吸血鬼になったエミヤ
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010話 シホ復活、そして師弟関係
前書き
更新します。
色々と騒がしかった学期末テストも終わり、終業式の終わりにネギ先生が正式に新学期から2-A改め3-Aの教師として赴任することが決定して、やはりというべきかドンチャン騒ぎが起こった。
生徒たちの様々な発言に頭を悩ませることもあったが、まぁこのクラスのノリは毎度のことか。心の中でそう結論付けてうまく流していたが、耐えられなかったのか長谷川さんが途中でいなくなりネギ先生も後を追っていった。
場所は移り、パーティー会場でなぜかバニーの格好をした長谷川さん?…を見て思考が少し止まるが事態はネギ先生のクシャミにより起こった暴走・武装解除によって服が剥かれたところで復帰する。
クラスの連中に色物扱いされて羞恥の限界だろうところまで行っていたので私は隠すようにして予備のように見せかけて服を投影する。
そしてそれを長谷川さんに渡すとどういうわけか涙を流された。
「エミヤン優しい!」
「さすが事態を収拾するのには慣れているね!」
「ありがとうエミヤ。本当にありがとう…」
みんなから「さすが!」と騒がれ、長谷川さんからは何度もお礼を言われた。
まぁそこまで言われるならした甲斐はあったというものだ。
そしてようやくゆっくりできると思ったがそうは行かず私はその晩もリハビリに専念していた。
そしてとうとう部屋の中だけでだが普通に歩くことができるようになった。
それには今まで一緒にリハビリを手伝ってくれていたタマモも感激の涙を流したほどだ。
「シホ様~~~~、よかったです…。ほんとーによかったですぅ!」
「もう、そんなに泣かないで、タマモ。…それじゃ少ししたらエヴァのところに向かおうか」
「はいです♪」
それでエヴァに電話で報告をすると、
『なに!? ついに足が治ったのか! これはいい。終業式を済ませれば短いが休みだからな、ちょうどいいだろう。ふふふっ…』
気分がいいのかエヴァは準備があるといい早々に電話での通話は終了した。
置いてかれ感がしなくもないがここは気持ちを切り替えて、
「それじゃ少しでかけようか。今はもう夜だから出歩く生徒は少ないだろうし」
「お供します」
そして久しぶりに自分の力で地面を歩く嬉しい思いを噛み締めながらいざ外に出た途端、
―――カコーンッ、カラカラ…
「「あ…」」
『……………』
そこには風呂上りなのか委員長に那波さん、村上さんが桶を落として私の立っている姿に体をワナワナと震わせていた。
やばいっ…と、思ったが最後。委員長と那波さんには盛大に泣き抱きつかれて村上さんが他の部屋に報告をしにいっているではないか!
本格的にやばい。
…もう、諦めるしかないなぁ。いずれは公開する事だし時期が早まったと思えばいい。
「そうですよ、シホ様。前向きが肝心です」
「そうねぇ…」
いまだに二人に抱きつかれて困っている私はタマモの意見に同意した。
そして村上さんが報告を完了したのだろう、ほとんどの2-Aのクラスメート達が寮室から出てきては「足、治ったんだね。よかったぁ…」や「これは宴会だぁ!」と騒ぎを大きくするものも数名。長谷川さんも陰ながらいたのには少し驚いた。
気づけば夜も遅いというのに食堂を解放して小さいパーティーが行われていて、
「みんな、昼間のこともあったのに元気だね…」
「そりゃそうよ。シホの足が治ったのは誰だって嬉しいものだもん」
アスナが話しかけてきて、「そんなものかな?」と適当に返しておく。
ネギ先生もやってきて、
「おめでとうございます、エミヤさん。足、治ってよかったです!」
と、数日前まで最終課題に焦っていた顔など見せず心の底から喜んでいるようだ。
「ありがとうございます。先生も正式に先生になれてよかったですね。遅ればせながらおめでとうございます」
「ありがとうございます!」
笑顔で答えてくれて今更ながらに本当にこの子はマジでナギの息子かと再度疑ってしまった。
そしてすぐにほかの生徒に呼ばれて先生は歩いていってしまった。
かくいう私も主賓ともあって色々呼ばれたが。
「でもこれでようやく多分落ちただろう腕を回復できるね」
「そうですね。少しでも実力を取り戻しましょうね、シホ様」
「ええ」
◆◇―――――――――◇◆
翌日、私はエヴァの家にリハビリも兼ねて車椅子ではなく歩きで向かっている。
道中やっぱり私の朱銀の髪は目立つのか何度もほかのクラスの生徒や先輩、後輩などに「よかった」などと言われてほとほと疲れる羽目になった。
「これならまだ車椅子で向かったほうが平和だったかも」
「ですねぇ…」
とにかく私達はそうこうしながらエヴァ邸に到着した。
そこには仁王立ちして両手を腰に回して立っているエヴァとメイド服の茶々丸さんの二人が立っていた。
気づくと茶々丸の頭の上にチャチャゼロが乗っかっている。
「よくきたな。まずは完治してよかったなと言っておこうか」
「おめでとうございます、エミヤさん」
「ケケケ、楽シメソウダナ」
「おかげさまで。まぁ別荘使えばすぐだっただろうけど自然に見せかけるにはこれしかないからかなり時間かかったけどね」
「いい、いい。もう治ってしまえば後はどうしようとこっちの勝手だからな。さて、長話もなんだからな、行くか」
エヴァに連れられて地下室に着くとそこには一台のボトルシップが部屋の中心に設置されていた。
他にもあるようだけど聞くとまだ起動していなくて準備中だとの事だ。
なんせ長年ほっとかれていたらしく、尚且ついくつもあり中身も広いから掃除が大変で、現在も茶々丸の姉妹達が総出で掃除をしているそうだとか。
それはとにかく私達は一番小さい起動しているボトルの前に近づくと魔方陣が光りだし瞬時に場面が入れ替わった。
そこは別荘としてはかなりのもので常に夏のような天気らしく暖かい。
広間らしき場所に着くとエヴァが声を出して、
「さて、では早速だが開始するか」
「といってもまずは現在どれくらい力があるかだけどね。まずはそれを確かめなくちゃね。
吸血鬼になって体力、耐久力、筋力、持久力、俊敏力、魔力、その他が色々アップしたから調整しないといけないし…」
「そうだな。とりあえずまずは現在の魔力をうまく活用して色々と動き回ってみたらどうだ?」
「確かに…。医務室では一瞬しか発動しなかったから完全に把握できていなかったけど、今の自分にどれだけの力があるかしっかりと計った上で実際に魔力を行使していかなければいけないからそれが手っ取り早いね」
で、まずは魔術回路を把握しておく必要があるのでもう一度魔術回路を私のほうだけ解放する。
するとたちまち魔力が体内からあふれ出して私の周りが振動する。
「………ふむ」
身体強化で何度か全身を動かしてみてわかったことがある。
「やっぱり腕は落ちているわね。…いや、実を言うとまさか逆か?」
「そっちではないか? お前がまだ吸血鬼の体に追いついてきていないといったところだろうよ」
「うーん…やっぱり微調整が必要みたいだね。感覚がずれたままだと後に響くし…それじゃまずはこの体に慣れるよう心がけるかな? ちょっと待ってね」
「…―――同調開始」
私は目をつぶって己の世界に入り込み過去の自身の戦闘経験を現在の体に上乗せして書き換えていき、バグ…まぁ不備な点をしらみつぶしに消していく。
その光景を見ていたエヴァは声をあげて驚いていた。
「ふむ…あれがシホの使う魔術か。なかなか興味深いな」
「まぁこちらの世界にはない概念ですから。かくいう私にも魔術回路はありますけどね」
「魔術回路か。こちらはそのようなものはなく曖昧だから中々羨ましいかもしれんな」
「チッチッチッ! そこは舐めたら怪我をしますよ、エヴァンジェリン」
「どういうことだ…?」
「魔術師は基礎の基礎、魔術回路の生成からすでに死が付き纏っているんです。一度失敗したら運が悪ければ最悪死で最低でも廃人ですから」
「なんだそれは!?」
「まぁそう思うのは仕方がないですよね。こっちは暴走してもあのお子チャマのように風を起こすとかそんな程度ですから。
ですがこちらはどんなに言葉で飾っても死というものからは逃れられません。
…魔術を行使するという事は常識から離れるという事。だから大抵の魔術師は最初の心構えとして『死ぬ時は死ぬ。殺す時は殺す。』…それを念頭においてまず“死”を容認しなければいけないのです。
だから半端な覚悟で魔術を使おうとすればたちまち破滅の道に堕ちる事になります。
…そうですね。基本知識ですが私達の元の世界には例外がない限り【地水火風空】の五種類…総じて五大元素という属性のいずれかの属性を持ち合わせます」
「持ち合わせる? では全部の属性を持っているものはいないのか?」
「まれに五大元素すべてを備えたもの…“五大元素使い”が生まれることはありますが確立は低いでしょう。
魔術は代の積み重ねと魔術刻印という形で、一子相伝ということもあり、より強力に一族に受け継がれていくものですからかなりの代を持ったもの以外かなり確率はない限りは生まれてきません。
よって使える魔術も使える属性に限られます」
「なるほど…。こちらも属性はあるが使えないというわけではないからそちらはかなりシビアだな」
「はいです。あ、話がそれましたね。詳しい知識はまた後ほどで…」
「わかった」
「それで話は戻りますが、もし暴走した時にはその属性に見合った現象が起きて死にいたります」
「たとえば…?」
「もし“火”属性の魔術師の場合だったらよくオカルトで聞く話ですが自然発火現象が妥当ですね。他も見合ったような死に方をすると考えてもらって結構です」
「ふむ…」
「他には“魔眼”使いの場合ですが、酷使し続ければ脳がその酷使した代償の負荷に耐え切れずオーバーヒートして廃人になります。
それとあっちの魔術師は基本魔術の実験が本文で肉体派は少ないのです。それこそほとんど穴倉にこもっているイメージですね。
それでシホ様の失われていない魔術の知識でですが過去に街一つをまるごと一気に無にした奴がいたらしいですね」
それからシホが鍛錬中はタマモが元の世界について色々説明していて大体説明終わるとエヴァは眉間を潜めて、
「ふっ…つまり陰険な連中が裏でわんさかしているわけか。特に魔術協会とかいったか? 特殊性の力を持った珍しい人間は封印指定と称して最悪脳だけにされて研究材料にされる。胸糞悪くなる話だな。
だが、神秘の保存、次の代に研究成果を残すという行動はこちらのぬるま湯に浸かっている連中に比べればまだマシか。
しかし平行世界の根が一つ違うだけでこうまで違うとなかなか興味が尽きないな」
「確かに…。私とシホ様もこちらに来てからというもの“在り方”の違いに大いに悩まされましたから」
「だろうな。そういえばシホの属性はまだ聞いていなかったな。あいつの事だからただの属性というわけではないのだろう?」
「はい。シホ様は五大元素から外れた属性で“剣”というものを持っています」
「ほう、剣か…。五大属性は大体想像つくがそれはどんなものなのだ?」
「はい。私も詳しくはわかりませんが、ご存知のとおりシホ様は剣とそれに近いもの…まぁ大雑把に言いますと武器とカテゴリーされるものを投影できます。
そしてこと武器に関しては解析という魔術で一度解析をしてしまえば例外がない限りはシホ様の“ある場所”に登録されて同じものが何度も投影できます。魔力にもよりますけどね。
逆に、剣から離れるものは存在強度が薄いため投影しても中身がないガラクタと化して壊されればすぐに霧散してしまいます。
そうですね…服とかなら余計魔力を喰いますが複雑ではないので投影しても今のシホ様の実力なら十分維持できますが、たとえば車やその他機材を投影したとします。でも肝心の中身のエンジンがなくてはなんの役にも立ちません」
「なるほど。つまり剣という属性から離れていくものはどんどん魔力消費も多くなるし、中身もなくなっていくというわけか。しかしそれだけでも規格外だな。
それに今はあいつの体の中にはもう一つ、姉の魔術回路もあるのだろう? そちらはお前の存在補助の役割の他に使い魔の作成、治癒魔術、その他の機能が含まれている。
かなり贅沢なものではないか?」
「まぁ、そうですが肝心のシホ様はこちらの魔術回路は多用していません。シホ様曰く、使えるのは嬉しいけどやっぱり難しい、との事で簡単な治癒魔術くらいしか使用しませんから」
「属性ゆえ、か…」
「はいです。でもシホ様はその代わり投影した武器の成長経験と蓄積年月もその体に体現できますからそんじょそこらの奴には負けることはありません」
「その代表例が【宝具】か。憑依経験次第でその担い手にも迫ることができるとはな。さらに“真名開放”によって一時的に宝具の特性を開放できる、か。
例えば“必ず心臓に当たる”とか“傷が治らない”とかか?」
「まぁいい一例ですがそうですね。シホ様は多分ですがそのどちらの宝具も持っていると思います」
「まさに神秘の塊だな、シホは。さらにまだ私には内容を話せないほどの固有技法“錬鉄魔法”や、他にも先ほど言った“ある場所”というものにも興味が引かされる。もちろんお前の英霊としての正体もな。まぁ想像はそう難しくないが…」
「分かっていても他の人には言わないでくださいよ? “赤き翼”のメンバーやエヴァ以外は私はただの使い魔として通しているんですから」
「わかった。興味深い話も聞けたし私の名を誓って話さないでおいてやろう」
「感謝します」
タマモの魔術の説明会が終わりを告げて二人はシホがいた方を見ると、いつの間にかいなくなっていたのでどこにいるのか探そうと見回した瞬間、遥か下のほうから雄叫びのように、
「神鳴流決戦奥義!! 真・雷光剣!!」
刀のように変化の魔術で刀身を伸ばした莫耶(改)を持ってして膨大な雷をまといながら海に巨大なクレーターを作り出しているシホの姿が目に映った。
基本シホは神鳴流を扱う時は普段使う干将・莫耶ではなく利き手の莫耶の方だけさらに改造した改型を使っている。
「あー…そういえば神鳴流も一応卒業はしているんだったな。威力は全盛期の詠春に迫るものがあるな。っていうかここからわざわざ飛び降りたのか!?」
「でもまだ安定していないようですね。ブランク解消と吸血鬼の体に慣れるのが今後のシホ様の必須課題ですね」
「そうだな」
少ししてその強化された足で壁を一蹴りした後、虚空瞬動を繰り返しながらシホは戻ってきたがやはり力加減がまだ難しいらしく、手を何回か捻りながら、
「やっぱりまだまだ研鑽が必要みたいだね、この体。得物も吸血鬼の怪力で軽くなっちゃうから色々と試していかなくちゃいけないし」
「オイ、シホ。俺ト勝負シヨウゼ?」
「いいよ。やっぱり相手がいないとどうにも腕が取り戻せそうにないから」
そう言ってシホはこの空間内なら動けるチャチャゼロとともに剣を打ち合っていた。
その光景を見て二人が思ったことは(本当にブランクがあるのか…?)だったとか。
ちなみに、今まで命令を受けない限り無言でエヴァの後ろで立っていた茶々丸はシホの映像やタマモの魔術の話をしっかりと録画していた。
後にエヴァに見せようと考えているらしいが実に主想いな従者である。
◆◇―――――――――◇◆
シホがリハビリも含めて数日(?)が過ぎたある日の事。
2-A、もといもうすぐ3-Aとなる生徒の一人が剣道場に呼ばれていた。
名を桜咲刹那。竹刀袋に関西呪術協会の長・近衛詠春から譲り受けた刀、『夕凪』を入れて肌身離さず携帯している神鳴流剣士の一人だ。
刹那は今日、先輩である葛葉刀子に呼び出されて向かっていた。
「刀子さんはどうしたのだろうか。急に用件も告げずに私を呼び出すなんて…。それに…」
剣道場の近くまで来たまではいいがなぜか人避けの結界が張られているのに目がつき少し剣呑な表情になる。
こういう時には決まって真剣での打ち合いになるだろう事は過去の経験から予測済みだ。
だが、だからといって引きはしない。これくらいで腰が引けていたら剣士として負けだからだ。
息を一回ついて意を決して中に入り、
「失礼します」
「あら。よく来ましたね、刹那」
「はい、刀子さん。ところでどうしたんですか? 人避けの結界まで張って…」
「そうですね。あなたに今から来る相手との闘いを見てもらいたいのですよ」
「これから…? 誰ですか?」
「私たち神鳴流剣士の先輩にあたるお方よ」
「神鳴流剣士、ですか…? 確か私たち以外にはいないと記憶をしていましたが」
「? あなたはもしかして知らないの? とっても身近に存在しているというのに」
(身近? はて、いただろうか?)
刹那が悩んでいる時に入り口のほうから声が聞こえてきた。
あきらかに女性の声でしかも若い。しかし先輩というからには失礼だが刀子さんより上なのだからかなりのお年のはず。そんな人物がいったい誰なのか…?
自然に刹那はそちらへ振り向くと、そこにはつい最近では見慣れた朱銀髪で、同じクラスで、吸血鬼のシホ・E・シュバインオーグが立っていた。
「あ、桜咲さん」
「エミヤ、さん…どうしてここに…?」
私は思わず夕凪を取り出そうとするが、
「刹那! あなた、先輩に対してその態度はいただけないわよ!」
「へっ…? 先輩? ですが彼女は吸血鬼で…」
「はぁ…やはり知らなかったようですね。エミヤさんは長と同時に神鳴流を卒業し魔法世界へと旅立っていった剣士の一人なのですよ」
「……………え? ええええええーーーっ!!? そうだったのですか!!?」
「あ、はぁ、まぁ…一応詠春と一緒に赤き翼に所属していたけどね」
エミヤさんは「アハハ…」と乾いた笑みを浮かべている。
しかし今、長のことを呼び捨てで“詠春”と呼んでいた事から真実のようだ。
だとすると今まで事情もろくに調べもせずにただただ吸血鬼というだけで警戒していたわけで、目の前のエミヤさんは英雄の一人、長の仲間だったというわけで。
色々混乱する頭で私はいつの間にかエミヤさんに「すみませんでした!」と言って土下座をしていた。
「や。別に気にしていないから頭を上げてくれないかな、桜咲さん」
「いいえ! 私としたことがろくに情報を調べもせず一方的に警戒してしまいとても申し訳ございませんでした!」
「あー、どうしようか刀子さん?」
「刹那の気が済むまでやらせてやればいいのではないでしょうか?」
「でもねぇ…」
「そうですね。刹那、本日は先輩とし合いをするのであなたにそれを見せるために先輩をお呼びしたのですよ」
「そ、そうだったのですか」
「だからあなたはおとなしく見ていなさい」
「はい!」
それで私は正座をしてお二人の試合を見逃さないように集中した。
だけどそこでエミヤさんが話しかけてきた。
な、なにかまた疎そうな事をしてしまったのでしょうか?
「桜咲さん。あなたの持っている刀はもしかして詠春が愛用していた夕凪だったりする?」
「えっ? あ、はい…」
それでおずおずとエミヤさんに刀を渡すと、
「懐かしいなぁ…ずいぶん手入れもされているからきっと大事に使っているんだろうね。さすが詠春が愛用の刀を託すほどだ」
「い、いえ! そんな滅相もないです!」
「かしこまらなくていいよ。詠春は認めていない相手に愛用の刀なんて無駄に渡すわけがないんだから自信を持って」
「そうですよ、刹那。自信を持ちなさい」
お二人にここまで言われて恥ずかしさと嬉しさでなんとか「は、はい…」とだけしか答えられなかった。
それで用は済んだのかエミヤさんは刀子さんに向かい合って、
「それでは刀子さん。まだ病み上がりで腕も二流ですが神鳴流剣士、シホ・E・シュバインオーグ…参らせていただきます」
「こちらもかまいません。尊敬する先輩のご教授を受けられるのですからこれほど嬉しいことはありません。葛葉刀子、行かせていただきます」
刀子さんが一本の野太刀を構えているのに対してエミヤさんは中華刀を引き伸ばしたような黒い刀と水波模様の入った白い中華刀を構えて二人は対峙する。
私が「ごくっ…」と息を呑むほどの静けさの中、二人は真剣な表情で、だがとても穏やかな表情をしていて窓から風に運ばれて入ってきたのかまだまだ未熟な桜の葉が二人の間に落ちた途端、
ギィンッ!
瞬きすら遅すぎると思えるほどのスピードで二人の刀は打ち合っていた。
(早い!? それになんという重さっ!)
「シッ…!」
「!?」
すごい! あの刀子さんを押している。それにただ力押しだけではなく左手の中華刀ですぐさま追撃を叩き込むその素早さ。
本来神鳴流は妖怪退治のためなのでどうしても大太刀のものになりがちだからこういった二刀流での手合いは苦手な部類に入るだろう。
かくいう刀子さんも一度弾いて中華刀の対処に行ったために反撃のタイミングを逃していた。
そしてエミヤさんの動きはまた加速し小回りの聞く体を下に倒して刀子さんの横薙ぎを避けて、代わりに足蹴りをして刀子さんの体勢を崩して刀の峰で腹を突く。
繋げがうまい! 二刀流による連撃での時間差攻撃、それから自身の身長さを生かしての回避、足蹴り、最後に峰で腹を突き相手を怯ます。
…もしあの峰の攻撃が刀のほうだったらと思うとゾッとする。
それに確かに観察しているとエミヤさんの二流という意味がわかる。
エミヤさんにはおそらく剣の才能がないのだ。振るう剣はどれも無骨でこういっては何だが華がない。
だがそれは裏返せばそこまで必死に鍛錬しては実戦で腕を磨いていったのであろう、だから私にはその無骨な剣のあり方はとても綺麗なものだと感じ取れた。
そして数分して刀子さんの剣が弾かれて首筋に中華刀が翳されたところで試合は終了した。
刀子さんもエミヤさんも互いに得物を下げて一礼した。
私は、その高みの戦いに見惚れていていつのまにか正座が崩れていたのに気づき急いで元に戻す。
顔を赤くしながら気づかれていないか確認すると刀子さんがエミヤさんの事を抱きしめていた。
―――は?
私が目を話した間にいったいなにが起こったというのか。
だがそれはすぐに氷解する。
刀子さんは泣いていたのだ。
「すばらしい、手合いでした先輩。こうも一方的に手が出せないなんて、まだまだ私も未熟ですね…。あぁ、どうして先輩がこのような目にあってしまったのか…。
あんな事がなければきっと…そう、きっと立派な神鳴流剣士として今も名を馳せていた事でしょうに…。先輩、お労しいです!」
普段冷静な刀子さんがあぁも感情をあらわにするなんて…。それほど刀子さんにとってエミヤさんは憧れだったのでしょう。
エミヤさんもそんな刀子さんを無言で背中を揺すりながら慰めている。
…少しして刀子さんは涙をぬぐい、
「…恥ずかしいところを見せましたね、刹那」
「い、いえ…そんなことはありません」
「そう…。それとだけど私はたまにしかあなたの相手をできないでいるけど、先輩が暇があったら稽古に付き合ってくれるそうですよ」
「!!」
それは…! なんて嬉しいことでしょうか。
「よかったわね、一緒のクラスですからいつでも相談に乗れるしね」
「あはは…でも私も二十年のブランクがあるからどこまで教えて上げられるかわからないけどね」
「そんなことありません! 長と同等の力を身につけているエミヤさんに師事できるのですから感謝はすれど文句なんていえようがありません!」
ですよね?と刀子さんに目線を向けると快く頷いてくれた。
「うん。それじゃどこまで教えてあげられるか分からないけどこれからよろしくね、桜咲さん」
「刹那でかまいません。これからお願いします師匠」
「し、師匠!? できれば名前で呼んでほしいんだけど…」
「で、ではシホさんでよろしいでしょうか…?」
「うん、それなら大丈夫。それじゃ刀子さんに刹那。これからちょっと用があるからまた今度!」
「はい」
そうしてシホさんは去っていった。
その後、刀子さんに内密にと事前に言われた後、シホさんがどうして吸血鬼になったのかを大まかに説明してもらった時には思わず涙を流してしまった。
あんな明るい顔の裏側ではとても深い傷を抱えているなんて…。
しかもそれを表に出さずに逆にこちらを心配してくれる気遣い。
なんて心優しいお方なんだ。今まで斜めな構えで見ていた自分を殴ってやりたいくらい後悔した。
これから尊敬する一人の先輩として、そしてまだ打ち解けないがいずれお嬢様とも…。
こうしてこの日、シホと刹那の師弟関係が構築されたのであった。
………一方、肝心の子供先生はパートナー騒ぎで騒がしい生徒達に追いかけられる羽目に合っていたがここは割愛する。
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