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人理を守れ、エミヤさん!

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俺達の戦いはこれからだ!






 管制室から出た瞬間、男は膝から崩れ落ちるように倒れかかった。

「君は……なんというか、実に馬鹿だな」

 それを。アサシンのサーヴァントは受け止め、肩を貸しながら心なし呆れたように呟く。
 士郎は、口許に微かな弧を描きながら、囁きに近い声音で応じた。

「……すまん、切嗣」
「名前で呼ぶな。僕はアサシンだ」
「なんて呼ぶかは、俺の自由だけどな」
「……」

 この期に及んで調子を崩さない男に嘆息し。アサシンは利かん坊のマスターをさっさと医療スタッフに引き渡すことにした。
 外面こそ取り繕っているものの、マスターである男の体は危険な状態だった。
 現状、ただ一人マスターの能力、その詳細を聞かされているアサシンは、自身も固有結界を取り扱う魔術の使い手ということもあり、彼の体内で固有結界が暴走し術者の体を害していることがはっきりと分かっていた。

 体の内側から剣に串刺しにされ、魔術回路もショート寸前。一般的な魔術師の魔術回路の質が針金だとすると、マスターの魔術回路の強度はワイヤーである。そんな馬鹿みたいに強靭な回路が焼き切れる寸前なのだ。どれほどに無理を重ねていたのか、阿呆でも分かろうというもの。
 今、マスターは控えめに言ってズタ袋のようなもの。ただ生きてるだけの肉袋とも言える。彼が感じている痛みは、絶え間なく熱した鉛を全身に振り掛けられているようなものだろう。よく正気でいられるものだ。

 ――いや、あるいはもう、正気ではないのか。

 この男は狂っている、とアサシンは思う。
 だが、それでいい。狂いもせず、人類の命運は背負えやしない。それほどに重いものなのだ、自分以外の命を背負うということは。
 マスターは、とっくの昔に限界なんて越えているだろうに、ただ見栄を張りたいがために平気な顔をして管制室に足を運び、自身が得た情報を提供してこれからの方針を話し合っていたのだ。
 アサシン以外の目がなくなって、ようやく張り詰めていたものが切れたのだろうが……よりにもよって、この男は最もアサシンを信頼している。愚かなことだと暗殺者は思った。

「君をこれから医療スタッフに引き渡す。なにか言いたいことは?」
「ああ……ちょっと待て」
「なんだ」
「その前に、風呂に入りたい」
「……そんなもの、君が寝てる間に医療スタッフが清潔にしてくれる。死にかけの身で気にするようなことか」
「俺はこの程度じゃ死なないよ、切嗣」

 そう言われて、一瞬ぴたりと足を止めた。
 あたかも、このレベルの負傷は体験済みとでも言いたげな物言いである。流石のアサシンも閉口しそうになったが、マスターに言われると思わず納得しそうになった。

「死んでなければ安い。あんたもそう思うだろう」
「……」

 確かにと思ったアサシンは、マスターと似た者同士なのかもしれない。
 しかしアサシンとマスターの命は等価ではない。アサシンの代わりはいるがマスターにはいないのである。同じ尺度で図れるものではなかった。

「君は自分の価値をもっと自覚するべきだな。君というパーツは、唯一無二のものだ。僕と同じ視点でものを言う資格はない」
「……なあ、切嗣」
「……」
「……アサシン」
「なんだい?」
「俺のことは名で呼べ。君とかあんたとか、他人行儀な姿勢は好ましくない」
「……君は、まだ僕を自分の父親に重ねて見ているのか?」
「いや。だが俺達はもう『戦友』だろう」

 その言葉に、思わずアサシンはマスターの顔を凝視した。
 正気か、と再び思う。狂ってる、と思う。いや、と首を振った。コイツは、ただのバカだ。

「親子以前に、命を預け合う関係なら、もっと信頼し合うべきだ。こういうのは一方通行じゃ意味がない」
「……」
「切嗣」
「……はあ。とんだマスターに召喚されたもんだ。わかった、マスター命令だ。大人しく従うとする。士郎(・・)――これでいいかい?」
「グッドだ」

 満足げに微笑み、士郎はぐったりと体から力を抜いた。

 医療スタッフにマスター……士郎を引き渡しながらアサシンは思う。
 その笑顔(かお)は、あの少女にでも見せてやるんだな、と。







 ふと目を覚ますと、無機的な清潔さを保つ部屋にいた。
 視線の先には染み一つない白い天井。左手首には点滴を繋ぐ管がある。思ったように体が動かなかったので、視線だけを彷徨わせると、鈍った頭で自身が病室にいることを悟った。
 全身には包帯。何やら薬品臭いところから察するに緊急的な手術でもあったのかもしれない。
 大袈裟な連中だ、と思う。こんな程度でどうこうなるほど柔じゃないのに、と。
 だがまあ、疲れていたのは確かだ。少しくらいなら大人しく休んでもいいか、と曖昧に呟く。声には出なかったが、気配はしたのだろう。右手側に、んぅ、と可愛らしい寝息が聞こえた。
 そちらに目を向けると、マシュがいた。白衣に、眼鏡。縋りつくように俺の手を握っていた。

「……」

 その姿がいじらしく、なんとも言えない擽ったさを覚えて、俺はなんとなしに少女の髪を右手で梳いた。
 心地良さそうに、マシュは相好を崩す。
 子供の頭を撫でるのには慣れていた。流石にマシュを子供扱いはできなくなってきたが、それでも俺の中でマシュは慈しむべき妹分なのだ。……まあ世界中の弟分も含めたら結構な数になるが、それは言いっこなしだろう。血の繋がりだけが全てではないのだから。

 ふと、マシュが目を開いた。そして俺と目が合う。

「あ……せんぱい……」

 寝惚け気味にこちらを見て、嬉しそうに俺を呼ぶ。なんだか夢見心地のようで、暫く呆としていたが、少しして意識が戻ったのだろう。
 ハッとして目を一杯まで見開くと、驚き七割喜び三割といった表情で口を開く。

「ど、ど、」
「……ど?」
「ドクター! 先輩が目を覚ましました! ドークーター!!」

 突然跳ね起き、ロマニを呼びながら病室から飛び出ていった。それを眺めながら、俺は苦笑する。
 クールな外見に反して天然なところもある。それがマシュだった。時に独特な物言いもするし、変わったところも多々あるが、それでもいい娘なのに疑いの余地はない。

 ところで、俺はどれぐらい寝ていたのだろう。

 支給されたカルデア戦闘服を個人的に改造し、その上にいつぞや出会ったカレー好きの代行者から譲り受けた、赤い聖骸布を纏っていたのだが、今の俺は見ての通り病人服姿である。
 剣にかける魔力消費量より二倍かかるが、投影できないこともない。しかし思い入れのある品なので、出来れば目の届くところに置いておきたいのだが……。対魔力の低い俺にとって、外界への守りである赤い聖骸布は命綱なのだ。手元にないと心もとなくなる気持ちも分かってほしい。

 そんな益体もないことをつらつらと考えていると、妙に慌ただしい足音が聞こえてきた。
 ばしゅ、と空気圧の抜ける音と共に扉がスライドする。飛び込むように入室してきたのは気の抜けた雰囲気のロマニである。

「士郎くん!」

 ロマニは俺と目が合うと、大慌てで俺の体の調子を調べ始めた。
 機械を使い、触診し、俺が健常な状態と知ると大きな声で俺に怒鳴った。

「ほんっ――とに、君はバカだなぁ!」
「……起き抜けに失礼な奴だな」

 あんまりな物言いに、温厚な俺でもムッとする。
 なにやら俺が、如何に酷い状態だったか言い聞かせてきたが、聞くだけ無駄なので聞き流す。こういう時の医者はやたらと話を大きくしたがるのが悪いところだと思った。解析の結果、俺はもういつでも動けると分かっているのに。

 やがて怒鳴り疲れたのか、ロマニは肩で息をしつつ気を鎮めた。無理矢理落ち着けた語調で、ロマニは言う。

「……士郎くん。君は、自分がどれぐらい眠り続けたか分かってるのかい?」
「さあ。……三日?」
一週間(・・・)だ! 君が寝ている間に、次の特異点も発見してある!」
「……なるほど。じゃあすぐ行こう」
「バカ! このおバカ! 病み上がりに無理させられるわけあるか! 君はカルデア最後のマスターなんだぞ!?」
「だからこそだ」

 荒ぶるロマニを受け流しつつ、俺はベッドから降り立った。思ったより両足はしっかりとしている。これなら激しく動いても問題あるまい。

「ちょ!? 安静にするんだ! 医療に携わる人間として見過ごせないぞ!」
「あー、わかった、わかった。次の特異点とやらを修復したらゆっくり休む。だからそう騒ぐな」
「僕は! 今! 休めと言ってるんだよ!!」
「ロマニ、頼みがある。戦力増強のためサーヴァントを喚びたい。大至急条件を整えてくれ」
「人の話を聞かないなぁ君は!」

 近くにロッカーがあったので開いてみると、そこには黒い改造カルデア戦闘服と、赤い聖骸布が納められていた。
 手早く着替え始める俺を無理にでも取り押さえようとするロマニを片手であしらいつつ、着替え完了。
 ぜぇはぁと息を乱すロマニに、俺は言った。

「頼む。急ぎなんだろう?」
「……ちくしょー! 後で休ませるからな! 縛り付けてでも休ませてやる! マシュに頼んで押さえつけてもらって、レオナルドに怪しげな薬を打ってもらうからな!」
「わかった」

 善は急げだ。早くしろよ、と部屋から追い出し、俺もさっさとロマニに続いて病室から出た。
 特異点が特定されているのなら一刻の猶予もない。俺は病室の外で待っていたらしいマシュに声をかける。

「マシュ、ちょっといいか?」
「先輩……。……どうせ、休んでくださいって言っても無駄ですよね」
「分かってるじゃないか。いや、中でのやり取りが聞こえたか? まあそれはいい。俺にはマシュがいる。マシュが俺を守ってくれるから、何も怖くはない」
「もう。調子がいいんですから」

 さしものマシュも苦笑せざるを得ない言い方だった。でも、悪い気はしない。本当に悪い人です、と小さく口の中で呟いたのに、俺は気づくことがなかった。
 マシュに頼み、俺は英霊召喚のために用意されていた部屋に向かった。彼女の盾が召喚の基点になるとはいえ、一応マシュがいる中で召喚した方がいい。

「触媒は使わないんですか?」
「使わない。呼び掛けることが大事なんだ。仮に彼女(・・)が召喚できなくても、俺はちゃんと呼んだって言い訳になる。出てこないそっちが悪いってな」
「……流石先輩。保身に長けてますね」
「……皮肉? マシュが? ……そんなまさか」

 ちくりと言葉で刺された気がしたが、俺は気のせいということにした。
 マシュに毒を吐かれたら自殺ものである。泣きたくなるので勘弁してほしい。

 俺はここに来るまでにダ・ヴィンチの工房からくすねてきた呼符をマシュの盾に設置した。

「さて」

 鬼が出るか蛇が出るか。
 伸るか反るかの大博打、実はあまり期待してない。
 召喚を始める。光が点る。
 爆発的な魔力が集束し、英霊召喚システムとカルデアの電力が唸りをあげる。

 やがて、一際強く光が満ち、召喚は恙無く完了した。

「――ここまで来ると腐れ縁か」

 苦笑して、呟く。
 光の中に現れたシルエットは――

「サーヴァント、セイバー。召喚に応じ参上しました。問います、貴方が私のマスターですか?

 ――シロウ」

 ああ、と頷いた俺。まさか本当に来るとは思わなかったが、結果オーライという奴である。
 本命はランサーのクー・フーリンです、といったらどんな顔をするだろう。
 ちょっと見てみたい気もしたが、ぶん殴られそうなので黙っておく。

 なんにせよ、

「そうだ。久しぶり、セイバー。……アルトリア」

 名を呼ぶと、光の中から現れた『青い』装束の少女は微笑み。

 マシュは少しだけ機嫌悪そうに、俺の袖を掴んでいた。

「俺達の戦いはこれからだぞ、二人とも」

 だから仲良くしてください。
 俺はそう心の中で一人ごちる。

 ――こうして、俺達の人理を巡る戦いは幕を上げた。

 勝てるのか、と心の中で誰かが弱音を吐いた。
 勝てるさ、と俺は意図して断じた。

 俺がやらないで誰がやる。俺が勝てないなら誰が勝つ。
 必ず勝つ。勝って、俺は俺の誇れる俺になる。
 未来は俺に任せろ。俺は不可能を可能にする。人類は俺が救う。俺が生きた証を残すため、世界よ、俺のために救われろ。

 決意は胸に秘めるもの。だが一度だけ言わせてほしい。

「――俺達は無敵だ。そうだろう、二人とも」

 決意表明。青臭いが、きっとこれでうまくいく。
 セイバーが。マシュがいる。なら、俺の心に不安なんて生まれない。
 
 迷いがないなら、俺の道に壁はない。


 ――俺達の戦いはこれからだ!







 
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