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魔術師ルー&ヴィー

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第二章
  Ⅵ

 
 王都東の一角。そこで今、ルーファスは力を行使し続けていた。
「アレク、コアイギス師は何て言ってきた?」
「はい。四人の上位魔術師をこちらに向かわせてくれるそうです。」
 ここは東中央にある大聖堂で、今は二人しかいない。そこにいるのは結界の一端を担うルーファスと、リュヴェシュタン王都との通信役として残った義勇団のアレクである。他はヴィルベルトの元で補佐をする二人を除き、結界外の各所で単発的に出現する妖魔と戦っていたり、怪我人の手当てなどに奔走していた。
 本来なら、ルーファスだけでも魔術を行使しながら通信は出来るが、今回のこれはかなり強い力を要するため、アレクに通信役を頼んだのである。
「四人か…。向こうでも何かあったな…。」
「ご推察通りです…。あちらでも小物ではありますが、単発的に出現しているそうです。」
 そう話している最中、ルーファスは結界内に何者かの侵入を察知した。
「…?」
 ルーファスは何者が結界へ入り込んだのか探るため、自身の精神を集中させると、感知した数は四人、内二人は魔術師だと分かり、他二人が英雄であることまでも突き止めた。
「…ったく!」
「ルーファス様、如何されましたか?」
「いや、若い魔術師二人と老いた英雄二人が…グールんとこへ行ってやがんだよ。」
「…!?」
 アレクは顔を強張らせてルーファスへと問う。
「いかな結界内でも、それはかなり危険では…。」
「ああ。グールって妖魔は、既に人の心なんてねぇかんな。悪魔の精神は残ってるようだが、下手すりゃ結界に綻びが出来ちまう。ったく…誰でも良いから早く寄越せっつぅの!」
 ルーファスが苛つきながらそう言った時、不意に大聖堂の北側に設置された移転の間から気配がした。
「やっと来やがった。」
「折角来てやったと言うに、何と言う言い草だ。」
 ルーファスらの前に姿を現したのはホロヴィッツであった。
「やっぱお前が来たか。で、残る三ケ所には誰が行ったんだ?」
「セレンとヨハネス、そしてヴィクトールだ。」
「だったら問題無ぇな。そんじゃ、この結界の維持を頼むな。」
 今着いたばかりのホロヴィッツにルーファスが事もなげに言ったため、ホロヴィッツは顔を顰めて返した。
「お前、この大結界の一端の維持を私にやれと?」
「何だ、出来ないのか?」
 ルーファスはわざとらしく笑みを溢して返したため、ホロヴィッツは些かムッとして言った。
「出来ぬ訳ないだろう!」
「なら交代だ。」
 ルーファスにまんまと乗せられた風だが、言った手前「無理だ」とも言えず、ホロヴィッツは軽く溜め息をついてルーファスの元へ行き、呪文の詠唱を始めた。
 ルーファスであれば二言で事足りるが、ホロヴィッツでは全十二節全てを詠唱しなくてはならず、それを見ていたアレクは少しばかり不思議に思った。ルーファスには及ばずとも、ホロヴィッツとて上位魔術師なのだから。
「よし。そんじゃ、俺は中に行ってくる。」
「何だと!?お前、今の状況を理解してるのか!?」
「分かってんよ。結界内にマルクアーン殿とシュトゥフ殿が入ってるってな。」
「…!」
 それを聞いてホロヴィッツは唖然とした。先の大戦の英雄二人…それが危険を承知で王都に入ったのだ…。
 ホロヴィッツは、自らの実力がルーファスに遠く及ばないことなぞ百も承知している。だからこそ、自身のプライドを棄ててルーファスに言った。
「お二方を必ず救い出してこい。」
「分かってる。お前も堪えてくれよ。」
「これ位、訳はない。」
 その返事を聞くや、ルーファスはその場で移転魔術を行使して消え去ったのであった。
「全く、規格外の男だ。」
 ホロヴィッツがそう溜め息混じりに呟くと、近くにいたアレクも「その通りです。」と言って苦笑したのであった。
 さて、弟子のヴィルベルトはと言うと、彼は南に位置する教会にいた。彼もまた、大結界の一端を担っていたのである。
「もう…師匠ってば、僕にこんなことさせて…。」
 そうぼやくヴィルベルトに、二人の男が苦笑した。そこでヴィルベルトを補佐していたのは、義勇団のティアスとビルスマであった。
「ヴィルベルト様。ルーファス様は、貴方を信頼してお任せになったのです。」
 不服そうなヴィルベルトへとそうティアスがにこやかに言うと、ビルスマもそれにあわせて言った。
「そうですよ。こうして結界が維持されているのが何よりの証拠じゃないですか。」
 そう宥める様に言う二人に、ヴィルベルトは半眼になって返した。
「もし失敗したらどうするんです?」
 そう返されたて、二人の目は游いだ…。
「その反応…どうすれば良いのか分かりません…。」
 ヴィルベルトは眉をピクつかせて言ったが、ふと…西の陣が描かれている部屋から誰かが歩いてきた。
 三人は些か驚いたが、それは大柄な魔術師であった。
「貴方は?」
 ヴィルベルトがそう問うと、その男は直ぐに答えた。
「私はヴィクトール。ルーファス殿の依頼により参った。君はもしや…ヴィルベルト君かい…?」
「はい、そうですが…。どうして僕の名前を?」
 ヴィルベルトは、何とも腑に落ちないと言った風に首を傾げて問い返した。
 だが、ヴィクトールの方が何倍も驚いた様子であり、それを見てティアスとビルスマは顔を見合わせた。
 確かに、最初に会ったヴィルベルトの印象は頼りなく思えた。それよりも正直、この仕事をするには若過ぎると思った。ルーファスがどうしてこんな子供を弟子にしたか解らない…とさえ思ったのであった。
 しかし、戦いの中で彼は師と勇敢に戦い、多くの人々を助け出した。戦いの中では、考えるより先に身体が動くのが先なのは、師であるルーファスそっくりであった。
 そして何より、この大結界の一端を担っている力…ルーファスの愛弟子で当然と言えたのであった。
「いや、失礼した。」
「良いんです。最初は皆、同じような反応しますから…。」
 諦めにも似た溜め息を洩らすヴィルベルトに、ヴィクトールは笑みを見せて返した。
「だが、少年だった頃のアーダルベルトを思い出す。」
「師匠を?」
「ああ。ヤツは規格外でね、随分無茶をしていたものだ。この大結界を支えている君を見ると、ヤツのそういう所を思い出す。」
 そう聞いて、ヴィルベルトは半眼でヴィクトールへと返した。
「それ…褒めてるんですか?貶してるんですか?」
 そう言われたヴィクトールは大笑いして言った。
「無論、褒めてるんだよ!」
 そう言うや、ヴィクトールは直ぐにヴィルベルトへと交代の旨を伝え、その場で詠唱を始めた。
 その時、結界の二箇所が別の魔術師へと代わったことが分かった。そして…。

ー まさか…師匠!? ー

 ヴィクトールが詠唱を終えると、その場にもう一人の魔術師が姿を現した。
「ヴィルベルト君!」
「分かってます、イェンゲンさん。師匠が中に入ったんですよね?」
「その通りだ。君も行くか?」
「勿論です!師匠が暴走したら大変ですから。」
「ハハ…全くだ。」
 二人はそのままヴィクトールとティアス、そしてビルスマの三人に後を任せ、直ぐ様ルーファスを追い掛けたのであった。
「ヴィクトール様…あの子、一体どれだけの力があるのでしょうか…。」
 ティアスが二人の消えた方を見詰めながら問うと、ヴィクトールもそちらへと視線を向けて答えた。
「そうだな…ルーファスと同じ程にはなるかも知れないな。あの年でこの大結界の一角を守り通すとは、恐らくルーファスとあのヴィルベルト君しかいない。」
「それじゃ…。」
 ティアスは溜め息をつく。その隣では、ビルスマが苦笑しつつティアスの肩に手を置き、「俺達とは違い過ぎんだよ。」と言った。
 そんな二人をヴィクトールは過去の自分と重ね、目を細めて見ていたのであった。
 一方のヴィルベルトとイェンゲンの二人は、王城に近い教会…マルクアーンらが移転魔術で来たあの教会へと入っていた。尤も、結界内で残っている陣はここしかなく、ルーファスもここから王城跡へと向かったのである。
「さて、王城へ向うか。ま、瓦礫になってるがな…。」
「そうですね…。でも、きっと師匠も向かっている筈です。」
 そう言って、二人は打ち壊されて死臭の舞う街の中を進んだ。
 魔術で身体強化してはいても、この腐臭はさけられない。そこかしこで腐肉を啄む烏が群れ、時には人だったものの一部に足を取られそうになる…。
 それでも二人は走る。この結界とて、いつまでも保てる訳ではないのだ。早く解決しなくては、あのグールがいつ再び動き出すか分からないのだから。
「イェンゲンさん、あれ…。」
 二人は半時程走ると、目の前に瓦礫と化した王城が現れた。そこから然して掛からず、二人は目的の人物を見付けることが出来たのであった。
「師匠!」
「ヴィー、何で来てんだ!」
 そう怒るルーファスに、ヴィルベルトは走り寄って返した。
「何でだじゃありません!一人で行くなんて、そんなに僕が信用出来ないんですか?」
「そうじゃねぇ!ただ、こっちはこっちで忙しいんだよ!」
 そんなルーファスをスルーし、ヴィルベルトは三人の魔術師に囲まれているそれに目をやった。
 すると…ヴィルベルトはあからさまに顔を顰めた。
「師匠…この人…。」
「お前にゃ分かるか…。そうだ、こいつは“悪魔”だ。」
 ルーファスがそう言うと、それはニタリと笑って口を開いた。
「君、かなりの力があるね。ま、そこの銀髪の美青年には及ばないが。」
「そりゃどうも。で、何でお前は大人しくしてんだ?」
 ルーファスがヴィルベルトを後ろへと下がらせてそう問うと、それは暇そうに欠伸をかきながら返した。
「これと言って意味はないよ。尤も、君らがこの結界を維持している内は、出るに出られないしねぇ。まぁ、これも一興ってとこだね。何せ、今まであんな醜いものに入れられてたんだから、この躰で少しは楽しませてもらわないと。」
「何をする気だ?」
 ルーファスがそれを睨み付けて問うと、それは満面の笑みを湛えて答えた。
「性欲を満たすに決まってるじゃないか!」
 余りにも馬鹿馬鹿しい答えに、一同は沈黙してしまった。まぁ、悪魔は自らの欲に忠実なのだから、差し当たりこんなものかも知れないが…この姿でそれを言うのは、些かどうしたものか…。
 それに対し、少しは離れた場所で見ていたイェンゲンが強い口調で言った。
「お前、ここから無事に出られるとでも思っているのか?」
「いいや。先ず、この美しい銀髪の青年がいる限り、それは無理だろうね。でもね、私はいつまででも、こうしていて構わないんだよ。さて、君達はどうかな?」
「…貴様、それを狙ってるのか?」
「別に。結局の所、私はどうでも良いんだよ。但し、あの老体二人が探している物は、まず見付からないだろうけどね。」
「は?」
 それを聞いて、イェンゲンは眉を顰めた。
「君、何も知らずに此処へ来たのかい?顔も平凡なら頭も平凡なんだねぇ。」
「やかましい!全く、これだから悪魔というヤツは…。」
 イェンゲンは些か傷ついたようだが、悪魔はそれが可笑しくて堪らない。
 すると、それを見ていたルーファスは眉をピクリとさせ、悪魔に掛けられている結界に力を加え、それを異常なまでに収縮させた。
「待った!分かった!分かったから!!」
 悪魔が驚いて声を上げたため、ルーファスはそれに答えて結界を少し緩めた。
「君、冗談だ。私くらいならば、君は容易く消し去るだろう…。どうせ解っているんだろう?」
「勿論だ。お前、力を使い過ぎたろ?」
「…その通りだ。」
 ルーファスの言葉に、悪魔は外方を向いて返した。どうやら事実のようで、その額には冷や汗が滲んでいた。
「師匠…どう言うことですか?」
 ルーファスの後ろへ退避していたヴィルベルトが、恐る恐る顔を出して問い掛ける。
「あのな、こいつの躰は単なる代用品でしかねぇ。それで力を行使すれば消耗も激しくなる。それにも関わらず、結界に圧力掛けたりしてたもんだから、その力を消耗し尽くしたって訳だ。」
「バカですね。」
「ああ、バカだな。」
「·····。」
 二人にそう言われ、悪魔はムッとして返した。
「元の躰に戻れば、お前たちなぞ一瞬で消しされるのだぞ!」
「いやぁ…もう躰なんて無ぇだろ?」
「·····。」
 余りにも当たり前のことを突っ込まれ、悪魔は泣きそうになっている。
「ルーファス…何だかこいつ、弱っちいんだが…。」
 イェンゲンにまで言われた悪魔は、到頭座って膝を抱えてしまった。
 何だか可愛い…と思う見た目だが、この悪魔があの"グール"の躰へと戻れば、再び暴れ回ることになるのだ。それは何としても阻止しなくてはならない。
 だが、ずっとこのまま…と言う訳にも行かないため、結界を維持しているルークが口を開いた。
「お前、何故お二方が探しているものが見付からないと言ったのだ?」
「そんなの決まってる。探してる場所も探してる物も間違ってるからな…。」
 いじけながらそう答える。その答えは、魔術師五人の顔を顰めさせるには充分であった。
「お前、名は?」
 不機嫌にルーファスが問う。悪魔はその問いに躰をビクッとさせて言った。
「お…お前に教える必要などない…。」
 今にも消えそうな弱々しい声だ。先程までの威勢はどこに行ったのだろう…。
「おい、もう一度聞くぞ?」
 そう言いながら、ルーファスは少しずつ結界を縮めていく。
「お前の名は、何だ?」
 これではどちらが悪魔か分からないが、悪魔はルーファスの真顔が怖くて堪らず、結界まで縮小され続けては答えるしか術はなかった。
「アルモス、アルモスだ!」
 そう答えるや、ルーファスは結界を戻し、ニッコリと笑顔で言った。
「アルモス、汝に命ず。今この時をもって、その器を汝の躰とし、我に従属せよ!」
「やっぱり!」
 悪魔…アルモスは悲痛の叫びを上げた。
 アルモス…彼は下級悪魔だった。確かに、人間よりはかなり強いが、今のアルモスでは下級の魔術師にも勝てまい。
 ルーファスは、膝を抱えて泣いているアルモスの結界を解いた。もうルーファスの道具…と言うよりパシリのようなものなのだ。
「さぁて…お話しようか、アルモス君?」
 真顔のルーファスに真正面からそう言われ、アルモスは生きた心地がしなかった…。




 
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