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【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~

作者:海戦型
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夏の雪解け3

 
 暁家は5人で構成されている。

 まず、母の笑重花(エリカ)と父の殿十郎(でんじゅうろう)。学校時代にパートナーとなってそのまま結婚した、というのは学校で「両親の事を調べる」という課題の過程で知ったことだ。父の家はそれなりに歴史の深い武士の家系なのだが、母は知っての通りのカカア天下なので父はさぞ苦労してきたことだろう。尤も、その母の強気な所はその娘たる自分、エデンにも受け継がれているようだが。

 さて、この二人の間に最初に生まれた第一子が長男の浄介(じょうすけ)だ。
 これは父が名づけた。男の子が生まれたら父が、女の子が生まれたら母が名前をつけようと約束していたらしい。ただ、父は最初「浄之進(じょうのしん)」なる変な名前を付けようとしていたらしく、母の猛反対によって浄介に落ち着いたらしい。
 ちなみに製鉄師の素養はない。これに父の実家はがっかりしたそうだが、両親はまったく気にしていない。年齢は21歳の大学生で、よく面倒を見てくれる人のいい兄だ。もうすぐ就職して一人暮らしをしようと準備を進めている。
 
 さて、第二子は長女にして姉の紗璃亜(サリア)。本当はシャングリアにする気だったが、流石にキラキラ過ぎるのではという父の猛反対が入ってサリアに落ち着いた。母は西洋文化に対する憧れが強めらしく、何かと洋風を好んでいる。
 現在の年齢は17歳、高校生。魔女の素養はなく、既に母の身長とスタイルに大幅な差をつけている。少しふわふわしていたり悪戯が好きだったりするが、やはり優しい姉である。

 そして第三子こそ、エデン。つまり私だ。
 なんでもサリアが「下の兄弟が欲しい」と誕生日に願った結果生まれたんだという。名前はと言うと、もう二人でつけようとエリカのエ、殿十郎のデンを貰ってエデンになったという。ちょっとこそばゆいが、好きになれる名前で良かったと思う。



 さて、そんな暁家にやってきた新たな子供の話をしよう。

 氷室叡治、13歳。何を隠そう私と同い年だ。
 2か月だけ私が早く生まれているので私が年上である。これは大事な事だ。
 今日はそんなエイジの一日を見ていこう。


 朝7時。エイジと私が目を覚ます時間だ。

「おっはよう!!」
「……おはようございます」

 眠そうな眼を開けてエイジが返事をする。しかし、眠そうに見えるのは普段からなので実は眠くないのかもしれない。

 私は基本的に寝る時間に寝られて、起きる時間に起きられる。エイジも同じで、いつも7時きっかりには起きている。しかし、これでは(仮の)弟を起こす姉というシチュエーションが出来ないと不満を漏らすと、エイジは週に一度だけ余分に寝るようになった。
 きわめて不器用な気遣いだが、まぁ良しとする。予想通り寝顔が可愛いし。

 夏であろうが容赦なく布団に身をくるむエイジの姿は見るだけで熱そうだが、体温は適温だ。元から寒がりなのか、それともAFSに隠れて別の病気でもあるのか、採掘を終えた後でもエイジは極度の寒がりのままだった。両親はそれを聞いて少し難しい顔をしたが、日常生活や生命活動には支障がないということで今は様子を見ている。


 朝食。朝ごはんは当番制で、母さん、父さん&兄さん、お姉ちゃん&私&エイジ、という感じで回している。

「今朝はトースト、みそ汁、野菜オムレツ、ししゃも的な魚!」
「前々から思ってたけどトーストとみそ汁の組み合わせはおかしいでしょ!?和か洋かどっちかにしようよ!」
「私は洋にしたいけど、お父さんが和食がいいーって言うから……」

 不平を口にするジョウスケ兄さん。それに口を尖らせる母さんの視線は気まずそうな父さんへと向かう。その奥では、野菜オムレツを割って中の野菜を恐る恐る口に入れているエイジの姿があった。この組み合わせに対して思う事はないらしい。
 と、ジョウスケ兄さんがふとあることに気付く。

「……おいエイジ。ブロッコリーを避けて食べるな」
「ごめんなさい、兄さん」
「前に嫌いなものをすべて残した後、残った嫌いなものを全部食べて青い顔してたろ。残さないのは偉いけど、あんまり無理するな。お前、加減を知らんからな」

 エイジは何というか、おこちゃま舌だ。野菜が苦手でハンバーグみたいな分かりやすい子供受けするメニューが好き。それでも食事を決して残さないのは偉いと思う。ただ、貰ったものを全部食べてしまうため、時々食べ過ぎて苦しくなってしまっているので私がストッパーになっている。
 
 ご飯の後は学校だ。通う学校は家から一番近い『聖観学園』――ではなく普通に近所の学校だ。というのも行方不明のエイジくんの親権などを整理して正規の手続きを踏むのに時間がかかっているらしい。普通の学校には通えるのに聖学校にはすぐ行けないのには理由がある。


 日本皇国という国は、天孫――国で一番偉く、この人が右と言えば右になる人――が君臨しているのだが、この天孫は国の統治に関しては最低限しか口を出さない。なので政治は民主主義で選ばれた政治家が行い、防衛などの軍事は皇国軍が行っている。
 しかし、軍と政府が癒着すれば人権も民意もコントロールが可能になるので、それを望まない天孫は軍と政府の双方に自分の手の者を送り込み、日本が侵略国家にならない最低限のくさびを打ち込んでいる。

 そして天孫の影響力が特に強いのが、魔女と製鉄師、魔鉄加工師およびその高い素養を持つ人物の人権である。
 極論を言うと、軍は民衆から何を言われようが軍事の要になる実戦可能なOI能力者を手元に揃えられれば政府などいくらでも転覆できる。政治家はこの能力者を囲うことで天孫や軍の力を先細りさせることが出来る。そしてどの道を往ってもOI能力者はボールのように人権を弄ばれる。だから天孫が直接介入してこれを守っている。
 そもそもOI能力者の学校である聖学校も、全て先代天孫の息がかかっている。
 軍国主義や政治の汚い手を払いのける加護であり、皇国が最も愚かな選択をしないためのストッパーとなっているのだ。つまるところ、一定以上のOI能力を有する人間の人権は確かに保障されているが、その分変更等をする際に多くの時間と手続きが必要になってしまうということだ。

 ……ともかく、そのような理由で、九州にある聖学校『聖観学園』へ通うのは早くとも来年度と見られている。それまでに、エイジの世間知らずを直せればいいのだけれど。


 話が逸れた。学校だ。
 エイジは驚くほど勉強が出来る。一度聞いた話は全て覚えているのではないかと思う程で、数学の問題などは時々先生の予想を超える新回答を弾き出している程だ。最初は国語なんかが苦手だったのだが、僅か1週間もすると苦手分野はなくなっていた。

 問題は、その慣れるまでの1週間だ。記憶喪失のせいなのか、エイジは何をするにもとにかくぎこちなかった。初めての日にシャンプーの泡が目に入って慌てたり、お箸の使い方が分からず手でご飯を食べようとしたり、足の欠けた虫を見つけて病院に「治せませんか」なんて困ったことを言っていたこともあった。その奔放さと常識に縛られない思考は子供のようだ。

 半面、一度教えられると加速度的に学習していく極めて理知的な部分もエイジにはあった。いつも少しぽけっとしていて会話が苦手なようだが、一度した間違いを二度としない。先生も最初はアスペルガー症候群なる学習障害を疑ったようだが、その後の行動で「記憶喪失の影響だろう」と結論付け、今ではクラスに受け入れられている。

 そんなエイジだが、とにかく時間があると私のそばにいたがる。もっと男の子たちと話なさいというが、あまり話についていけていないのも理由だろう。それに、なんというか……契約を交わしたせいなのかもしれないが、エイジと二人でいる時に会話がなくても苦に思わない自分もいるので、あまり強くは言わないでいる。

「考えてみれば、いちばん付き合い長いのは今の記憶の中じゃ私や母さんたちなんだよね、エイジは」
「うん。でも一緒にいるのは、それだけが理由じゃないよ」
「なになに?パートナーだから?家族だから?それとも……」
「僕の凍えをエデンは受け止めてくれたから。救われたから、だから僕はエデンを助けようと決めた。助けるには、一緒にいた方がいいから」
「……ふ、ふーん。でもそれは一人でいていい理由にはなんないんだからね?……あーもう、しゃーないなぁ。一緒に誰かと話しに行こう?」
「うん……」

 こうして会話する程思うが、お前私のこと大好きかよ、という気持ちがないでもない。
 でもそれ以上に、なんだか出来の悪い弟が寂しがって頼ってくれているようにも感じる。一人でいさせるのも少し心配だし、なんだか喋り方もちょっと子供っぽさがあって、最後には「しゃーないなぁ」と世話を焼いてしまうのだ。
 
 部活。残念ながらスポーツ関係の部活は諦め、他のいろんな部活も身長という大きな壁に阻まれ、美術愛好会でちまちま絵をかいたりする程度だ。ちなみにエイジはこの愛好会で写真と見紛う程に精巧なデッサンを書くのだが、本人は「写真で代価できる僕の絵より皆の絵がすごい。真似できない」と口を尖らせてぼやいている。どうやら、まるっきりコピー以外出来ないという完全記憶能力の人みたいな画力らしい。
 嫌味かよ、と思わないでもないのでちょっと小突いた。きょとんとした顔で、「ご、ごめん……?」と言われ、自己嫌悪した。割とよくある日常である。


 そして、帰宅。日によっては買い物をして帰る。
 この日の夕食は姉と私とエイジ。

 さて、何でも覚えてしまうエイジは料理も得意かと思いきや、そうでもない。先に言った通り舌がおこちゃまなのと、余りにも細かく調理をしすぎる。「大雑把さ」が足りないので、結局三人で分担しないと料理が間に合わない。

「エイジくん、じゃがいもの皮はそこまで薄く切らなくともいいのよ~?」
「で、でも……身の部分を態と多く削るなんて、どうすれば……」

 おっとり指摘する姉のサリアにしどろもどろになるエイジ。かなり独創的な野菜の皮剥き観を持っているようだ。しかし、このまま放っておくと姉に嘘でも教えこまれかねないので、私がそれっぽく教えた。

「いい?剥く皮は縦幅2センチで切るの。この2センチを優先すればよし!」
「うん。2センチ……こんな、感じ?だいぶ身が削れちゃう……」
「この場合は身より速度よ。時計を見て、時間と相談するの!」
「エデンちゃんったらすっかりお姉さんね~」

 とまぁ、こんな感じで食事だ。両親が帰ってきて、兄が帰ってきて、一緒に食卓を囲む。
 その後はまぁ、ちょっと外に出かけたり、ゲームやテレビを見たり、パソコンを弄ったり、特に意味もなくエイジと一緒にいたりする。不思議とその時間が、心地よく感じるから。
 
 こうしてエイジとの不思議な共同生活は半年続き――『聖観学園』へ編入する頃には、もう互いに互いを家族として認識するようになっていた。
  
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