人理を守れ、エミヤさん!
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未遠川の穹
――その光景を、見た。
大海魔の召喚基点となっていた冬木のキャスター、それを撃破してのけたのは人間である衛宮士郎だった。
だがそれは殊更に騒ぎ立てる戦果ではない。彼の身体能力は、魔術王の強化の魔術によってサーヴァントのそれに比肩している。投影宝具という鬼札もあるのだ、そこらのサーヴァントとなら正面切って戦い勝利すら掴み得る。大海魔など、相性のよい宝具を投影出来る士郎からすれば、ただのデカイ的に過ぎまい。
故に問題はその後。大海魔という脅威を一先ずは片付け、気が微かに緩んだ瞬間だ。士郎は戦闘のプロフェッショナル、戦闘経験の量では英霊にも引けをとらない。故に気の緩みは極僅か、瞬きの後には兜の緒を締め直すだろう。
しかしその刹那を突ける者がいた。――冬木のランサーだった。黒化し、反転した彼の真名はディルムッド・オディナ。フィオナ騎士団の一番槍。呪いの黄槍が呪詛を吐き出し、士郎の背後を襲ったのだ。
「士郎くん――ッ!」
気づくのも、注意を喚起するのも間に合わなかった。ディルムッドの黄槍が突き出される。回避は間に合わない。しかし相手がアサシンではなかった事が幸いした。ランサーの奇襲に士郎は直前に気づき、身を捻る事が出来たのだ。
急所だけは避ける、咄嗟の行動。――ディルムッドは不意打ちによる必殺を不可と感じるや槍を繰る。その槍捌きは精妙で、急所を穿てぬならばと右腕の腱を断ち切った。自らの苦痛や驚愕を無視し、瞬間的に反撃に出た士郎の反応は歴戦の戦士のそれである。
背後――セイバーの駆けてくる方に跳びながら投げ放つは莫耶。質よりも量と投影速度を重視し、虚空に投影した剣弾を速射砲の如くに撃ち出す。そうして強引に追撃を絶ち、窮地から即座に離脱していく。
士郎の右腕がだらりと落ちていた。肩の付近を穿たれたのだ。傷は深い。治癒不能の呪いが掛かっている。痛みを鉄壁の表情に隠し、さも何事もないように装っているが、そんなものは痩せ我慢に過ぎない。
冬木のランサーはライダーと、セイバーを見て即座に離脱していく。厄介な能力の持ち主である士郎に手傷を負わせた事で、この場の戦果としては充分と見切ったのだろう。ひとまずの危機は去った。ほ、と吐息を溢した瞬間だ。
「――何を余所見などしている?」
虚空を蹴って未遠川の穹を駆ける魔神アスモデウスの乗騎、地獄の竜である黒き幻想。
魔術王の内包している魔力の限界は近い、実像を保っている魔神はこのアスモデウスのみであり、他は退去させていた。
魔術王はアスモデウスの背後、西洋竜の姿をした黒竜の広い背の上に立っている。英雄王の輝舟に搭載されていた財宝と、アスモデウスを包囲するように展開された『王の財宝』が、魔術王ただ一人を抉らんと射ち出された。
アスモデウスは大槍と軍旗を振るって剣槍の霰を薙ぎ払い、高位の宝具は口腔より熱線を吐いて辛うじて軌道を逸らす。黒竜の飛行速度は竜種を象ってあるだけに中々のものだが、輝舟に追い縋れるほどではなく。英雄王は魔術王に一方的に財宝の絨毯爆撃を敢行出来た。
ぱちんとソロモンは指を鳴らす。数にして五百にも及ぶ幾何学的な紋様の召喚陣が夜空を席巻し、其処から黄金の大楯二百、小楯三百を召喚して身を守った。これはシバの女王と出会った後、自ら造り上げた魔術礼装である。
魔術王によって魔術の刻まれた金色の楯は、真名解放の為されていない宝具ならば問題なく凌ぐ。しかしそう何度も防げるものでもなかった。英雄王の擲った剣や槍、斧などの宝具は実に二千を数える。瞬く間に破壊されていく楯は金色の破片を撒き散らすも間を開けるには充分――隙を晒した魔術王を狙った間隙に、宝具化し黒く染まったF-15戦闘機が急接近する。火箭が吐き出され輝舟を撃墜せんとした。一気に浮上し回避する輝舟だが、輝舟に追随できる機動力が戦闘機にはある。猛追した。
ソロモン――ロマニ・アーキマンはバーサーカーを見る。マシュを同乗させたバーサーカーは、息子を守るためかやや回避運動が大きく、大袈裟だ。ただでさえ燃費が悪く、マスターは機を見る目が曇っている間桐雁夜。彼のマスターは限界だろう。
マシュも立派になった。そんなに気を遣わなくてもいい。
「――仕方ない。どのみちボクらに時間はないんだ、決着を急がせてもらう」
ロマニはソロモンとしての力を行使する。特殊ではあるが、ロマニの前世とも言える魔術王はカルデアの召喚基点であるマシュと、霊基の繋がりがあった。それは同じシステムによって現界している他のカルデアのサーヴァントも同様である。故にマシュが触れているものは、ロマニも間接的に触れているという解釈が成り立つ。
例えば花の魔術師は、自分が生まれていない過去に、自身が存在しない故に死んでいるも同然という滅茶苦茶な解釈で過去に召喚される事が出来る。なら似たような真似、同じ冠位魔術師であるソロモンに出来ないはずがなく。
間接的に触れているなら、そこに流れるパスも逆算出来るのだ。
「――其処にいたんだね、間桐雁夜」
下水に身を隠している男の姿を見つける。千里眼を封じていてもはっきりと見えた。
パスを辿り、魔術を行使する。バーサーカーの制御権である令呪を奪う。
「令呪を以て湖の騎士に命じる」
ビクンと黒騎士が反応した。自身のマスターが代わった事を感じたらしい。騎士の誇りがあるなら抵抗するだろうが、彼は狂戦士。そして対魔力もないに等しかった。
他のサーヴァントには出来ない……というよりは、しない方法だ。こんな邪法、好むものでもなかった。
「――ごめん、謝るよ。だけど英雄王に此処で退場してもらうには、キミを此処で使い潰さないといけない。『バーサーカー、全力で英雄王を討て』」
残されていた全ての令呪を注ぎ込み、士郎の負担になるバーサーカーのマスター権を破棄する。これでバーサーカーはこの世への楔をなくし、魔力が尽きるとそのまま消滅するだろう。
しかし令呪の齎した魔力は膨大だ。この一戦に限り、全力戦闘が可能である。マシュが自身の触れている黒騎士の異変に気づいた。
『……ドクターっ? 彼に何かしましたか!?』
「いいや、何も悪い事はしてないよ」
悪い事ではない、善悪を除いた合理的な手を打っただけだ。そして、それをマシュが知る必要はない。……ああ、と思う。
――やっぱりボクは冷酷なソロモンだ。だけど、そんなボクでも、キミの助けには成れる。正義はキミの領分だろう、士郎くん――
だから。余計な事をする英雄王には、此処で斃れてもらわないといけない。士郎が士郎でいられるように、偽善ですらない独善であると謗られようとも。
「■■■■■■ッッッ!!」
バーサーカーが脈動する。
全力を発揮するバーサーカーの全てが英雄王に向けられた。自身の霊基に満ちる令呪の魔力は、狂戦士の全スペックを解放したのだ。脆弱なマスターの縛りがなく、もとよりなかった自滅への恐れもなく、英雄王しか見えなくなった彼にマシュを気にする理性すらない。
だが――流石は完璧な騎士。湖の騎士だ。令呪に縛られようと、狂化に完全な支配を受けようと、背にある者を振り落とし、無差別に攻撃だけはしなかった。
「ぬ……」
英雄王が何かに気づく。そして笑みを浮かべた。嫌な予感に目を細め、ソロモンは指輪に魔力を込める。
アスモデウスを還し、ソロモンは落下していきながら輝舟の周囲の空間を固定していき、更にその周囲に遺失したもの、現存するもの問わずにあらゆる呪詛へ指向性を与え英雄王へばら撒いた。
「――士郎くん!」
『魔力を回す。決めにいくぞ、マシュ!』
『はいっ!』
限界などとうに迎えているだろうに、更に魔力を振り絞りマシュへ回す気力は流石だった。
一瞬、動きの止まった輝舟。英雄王ならば瞬く間に空間固定を解除し、呪詛を解呪してしまうだろう。しかし高速機動戦の最中、僅かの停滞も命取りである。バーサーカーが戦闘機を突貫させた。
マシュは戦闘機より飛び出し、一瞬早くバーサーカーよりも先に英雄王を捉える。
『――顕現せよ「いまは遥か理想の城」!』
穹に拓かれるは白亜の城。一切の穢れなき、究極の守りの一つ。
しかしその城は、何も防壁にのみ用いられない訳ではない。内部に取り込んだものを閉じ込める、脱出不可能の絶壁ともなるのだ。英雄王とバーサーカーを取り込み、輝舟の飛行を不可とした刹那、乗り捨てられた戦闘機が宝具化が解除される前に、全兵装ごと炸裂する。
凄まじい爆破だ。それは輝舟を破壊し、英雄王にも届いた。しかしマシュと、マシュに味方と認識されているバーサーカーには一つとして傷はつかない。それどころかバーサーカーには更なる恩恵がある。幸運を除いた全ステータスの強化が加わった。――それに、彼は円卓の騎士である。その恩恵は絶大である。
『英ユウ王、カク悟――ッッッ!!』
咆哮と共に抜刀されるは湖の騎士の最強宝具、無毀なる湖光。全ステータスが更に向上し、日輪を戴く太陽の騎士に比肩する。白亜の城は彼の狂化をも祓い、言語野が復活した。狂化の恩恵だけを受け、理性を回復させた湖の騎士は魔剣の真名を解放する。
『「縛鎖全断・過重湖光」――!』
無毀なる湖光に過負荷を与え、籠められた魔力を漏出させ攻撃に転用する剣技。光の斬撃となる魔力を敢えて放出せず、対象を斬りつけた際に解放する。
――英雄王は崩れ去った輝舟の玉座から動かなかった。最強の乖離剣を抜こうともしない。薄い笑みを浮かべたまま、超越者は嘯く。
「健闘、見事であると言っておこうか。貴様らの奮闘に免じ、此処等で退いてやろう。――どのみち我の目的は果たされた」
魔剣が黄金の鎧を一撃で断つ。膨大な魔力は切断面から溢れ、その青い光はまさに湖の様――白亜の城は解れ、消える。
同時にサー・ランスロットもバーサーカーへと還る。マシュもまた落下していくも、それは飛行魔術によって浮遊していたロマニに抱き止められ――
「……」
「英雄王、撃破しましたっ! ……ドクター?」
――なぜ、英雄王を今ので倒せた?
もっと出来るだろう。マスターとの契約を破った後、令呪は回収しているはず。あれはそういった王だ。その令呪を使って強制転移で逃れる事も出来たはずだ。
険しい顔で、ロマニは英雄王の消えた穹を見上げる。しかし全知全能ではない、自らを制限した状態の自分では見抜けなかった。人間ロマニ・アーキマンの頭脳では、英雄王が何を視たのかが……。
「なんでもないさ。大戦果だったね、マシュ」
マシュの頭を撫でてやりながら、霊体化して消えたバーサーカーを尻目に地表へ降り立った。
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