【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~
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春の霜3
学校、寮、移動教室、教材、クラスの当番。
特別なクラスでキワモノ揃いなので警戒していたのだが、ホームルームで説明されたことは普通の学校でする普通の事だった。考えてみればここは国家公認の教育機関なのだから当たり前といえば当たり前なのだが、もっとぶっ飛んだルールが飛び出すのではないかと身構えていたエデンは内心ほっと胸をなでおろした。
「――なお、凪原と天掛のペアは去年の二学期から既に入学しているから学校の事はある程度把握してるな?億劫かもしれんが、先達として他のメンバーを手伝ってやってくれ」
「了解です。どうせ俺ら途中まで履修終わってますから時間には余裕ありますもん」
「先生がそう仰るのならば……」
凪原と呼ばれた少年は快活に、天掛と呼ばれた少女は控えめに首肯した。
どうやら彼らは同い年ではあるが、この学園の事に関しては一日の長があるようだ。その時期と言えば、エデンとエイジが学園に入るかどうかを家族会議で話し合った時期だ。エイジに少々の不安要素があったために無理せず今年度からの入学となった。恐らく特組は入学やクラス変更に特殊な仕組みがあるのだろう。
「では、余った時間は自己紹介にでも当てるか……俺と副担任の挨拶は済んだから、出席番号順に行く。特組の出席番号はあいうえお順じゃなくてな。クラスに入ったペア順になっている。この場合、凪原が一番、天掛は二番だ」
「通例的には製鉄師、魔女の順に割り振られるけど、厳密にそうでなければならない決まりはないから。自分が先がいい!っていう魔女の子は変更するなら今のうちよ~!」
ルーシャ先生が元気よく手を振り上げるが、誰も反応しない。どうやらこのクラスに魔女が後に来るのは男尊女卑だ!と唱える主義者はいないらしい。ルーシャ先生は寂しそうに手を下ろした。リック先生が無言でルーシャ先生の頭をなで慰めているのがなんとなくほっこりする。
「んん、おほん!それでは不肖ながら出席番号一番、凪原天馬だ!聞いた通り、この学校の事に関しちゃ皆より少しばかり先輩なんで、知りたい事があったら何でも言ってくれよな」
凪原天馬は快活な笑みで近くの席の生徒と握手していく。明るく積極的な快男児――エデンの第一印象はそれだった。茶髪に染めた髪は今風の軽薄さがある気もするが、だらしなさを感じない堂々とした佇まいがそのイメージを否定する。
エデンも差し出された手を握るが、暖かさと力強さと、それときっと――。
「よろしくな!」
「よろしく。エイジともどもお世話になるよ」
「君がエイジだな。よろしく!」
「よろしく、おねがいします」
ところが、この握手会をぶった切る生徒もいる。
「よろし――」
「近寄らないで頂けますか?男性の臭いはキライなの」
「………お、おう」
ケモミミカチューシャをつけた少女は冷酷な態度できっぱりと握手を断った。
あんなファンシーであざとい格好をしているのに男を拒絶するとは、予想以上にとっつき辛いな、とエデンは内心で冷や汗を流した。少女はそのまま立ち上がって教室を見渡した。
「自己紹介の途中失礼、余計な手間を省くために先に名乗らせていただきます。私は戌亥八千夜。共にいるこちらのメイド服の女子は私の専属メイドである千宮あざねです」
「ご紹介に与りました、千宮あざねでございます。お嬢様の専属メイドとして、また皆様の学友として、不肖の身ながらお勤めを果たしたく存じます」
栗色の髪を揺らして優雅に一礼する八千夜と、それに合わせて深く一礼するあざね。あざねの髪は深い銀色に染まり切っており、既に魔女としては完成しているようだ。その物言いや態度、メイドを連れているという事は、かなりいい家柄の人間なのかもしれない、とエデンは思う。
「あざねは私の専属メイドであると同時に魔女契約も結んでいます。妙な色目を使ったり私を差し置いて仕事を押し付ける事は許しません。それと――私には『キライな臭い』があります。特に男の臭いは近づかれると不快です。失礼ながらリック先生も、私には触らず、なるだけ近づかないようお願いします」
「――補足させていただくと、お嬢様は『におい』に非常に鋭敏であられます。それゆえお嬢様のカチューシャは魔鉄器であり、これによってある程度お嬢様は不快な臭いを『希釈して』おられます。故にこの教室に男子生徒がいても基本的には問題ありません。しかし、これは不快な臭いを排除しているのではなく、希釈して気にならない程度に薄めているだけですので、半径1メートル以内にまで近づかれると希釈が対応しきれません。お手数ですが、お嬢様の『お願い』にご留意をお願いします」
OI能力の性質に関わらず、彼女は異常なまでの嗅覚過敏である、という事なのだろうか。まさかあのファンシーな飾りにそんな意味があったとは、担任の先生方と黒縁眼鏡少年とエイジ以外の全員が意外そうな表情を浮かべる。
しばしの沈黙ののち、リック先生が口を開く。
「基本は副担任に対応してもらうが、非常時に際しては悪いが我慢してもらう。いいな?」
「……承知しました」
僅かな間はあったが、八千夜は頷き、周囲を見回す。
「先程の凪原さま、先程は無礼を申し訳なく。しかし、以降お気を付けください。あと黒縁の眼鏡のお方もそのようにご理解を。二人のパートナーの魔女様は、臭いが強く付着しているようならば失礼ながら消臭させていただきます。後はそこのコートの――あら?」
目線がエイジに移った所で、八代夜は首を傾げ、エイジの下に近づく。
「……?」
戸惑うエイジを他所に八代夜は彼に顔を近づけ、周囲を一周し、最後に首筋に唇が触れそうにほど近づき、やっと離れる。
「貴方、お名前は?」
「氷室叡治……です」
「貴方、嫌いな臭いがしないから近づいても宜しくてよ」
「えっ」
それだけ言い放ち、八代夜の自己紹介は今度こそ終了した。
「理解できない。何が判断基準なのか……」
「女の子にあんなこと言われて、勘違いしてヘンなことしちゃダメ……って、エイジに限ってそりゃないか」
「むしろ僕がヘンな事された気がする」
女の子に近づいていいなんて言われれば告白じゃないかとドギマギするのが青春だろうが、生憎とそういった感情に疎いエイジはただ戸惑うばかりだった。とにかく、エイジがそうならエデンも体臭を気にせず近づいていいようだ。
そして、最初に自己紹介を始めたにもかかわらず完全に場を持っていかれた天馬は自分の机で落ち込んでいた。隣の巫女服魔女がそれを見て呆れている。
「俺の、自己紹介……不発だった……」
「発も不発も、自己紹介とは名を紹介できれば成立しように……相変わらず妙な目標意識に拘るな、天馬は」
「頼れる男の第一印象が欲しかったんだよ……」
天馬はもしかしたら苦労人気質なのかもしれない。二人の会話を聞いていた人は、何とはなしにそう思った。
ただ、自己紹介が荒れたのはそこまで。その先はスムーズに進んだ。
「姓は天掛、名は朧。見ての通り巫女ですが、剣術には一日の長があります。小柄な体躯に勝手な勘違いを抱かぬように。凪原天馬とは同じ道場に通った仲で、既に契約を済ませてありまする。この男は少々大口叩き故、必要以上に信頼を寄せぬように」
黒みの強い銀色の長髪を揺らす朧は、凛とした佇まいで一礼した。
巫女、天掛と言えばエデンも聞いたことがある。日本皇国鎮守六天宮が一角、天掛天宮を代々引き継ぐ本物の巫女の一族だ。この六天宮は天孫の統治の正統性を保証した『六天尊』の系譜であり、いわば天孫と同じく神代の時代の血を継ぐ存在だ。
ただ、天宮自体は鎮守などと大仰には言っているが普通に神社の総本山みたいなところだ。特段政治にも関わっていない、いわば存続することに意義のある一族だ。朧も自分で「単なる一巫女でしかないので妙な気遣いは不要ですよ」とたおやかに微笑んだ。魔女でなければ、きっと絵に描いたような立派な大和撫子になっただろう。
次は黒縁眼鏡の少年と、その隣の黄金色の髪の魔女。
「永居悟。好きなものは効率と静寂、嫌いなものは非効率と喧騒だ。カラオケだのショッピングだのとは縁遠い人種だから、あんまり誘ってくんなよ」
「オレ、浜丘永海!一人称から分かる通り男みてーな女なんで、男扱いしてくれ!席が隣だから分かるかもしれねーけど、永居とは契約してっから!」
既にクールに決めてもこのクラスのツッコミ枠であることは免れなさそうな悟は、言う事だけ言って自分の目の前に置く巨大な本に目を移した。あれもどうやら魔鉄器が組み込まれているらしい。
一方の永海は、制服は男物、胸はぺったんこ、髪は短く切りそろえてと、男勝りを通り越して既に男装している。ただ、見た目が子供に縛られる魔女の宿命か、性別を間違えるほど男には見えなかった。というか、ぶっちゃけかなりの美少女なので口調とのギャップが凄い。
「ウチらの番だし準備いいー?」
「そんじゃいくよー!せーのっ」
「古芥子美杏とっ!!」
「古芥子美音のーっ!?」
「「ジェミニ☆プリティ♡シスターズでぇ~~~すっ!!」」
最後の二人は、凄くテンションの高い双子の姉妹だった。
ただ、どちらが魔女なのか見た目では全然わからない。どうやらまだ外見の成長が止まっていない魔女らしく、二人の身長も顔立ちも全く同じだ。
しかもどちらかが髪を染めているのか二人とも同じ光沢のある髪色で、髪型もウェーブのかかったアップポニーテールで統一と紛らわしさ全開だ。永居が物凄く鬱陶しそうな顔をしてヘッドフォンを耳に嵌めた。ダメな感じのテンションと声なのだろう。
「ウチらAFS診断受けちゃって、もう契約しちゃってんだよね~」
「人生は可愛く楽しく美しくがモットーでーす!」
「あ、ちなみにフルーツの髪留めが美杏で~」
「音符の髪留め使ってるのが美音ね~?」
と、天馬が疑問を口にする。
「それ、髪留め取り替えたらどっちか判別つかなくなるんじゃ……」
「あら、私はつきますよ?」
「僕も」
「生徒の小細工を見破るのが教師だ」
マジか3人もいる、とエデンは思わず目を見張った。においに敏感な八代夜は既に違いを嗅ぎ分け、そして先生方も何らかの方法で見分けているらしい。だが、最後の一人、なんと身内のエイジはどうやって見分けているのだろうか、とエデンは質問する。
「どうやって見分けてるのよ?」
「二人とも仕草や骨格は見分けがつかない。でも脂肪の分布や筋肉の量、毛穴の位置、声紋の違いは微かにある。指紋もちょっと違う」
「うわぁ、舐め回すような観察眼が細かすぎて美音ドン引き……」
「いやいや、美杏はむしろエイジくんへの好奇心が湧き出てきましたよ!……ところで、どっちが太ってる?」
「美杏さん」
「バッサリ言われたぁ~ッ!?ちくせう、ダイエットしてやる!!」
「胸周りの脂肪が微かに……」
「なんだとうっ!?美杏、この裏切者!!同じバストサイズでいようってあの日の星の下で誓ったのにっ!?」
双子姉妹、まさかの内紛勃発。
エデンは二人の豊満なバストにもだ若干の嫉妬を覚えたが、それよりもデリカシーというものをいまいち理解しきれていないエイジの肩を叩いた。
「……エイジ。そういうの女の子に言っちゃダメ。特に脂肪の差とか毛穴とか、触れてほしくない所だから」
「でも女の人は胸周りの脂肪をよく気にしているから教えた方がいいのかなって……」
「そりゃ自分が気にしてるんだから、他人にとやかく言われたいことじゃないの。そういうものなの」
「そういうものなんだ……うん、覚えたよエデン」
一応話は分かったらしいエイジは、エデンに向けてはにかんだ。
本当にこういう時のエイジの顔は、褒めて欲しい子供みたいで思わず頭を撫でてしまう。
ただ、これのせいでエイジのイメージに「彼女に甘ったれる上に空気読めない理系男子」という極めて微妙な先入観を与えてしまい、自己紹介時にイメージを払拭する為に色々と気を砕く事になったエデンだった。
「いや、恋人じゃなくて家族だから!ね!」
「その年で既に家族公認の同棲中という事ですか!?なんと気の早い!!」
「ちーがーうーッ!そういう家族じゃなーーーいッ!」
「よくわからないけど、エデンを虐めるなら僕が許さない……!」
「急に氷室が男前なこと言い出した!?」
最終的に周囲に張られたレッテルは、「天然おとぼけカップル」だった。
誰が何を間違ったのだろう。釈然としないエデンであった。
後書き
日本の建国神話系はオリジナルです。
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