を詰められたら意味がない。接近戦に対抗するには、接近戦をするしかない。だったら……」

 エイジが虚空に手を翳し、小指から順に何かを握るように手のひらを閉じてゆく。

「Mining, your blood mine, Warmong――来たれ雹烈、追白せし者を拒む(いばら)の剣」

 エイジの唇が、聞きなれない言葉を紡ぐ。とくん、と身体の奥底に仕舞われた鉄脈が震え、オーバーイメージが魔鉄器(コート)を通じてエイジの眼前に溢れ出した。

 強い――起動句の時とは比べ物にならない程の存在感が凝縮していく。
 これは空間に具現化するエイジの意志の塊だ。
 魂が凍てつく錯覚を覚える程の、超常的な拒絶意志は、やがて一つの刃を顕現させる。

拒止の風剣(レフュース・エッジ)

 それは、深い碧だった。果たしてその刀身が固形物なのか、それとも霧に映る光のように実体の存在しないものなのかも見ただけでは分からない。ただ、意識さえ吸い込んでしまいそうなほど深い碧の美しさと同梱して、それに触れることを本能が忌避するような恐ろしさを内包していた。
 接近していた八千夜の顔が驚愕に覆われる。

有詠唱(フォージブラッド)!接近戦用に冷気を束ねた!?」
「お嬢様!お引きをッ!!」

 あざねが叫ぶが、既に遅い。八千夜がエイジを倒す為には近づくのは必須だ。
 逆を言えば、八千夜から勝手にエイジの間合いに入ってくれる。

「――ッ!」

 エイジが拒止の風剣(レフュース・エッジ)を振り抜く。
 瞬間、その刀身から圧縮された寒波が爆発的な風速で吹き荒れた。

 目の前のすべてが純白に染まるほどの膨大な冷気が周囲を撫ぜ、思わず反射的に顔を覆ったエデンは、恐る恐る目を開けて勝敗を確かめる。

「ど、どうなったの……?」

 振るわれたのは一瞬。範囲も30m程度と、見た目の派手さの割には狭い。
 しかしその30mの射線以内において、その効果は余りにも絶大だった。

「八千夜さん、まだ動ける?」
「……いえ、今回は素直に認めましょう。エイジさん、貴方の勝ちです」

 寒波の晴れた先、そこには目の前まで接近した八千夜に爪を突き付けられるエイジと、そのエイジに今一歩届かない場所で全身を氷に拘束された八千夜の姿があった。拘束というよりほぼ氷に埋まっているような形で両手足、更に尻尾を氷に閉じ込めている。

「そこまで!」

 リック先生の声と共にエイジは拒止の風剣(レフュース・エッジ)を霧散させ、氷を操って八千夜の拘束を解く。リック先生は笑顔で近づき、勝負の結果を告げた。

「氷室の反則負けだバカモン」

 ごちん、とエイジの頭に拳骨が炸裂した。エイジは涙目になった。

「有詠唱まだ教えてないから使うなって言ったのを無視したな?俺は、危ないからまだ使えたとしても人に向けて使うなって指導者としてきっちり言ったよな?今回は加減してるのが分かったから敢えて手は出さなかったが、コントロールを間違っていると判断したら試合に割り込んでお前を魔鉄器でぶちのめしてる所だぞ?」
「でも、もう有詠唱しかエデンを守る方法が思いつきませんでした」
「これは訓練だ。訓練の場では怪我人も死人も俺が出させない。ハァ……まったく反省してない面しやがって、試合に負けて勝負に勝ったってか?おら、なんか言え」
「頭が……痛い」
「痛いのはお前に裏切られた俺の心だ」

 このあと滅茶苦茶反省文を書かされたエイジであった。
 なお、その反省文内でひどく語彙力の低い言葉で「エデンを守る」という情熱的なまでの意志を書き連ねてしまったせいで、ルーシャ先生から「正当化してどーすんの!」ともう一発拳骨を貰ったエイジはたんこぶをつくって戻ってきた。

「痛い……でもエデンを守らないと」
「時と場所を選ばないとね。でもエイジ、今日の戦いはすごい恰好よかったよ?」
「……あり、がと?」
「何で首傾げるのよ」
「恰好よいって言われたこと、あんまりないから。ありがとでいいの?」

 自己顕示欲のないエイジの言葉に苦笑いしながら、エデンは彼に膝枕してしばらくたんこぶに氷嚢を当ててあげた。たんこぶが漫画みたいに膨れていてちょっと面白かったが、他の人に面白いと笑われるのは何となく嫌なので独り占めすることにした。
  
 

 
後書き
1人詠唱の際は英語にしてます。 
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